第6節 新しい地理学の登場 1 新しい地理学の背景とその特徴
新しい地理学は、1950年代以降、アメリカ合衆国、スウェーデンに
始まった地理学の革新運動によって成立した。この新しい地理学は、計量 地理学あるいは、理論地理学とも呼ばれている。現在新しい地理学が誕生して、30年近くにもなり、「新しい」という言葉には適切性を欠くが、
「ルネサンス」と同様、地理学史上の時代区分として一つのエッボクをな すものであるので、固右名詞的にこの「新しい地理学」の名称を用いる。
この新しい地理学に対立する言葉は、当然、伝統的地理学である。新しい 地理学は、一般に理論地理学とも呼ばれると記したが、必ずしもイコール
という意味ではない。1933年、W.クリスタラーの中心地理論の研究
は、今日の理論地理学の先駆的存在であった。同様に、チューーネンやウェ ーバーの立地論の研究も理論地理学の範疇に入れられる。しかしこれらの 例は、伝統的地理学においては例外的存在であって、他の多くは、コロロジカルな地理学であったのである。この伝統的なコロロジカルな地理学か ら脱脚し、理論的な新しい地理学を提唱した最初の人は、F. Kシェーフ ァーであった。シェーファーは、r地理学における例外主義=その方法論
的吟味』において、1900年以降、支配的であったヘットナーおよびそ
れを継承し、アメリカ的に発展させたハーツホーンの地理学理論を鋭く批 判した。〔D 激しく批判されたへットナーおよびハーツホーンの地理学思 想は、それまでの伝統的地理学の正統派に属していた思想であった。すなわち、ヘットナーの地理学は1920年代以降の地理学界では、支配的位
置にあった。彼の地理学思想は、ヴィンデルバント、リッケルトの科学哲 学に根拠を置くもので、地理学は歴史学とともに個性記述的な学問に属す るものとされたbハーツホーンは、ヘットナーの方法論を受け継ぎ、それ を修正、発展させたもので、\その概念と方法論はあくまでもヘットナー地 理学の延長線上のコロロジカルな地理学であった。そして、それはアメリ カ地理学の主流となっていたのである。この伝統的地理学の正統派に対す る真向からの挑戦は、正に「地理学の革命」の名に値するインパクトを与 えたのである。それでは、この新しい地理学によって、どのように変った のであろうか。野間三郎に従えば、以下のように要約される。①地理学の抽象的科学としての側面が、1960年代に急速に進んだこと。
.以前のホーリスティック(全体観的)、記述的な研究から理論、抽象的 一般化へという動きが著しくなった。分析的方法、仮説・モデル・予測 が重大視されるようになった。
②定量的手法が1950年代から地理学にもとり入れられるに至ったこと。
統計的・数学的手法が本格的に応用されるようになる。従来乏しかった』
数学的モデル構築が盛んになったこと。これは複雑な現象、人文地理学 にも実験をもち込もうという精神をあらわしている。
③リモート・センシングの登場などによって、正確な情報が豊富に得られ るようになりザ多くの新しい機器が出てきて、地理的情報システムとよ ばれるような、コンビ.rt.・一鎚骨と結合したプログラムが組めるようにな ってきた。
④変化の重大な点の一つは、空間関係の中に現れる諸種のプロセスに研究 の重点が移されたことである。とりわけ、文化的プロセスの地上現象解 釈にとってもつ意i義が強調されてきたことである。
⑤システムとしての自然・文化そして空間が一般システム理論の登場と共 に地理学においても取り上げられ、コンピューターがこれらに関する資 料の整理に力を貸すに及んで、これらの考察を可能にした。
⑥地理教育の革新。第二次大戦後は、アメリカに限らずイギリスでも、ド イツでも教育の改革がすすめられた。地理教育の中にも、新しい地理学 の概念と方法がとり入れられてきているのは当然であるし、教育改革が むしろ科学の革新を背景に地理教育を、また地理学の革新を刺激してい る趣がみられる。④
以上のような新しい地理学は、バンジのr理論地理学』(1962年)
で絶頂期に達した6しかし1963年では、すでに、イアン・パートンに[
