げられて,お互いのインターテクステュアリティも確立されている。
本章は小説と服飾のインターテクステュアリティをめぐって,服飾の文学化ということとその表現 形式などを論じ,近代小説と服飾の間テクスト性の例を提示する。具体的にいうと,近代小説は服飾 の近代における変化を引用して,個人的な変化と社会転換を反映して,近代性イコール西洋化という イデオロギーを再構築した。
第二章
現代女性作家桐野夏生の小説というと,絶望的な閉塞感を抱え犯罪に走る主婦たちを描いた
『OUT』,東電OL殺人事件を材にとった『グロテスク』,夫の死を機に自分を発見していく主婦の物 語『魂萌え!』,そして故郷・北海道を捨てた女の東京苦闘記『柔らかな頬』などが挙げられる。社 会の病巣と人間の闇を冷徹に見つめながら,作品に流れる通奏低音は紛れもなく希望である。広く評 論・執筆活動をしている文芸評論家野崎歓は桐野小説の核心には常に「差別のすべて」を書き尽くそ うとする姿勢があると述べた。また,近代日本文学研究者種田和加子は「桐野夏生は社会に遍在する 格差,貧困や「事件」を手掛かりに想像力で解読し,肉づけしてきた。社会がかかえる欲望や矛盾が 先鋭に現れるのが事件であるなら,そこから文学は問題の徴候と展開を読み取ることは可能なはずだ」
と評論した。
桐野小説の服飾言説から格差の描写と女性心理の強調が見える。本章は桐野小説の服飾言説を分析 して,そこから現代社会の格差問題と,現代女性服飾が女を束縛するファッションのトリックという ことを示したいと思う。
第三章
本章は桐野夏生以外の,五人の現代女性作家によって作られた小説における服飾言説を考察する。
そして,現代女性作家の書いた服飾の表象によってテクストにおける女性服飾言説の特徴を探し,女 性作家のテクスト創作の際の,服飾言説の作用を明確にさせたいと思う。ひいては,この文学テクス トの服飾言説から反映された社会的,文化的な背景を分析する。
このように,「服飾」という視点から,桐野夏生をはじめ何人かの現代女性作家の女性服飾言説の 特徴が表れた。
第一は,服飾言説によって服飾のコノテーションが豊富になる。ブランド品の氾濫している現代消 費社会において,審美意識が多様化した人間は服飾への拘りも変化している。色,質,形が重要であ りながら,ブランドもの,マスコミに宣伝されたもの,新しく生産されたものというような流行して いるものが人々の心を捕まえた。テクスト中の登場人物の服飾について,ただブランドの名称か,素 材,効用,流行程度などを表す一文だけを利用して書くと,読者たちの想像空間にとって十分といえ る。たとえば,本論文に引用したテクストからは,シャネル,アルマーニ,ココ,ラルフ・ローレン,
ルイ・ヴィトンなどのブランド名が見出される。絹,化繊,カシミヤの代わりに混紡のウール,イン ド更紗,レースなど素材に関する言葉もある。もちろん,これは女性作家だけの問題ではなく,現代
小説を描いている現代作家の共通点だと思う。
第二は,女性服飾言説をめぐるジェンダーの問題である。本論は女性作家を取り上げる原因につい て前述したように,男性作家の男としての女に対して性的な注視を避けようという点から出発してい る。現代女性作家の女性服飾言説を見ると,やはり性的な描写があるということはわかる。しかし,
その性的なニュアンスを表す服飾言説は,常にヒロインたちの自省的な心理,行動描写と繋がって 描かれている。『背負い水』の女は,デートする前に自分を装飾しながら,自分のことを人形みたい に感じていた。『太陽のみえる場所まで』のマチ子は,胸を大きく見せるためヌーブラをつけたのに,
脱ぐときに自分が格好悪いと思った。そして,桐野自身,自省の念が全くない女に対して違和感を持っ ているから,『OUT』における邦子の物欲が強いという性格を浮き彫りにした。女性作家が女の立場 に立って,女を描くということは,身体管理といえる服飾に対して,男社会の価値観に束縛されてい る「男の視線」とその束縛から脱出しようという「女の態度」がいりまじっている描き方が出現する のは当然である。こういう描き方は,女と男がいる場面によく使われている。逆に,女だけの場面に は,服飾言説はまた別の特徴が表れている。それは,つまり第三の特徴である。
第三は,女性服飾言説における服飾は階級,あるいは地位のしるしとしてテクストに参与している。
