柱 間
東面回廊 (複廊
)の
柱位 置 につ いて は、1968・ 69年お よび1985年の調査 で、回廊東南 コーナ ーの
2間
を含 めて11間分 がす で に確 認 され て いた。 今 回 の調 査 で は、東南入 隅か ら3間
日の礎 石据付 け掘形 か ら北 東 入 隅 まで、 一 部 削平 され て遺 存 して いなか った ものの、 ほぼすべ て の柱位 置 を確 か め る こ とが で きた。 この う ち、 南 か ら15間目まで は、基壇 の残 りが良 か った ことか ら、 礎 石 抜 取 り穴 が遺 存してお り、16間目以北 は、礎石据付 け掘形 を検 出 した。
礎石抜取 り穴 は、平面形 が不整 円形 を呈す る、 直径1〜
2mの
す り鉢 状 の穴 で、多 くの場合、 底 に人 頭大 の 自然石 が根石 と して固定 され て い た。 北半 部 で は、 回 廊基壇 の跡 が後世 の耕作行為 でか な り破壊 され て お り、 礎 石 抜 取 り穴 も削 平 され て遺存 して いないが、礎石 を設置す る際 の礎石据付 け掘形 が確認 され た。 これ ら の掘形 は一辺 が1.2〜
2.Omの
隅丸 正 方 形 な い し長 方 形 を呈 す る。 掘 形 の本 来 の 深 さは60cmほ どと推定 され、 中 は粘質土 や砂質上 を5〜 10cmの厚 さで互層 に埋 め て い る。今 回 の調 査 に よ り、 東面 回廊 (複廊
)の
柱 間数 が24間で あ る ことが確定 した。柱 間寸 法 につ いて は、 不確定要素 が残 るが、 東 南 入 隅 か ら15間分 と、 北 端
5間
が 14尺(4,14m)等
間 で、16間 目か ら19間 目まで の4間
は17尺、14尺、16尺、16尺 で あ った と推定 され、部分 的 に広 い柱 間が設定 されて い る とい う異例 の様相 をみ せ て い る。 柱間寸法 の問題 に関 して は、単廊 の計画変更 と も関連 す るので、 あ と で再論 す る。 なお、梁行 の柱間寸法 は10尺(2.96m)等
間 で あ る。基壇 幅 は約
10.lmぁ
り、34尺の計画寸 法 で あ った とみ られ る。 そ うす る と、基‑81‑
図45 薬師寺東面回廊遺構図 (1:400)
一‑ 82 ‑一
壇 の 出 は複 廊 の東 西 側 柱 か ら
7尺
で あ った こ と に な る。基 壇 外 装
複 廊 回廊 の床 面 は完 全 に削 平 され て い た。 た だ し、 南 か ら11間 目 の、
中央 の柱 筋 (棟通 り
)上
に30cmの長 方 形 を した凝 灰 岩 の切 石 を検 出 した。 複 廊 棟 通 りは連 子 窓・ 下 方 腰 壁 と想 定 され るので、 この切 石 中央 壁 下 の地 覆 にか か わ るもの と判 断 され る。
基 壇 東 縁 で は、 全 域 に わ た って基 壇 縁 辺 の外 装 が遺 存 して い た。 基 底 に偏 平 な 自然 石 を置 き、 そ の上 に凝 灰 岩 切 石 を並 べ る とい う構 造 を と って い る。 凝 灰 岩 切 石 は、 大 半 が高 さ15〜20cmほどで、 長 さは短 い もので30cm、 長 い もの は90cmに お よ び、 か な り細 長 い。 前 面 は風 蝕 の た め に斜 面 に な って お り、 この切 石 の真 上 に 別 の切 石 を重 ね た とは考 えが た い状 況 を み せ て い る。 基 壇 西 縁 で は基 底 部 の 自然 石 はな く、 複 廊 の南
3間
目、5間 目そ れ に17〜19間 目 にか けて の位 置 に、 じか に 据 えつ けた細 長 い凝 灰 岩 切 石 列 が遺 存 して い た。 これ も前 面 は風 蝕 に よ り、 くば ん だ斜 面 に な って い る。基 壇 東 側 の雨 落 溝 の底 か ら、 前 述 した 中 央 壁 下 の 地 覆 石 の 上 面 ま で を 測 る と 123cm、 西 側 の雨 落 溝 底 か らで は80cmと な る。 また基 壇 東 縁 の基 底 部 の 自然 石 か らは90cmの高 さ とな るが、 これ が造 営 当初 の基 壇 高 と考 え られ る。 基 底 部 とそ の 上 の凝 灰 岩 切 石 の高 さ は、 合 せ て も25cmく らいで あ り、 よ り上 の部 分 の基 壇 外 装 につ いて は よ くわ か らな い。 た だ、 と ころ ど ころ に、 幅 が50〜 90cm、 高 さが、 大 きい もので48cmを測 る方 形 の凝 灰 岩 切 石 が、 基 壇 縁
下 に倒 れ て い る。 この切 石 の本 来 の上 端 とみ られ る 部 分 も風 蝕 で丸 くな って お り、
48cm+α
