ここでは,改めて,オープンソース運動のような野火 的な活動における学習ということについて考えてみるこ とにしよう。例えば,技術の学習というとき,野火的な 活動においては,技術が高い者が,低い者に教えると か,技術が低いレベルから高いレベルに変化するといっ た「垂直的な学習」に還元できないものが多くある。
例えば,オープンソースにおいては,「どのようなシ ステムの使い方をするか予測のつかないユーザ」(生越,
2008)は,不可欠の学習環境である。また,もう一方で ユーザにとっては,ハッカーが提供するプログラムやそ のドキュメントは,新たな学習環境になる。
また,ハッカーたちは,オープンソースの中では,個々 のコンポーネントを,それ自体として設計し,開発し ているのではなく,そのバザール的な開発方法におい て,常に,他の多くのハッカーやコミュニティが開発す るコンポーネントとの関連の中で,設計,開発してい る。PoleseはTapscott & Williams(2007 / 2007) の イ ン タビューにおいて,オープンソースの形成に伴って生じ たプログラミングのスタイルについて以下のように述べ ている。
「オープンソースの世界では,ばらばらのコンポーネ ントが集まって大きなエコシステムになります。コン ポーネントやプロジェクトを構築するとき,まず,その ほかの部分とどのように相互運用できるようにするか,
から考えます。つまり,ソフトウェアの書き方やソフト ウェアの世界で事業を行うやり方に対するアプローチ自 体が大きく異なっているのです」(Tapscott & Williams, 2007 / 2007, pp.145-146)。
Poleseが指摘するように,オープンソースにおいては,
オープンソースゆえの「オブジェクト中心の社会性」に よって,何をどのようにプログラミングするかといった ことが大きく変わった。このことは,オープンソースに おいては,プログラム開発者のプログラミングの学習環 境も大きく変化したことを示している。同様のことは,
ユーザやソフトウェアの世界でビジネスを行おうとする 人々についても言えるであろう。
あるいは,特定のオブジェクトの形成やそれに伴う 人々やコミュニティのつながりの中で生じる「ソフト ウェアの書き方やソフトウェアの世界で事業を行うやり 方」の変化を,学習と呼ぶことも可能である。個々の様々 な参加者たちに焦点を当てて言うなら,こうした新たな オブジェクト中心の社会性によって,参加者のそれぞれ に多様な形の学習が生じたといこともできる。
また,Lave & Wenger(1991 / 1993)は,学習とは知 識や技能の学習には還元できない実践のコミュニティの 中で「ある存在になる」ことを含むことを指摘している
が,オープンソースのような野火的な活動においては,
なるべき「ある存在」自体が変化している。例えば,オー プンソースにおいては,開発者になるとか,ユーザにな る,ソフトウェアの世界で事業者になることが,従来と はかなり異なったものになっていると考えられる。
また,野火的な活動における人々やコミュニティの間 の有形,無形なものの多様な交換形態は,その「オブジェ クト中心の社会性」において諸関係は,相互的であり,
また,その相互関係は,多様であることを示している。
このように見るなら,学習も,また,常に相互的なもの であり,さらに,その相互性のあり方は,交換形態に依 存してやはり多様なものであると考えることができる。
ここでは,野火的活動について主にオープンソースに 焦点を当て,そこでの人々やコミュニティのつながりの あり方を「オブジェクト中心の社会性」および有形,無 形のものの「交換形態」によって明らかにしようとした。
こうした試みは,「水平的な学習」がどのようなもので あり,どのように生じるか見て行くための手がかりを与 えると考えることができる。
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407 野火的活動におけるオブジェクト中心の社会性と交換形態
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This paper clarified how wildfire activities tie together (as with the Open Source movement), and also focused on object-centered sociality and forms of exchange. In doing so, I attempted to reformulate the concept of learning. A “wildfire activity”
is a collection of distributed and local activities that occur in various places at the same time and tie together, exactly as happens with a real wildfire. A typical example of wildfire activity is peer production that extends beyond institutionalized organizations, e.g., the editing of Wikipedia and the development of Linux. However, wildfire activity is not limited to activities on the Internet, and also occurs in the activities of the Red Cross, skate-boarding, and the revitalization of local communities.
【Key Words】 Wildfire activities, Object-centered sociality, Forms of exchange, Open Source, Learning
2011. 8. 30 受稿,2011. 9. 21 受理
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渡辺 恒夫
(東邦大学理学部生命圏環境科学科)
内面から見られた人格(パーソナリティ)である自己の発達に焦点を当て,人格発達の著しい質的転 換点とみなされてきた第二の誕生の謎に肉薄する。Rousseau以来,第二の誕生は思春期の到来の時期に 想定されてきたが,青年期静穏説の台頭によって最近は影が薄い。2節では,自己の発達について考察す べく,代表的な自己発達理論として,Neisserの5つの自己説を検討し,私秘的自己のみが未解明にとど まっていることを見出した。次にDamonとHartの自己理解発達モデルを検討し,自己の各側面間の発達 的ズレ(デカラージュ)という知見を得た。3節では,古典的青年心理学で第二の誕生として論じられた 自我体験と,その日本における研究の進展を紹介し,4節で,第二の誕生の秘められた核は自我体験であ り,その奥には私秘的自己と,概念的自己など他の自己との間の矛盾の気づきがあるという仮説を提示 した。5節では,私秘的自己の起源をメンタルタイムトラヴェルによる自己の二重化に求めるアイデアと,
自己理解と他者理解の間のデカラージュを克服しようとする運動そのものが新たに矛盾を生じるという,
生涯発達の構想が提示された。6節では,第二の誕生のテーマを再び見出すため,一人称的方法による人 格発達研究の復権が唱えられた。
【キー・ワード】 自己の発達,第二の誕生,私秘的自己,自我体験,一人称的発達心理学