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169 西と黒板は1916年度の朝鮮半島史編纂事業の編纂主任に名が挙がっており62、小田は1918

169

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1923 「朝鮮史学会」初代会長 1924 京城帝国大学予科部長 1925 朝鮮総督府学務局(事務官)

朝鮮史編修会委員(~1945年)

1926 京城帝国大学教授(法文学部朝鮮史学第二講座担当、1932年退官) 1933 朝鮮古蹟名勝天然記念物保存会委員(~1945年)

1938 博物館建設委員会委員

(朝鮮総督府篇『朝鮮総督府及所蔵官署職員録』(各年度)、小田省吾「小田省吾略歴自記」『辛未洪景來乱の研究』、1934

年より作成)

朝鮮総督府学務局が推進する朝鮮史編纂事業と関連した調査の過程においても、数多く の「朝鮮文化財」が収集された。集められた遺物は、同じく学務局が管理する朝鮮総督府 博物館へ運ばれている。

1916

年から

1924

年まで、朝鮮史編纂のための行われた資料収集の 過程で朝鮮総督府博物館に集められた遺物は、以下(表

8)のように、記録されている。

(表 8)朝鮮史編纂関連の調査から朝鮮総督府博物館に納付された遺物

受入種別 物品番号 品目 納付者 納付日 摘要

採集65 2,790~3,11466 土陶磁器等 学務局 16/4/30 引継

引継 3,115~3,150 史料調査参考品等 学務局 16/4/30 鳥居龍蔵提出67

引継 3,151~3,223 写真原版原簿 学務局 16/4/30 史料調査68

引継 3,224~3,256 写真原板 学務局 16/4/30 史料調査69

引継 3,257~3,358 写真原板 学務局 16/4/30 史料調査70

引受 4,224~4,225 古釘等 中枢院 16/9/15 引継

引受 4,226~4,227 古銭等 中枢院 16/9/15 引継

引継 4,392 写真原板 鳥居龍蔵 17/1/24 史料調査71

蒐集 4,423~4,601 瓦破片等 鳥居龍蔵 17/8/15 古蹟調査

蒐集 4,895~4,950 佛像等 今西龍 17/8/15 古蹟調査

蒐集 4,951~4,968 塼破片等 黒板勝美 17/8/15 古蹟調査

65 「自第一回至第五回朝鮮満州史料調査採集品目録」

66 第3,006号、第3,020号、第3,102号は欠番。

67 「鳥居嘱託史料調査参考図画目録」、宮崎県地方と「満鮮」地方のもの。

68 「第一回史料調査写真原板原簿目録(咸鏡南北、間島)」。

69 「第二回史料調査写真原板目録(満州、平北)」。

70 「第三回第四回史料調査写真原板原簿(慶南、慶北、全南)」、「第五回史料調査写真原板目録(全北、忠南北、江原、

京畿道)」

71 「第六回史料調査写真目録(平安南道・黄海道・京畿道)」(1916年自9月至12月)。

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発掘 4,983 石棺 黒板勝美 17/9/12 古蹟調査

引継 5,180 写真原板 黒板勝美 18/4/20 古蹟調査

蒐集 5,192~5,24372 蓋杯等 黒板勝美 18/4/21 古蹟調査

蒐集 5,373 高盃破片等(42点) 今西龍 18/4/22 古蹟調査

蒐集 5,374~5,532 高盃器等 今西龍 18/4/22 古蹟調査

蒐集 5,533~5,827 陶器破片等 鳥居龍蔵 18/4/22 古蹟調査

採取 6,146~6,34973 素焼土器等 関野・黒板他 18/□/□ 古蹟調査

蒐集 6,393~6,401 平瓦等 黒板勝美 18/10/25 古蹟調査

引継 6,402 写真原板 黒板勝美 18/10/25 古蹟調査

蒐集 6,885~6,886 土器等 黒板勝美 19/9/16 古蹟調査

蒐集 8,322~8,323 石棺 鳥居龍蔵 22/3/1 咸北知事送付

蒐集 8,332~8,342 瓦片等 池内宏 22/3/13 古蹟調査

蒐集 9,145~9,226 石斧等 鳥居龍蔵 23/8/14 古蹟調査

蒐集 9,853~9,595 石斧破片等 藤田亮作 24/3/20 古蹟調査

蒐集 9,625~9,635 白色土器片等 藤田・梅原末治 24/5/14 古蹟調査

5.

内務部の古蹟調査事業

1909

9

月、大韓帝国度支部建築所の依頼をうけ、朝鮮半島の古建築調査に取り掛かっ た人物が、東京帝国大学工科大学建築学科助教授の関野貞だったということは、すでに述 べたとおりである。関野は、1902 年の韓国調査のときは一人で調査に取り組んでいたが、

1909

年の調査においては、本格的に調査チームを作ることにした。そこで選ばれた人物は 谷井斉一(東京帝国大学文科大学史学科

1917

年卒)と栗山俊一(東京帝国大学工科大学建築 学科

1909

年卒)の二人である。

1909

10

月、朝鮮半島の古建築調査を進めていた関野らの耳に、翌年度も古建築調査 が継続されることが決まったというニュースが飛び込んだ74。関野らの古建築調査は大韓帝 国度支部建築所の所轄であるが、翌年の

1910

8

30

日、大韓帝国は日本に併合され、

その古建築調査事業は、朝鮮総督府内務部の第一課に移されることになる。朝鮮総督府内 務部の所管となったこの時点から、関野らの調査は古建築だけでなく、本格的に朝鮮半島 の全遺蹟を対象にすることになり、その名称も「朝鮮古蹟」調査へと変わることになった。

72 5,202号は欠番。

73 6,147号と6,156号に「欠」の記有り。

74 谷井斉一「韓国はがきだより―第七信」『歴史地理』14-6、190912月、p.89。

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