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同
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円以)
へ趨用された︒との地域に於ては︑商業
叉河川︑銭道︑
道路に於ける運送の自由は如何たる場合に於ても李はれや︑或は差別的関税を認せらるL
乙と
はた
い︒
問︒
口問
︒自
の完全なる自由が保詮されてゐる︒患なる行政費を支排する目的以外に課・枕されるととはなく︑
植民の概念規定及植民地の意義・内容
八.
商 業 と 経 済
一八 四
由貿易地域は東海岸より西海岸に至る全中央アフリカを包含するコ
アフリカの大部分︑
印ち
︑
開きち自由園︑悌領問︒口問︒及英領来
務領東アフリカ︹現在は大部分英国委任統治地であり︑残飴はベルギー委任統治地︺︑北
同
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宮︑葡領西アフリカ及其他の小地域を含む︒問︒口問︒保約によって︑列図の領有にかtA
る問
︒口
問︒
流域
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隷市場として或ば奴隷隊商の通行のために使用すべからざるととに定められた︒
一八
九
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年 の
叩
5
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合議は列強間に於ける協調の他の例である︒その合議では共通利害関係事項に就いて決
議された︒印ち︑問︒口問︒流域に於ては︑総入殺は最高十パーセントと決定され︑更にアフリカに於ける奴隷貿易
の抑墜に関する諸規則が定められた︒
一九
OO
年締結の列強間の僚約によれば︑中部並に南部アフリカ(南は︒ E
ロ 悦
ο河に至る︺全地域一に亙って庚大なる狩猟磁域が設けられ︑その区域内では危険なる動物を除き︑総ての勤
物に封して保護が加えられたョそれらの諸規定の一によれば︑従長二十封度以下の象牙は後見次第筏牧されると
とになってゐる︒
諸園家聞に於ける領土を平和的に調整するに営って園際的協調は甚だ有力であった︒列園間の保約によって︑
全アフリカ大陸及大洋洲の諸島は一回も兵火に訴へるととなく分割された︒(註1)かLるやり方で同母立は欧洲
諸国の支配下に属せしめられた︒英図はそれ臼のうちで最も有力たる支配権を獲得してゐるが︑エヂプト行政の或
重要なる部分ーーの
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ーーは図際的性質を有する︒(話2)
問︒
口問
︒白
出 関
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現在に於ては︑賓質的にベルギーの植民地となった1 1
の存在も亦僚約による調整の結果である
ο (註
昨日
)
( 註
1)
合衆国によって比律賓が獲得されたのは呉った目的によって始められた戦争の謙期せられ吉りし結果としてであ
るQ
( 註
2﹀エヂプトに於ては一九二二年二月二十八日を以て英国の保護政治陵止され︑一一一月十六日︑
円 ︒
し︑四月二十七日米国はエヂプ下図の調立を承認するに至った︒ フアlド(間口え)王卸位 ( 註
3)ぺ
νh w学1図王
す 求 心 wド二世の個人として関係せる図際ヨンゴ
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位
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民 ︒E ‑
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氏︒ ロ) は一 八七
九年同
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をして︑ヨシゴl
流域に於て多数の土人︑曾長と保護保約を締結せしめ︑かくして一八八五年
にヨンゴ1自由国は成立したのであるが︑合同誌はこの場合に早に図王の代理者として︑従って︑ペ
ω wギーのために
植民地を獲得する目的を以て行動したに過ぎない︒一九
O七年形式的にもペルキ1の植民地となりしは嘗然の結果
円4であったQ
現代の植民地撰張に蛍って︑最も重要なる意義を有するものは勢力範固と保護図とである︒との問者は共に依
約に基いて創設されるものであるから︑少くとも︑形式上はその起源は園際法に存する︒占有(CRC℃
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ロ
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)叉
は
征服
( 8 2 5
己)による新領土の獲得は或図家の一方的行震に基くものである︒﹁勢力範国﹂の語は極めて庚範国
の意味を有し︑種々友る関係に誼用されてゐるために統一的把握を困難たらしめるが︑その可及的正確たる意味
は次の如くである︒勢力範園は︑それが具践的なる領有並に直接的た統治機闘を設けたい黙に於て︑占有と区別
されるc事賓に於てその本質は治極的たるものである︒その原理
K
よれば︑勢力範国の特権を享受する園家以外の図家は営該地域内に於て︑如何なる政治的権力をも行使し得ないに反し︑特権問はその地域内に於て︑その利
月休に従って自由なる行動をとるを許される︒従つて︑勢力範聞は次の如く定義し得るであらう︒即ち︑それは戎
植民の概念規定及植民地の意義・内容
一ヘ 五
前掲書.p.. 142, p. 13内.
