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ピアジェ理論の形式的操作理論

ドキュメント内 麻生 武 加藤 義信 (ページ 38-41)

筆者に与えられたテーマはピアジェの発達段階論の中 でも形式的操作期の一般性・普遍性に関するものであっ た。そこで本節ではピアジェが形式的操作期をどのよう なものとして捉えていたのか,彼の形式的操作理論を全 体構造論として紹介し,その心理学的意味を検討する。

ピアジェの形式的操作理論がもっとも詳しく展開され たInhelder & Piaget (1955 / 1958. 以下では,LELAと略 記する)を中心に見ていくことにするが,Piaget (1953, 1954,1962)にも形式的操作に関するまとまった記述が 見出される。

形式的操作期の知的新しさ

6 – 7歳ころ始まり9 – 10歳ころ均衡形態に達する具体

的操作は,諸対象を関係づけるにしろ分類するにしろ,

具体物あるいはそのイメージに対して発揮されていた。

それに対し, 11 – 12歳ころから形成され始め,14 – 15歳 ころその均衡形態に達する(とされる)形式的操作は具 体なものから開放されて,思考の形式について推論でき るようになる。このことがもたらす知的成果は計り知れ ないほど重大であり,具体的操作期には見られなかった 質的に新しい思考様式が叢生する。

第一に,言語面においても帰納的推論においても,仮 説演繹的推論が可能になる。言語面では,具体的操作期 の子どもは自分が信じていない諸前提からその論理的帰 結を演繹することが難しいのに対し,形式的操作期にあ る者は,与えられた諸前提を承認するにせよしないにせ よ,とりあえずそれを仮説として受け入れ,必然的帰結 をそこから引き出すことができる。帰納的推論の領域で も,ある物理現象を支配している法則を見出すよう求め られた場合,具体的操作期の子どもは,直ちに現象を生 み出す装置に働きかけようとするのに対し,形式的操作 期にある者は,最初試しに装置を動かしてみることはす るものの,その後は考えうる法則を仮説として枚挙して から,各仮説の妥当性を順次実験的に検証し,系統的な Table 1 16二項命題操作システム

No. 命題操作名 記号表記 選言標準形 選言標準形 記号表記 命題操作名 No.

1 完全否定 (0) (0) pq∨p¬q∨¬pq∨¬p¬q p * q 完全肯定 16

2 連言 pq pq p¬q∨¬pq∨¬p¬q p|q 非両立 15

3 条件法否定 ¬(p→q) p¬q pq∨¬pq∨¬p¬q p→q 条件法 14 4 逆条件法否定 ¬pq ¬pq pq∨p¬q∨¬p¬q q→p 逆条件法 13

5 選言否定 ¬p¬q ¬p¬q pq∨p¬q∨¬pq p∨q 選言 12

6 p肯定 p〔q〕 pq∨p¬q ¬pq∨¬p¬q ¬q〔p〕 p否定 11

7 q肯定 q〔p〕 pq∨¬pq p¬q∨¬p¬q ¬p〔q〕 q否定 10

8 双条件法 p≡q pq∨¬p¬q p¬q∨¬pq p W q 相互排除  9

373  ピアジェ発達段階論の意義と射程

実験から法則を帰納することができるようになる。

第二に,命題の論理が可能になる。具体的操作はクラ ス,関係,数などの構造に従って諸対象を組織化するこ とにある。このとき確かに言語的表出としては命題を 伴っているものの,命題は単にその内容において考えら れているだけなので,具体的操作は 命題内操作 であ る。それに対し,形式的操作は命題として与えられた言 明や仮説を対象とし,それらの命題とそこから帰結する 命題との関係を扱うので, 命題間操作 であり,真偽 関係を問題にしたときその推論は命題の論理となる。

第三に,形式的思考が成立することである。つまり,

思考の形式がその内容から分離し,思考の形式に従って 推論が可能になる。具体的操作は特定の内容に適用され たとしても,他の内容にも一般化可能であるとは限らな い。つまり,具体的思考は内容依存的である。そのため,

たとえば,物質量の保存,重さの保存,体積の保存間の 水平的デカラージュが生ずる。それに対して,形式的操 作期においては,命題の内容に依存せずに,その形式に おいて推論の妥当性が判断できるようになる。こうして 経験的真理と形式的真理とが分離する。

第四に,新しい操作的シェムの出現である。形式的思 考が可能になるのとほぼ同じ頃, 組み合わせ法(組み合 わせや順列など),比率に関わる諸観念,確率に関わる 諸観念,二重参照系,力学的釣合い,相関といった形式 的操作期に特有の高次な操作的シェムが出現する。