言わせれば、地理学の革命は、日常的知識の一部と化して終焉したどいう のである。3]このように新しい地理学は、伝統的地理学に革命をもたら
し、その概念と方法論が定着する形で、今日の地理学に至ったといえよう。
2 新しい地理学の概念と方法
伝統的地理学が、地域の個性記述的なコロロジーであったのに対して、
48、
新しい地理学は、・空間における法則定立的地理学を主張した。そこには科 学に対する基本的な認識の違があるようだ。伝統的地理学においては、全 体論的、歴史主義的科学思想に依拠していた。これは、これまでに検討し てきたフンボルト、リッター、ラッツェル、ヴィダルの4名とも、大なり、
小なりこの科学哲学から抜け出してはいない。このうちでとりわけ高田定 立的地理学を求めていたフンボルトやラッツェルにしても、宇宙を統一す るイデーや国家有機体説など、やはりホーリズムの枠内に留まっていたの である。これに対して新しい地理学は、論理実証主義学派の科学哲学に依 拠している。ここでは、個人の思弁的方法による原理の確立や道徳律を排 除し、絶対確実性を論理学、数学にのみ認め、これらの科学論理に基づく 分析操作によって得られた成果のみが真実であるとする。この論理実証主 i義に依拠する新しい地理学の目的は、地:域の理解やその記述ではなく、あ
くまでも空間における法則性の追求である。従って、この立場を、コロロ ジー学派(chorological school)に対して、空間学派(spatial school)
と呼ばれる。それでは、非法則的な存在として地域を排除する、この新し い地理学の空間学派では、何を研究対象とするのであろうか。新しい地理 学の火付け親となったシェーファーは以下のように述べている。
地理学は地域内の現象の空間的配列に注目せねばならず、現象自体には それ程注意を払わなくてもよいのである。空間的関係こそ、地理学にと って重要であり、それ以外の何者でもない。④
以上のように新しい地理学においては、地理学の対象を極めて限定的に 捉える。ホーリズムから脱出し、法則定立のみを追求しようとする以上、
必然的に、他を捨象していかざるをえなくなる。しかし、この論法をおし 進めていけば、数学そのもの、つまりバンジのいう数学地理学に行き着く
ことになろう。〔5〕
次に、新しい地理学における地理学の概念についてみてみよう。石水照 雄は、計量地理学の概念として次の7つの概念を上げている。すなわち、
地表事象め空間的存在形態に関する概念として、①分布パターン、②ネッ トワーク、③地域傾向面、④地域構成、地表事象の空間的現象形態に関す る概念として、⑤空間的相互作用、⑥空間的拡散、⑦空間的行動(6)の7概 念である。このうち①〜④は、地表事象の静態的把握であり、⑤〜⑦は、
その動態的把握である。計量地理学では、これらの7つの概念に関して、
r計量的方法を適用し、地表事象の空間的規則性・空間構造。空間的過程 の諸命題を蓄積」、していく。そして計量地理学の最終的な目的は、「それ
らの諸命題を体系化して、地表事象の空間的秩序に関する理論体系を形成 すること」であるとしている。〔巾
それでは、この新しい地理学における方法は、どのようなものであろう か。伝統的地理学においては、コロロジーにおけるモノグラフィー研究が 主体であったが、法則化が全く無視されたわけではなかった。しかしその 方法は、事実の積み重ねによって、一般化、法則化を目指すという帰納論 的方法が一般的であった。それに対して、新しい:地理学では、仮説、演繹 的方法が用いられる。石水照雄は計量地理学の方法を以下のように示して
いる。〔9〕
現実世界のサブシステム 仮説
モデル 検定 解釈
現実世界につての結論
理論
この図式で示されているように、新しい地理学においては、モデルの構 築が極めて重要な作業となっている。モデルは複雑な現実を簡略化したも のであり、現実を理解するための概念的支柱でもある。モデルは現実を単 純化したものであるから、その抽象化の程度によって、モデルは理論的定 式化に近づくことになる。しかし、モデルは図式にあるように、数学的な 検定、あるいは実験、観察結果などの解釈を経てばじめて、より完全な理