なぜ発達段階は構想されなければならなかったのか
Baron-Cohenは,「心の理論」障害仮説を提起した後,
自身の理論に修正を行っている。自閉症が連続体であ ることに注目し,共感化とシステム化という二次元座 標から,自閉症の障害を説明するE-S理論を提起して
385 障害研究における発達段階論の意義
い る(Baron-Cohen, 2003)。 共 感 化(empathizing) と は,他者の心的状態を理解し,そのうえで,他者に対 して情動的に適切に反応する能力をさし,システム化
(systemizing)とは,モノの動きを理解したり対応した
り,システムを構築している規則を理解する能力をさす
(Baron-Cohen, Knickmever, & Belmonte, 2005)。 シ ス テ ム化という認知的機能を導入することで,自閉症児が共 通して示す固執行動を説明しうることが可能になった。
そのため,「心の理論」障害仮説に比べ,より統一的に 自閉症の障害を説明できているといえる。ただ,生得的 な能力を仮定しているという点では,「心の理論」障害 仮説と同じであり,モジュールが形成されるという視点 はとりいれられていない。
では,「心の理論」研究に対する批判を考慮に入れた 場合,どのような研究の方向性がありうるのだろうか。
この問題を考える際に,示唆を与えるのは,障害児を対 象とした研究において,なぜ発達段階論が構想されたの か,そして,支持されたのかということである。そもそ も,発達段階は抽象度の高い構成概念であり,そのため,
発達段階の存在を実証的に明らかにするのは容易ではな い。にもかかわらず,発達段階が必要とされたには,理 由があったからだと考えられる。そこで,ここからは,
前述した田中昌人らの階層段階理論に戻る。田中らが階 層段階理論を生み出さねばならかった当時の障害児をめ ぐる発達研究の特徴があるはずであり,また,そのよう な田中の問題意識を少なくない研究者・実践者が共有し たからこそ,一定の支持が生まれたはずである。そこで,
ここでは階層段階理論を通して,障害領域における発達 段階論の発達的起源を検討する。この作業を通して,発 達段階論の意義を見出し,新たな研究の方向性を展望す る。
発達段階論の発達的起源
発達段階論の発達的起源を検討するうえで,1950年 代,障害児を対象とした発達研究がどのような流れに あったかを押さえる。田中昌人は,障害児を対象とした 研究が類型学的な把握の方向に向かっていることを厳し く批判した(田中,1960)。類型学的とは,「内因・外因」
「障害・健常」などカテゴリー(類的)に分けて,その 特徴を把握する方法についてである。もちろん,このよ うな類型学的な方法は一概に否定されるべきことではな い。田中(1960)自身も,障害の特徴を知るうえでは,
個々の障害,個々の子どもに共通してみられる事象をと りあげる必要があることは認めている。田中(1960)が 批判したのは,類型的把握そのものではなく,類型論が 静的に構成される点である。「閉じた類型論」であると し,障害を定型発達児と非連続的なものとしてとらえ,
障害を固定的にとらえることにつながると批判した。
実際,この傾向は,障害児研究だけでなく,行政によ
る障害のとらえかたにもみられた。1966年に出された 文部省の「特殊児童の判別基準」によれば,知的障害の 基準は「精神薄弱者とは先天的に,または出生時ないし 出生後早期に脳髄になんらかの障害を受けているため,
①知能が未発達の状態にとどまり,②そのため精神活動 が劣弱で,③社会への適応が著しく困難な状態を示して いる者をいう。」(田中・田中・長嶋,1967による)と いうように,知的障害を固定的にとらえていた。このよ うな障害観・発達観が,結果として,障害児の就学猶予・
就学免除につながっていたことは否定できないだろう。
そこで,田中(1960, 1980)は,閉じた類型論を打破 するために,障害の形成・変容過程に注目した。障害を 静的・固定的にとらえるのではなく,障害がどのように 顕在化し,また,どのように改善していくのかを発達過 程のなかで明らかにしようとした。その際,田中が注目 したのは機能連関という視点である(田中,1987b)。機 能連関とは,ある能力が,同じ時間の相において,他 の能力とのつながりのことをさす(白石,2009)。さら に,その機能連関を考える際には,どのような時間的な 変化のなかで成立するのかを問う必要がある。そのた め,発達連関にも注目した。発達連関とは,さまざまな 能力・機能が異なった時間の相において,機能や能力の 領域をこえて因果関係をつくっている状態である(白石,
2009)。さらに,その発達連関を説明するために,発達 の質的な変化がどのようにみられるのかについて,可逆 操作の高次化として,その質的変化を記述しようとした。
このような機能連関・発達連関・質的変化を包括する概 念として発達段階が構想された。
このように障害の顕在化を,機能連関,発達連関をふ まえて記述しようとすることは,定型発達児と障害児と の間に連続性を強調することにもつながった。なぜな ら,障害/健常という二分的な類型の中で障害をとらえ るのではなく,障害をある特定の質をもった機能連関・
発達連関としてとらえることになるからである。そうす ることで,障害の独自性のみを強調する立場をこえよう とした。
発達段階論の何を再評価できるのか:機能連関・発達連 関への注目
発達段階論を構想される起源をみてきた。ここから,
発達段階論の何を再評価できるのだろうか。発達段階論 の中核的な要素の1つである領域普遍性に関しては,少 なくとも自閉症の場合,該当しないとみてよいだろう。
しかし,機能連関・発達連関という視点から学ぶ点は多 い。なぜなら,機能連関・発達連関という視点に立つこ とで,障害の顕在化や改善のプロセスをとらえやすい,
つまり,障害を動的にとらえることが可能になるからで ある。実際,機能連関・発達連関という点から障害の形 成・顕在化プロセスを検討している知見もみられるよう
になった。