第五に,形式的操作は二次的操作であること,言い換 えれば,他の操作に対して遂行される操作である。組み 合わせは分類の分類化であり,順列は系列の系列化であ り,比率は関係同士の関係づけであり,確率は可能なも のと現実的なものとの比率であり,二重参照系は参照系 そのものの参照である。そもそも,命題の論理における 命題操作は先立つクラスや関係の操作(一次的操作)の 結果としての命題に対する操作であって,やはり二次的 操作である。

かくして形式的操作期になると,現実的なものと可能 なものとの関係が逆転し,可能なものの世界から現実的 なものを捉え,現実的なものを超えた必然的関係によっ て可能なものを結び付けることができるようになる。し たがって,対人的には考え方や利害が異なる人の立場に 身を置き,そのような人とも生産的議論が可能となるし,

興味の範囲についても直接的経験を超えた人生,社会,

歴史,宇宙の問題に関心を持つことができるようになる。

形式的操作の全体構造論

それでは,これら形式的操作期の知的新しさはどこか ら来ているのであろうか。知的新しさは部分集合族がも つ全体構造に基づくとピアジェは考える。すなわち,形 式的操作期になると知的操作が部分集合族と同型の構造 的まとまりを形成し,数学的には束の構造とINRC群の

構造を含んだ全体構造をなすようになることに基づく。

ピアジェの形式的操作理論は何よりもこのような全体構 造論によって特徴づけられる。

ところで,形式的操作の全体構造はクラスの乗法操作 と組み合わせ法から導くことが可能である。具体的操作 期でも二つのクラスA(とその補クラスcom-A),B(と その補クラスcom-B)からクラスの乗法操作によって4 つの単純結合クラスを作ることができる(ただし,A+

com-A=B+com-B,A∩B≠0)。

A & B(=1),A & com-B(=2),com-A & B(=3),

com-A & com-B(=4)

この4つの単純結合クラスから,n個ずつの組み合わ せ法によって,次のような16個のクラスを作り出すこ とができる。

(空集合)       0

(1つずつの組み合わせ) 1, 2, 3, 4

(2つずつの組み合わせ) 1+2, 1+3, 1+4, 2+3, 2+4, 3+4

(3つずつの組み合わせ) 1+2+3, 1+2+4, 1+3+4, 2+3+4

(4つずつの組み合わせ) 1+2+3+4

これら16個のクラスからなる集合は,集合論で基底

集合{1,2,3,4}の 部分集合族 と呼ばれている。部分

集合族は,その集合に含まれる任意の2クラスの和クラ スを上限,共通クラスを下限として持っているので,束

(より正確には,ブール束)の構造を持つ。命題論理と いうのは,部分集合族に含まれるクラスの関係を命題の 関係に置き換えたものに他ならない。実際,クラスA,

Bを命題p,qに,その補クラスcom-A,com-Bを命題 の否定¬p,¬qに置き換えてできる4つの単純結合命 題pq,p¬q,¬pq,¬p¬qから,組み合わせ法によっ て16個の命題を作り出すことができる。これら16個の 命題は 16二項命題操作 と呼ばれ,原子命題が2つ(p

とq)の場合の命題論理に必要な命題操作のすべてを含

んでいる(Table 1 ; Piaget, 1962)。

ところで,部分集合族は(したがって,命題論理)は INRC群 と呼ばれるもう1つの構造を含んでいる。

例えば,4つの命題操作p→q,p¬q,¬pq,q→pは次 のような変換で結ばれている。

I (同一):p→q ⇒ p→q N (否定):p→q ⇒ p¬q R (相補):p→q ⇒ q→p C (相関):p→q ⇒ ¬pq

ここで,Nは命題の否定をとる変換,Rは命題を構成 する原子命題p,qの否定をとる変換,Cは命題を選言 標準形で書きあらわしたとき,選言と連言を入れ替える 変換,Iは変換しない同一変換である。4つの変換は閉 鎖性,可逆性,結合律,同一変換の存在という,群であ

るための4条件を満たし,数学的な意味で4元群でもある。

このように形式的操作の全体構造は束群という豊かな 構造を持っているので,非常に抽象的で一見無味乾燥に 見えるけれども,その心理学的含意は次に見るように絶 大である。

形式的操作の全体構造の心理学的意味

それでは,形式的操作の全体構造のような論理的モデ ルを提示することにどのような心理学的意味があるので あろうか。ここでは,全体構造の心理学的意味をその構 造的側面と発生的側面とに分けて指摘する。

全体構造論の心理学的意味を構造面から指摘すれば,

形式的操作の全体構造に含まれる構造を分析することに よって,その水準において初めて可能になった知的新し さを説明できるようになることである。形式的操作期に 入ると具体的操作期には見られなかった高次の推論様式 が出現する。しかし,このような知的新しさはその現れ 方が多様であり,一見したところお互いに関連があるよ うには見えない。そのため,青年期を特徴づけるに,「青 年になると,あれもできる,これできるようになる。こ の点もあたらしい…」と新しい特性を羅列することで終 わってしまいがちである。それに対して,形式的操作の 全体構造を明らかにすることができれば,形式的操作期 に見出される特徴的諸行動が全体構造に含まれる構造か ら,あるいはそれと関連した諸特性から説明できるよう になる。

