以下では、財務改善の事例を紹介する。(1)
は個人別損益計算書の導入で従業員の自立化 を促すことに成功した袋物の製造問屋、(2)は 損益分岐点分析を用いて社員に経営感覚を浸 透させた印刷業者、(3)は戦略的な会計の導入 による経営の透明化で目標達成をめざす香料 等のメーカー、の事例である。
(1)吉正―個人別損益計算書で従業員の自立 化促す袋物製造問屋
(東京都台東区 従業員43名 年商15億円)
当社は、大手量販店各社を得意先とするハ ンドバッグなど袋物の製造問屋である。中国 産の中・高級皮製バッグを主力とし、企画力 と品質の良さが取引先に評価され、安定した 事業基盤を築いている。
①企業は自己実現の場
現社長就任時に、従業員のやる気を引き出
すことを目的に、収支など自社に関するすべ ての情報を従業員に開示するとともに、目標 の達成度を個人別の損益計算書で把握し、賞 与での利益配分によって還元するというユニ ークな経営に切り替えた。
従来は売上高を重視した経営をしてきたが、
増収にもかかわらず赤字を出すという経験か ら、利益重視へと切り替えた。同時に、社員 の目標管理も売上高中心では公正な処遇がで きないため、日々の在庫管理を徹底し、売上 高、費用の配賦基準を明確にして個人別の損 益計算書の作成を可能にした。個人別の成果 を評価する上で、公平を期するため、得意先 別の営業難易度を加味した目標設定を行うな ど工夫している。
②財務管理の中心は社内管理
当社は資本と経営が分離している大企業と 違ってオーナー経営なので、財務管理の中心 は資本政策や対外的な公開よりも資金繰りや 社内管理に置かれている。財務管理は部長と 担当者の2名体制で、市販の会計ソフトなどパ ソコンの積極的活用により、社内管理用デー タを収集・管理し、日次、月次の決算に加え て翌年度の計画・予算を含めた社員の個人別 損益計算書を作成し、個人別の採算管理に活 かしている。また、経営指標としては同業者 と比較した従業員の給与水準を考慮するとと もに、借入金の返済を基準に借入金の償還年 数などを重視している。さらに、損益分岐点 分析や得意先別採算など必要に応じて管理資 料を作成し、経営に役立てている。
③取引銀行との情報交換
取引のある金融機関に対しては、四半期ご とに財務諸表(貸借対照表、損益計算書、資 金繰り表(キャッシュフロー計算書))によっ て実績と着地見通しについて説明を行い、当 社の現状と課題等について理解を求めている。
同時に金融機関からも財務分析を中心とした 評価など情報が得られるとしている。
(2)㈱フクイン―損益分岐点分析を経営の基 本とする印刷業者
(東京都文京区 従業員150名 年商37億円)
当社は日進月歩の技術革新が進展している 印刷業界にあって、業界に無縁であった現社 長が、小さな会社を引受けて活版からオフセ ットへ、カラー物を経てコンピュータ・デジ タル化へと、環境変化を先取りしながら柔軟 に対応して安定した業績を上げている。
①財務データは企業の共通言語
権限の大幅な委譲とグループ月次決算など 業績の従業員へのオープン化によって、150名 の全従業員の能力をフルに発揮させるなど、
「やる気のある集団」づくりを目指している。
当社はワークフロー(仕事のシステム)で 営業など9チームにグループ化し、各チーム別 の採算管理を行っている。役員が決めたチー フリーダーと公募制によるサブリーダーを中 心に各グループが年度計画と目標達成に向け た企画案を提出し、役員会で承認を得ること で予算の使用や人事権も任されて企画案を実 行する。レベルの擦りあわせは行うが、計画
の作成と目標の達成はリーダーに任される。
こうしたことを実施していくには、もちろ ん従業員全員のレベルアップが不可欠である。
このため、「財務データは企業の共通言語」と 考えて、入社2年目から全員が参加しての勉強 会を行っており、そこでは決算書の見方、経 営計画など企業経営全般について勉強する。レ ベル別にクラス分けがしてあり、上級クラス では経営シミュレーションも行っている。
②損益分岐点分析が経営の基本
従業員の研修内容は、できる限り簡易に自 分の体験に引き寄せて考えられるように工夫 をしている。たとえば、経営の基本を理解す るためには、付加価値の重要性を理解し、付 加価値(限界利益=固定費+利益)の増大に は、どのような企業努力を行い、伸ばすべき 分野で必要な売上高を実現するかを理解する ことが基本と考えている。
そのため、損益分岐点分析を基本において、
その算式の意味するところを身近な事例によ ってわかりやすく理解できるように努めてい る。たとえば、損益分岐点分析の算式におい て、「分子」の固定費には経営の具体的方針、
つまり「自分のやりたいこと」が反映されて おり、一方、「分母」は販売、仕入価格の変動、
