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1 .発達とは

ドキュメント内 麻生 武 加藤 義信 (ページ 84-88)

「発達」と「発達段階」

「発達」は,日本語では本来なじみのないことばで,

明治期には社会的成功や出世を意味する中国の俗語のよ うに使われていた。「発達」は,現在ではdevelopment の訳語として定着しているが,日本語と英語では,微妙 にニュアンスが異なる。日本語では「達成」「到達」を あらわす「達」の字が入っているために,どこかへ達す るという意味が強調される傾向があり,発達段階,発達 課題,アイデンティティ達成などの用語の解釈にも影響 していると考えられる。

英語のdevelopは,より広い意味をもつ。語源的には,

包まれて(envelope)いたものを「開く」という意味か らきている。したがって,潜在的なものを「開発」する,

ゆっくり自然に「成長」する,種が成長して「開花」す る,図面を「展開」するなどの意味がある。写真の「現 像」やあぶり絵のように,隠されていた原像が外的影 響によって目に見えるかたちで現れてくる現象もさす。

developing countryは,「発展途上国」と訳されるが,「発 展」のほうが,英語のニュアンスに近いかもしれない。「発 生」という訳もありうるが,これはgenetic(遺伝子によっ てつくりだされる発生)の訳として生物的な発生現象を さす狭義の意味がすでに定着している。

「発達段階」は,developmental stageであるが,この ステージという用語も英語では広い意味をもつ。「段階」

や階段だけではなく,「舞台」という意味もある。した がって,発達段階を,ステージに立ってスポットをあび る時期,次々と回ってくる舞台に立つなどという意味に も使うことができる。「局面」「相」という意味もあり,

フェーズ(phase)とも近い。フェーズは,phasis(出現)

からきており,存在の様式や様相をさす。

ステージは,単に「時期」をあらわす場合もあり,そ の意味ではエイジ(age:年齢,時期,時代)とも重なる。

発達段階は,「年齢(age)」とむすびつけられることが 多かったが,一方では年齢とは無関係で段階の順序性だ けがあるとも考えられた。

また,発達段階は,「発達の連続性と非連続性」と関 連させて論じられてきた。Figure 1は,発達心理学の典 型的な教科書(Cole&Cole, 1989)に掲載されている説 明である。連続性の例は「スポンジ」で,年齢を重ねて も大きさが成長変化するだけである。非連続性の例は

「蝶」で,卵,サナギ,成体へと飛躍し段階が明確に区 切られる。発達現象は連続的にも非連続的にもみること ができるので,どちらを重視するかは「観点」の置き方 によるだろう。

発達現象をみるには,それをどのような「ものの見方」

でみるのかということ,つまり「発達観」と切り離すこ

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「発達」と「発達段階」を問う

とができないと考えられる。たとえ明示されなくても,

選択する用語ひとつに,注目する事実ひとつに,あるい は図表のつくりかたひとつに,暗黙のうちに発達観がし のびこんでいると考えられる。本論では,それらを根底 から問い返し,発達現象をとらえる基礎となる「ものの 見方」に迫ってみたい。

「児童心理学」から「発達心理学」への変革

「発達心理学」は,かつて「児童心理学」(「乳幼児心 理学」「青年心理学」など)と呼ばれていた時代があった。

後者の名称は今でも使われているが,前者と後者のあい だには,根本的なものの見方の相違がある。

「児童心理学」というような名称は,研究対象や領域 を分けて名づけられている。「認知心理学」「パーソナリ ティ心理学」「教育心理学」「社会心理学」など多くのほ かの心理学も同様である。それに対して「発達心理学」は,