部分集合族の組み合わせ的性格(束の構造)は,形式 的操作期の知的新しさを全面的に覆っていて,それが持 つ心理学的意味は重大である。命題操作自体が可能な事 態の組み合わせであり,あらゆる可能な仕方で要因や仮 説を組み合わせることができる柔軟性と力強さを命題操 作に与えてくれる。仮説演繹的推論とは可能な事態の組 み合わせの中へ現実の事態を挿入することによって現実 を理解しようとする試みである。また,命題論理は原子 命題の内容的真偽を問題とすることなく,命題間の組み 合わせ方の真偽を扱うので,命題的推論の形式はその内 容から分離し,形式的思考が可能となる。

INRC群の持つ心理学的意味もまた重大である。具体 的操作の全体構造は8つの群性体からなるが,クラスを 合併するときはこの群性体,関係の対応をとるときはあ の群性体というように,各群性体は相互に結びつけられ ることがなくばらばらに機能していた。それに対して,

形式的操作期の全体構造はINRC群のおかげで,各命題 操作が否定変換,相補変換,相関変換によって相互に結 びつけられ,1つの命題操作システムとしてまとめられ る。これによって,形式的操作期の思考はクラスや関係 を自由自在に扱えるようになり,思考力は飛躍的に拡大 する。また,INRC群は否定Nと相補Rという2種類 の可逆性を1つの全体に統合しているので,具体的操作

期の子どもには近づきがたかった,比率の観念,二重参 照系,力学的釣り合いなど高次な操作的シェムの獲得が 可能となる(Inhelder & Piaget, 1955 / 1958)。これら諸々 のシェムはすぐにその適用例が思い浮かぶほど高度な一 般性を持っており,日常生活の問題解決においても有用 な役割を果たしている。

興味深いのは,操作的諸シェムと命題論理の間にはど んな類縁性があるようにも見えないにもかかわらず,ほ ぼ同時期に獲得されることである。その理由は,操作的 諸シェムは束とINRC群という二重の構造を含んだ部分 集合族から派生し,一方命題論理は同じ部分集合族の構 造を命題に翻訳し直したものであるから,操作的諸シェ ムが形成されるために命題論理を必要とするのである。

このように,全体構造論的にアプローチすれば,表層的 には共通性がないように見える形式的操作期の知的新し さの間に構造的共通基盤を見出し,それらの同時出現を 理解可能なものとしてくれる。

次に,全体構造論の発生面における心理学的意味は何 であろうか。それは形式的操作の全体構造を形式的モデ ルとして取り出すことができれば,その前段階の具体的 操作期の全体構造の形式的モデルと比較することによっ て,両者の構造的つながり,発生的系譜を調べることが でき,したがって全体構造の心理的構築過程への示唆を 得ることができることである。それでは形式的操作の 全体構造に特有の組み合わせ法はどこから来るのであ ろうか。具体的操作期においても,すでに指摘したよう に,2つのクラスA,Bから,クラスの乗法操作によって 4つの単純結合A & B(=1),A & com-B(=2),com-A

& B(=3),com-A & com-B(=4)を作ることができる

(ただし,A+com-A=B+com-B,A∩B≠0)。しかし,

具体的操作による思考はここでとまってしまう。具体的 操作期の子どもにとって隣接しないクラスの加法1+4 や2+3は意味をなさない。ところで,具体的操作期の 子どもはクラスの加法にかかわるもう1つの操作をもっ ている。全体クラスがA+com-Aに分けられるとき,別 の分け方B+com-B も可能である(ただし,Bはcom-A に含まれ,Aはcom-Bに含まれる。すなわちA+com-A

=B+com-Bだが,A∩B=0)。このクラスの置き換え 操作は代替操作(ヴィカリアンス)と呼ばれている。こ の代替操作をクラスA, B間の乗法操作の結果A & B+

A & com-B+com-A & B+com-A & com-Bに適用すれば,

この全体クラスはどこに分割線を入れるかに応じていろ いろなクラスが構成可能となる。つまり,代替操作によっ て分類操作を一般化すれば,16個の要素からなる部分 集合族を得ることができる。したがって,部分集合族の 組み合わせ的構造はクラスの乗法操作によって得られた 4つの単純結合クラスへの代替操作の適用に由来するこ とが全体構造の分析から示唆される。

ドキュメント内 麻生 武 加藤 義信 (ページ 38-41)