矢内原:
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i,7)
商 業 と 偲 涛
一八 六
図家が隣接せる植民図家との僚約に基き︑政治的勢力の行使︑保護保約締結並に経済的権径の獲得に閲する排他
的特槽を享受し得る地域であり︑途にはその直接的政治的支配下に置き得る地域をいふ︒その要黙は︑他の園家
の政治的活動の排除並にその結果として起る特権閣の自由行動の保持である︒との場合︑後者による積極的なる
構力の行使を意味したい︒
その最も著るしき適用を見た︒海岸の一小地帯を獲得した閤家は
Z
己主主与の理論に基いて︑海岸植民地の背後に横はれる内陸地方の間後並に領有濁占樫を要求した︒問︒ロ官僚 勢力範一国の理論はアフリカの分割に際して︑約によって︑かLる途方もなき要求が不可能とされた後は︑列強は閤際保約によって︑現震の占有に伴ふ犠牲と
図境に関する粉争の危険とを負携するとと紅く︑アフリカに於て諸官なる分前に奥らんとした︒かく︑の如くし
て︑アフリカ.は︑平和の裡に列強の間に分割され︑各園は現賓の支配力並に同化力以上に慶大たる地域を獲得する
に至った︒勢力範国に関する傍約は︑通常各々の要求が衝突すべき恐あるこ園間に締結されるものであって︑そ
れは皐に意見を同じくせるこ園間に於てのみその勢力の範国を限定するにすぎ守︑それに参加せざりし第三園の
構利を排除するものではない︒換一一目すれば︑かLる保約は現賓の占有の如く︑全世界に向って封抗し得べき樺利
を蛍該国に付興ずるものではたい︒それは単に一図が他の一閣に封し︑特定地域に於けるその政治的活動並に経
済的特権に関する優先権を承認する協約にすぎない︒
此種の傑約中の重なるものは弐の如し︒
一
︑ 英 潟 協 約 八八五年西南アプリカに闘すo
一八八六年四月
一八八六年八月 太平誌に於ける雨閣の勢力範閏を定むQ
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の限界を定む︒
一八
九O
年七月一日
東アフリカの勢力範国の境界を劃定し︑
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口百円並にヨEのトルヨ領に封ずる
英国の保護領設定を承認す︒
一八九八年
ロ己
認︒
P湾に悶す︒
二
︑ 保 猪 保 約
一.八八五年十二足凹日
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及 同h H
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ロを 劃定 す︒ 一八 九四 年一 一一 月
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湖地方に於ける雨図の勢力範閣を定む︒L
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一八 九
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22円に闘す︒
一八九八年六月リ
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地方に闘す︒
一八九九年
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の境界を定制︒之を一要す右に大・来の意義に勢力範国ほ︑植民図が将来或地域︿未占有地)を自閣の植民的保護地印ちその植民地
たらしめんとの希望を有する場合‑その前提手段として用ひらるLものである︒換一一目すれば︑未占有地が或植民 図の植民的保護地とたるまでの過渡的存在たるに過ぎない︒事賞︑上記のアフリカ.に於けβ各閣の勢力範国は︑
植民の概念規定及植民地の意義・内容
一八 七
1924. p. 05‑108. Colonial Govcrnmcnt.
Reinsch P. S.: 8)
商 業 と 経 済
一八八
後に至り次第に営該閣の植民地と化し去ったのである︒ζの方法は︑営該地域に封して密接たる利害関係を有し
互に競争的地位に立っこ植民図が保約を結び︑一方がその地域より手を引くととにより︑他の一方がその地域に
封し優越的地位を保持しその勢力を扶植せんとするのである︒現在に於ては︑植民政策上勢力範国はその重要性
を殆んど失ふに至った︒何となれば︑現在地球上に於て利用し得べき土地は殆んど総て各図の分有に蹄し︑勢力
範閣として互にその主樺の損張を争ひ得べき無主地が極めて狭少となったからである︒
府知
一二
踊︿
東洋に於ける所謂勢力範聞に就て
東洋殊に支那︑
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ベルシヤハイラン)等に於て屡々勢力範閣の存在を設かれる︒然し乍ら︑東洋に於け
シヤ
ム︑
る勢力範一聞はその本来の意味より速いのであって︑かtAるものを同一位鴎内で論やるととは甚だしく観念の混を
乱招くに至る︒寧る乙の場合は︑別範障の下に論守るを可とする︒元来︑東洋
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於ける所謂勢力笥閏は一八九六年英悌間の協定により︑
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に設定されたものを除いては︑図際保約によら守して︑単に一植民図の一方的主
.張に止るものか︑然ちされば図際聞の僚約によるも︑そ九は太・一米の意義に於ける如く二植民閏間の保約にあちゃ
して︑所謂勢力範間設定閣と被設定閣との間の僚約││例へば支那に於ける領土不割誌に閥ずる保約ーーーに過ぎ
ぬ場合が多いーしかも後者にあっては︑その僚約締結の賓欣より見れば︑.被設定閣の意思表示は白渡的のもの売
nV︑らざる黙に於丸︑完全なる保約に依按ずるものと揺し得示︑関際経約として九日放力簿賜なるを菟れぬであらう3
。
〉 堀 民 琴 : 植 民 政 策 論 .p. 57.
10'l Tyau: Legal Obligatiりnarisil1g out of Treaty Relations between China
:tIJd Otber States. p. 89.植田捷雄:支那外交史論.p. 20G.