発生・変化プロセスをさす。したがって,認知の発達,パー ソナリティの発達など,すべての領域にかかわって,発 達的な見方がありえる。

発達心理学は,特定の対象や領域をさすのではなく,

心理現象を時間的な発生・変化プロセスからとらえる学 問だといえる。このような「ものの見方」の隔たりが,「児 童心理学」と「発達心理学」という名称の違いにある。

最近は,「赤ちゃん学」「子ども学」という名称が増え てきたが,これは逆に対象や領域を限ることによって,

そこに医学や心理学や情報学や保育学など多様な学際的 分野を学横断的に集結する用語である。発達心理学が「歴 史学」にあたるならば,子ども学は「20世紀学」など という呼び名に近い。

さて,「児童心理学」から「発達心理学」への変革に,

ピアジェの発達理論が果たした役割はきわめて大きい。

彼は,生物学の研究で博士号を取得した後,ビネーの知 能検査をしていて,知能や知識を大人の見方から見た「正 か誤か」で判定する方法と,もっぱら能力の個人差を見 ようとするアプローチに疑問を持った。ピアジェは,子 どもの誤りにも意味があり,そこには彼らの「ものの見 方」世界観があることに気づいたのである。大人とは異 なる子どもの認識のしかたに関心をもったピアジェは,

乳児の観察に基づいた三部作(Piaget, 1936 / 1978, 1937, 1945)によって理論的基礎をつくった。

そこでは,次の3つの特徴によって,「発達心理学」

の基本ができたと考えられる。第一には,知能や認識と は何かというテーマを,その発生・形成プロセスから探 究しようとしたことである。彼は,知能の構造や機能に 迫るのに,「発生的認識論」のアプローチをとった。第 二には,年齢の関数として考えられてきた発達現象を,

質的な構造変化,つまり発達段階によって特徴づけよう としたことである。第三には,個人差ではなく,人間一 般にあてはまる「普遍性」「法則性」を追求しようとし たことである。

このようなピアジェの見方には,ダーウィンの進化論 の影響がある。進化論は,科学の伝統的なものの見方と 方法論を変革した。従来は,具体的対象が複雑なときに は,そのモノを領域に分け,細分化し,分割して知る方 法をとってきた。「分類」や「分析」など,対象を「分 ける(divide)」基本操作をするのである。そして,これ 以上分けられないもの(individual)を,普遍的な「本質」

Figure 1 「発達心理学」の典型的モデル(連続性と非連続性)(Cole, & Cole, 1989, p.9より)

Flower: Developmental discontinuity Sponge: Developmental continuity

Level of development Level of development

Age Age

としてきた(「原子」も「個人」も,「これ以上分けられ ないもの」という意味である)。ダーウィンは,生物を 見る見方を「分類学」から「進化論」へ変えたといえよ う。なお「進化する」と訳されるevolveは,「解き開く」

という意味のラテン語から来ており,「発展する」「徐々 に現れる」「生成する」など,もともとdevelopと近縁 の意味をもつ。

ピアジェも,知能を各領域に分類したり,個人の能力 を検査で「分ける」作業ではなく,その「発生プロセス」

に関心をもった。ピアジェは,知能や知識を完成形や静 態形から「分けて知る」のではなく,それができあがっ ていく動的プロセスから知活動(knowing)を「発生的 に知る」見方へと変革したのである。

発達心理学は,心理現象を発生・変化プロセスによっ てとらえる学問となった。しかし,この「発生・変化」

プロセスには,完成形や成体を設定し,「成人になるまで」

の途上という意味が暗黙のうちに含まれていた。進化の 系統樹も人間を頂点として「人間になるまで」が描かれ る。先進国(発達した国:developed country)であるア メリカや英国がいかに新しい「発展」をしつづけようと も,「発展途上国(developing country)」とは呼ばれな い。このように,発達(development)の用語や見方には,

大きな限界がある。

2 .「生涯発達心理学」への変革

生涯発達心理学の観点

その後「発達心理学」は,1980年代ころから「生涯 発達心理学」へと変貌をとげた。「生涯発達心理学」は,

生まれてから成人になるまでを扱っていた発達心理学 を,成人期や老年期から死まで,つまり人の一生を扱う 心理学へと時間軸を拡張した。

このように時間軸を人生全体にまで広げたことによっ て,ものの見方に劇的な変革が起こった。成人になって からの変化を扱うと,人の一生には驚くほどの可塑性や 個人差や多様性があることがみえてきたからである。