つまり、競合相手を考慮した価格政策など自 社の企業努力が反映するものと理解する、な どである。自社のチーム(部門)別採算もこ うした基本的な費用・利益構造の延長線上で 理解させ、社員全員が経営感覚を持って事業 に取り組むことが可能になっている。
(3)湘南香料㈱―戦略的な会計の導入による 経営透明化で目標達成をめざす香料等のメ ーカー
(東京都中野区 従業員60名 年商27億円)
当社は、業歴80年の香料、エキス、果汁、野 菜汁の製造業者。天然物の抽出・精製・濃縮 技術を得意とし、高品質・短納期・多品種少 量加工のノウハウを保有していることが特徴・
強みとなっている。
①財務の重視
専務(創業者の孫で実質的なトップ)が生 産管理、製品開発に携わりながら財務管理の 研鑽を積み、改革を準備し、3年くらい前から 従来の財務・税務会計中心の会計を見直して、
本格的に付加価値重視の戦略的な会計システ ムを構築し、コンピュータ活用による管理会 計を実施している。全部原価計算(注)2から直接 原価計算に切り替え、売上高ではなく付加価 値を経営目標とすることで、経営が数字で迅 速に把握できる、未来志向の財務管理が可能 になった。
②管理会計の導入による機動的・効率的経営 市販の経理ソフトをベースに一般的なデー タベースソフトを活用して、製品、在庫、販 売等の管理システムを自社で作成し、振替伝 票からの基本データを財務会計(決算)、税務 会計、管理会計の各用途に活用しており、そ の中心をなすのが管理会計である。
当社は、従来の過去会計、税務会計から管 理会計・意思決定会計を志向した直接原価計 算による、損益分岐点分析を主体とし、以下 の改善を実現している。
イ.損益分岐点が視覚的に理解できるなど、
利益を生み出す方法を容易に理解でき、利 益のシミュレーションが可能となる。こ のため、戦略的な価格決定ができ、ロジ ックがわかりやすいので、人の行動が合 理的・効率的になった。
ロ.日次で収益がわかるので毎日決算が可 能となり、製品別、得意先別、営業マン 別の採算管理、利益貢献度の把握が可能 となった。
ハ.製品別の、時間当たり付加価値を出し、
生産性を明らかにすることが可能となっ た。
ニ.売上高から付加価値重視に切り替える ことにより、非効率な運転資金の減少で資 金繰りが改善され、採算も向上している。
③経営目標の数値化と経営数値のモニタリング 会計をベースとした経営目標の数値化によ り、経営の透明化とともに、財務バランスの 戦略的追求が可能となった。具体的には、2004 年度を目標とする4年間の長期計画を作成、目 標年度には自己資本比率50%、ROA10%、ギ アリング比率(有利子負債/自己資本)50%、
労働分配率40%の達成を目指している。
(注)2.全部原価計算は、製造原価のすべてを仕掛品や製品の原価に含める原価計算である。これに対して、直接原価計算は、原価 要素のうちの変動費のみによって仕掛品や製品の原価を計算し、固定費は発生した期間の費用(期間原価)としてその期の収 益に対応させる原価計算であり、損益分岐点分析を行う場合に活用される。
④キャッシュフロー経営の実践
当社は、財務諸表の重要度をキャッシュフ ロー計算書、貸借対照表、損益計算書の順序 で考えている。負債の軽減を図るため、「営業 キャッシュフロー」−「借入返済」をいかにプ ラスにするかに取り組んだ。このため、在庫 回転期間(3〜4カ月→1〜2カ月)、売掛金回転 期間(90日→60日)の短縮など改善が進んだ。
メーカーでは在庫管理と生産管理が要と考え、
「売れないものは仕入れない、製造しない」を 徹底している。
⑤金融機関取引
取引金融機関に対しては、半期ごとに、貸 借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計 算書により、経営状況を説明している。そう する中で、財務改善にも協力・支援を求めて いる。また、自社の格付けについても情報を
得ることで自己評価に役立てている。
おわりに
未公開会社である中小企業の多くでは、決 算書が税務申告や金融機関からの借入れのた めの資料を主目的として作成されており、自 社の経営状態把握や経営管理に十分活用され ているとは言い難い。金融機関の融資姿勢も これまでの含み益や不動産担保重視から企業 の安全性、成長性を評価する方向にあり、中 小企業でも様々な管理会計の手法を活用する ことが重要になっている。未公開の中小企業 にとっても、社内で経営を透明化し、同時に 顧客や債権者、地域など自社を取り巻く利害 関係者に対しても積極的にディスクロージャ ーに努めること、換言すれば、経営者として 当然の説明責任を果たすことが重要な時代に なっている。
〈参考文献〉