その代表が,「心の理論」障害仮説とは異なる立場を とるHobson(1993 / 2000; Hobson & Lee, 1999; Hobson &
Meyer,2005)である。Hobsonは,自閉症の障害起源を,
生後初期からの他者の態度を知覚することの困難さにみ ている点に特徴がある。他者の態度を知覚するとは,推 論を用いて他者の心的状態を理解するという意味ではな い。態度とは,情動的な価値がこめられたものであり,「何 らかのものについて(aboutness)」向けられたものだと いうことを非推論的に理解することをさす。
他者の態度を知覚する困難さが生後すぐからみられる という指摘は,「心の理論」障害仮説と大きく異なる。
ただ,この点については,他の研究者も指摘している
(Trevarthen, , Aitken, Papoudi, & Robarts, 1998)。Hobson の論がユニークなのは,この情動知覚の困難さが,自閉 症児が共通して示す象徴機能の困難や自他の心の理解の 困難と連関していると主張している点にある。Hobson は,自閉症の障害を説明するにあたり,生後9,10カ月 ころにみられる三項関係を重視する。特に,社会的参照
(social referencing)に注目している。社会的参照とは,
乳児が,あいまいな対象物を見た際に,他者の表情を手 がかりに,その物の意味をつかみ,自身の行動を調整す る働きのことをさす。Hobson(1993 / 2000)は,この社 会的参照の意味を,従来とは異なる角度から指摘する。
それは,社会的参照が,乳児に自他の態度の違いを意 識させる契機になるということである。一般的に三項関 係は,モノを介した自他の共有状態の成立と考えられる ことが多い。ただ,それだけでなく,社会的参照が成立 する際には,自他の態度の差異を知覚する契機にもなる
とHobsonは主張する。なぜなら,同じ対象を見ても,
一方はそこに肯定的な態度を向け,もう一方は否定的な 態度を向けることもありうるからだ。三項関係が成立す ることは,自他の態度の差異を自覚するきっかけになり,
渾然としていた自他未分化の状態から自他の差異に気づ き,自他の心の理解が発達していく契機になるとしてい る。
また,三項関係がみられることは,象徴機能が成立す る必要条件でもあると指摘している(Hobson, 1993 / 2000, 2007)。象徴機能は,三項関係の成立とは,距離があるよ うにみえる。実際,Hobson自身,そのように述べている。
しかし,次のような理由で, Hobson(1993 / 2000)は,象 徴機能と三項関係には,発達的な関連があると主張する。
象徴機能は,積み木を車と見たてる行為に代表されるよ うに,能記と所記の分化が中核的な要素となる。このよ うな二重化を支えているのが,三項関係であると指摘す る。なぜなら,三項関係が成立することは,同一の対象 物に対して異なる意味を付与することもありうることを 理解するからである。このことを,Hobson(1993 / 2000)
は,「乳児は自らの態度を他者の態度に同一化させるこ とによって視点の転換が生じる。さらに,この視点の転 換を自覚することによって乳児は象徴能力を手にいれ
る」(p.227)と述べている。
Hobson(1993 / 2000)は,このような発達論を背景に,
自閉症の障害が顕在化するプロセスについて説明する。
自閉症児は,生後初期から他者の態度の知覚が困難であ るために,三項関係の成立が困難になる。この困難が,
さらに自他理解の障害や,象徴能力の困難にも影響を及 ぼすと記述している。認知・情動・自己意識などさまざ まな発達の側面のつながりのなかで,自閉症の障害を統 一的に,かつ発達的に説明しようとする点に,「心の理論」
障害仮説にはみられない特徴がある。しかし,実証的と いう点ではまだ課題も多い。特に縦断的なデータをとっ ていないため,理論モデルの検証は十分ではない。
その点,別府(2005,2006)は,Hobsonの論を参考 にしつつも,縦断的に事例検討を行いながら,自閉症の 発生プロセスを機能連関・発達連関という視点から実証 的にせまっている。別府(2005,2006)は,自閉症児 が示す他者理解の特徴を,愛着,共同注意,「心の理論」
に焦点をあてながら説明している(Figure 2)。このモデ ルは,以下の2つの特徴をもつ。
1つは,機能連関を重視している点である。愛着,共 同注意,「心の理論」それぞれにおいて,自閉症児は困 難を示している。しかし,これらの能力は,別のある 特定の能力と関連していることを明らかにしている。
Figure 2に示されているように,愛着は自他の行動の随
伴性の記憶と処理の発達と関連し,共同注意は汎用学習 ツール(Travis & Sigman, 2001)の獲得,「心の理論」は 言語による命題的理解とそれぞれ関連している。いずれ も,定型発達児にはみられないような特定の認知機能の 発達との関連があることが示されている。
2つは,発達連関にも注目してモデルがたてられてい る点である。別府(2006)はこのモデルにおいては,機 能連関という用語のみを使用し,発達連関という語を用 いていない。しかし,時系列的な変化をモデルに組み 込んでいる点から発達連関を意識していると考えてよ い。愛着や「心の理論」などにおいて示された特異な機 能連関がどのような障害をもとに形成されているのかに ついてもモデル化されているからである。具体的には,
自閉症児が生後すぐから示す情動知覚や情動共有の困 難(Hobson & Meyer, 2005; Trevarthen, Aitken, Papoudi,
& Robarts, 1998)が背景にあるとしている。つまり,定 型発達児であれば,さきのHobsonの主張のように,情 動知覚や情動共有に障害がないために,愛着や三項関係,
そして,「心の理論」をなかば「自然」のように獲得す るのに対し,自閉症児は,そのような発達をたどらない ために,特異な機能連関・発達連関を構成しているとす