• 検索結果がありません。

学部教育等検討委員会による基本理念と目標の策定

1990年代の大学改革の中で常に問われ続けたのが、大学の基本理念と目標であった。

新たな時代に大学が対応していこうとする以上、これが問われるのは当然ではあったが、

建学の精神・理念を有する私立大学と異なり、国の政策によって設立された国立大学にと って基本理念と目標は新たに策定しなければならないものであった。存在している現状か ら、それと齟齬しない形で将来までも見据えた基本理念と目標を策定することは至難の業 であったが、改組のための概算要求資料の作成や自己点検評価報告書・外部評価報告書の 作成という外的条件によって、多くの国立大学はこれを行った。金沢大学とても例外では ない。

写真9ー7 創立50周年記念祝賀会風景

金沢大学で最初に基本理念と目標の策定に携わったのは、1991(平成3)年5月に発 足した学部教育等検討委員会であった。これは大学審議会(以下、大学審と略す)の答申 に対応するための委員会であったが、事態がカリキュラム改革や組織改革に発展する中で、

文部省への説明の関係上、この作業を行うことになったのである。こうして、教育の理 念・目標が1994年5月26日付の「教育・組織の改革 第1部カリキュラムの改革」とい う文書に記載された。これを要約すると、次の5点となる。

①学問的香気に充ちた金沢という歴史的風土を背景として、全部局がそれぞれの教育目標 を明確にして、時代の要請に応える専門教育を行う。

②単科大学連合体ではなく、教育研究共同体としての総合大学であるとの自覚に立って、

学問の進展と社会的要請に応じて学部相互に新しい協力関係を作り、幅広く創造能力を持 つ人材を育成することを目指す。

③国際水準の専門職業人の養成に務めるとともに、地域社会に貢献する学問と教養を兼備 した指導的市民を育成する。

④学問研究と技術開発のエキスパートを育成して、次の時代の学術と文化の創造に寄与す るために、大学院教育を拡充するとともに、基礎的専門教育としての学部教育を一段と整 備する。

⑤専門教育とは異なる独自の意義を有する教養教育を、大学教育の大事な柱と正しく位置 づけ、全学が共通の姿勢に立ってこの教育を推進する。

また、同年の改組についての概算要求書には、改組に関連して研究面に力点を置いた教 育研究の理念・目標が記載された。その要点は次の6点である。

①学部の教育研究目標は知的好奇心の涵養・問題解決への動機付けと基礎知識の育成、大 学院修士課程のそれは目的達成能力とその実証、博士課程のそれは目的設定能力の達成と その実証である。

②上記目標に向けて大学・大学院は常に既成分野の深い研究を行うとともに、学際領域の 進展へと質的転換を図るべく不断の努力を行う。

③研究者は自分の所属する既成領域に対する十分な理解を持つと同時に、全体像に絶えず 関心を持ち、その中で自分が橋渡ししようとする複数の既成領域の位置づけに関する考察 を行う。

④研究者を既成分野から開放し、複数の既成領域研究者のグルーピングを行い、学際領域 に対応できるよう環境整備を行う。

⑤学術研究を深化させるとともに研究者・高度職業人の養成のための大学院の重点化を進 展させ、新しい価値観の創造と、新しい研究領域・学問の創造に努力する。

⑥生涯教育の役割や、留学生受入・国際共同研究などを通じて国際的な役割を果たす。

この2つの文書は多分に作文的要素をもっていたが、大学の理念・目標が初めて明文化 され、これを基に各学部・研究科の理念・目標が策定されたという点で、金沢大学にとっ て画期的な意味を持っていた。特に前者は、98年3月に刊行された自己点検評価報告書

『金沢大学 現状と課題』第2号の将来計画の項目でも大学の教育目標として記され、金沢 大学の外部に対する公式見解となっている。また後者の概要は『金沢大学 現状と課題』

第2号の将来計画の項目で将来計画の理念として提示されており、現在(2000年3月時点)

に至るまでこの両者が金沢大学の基本理念・目標となっている。

なお、これより先の1993年6月に刊行された自己点検評価報告書『金沢大学 現状と 課題』第1号には、冒頭に当時の青野茂行学長による「金沢大学の目的と使命」という文 章が掲載されている。しかし、これは全学的合意を踏まえたものではなく、また文章中に も個人的内容が多々含まれており、私的文書の範疇を出ない。また、これが全学的に影響 を与えた形跡もないので、実質的な意味での基本理念・目標の最初の策定は、やはり学部 教育等検討委員会の手によるとすべきであろう。

金沢大学の将来像に関する学内外からの提言

大学改革の大きなうねりの中で就任した岡田晃学長は、具体的な改組をにらんで急ピッ チで策定されようとしている金沢大学の短期的な将来像に対し、21世紀を見据えた中長期 的な将来像の模索の必要性を感じ、そのために学内外の人々とのシンポジウムや懇談会を 盛んに開いた。その総仕上げとでもいうべき企画が、創立50周年の記念事業としての若手 研究者シンポジウム「金沢大学に期待するもの」や「キャンパス2050」であるが、これ らは本節の(1)(4)に譲り、ここではそれまでに行われた数々のシンポジウム・懇談会 を概観したい。