cmの 高 さ で あ った とす れ ば、 これ を羽 目石 とみ る こ と も可 能 で あ る。 しか し、 そ の場 合、 地 覆 石 と して の細 長 い 凝 灰 岩 切 石 との重 な りが ほ とん どな く、 通 常 の基 壇 外 装 の構 造 とは異 な って い る (図46)。雨 落 溝 お よ び基 壇 造 成
基 壇 の両 側 に は雨 落 溝 が あ る。 西 側 の雨 落 溝 は浅 く しか残 って い な い。 南 か ら
一‑ 83 ‑―
図46 東面回廊基壇外装復原図
6間
日付近 で は幅lm、 深 さ20cm前
後 で あ るが、 この場所 に限 って、溝底 に敷 設 した敷石 が数点残 っていた。 その中 に、軒丸瓦 の瓦 当部 を敷石 の替 りに利用 した ものが あ る。 これ は丸 瓦部 を ほぼ完全 に残 して い る新 型 式 の軒 丸 瓦 で、 瓦 当面 の 直上 に13〜 14世紀 の瓦器 片 が堆 積 して いた。 この新型 式 の軒 瓦 は、 ■世 紀 頃 の も の と考 え られ る薬 師寺軒瓦53型式 に似 て い る もの の、 瓦 当文 様 はそれ よ り も しっ か りしてお り、 よ り古 い時期 の所産 と思 われ る (図48‑2)。
複廊 の南
4〜 6間
目お よび11間日、13〜 14間目にか けて の基壇 西 側 で は、 雨落 溝 の外 (西)縁
を護岸 す る玉石列 が部分 的 に残 って いた。 この玉 石列 は前記 の溝 底敷石 と一 連 の施設 とみ られ る。 これ まで の薬 師寺 にお け る調 査 の所 見 か ら、 造 営 当初 は外側縁石 も凝灰岩 で あ った と推定 され るので、 玉 石 列 の雨 落溝 は後 補 の もの と考 え られ る。複廊 の南 か ら16間目で確認 した土 層 の断面 を み る と、 造 営 当 初 の地 盤面 は、 西 (回廊 内側)か
ら東 (外側)に
約40cmの高低 差 で傾斜 して いた ことがわか る。基壇東側 の地盤 が低 いわ けであ るが、 複廊基壇外装 の下端 の レベ ルで比 べ ると、東側 が西側 よ り18cm低いだ けにす ぎず、基壇築成 に先立 って、 傾 斜面 を緩 か にす るよ うな整地 工事 を行 な った もの と考 え られ る。基壇東側 には深 さ40cm、 幅
150cm(推
定)の
雨落溝 が あ る。 基 壇 西 側 の雨 落溝 と比較す ると、 かな り規模 が大 き く、溝底 の レベル は40cmか ら70cm低
くな って い る。 また、基壇外装 の基底部下端 よ りもさ らに30〜50cm低
い。後述 す るよ うに、東雨落溝 が埋没 しは じめ るの は10世紀 の終 りか ら11世紀 にか けて の時期 と考 え ら れ るので、
8世
紀初頭 の造営以後2世
紀 あ ま りの間 にか な り浸 食 され た もの と思 われ る。い っぽ う、東 回廊基壇 の南北方 向の高低差 は、 造営後 の浸食作 用 が比較 的微 な 基壇西側 で み ると、 調査 区 の南端 と、 そ こか ら
50m北
の地 点 とで、 わず か に4〜
5 cmし か な い。基壇上面 につ いて は不 明で あ るが、少 な くとも回廊 の内側 の境内 地 は、 ほぼ水平 な地面 に造成 されていた と推察 され る。
暗渠
南 か ら21間日の ほぼ中間位 置で、 回廊基 壇 を横 断 す る暗渠 を検 出 した (図
47)。 内側 の幅 は45cmあ る。凝灰岩切石 を組 ん だ もので、 底石 と側石 の一 部 は遺
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存 して い るが、 蓋 石 は残 って い な い。 こ れ は回廊 の廃 絶 後 、 基 壇 部 分 が か な り削 平 され た の ち も、 開 渠 と して利 用 され て い た こ とに よ る もの と推 測 され る。
構 築 の方 法 は、 基 壇 を あ る程 度 まで築 成 し た 段 階 で 、120
〜160 cm幅 の 掘 形 を掘 削 し、 そ の底 面 に厚 さ
10cm弱
の 凝 灰 岩 切 石 を置 い て底 石 と し、 両 側 に側 石 を立 て て い る。 側 石 の 内面 は流 水 に よ る 浸 食 の た め に大 き く え ぐれ て い る。 底 面 の レベ ル は、 西 か ら 東 へ さが る緩 か な傾 斜 面 につ く られ て おり、 東 端 の 出水 口 と、
そ こ か ら西 に
7m
の 地 点 と は
30cmの
比 高 差 が あ る。
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図47 東面回廊基壇の暗渠実測図 (1:50)
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