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ODA(政府開発援助、OfficialDevelopmentAssis tant)の現状

第二章 日本の果たすべき役割

第2節 ODA(政府開発援助、OfficialDevelopmentAssis tant)の現状

以上のことから、環境破壊につながる行為を人類の罪とし、「環境の保全」

をこれからの「人類の憲法」と位置づけ、病んだ地球環境の回復と浄化の具体 的施策づくりを人類のテーマとしなくてはならないのではないか。

第2節ODA(政府開発援助、OfficialDevelopmentAssis

思えば、曰本の戦後処理に関わったアメリカは敗戦国の曰本の復興に際して

は、封建的体質を引きずった社会体制を根本から変える社会改革のきっかけを つくり、民主社会を実現してくれた。また、曰本のアイデンティーを規定して

いる精神文化に対しては人道主義的立場から寛容な処置をとり、戦争を早期に 終了させるために使用したといわれる原爆の使用に対しても自戒の念を表明し、

日本の不戦を看板とする平和憲法を擁護し、曰米安保体制を組んで日本の経済 発展をバックアップしてきた。このような曰米間の安保体制をベースとした協 力関係に対する、この間の評価・解釈には多種多様なスタンスがあろうが、あ の当時の曰本の敗戦処理を体制の違う側の国が関わっていたら、今曰の曰本は

あり得ただろうか?

しかし、このような義理から、時代も社会情勢も変化し、曰本も成長し一人 立ち出来るようになった今曰に於いても、世界情勢にそぐわなくなっている指 導原理を無批判に追従するのはあまりにも自主性がなさすぎることは云うまで

もない。

このようなことから、これまで述べた新しい曰本外交の理念を掲げ、ODA

を活用して積極的に国際貢献をイニシャチブをとって展開し、具体的に実施し

なければいけない時期に来ている。

(1)1993年度の予算-1兆1,474億円

*国連では、1980年代を「第三次国連開発の10年」と指定して、各々の先進国が、1985年までに GNPの0,7%をODAにふりむけるべきこと、またその後は可能な限り早期に1%の目標を 達成すべきことを勧告している。

ちなみに、1993年度のGNPは470兆円に達しているので、その1%となると47兆円になる。

*日本政府は1988年から1992年までの5年間で開発途上国に500億ドル(1ドル100円換算で5兆 円)を環流することを約束している。

*財政支援型のプログラム援助の増大、商品借款の拡大、3,000億円の「地球環境保全費」、国 際金融機関(世銀、アジア開発銀行、欧州開発銀行)の「国際環境保全基金」への1,000億円の

拠出6

*1981年にパリで開かれた国連後発発展途上国会議で採択された「後発発展途上国のための1980

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年代の新実質行動計画」においては、ODAをLDC(後発発展鑑上国、LeastDevelopment Countries)に優先的に振り向けていくべきこと、また、この点で特にGNPの0.5%をこれらの 国々に振り向けるべきこと、ないしは、倍増を図るべきこと、が決議された。

(2)援助のランク(グランド・エレメント)

1)援助条件の緩やかなもの--贈与

ex-難民救済、食料援助、緊急援助・・・人道的援助

*一般無償援助は、農業、医療、保険などの人間生活の基本的ニーズにかかわる分野と、教 育、研究、訓練などの「人づくり」分野に対して供与される。

2)JICAと海外経済協力基金(OECF)が扱うもの(グランド・エレメントが25%以上)、

,円借款一平均2.6%、返済期25-30年

ex-アサハン・アルミプロジェクト(インドネシア)、アマゾン・アルミニュウム精錬プロジ ェクト(ブラジル)、ツパロン製鉄プロゼクト(ブラジル)

3)OOF、日本輸出入銀行(輸銀)が扱うもの(グランドエレメントが25%以下のもの)

ex-対フィリッピン国際援助樹想(ミニ・マーシャル・プラン)

(3)日本の援助に対する批判

1)たいていの場合は一部富裕層を潤しているに過ぎない 貧困層、少数民族を圧迫している

ex-タイの「社会教育文化センター」・・入場料が高く、車以外の交通手段ではいきにくい。

2)腐敗政楢の私服を肥やしている

ex-日本政府はフィリッピンのマルコス政楢時代の1971年以来莫大な商品借款を供与してき たが、肥料、農薬、農機具等は貧農には行き届かず、地主のみが潤い、このかなりの部分がマ ラカニアン宮殿に消えたといわれている。

*「商品借款」とは、開発途上国が外貨不足のために、工業資本財、工業用原材料、肥料、

農薬、農機具等の輸入が困難な場合に、応急措圃として供与される援助資金である。

この援助は、これによって輸入された商品を売却して得られた見返りの資金が、援助受 け入れ国の国庫に入るので、援助受け入れ国政府にとっては、新たな財源を入手すること がでくるという副次的効果をもっている。

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他面に於いて、この援助は、見返り資金が腐敗政楢の私服を肥やす温床になりやすい。

3)援助が受け入れ国の経済自立を促進せず、債務累積の原因を作り出している ex-ビルマ(ミャンマー)に対する援助の場合

ミャンマーへの援助は1954年の対ビルマ賠償協定によるパルチヤン・ダムへの資金 供与のほかに、四大工業化プロジェクトで始まった。

当時の金額にして概算105億円(賠償:無償資金供与)