大きな流れでみれば,20世紀の心理学は,「乳幼児期 の早期発達」への関心が顕著になった時代だといえよ う。「乳幼児期の外傷体験」を重視する精神分析(Freud, 1916 / 1971),西欧世界における「子ども期」の発見(Ariès, 1960 / 1980),生物学における「初期経験」「インプリン ティング」「臨界期」などの発見(Lorenz, 1965 / 1989),

実 験 的 研 究 に よ る「 乳 児 の 有 能 さ 」 の 発 見(Stone, Smith, & Murphy, 1973)など,乳幼児期に関心を集中し,

早期形成論を促す新たな知見が続々と見出された。一般 社会にも「3歳では遅すぎる」というスローガンで早期 発達,早期教育の重要性が広く浸透した。

それまで日本で伝統的に流布していた「大器晩成」「熟 成」「長老」などの発達観は,片隅においやられてしまっ

た。生涯発達心理学の知見では,人生はどの時期も重要 で,どの時期にも大きな変化可能性があることがわかっ てきたので,これらの用語を新たな価値で見直す必要が あるだろう。

Table 1は,バルテス(Baltes, 1987 / 1993)による生涯 発達心理学を特徴づける理論的観点である。①「生涯発 達」②「多方向性」③「獲得と喪失としての発達」④「可 塑性」⑤「発達が歴史に埋め込まれていること」⑥「パ ラダイムとしての文脈主義」⑦「学際的研究としての発 達研究」の7点にまとめられている。

「生涯発達心理学」によって,必然的に「発達」とは 何かという「ものの見方」が問われ,発達観や研究方法 も劇的に変化した。上記の7点は相互に連関しているが,

もっとも特記すべきものは,バルテスがいうように,人 間の発達は社会・文化・歴史的文脈のなかに埋め込まれ ており,具体的な人間の発達プロセスは,それらとの相 互作用を抜きに研究できないという知見である。

たとえば成人後期から老年期にいたるエイジング

(aging)の過程では,身体能力だけではなく知的能力も

衰退すると考えられてきた。しかし,最近の生涯発達研 究では,加齢によって記憶や知能が必ずしも低下しない ことを明らかにしてきた(Baltes & Baltes, 1990; Schaie, 1996など)。

その第一の理由は,知能とは何かが問われ,知能テス トが多様化し,多次元的な知能が調べられるようになっ たからである。たとえば,日時や場所を覚えるエピソー ド記憶は加齢に伴って低下するが,ものごとをまとめる 意味記憶や,ものごとのやり方などの手続き記憶は低下 しない。経験を物語として意味づける記憶は,年齢を重 ねることによって理解力や統合力が増すので,むしろ良 くなることもある。知能の急激な低下は80代以降であ るともいわれる。

第二の理由として,従来は短期の時間軸で横断的研究 がなされてきたので,コホート(ある社会で特定の時代 に生まれ育った群)に特有の条件が考慮されてこなかっ た(小嶋,2002a)。たとえば,現代の30歳と80歳を横 断的に比較すると,単に年齢差や加齢効果だけではなく,

その人々が生まれ育った時代背景の違いが組み込まれて しまう。たとえば,2010年に80歳の人々は1930年生 まれで若いときに第2次世界大戦を経験し進学率も低 かった。2010年に30歳の人々は高度成長で豊かになっ た後の1980年生まれで,社会・文化・歴史的文脈が大 きく異なっている。

アメリカのシアトル縦断研究(Schaie, 1996; Schaie, Willis, & Caskie, 2004など)では,40年以上にわたって 成人の知能検査を行った。Figure 2は,その一部を横断 データと縦断データで比較したものである。横断データ では,60代から急激に知能が衰える「段階」が明らか

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