最初に行われたのは、1994(平成6)年3月28日に石川厚生年金会館で開催された、

学外有識者を囲んでのシンポジウム「金沢大学に対する提言」である。これはパネルディ スカッション方式で実施され、5名のパネリストのうち金沢大学と密接な関係にあったの は金子曽政元学長だけで、それ以外は学界・地元経済界(金沢大学OB)・教育界・報道関 係からであった。この後、パネルディスカッション方式による学外有識者を囲んでのシン ポジウムは、95年3月23日に3名のパネリストによる「金沢大学に対する提言」が、96 年1月16日に5名のパネリストによる「中核市・金沢における国立大学の役割について」

が実施された。ただし、この2回は学内の大学会館ホールで開かれたため、第1回が持っ ていた外部へのアピールという性格は後退してしまった。

一方、「金沢大学の将来に対する提言」をテーマとした学長と学内教官との意見交換会も、

1994年10月28日に開かれた。これは各部局から中堅・若手の教官を選出してもらい、彼 らに金沢大学の将来像への提言を出してもらうという企画であった。その後、提言集がま とめられたが、残念なことに、部局長・評議員や将来構想に関係する委員会の委員等に配 布されただけで、大学全体の財産とはならなかった。

1996年度からは、学外者とのシンポジウムに代わって、学外者と学内の部局長等が集 まって懇談する「学外有識者との懇談会」がスタートする。これは96年7月25日の第1 回から98年12月1日の第6回まで、それぞれにテーマを決めてその関係者に集まっても

らう形式で行われた。1996年7月25日の第1回では、テーマを「今、企業が金沢大学に 期待するもの―大学における人材養成と産・学協力体制づくり等について―」と設定し、

学外者として地元経済界から北陸経済連合会専務理事・金沢商工会議所常議員ら6名、行 政から石川県商工労働部次長・金沢市経済部長の2名に集まってもらい、学内からは学長 以下、経済学部長・工学部長・共同研究センター長・事務局長・点検評価委員会委員長ら 10名が参加した。以後も、テーマを「地方教育界にとって魅力ある大学とは」「これから の大学に期待するもの」などと設定して、それぞれに教育界・報道関係・女性団体・同窓 会などの幹部8〜10名ほどに集まってもらい、学内からは毎回参加する学長・事務局長・

点検評価委員会委員長と関連部局長等9〜13名ほどが参加して実施された。この懇談会で 出た意見は、外部評価として点検評価報告書の作成に生かされるとともに、まとめられて 各部局に配られており、意見の中には関係部局の施策や将来構想に生かされているものも ある。

これらの企画はイベント的性格が強く、様々な角度から提言は受けたものの、言い放し に終わったものが多く、残念ながらこれらを基に大学の中長期的な将来構想が練られると いう形にはならなかった。しかし、地域との関係の推進にはかなり効果があり、シンポジ ウムや懇談会自体にその意味があっただけでなく、そこで出た地域との結びつきに関する 提言も少なからずその後実施に移されている。

学部・大学院問題検討委員会による新たな基本理念・目標の策定

学部教育等検討委員会によって策定された金沢大学の基本理念・目標は、1993年とい う時点での大学改革の状況を念頭に、改組という目前の課題を達成するために作られたも のであった。そのため、内容が簡単で漠然とした部分が多く、また大学の将来像を社会の 変化との関連の中で明確に位置づけていなかった。その後、本章1節で述べたように大学 を取り巻く情勢は変化し、とりわけ大学審答申「21世紀の大学像と今後の改革方策につい て」(1998年10月)によって21世紀初頭の社会状況と大学との関係が分析され、それに 対する具体的な方向性が示されるようになると、先の基本理念・目標ではこうした動向に 十分対応できなくなってくる。そこで新たな基本理念・目標の設定が、学部・大学院問題 検討委員会に課されることになった。

学部・大学院問題検討委員会は、1998(平成10)年4月の全学委員会の整理統合によ って、学部教育・大学院問題検討委員会と新設学部等構想検討委員会を統合して生まれた。

前身となった学部教育・大学院問題検討委員会は、学部教育等検討委員会が改組を終えて 1996年3月をもって解散するのを承けて、その後の大学の在り方を検討するために、同 年3月21日の第185回将来計画検討委員会(以下、将来委と略す)で設置が決まった委員 会であった。第1回は同年4月26日に開かれ、その当面の課題を「大学・大学院の在り方 に関するグランド・デザインのとりまとめ」とし、その後、「金沢大学大学院の整備拡充に ついて」と「学部・大学院一貫教育の在り方について」の2つのワーキンググループを設