こうして莫大な無償資金供与がされたにもかかわらず、これらのプロジェクトが自 立して国内生産体制を確立することができなかった。

そのためこれらのプロジェクトは円借款に切り替えられ(商品借款)、

第一次円借款(1969年)--108億円 第四次円借款(1972年)---46億2000万円 第九次円借款(1977年)---26億4000万円 第十次円借款(1978年)---80億円 第十一次円借款(1979年)--117億3000万円

の援助が行われたが、これらは日本からの部品を調達するための資金の貸し付け(商 品借款)で、調達日本企業の販路拡大には寄与したが、ミャンマーの工業の自立に寄 与するものではなかった。

このような状況は1980年代に入ってからも変わらなかった。

第十二次円借款(1981年)--91億5000万円 第十四次円借款(1982年)--138億円 第十五次円借款(1984年)--60億円 第十六次円借款(1985年)-56億1000万円

その後も1986年、1987年にそれぞれ50億円の円借款が供与されているにもかかわら ず、現地での部品調連が不可能で、これらの工場は日本から部品を輸入しなければ生 産を続けられない状況である。

これは関連日本企業が現地生産を可能にするような技術移転と人材養成を行わず、

かえって援助資金を利用して部品輸出を図れる構造を意図的に作り出し、これを持続 化させてきているからである。

こうして、賠償によって着手された援助・プロジェクトがその後は累積債務の原因

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を作り出している。

その結果、ビルマは1987年に国連により「後発開発途上国」に指定され、最貧国 42ヵ国の一つとしてリストアップされた。

4)日本企業への利益誘導の色が強い

ex-パングラデイシュのカルナフリ川に建設されたカプタイ・ダム

このダムはアメリカのパキスタンへの援助資金により1962年に第一発鬮所が建設さ れた。その後1978年にパングラデッシュ政府がJICAに対して第二発亀所の増設計 画を要請してきた。JICAは1980年にコンサルタント会社・東電設計(株)の岩田 元恒氏を団長とする調査団を派遣した。この調査結果に基づいて、OECFは146億8 000万円の融資を行った。,

発電所の建設工事一一一一一32億円(大成建設)

発電プラント-------76億円(丸紅、日立製作所)

水門・水圧管一一一一一一一10億円(丸紅、日立製作所)

送変電施設一一一一一一一32億円(トーメン、高岳製作所、日本鉄塔、日本硝子)

だいたい援助資金によるダム建設はこのパターンをとり、日本企業かこれを独占的 に受注する。

5)環境破壊の後押しをしている ex-大カラジャス計画(ブラジル)

この計画は、大カラジヤス地域に於いてカラジャス鉄鉱山の開発を中核として鉄鉱 石搬出のための鉄道及び港湾の建設を加え、さらに林業、牧畜業、水力発電、非鉄金 属資源の開発などにより、同地域の大がかりな開発を画策する地域総合開発計画であ

る。

投資予定額は617億ドルが見込まれている。

ガイゼル大統領は1976年の訪日の際に、日本政府、経団連にこの開発プロジェクト への餡力を要請する。これに答えて経団連は、(財)国際開発センター(IDCD に調査を依頼、「カラジャス地域総合開発協力委員会」を設置、フェーズ1調査、フ ェーズ2調査を経て大がかりな開発のためのマスタープランづくりへと発展していく。

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当初は鉄鉱石の開発に限った小規模プロゼクトを構想していたのであるが、鉄鉱石 の開発のみでなく、これに農業開発、林業開発、工業開発、電源開発等が組み合わさ れた総合開発へと展開していった。

これら一連のプロゼクトの展開でイギリスとフランスを合わせたほどの広大な規模 の地域を変貌させ、開発対象地域の50%の熱帯雨林を破壊しつつある。熱帯生態系の 脆弱性を考慮に入れるならば、このような開発方式がいかに乱暴なものであり、「持 続的開発」の概念に反するものであるかは明らかである。

(参考)

ある援助案件が計画され、実施されるまでの一連の流れは、「プロジェクト

・サイクル」と呼ばれている。無償資金協力のプロジェクト・サイクルは、プ ロジェクト・ファインディング(略してプロファイ)、援助要請、基本設計調 査、援助決定、交換公文署名、入札、プロジェクト実施というプロセスをたど る。また、円借款のプロジェクト゜サイクルもプロファイ、フィージピィリテ

ィー調査、実施設計調査、借款要請、援助決定、交換公文署名、入札、プロジ ェクト実施と言う流れで、ほぼ似ている。こういったプロセスの最初の段階の

「プロファイ」は、いわば「援助案件探し」といわれるもので下記のように行

われている。

①外国に置かれている日本の大使館、領事館などを通して行われる場合。

(通常)

②日本政府の要人が外国を訪問した際、あるいは外国政府の要人が訪日した 際、その国が強い関心を持っているプロジェクトへの援助の供与が表明さ

れる。いわば「手みやげ・お土産」案件とよばれるもの。

③日本の在外公館ないしはJICA現地事務所が置かれていない国とか、プ

ロジェクト策定能力に乏しいとみなされる国に対しては、日本からプロジ ェクト・ファインディング・チームが派遣されることもある。

しかし、このプロファイにおいて陰の部分で大きな役割を果たすのは、コン

サルタント会社と商社である。これらのコンサルタント会社、商社は、現地政 府に各種のプロジェクトをもちかけ、当該政府がこれに関心を示せば、曰本政

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