言い換えれば,現代女性作家はテクスト構築という作業において,服飾の階級表明という機能を大量 に引用した。『OUT』におけるシャネルのにせものが邦子の経済力を示し,『グロテスク』のハイソッ クスの赤いマークがそれを履いているQ女子高の「内部生」の裕福さを表し,『柔らかな頬』のカス ミと『ネイキッド』の無職女が,ほかの女の服飾を見て,比較して,自分のみすぼらしさを感じた。
この女性服飾言説の特徴から,現代女性作家は服飾の欲望表現の枠を突き破って,服飾の階級表現 という服飾言説を利用して,現代社会の女性は 外見が女のすべて という価値観に束縛されるので,
女の格差が外見でわかるという社会現象の歪んでいる部分をテクストの中に提示している。そして,
現代消費社会にいる女性と服飾との関係もテクストを通して表現している。女性は生れついた身体の 特徴のゆえにではなく,すでに社会的に構築された役割やイメージを身につけることで,「女性」と して社会に受け入れられるのだというジェンダー生成システムの仕組みを暴露していたのである。
現代女性作家はヒロイン服飾を描写しているとき,服飾の階級性,服飾と個人のアイデンティティ の関連性を引用して登場人物を作り上げることがわかる。このような服飾描写から女性と服飾の親密 性が反映する。ヒロインたちを作るために,服飾描写という創作手法は不可欠な方法である。
服飾表現はヒロインたちの心理,行動の変化,身分の象徴などをあらわす小説的な仕掛けだと言え よう。なぜヒロインと服飾がこんなに親密的な関係を持っているかというと,それは服飾言説を生む 現代社会の服飾文化にかかわる問題にあると思う。
服飾を身に着けるという行為には,自らが,自分の身体についてどのように考えているのか,また 身体をどのように呈示しようとしているのかという意識の異なったレベルが関係している。つまり,
服飾は自己意識にかかわる個人のアイデンティティの体現である。そして,服飾を身に着けると,服 飾がなければ曖昧であったかもしれない男女間の身体的な差違に注意が喚起され,性化された身体が 浮かび上がってくる。文化の一側面としての着衣は男らしさや女らしさの創出における欠くことので
きない側面である。小説という想像の世界は日常生活の現実とは明らかに別物だが,服飾と男らしさ,
女らしさについての美的命題を組み合わせると,そのイメージは現実に模倣されるようになる。女性 の服飾と女性らしさの小説的な表現との間の密接な関係によって,想像上のものと模倣されるものと がお互いに影響し,一つにとけあう。服飾は日常生活にあまねく行き渡っているさまざまな意味を表 現する。
服飾と個人のアイデンティティ,服飾とジェンダー,そこから影響を受けている現代服飾文化は,
作家と読者の間に共通しているので,服飾言説の成立の重要な前提である。小説テクストにおける服 飾は,人物類型や物語上の展開を図像学的に読む手がかりである。
本論は現代女性作家の女性服飾言説を対象として研究した。今回の修士論文では男性作家の女性服 飾言説について,簡単に触れただけである。そして,女性服飾言説の時代変化,女性作家の男性服飾 言説などのような浮上した問題点もまだ存在している。一方,服飾と小説テクストの間テクスト性に ついて,本論は小説における服飾の引用を重点として研究を展開したが,逆に服飾が小説をどのよう に引用したかについては今回は研究できなかったので,これらを今後の課題として研究したいと思う。
参考文献 テクスト
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角田光代『対岸の彼女』文藝春秋,2007年。
川端康成『現代日本文学大系52 川端康成集』筑摩書房,1968年。
桐野夏生『OUT(上,下)』講談社,2002年。
桐野夏生『柔らかな頬(上,下)』文藝春秋,2004年。
桐野夏生『グロテスク(上,下)』文藝春秋,2006年。
谷崎潤一郎『痴人の愛』改造社,1925年。
田山花袋『田山花袋集』角川書店,1972年。
樋口一葉『日本近代文学大系8 樋口一葉集』角川書店,1970年。
室井佑月「太陽のみえる場所まで」『female(フィーメイル)』新潮社,2004年。
山本文緒「ネイキッド」『プラナリア』文藝春秋,2005年。
唯川恵「口紅」『ため息の時間』新潮社,2001年。
理論著作
アリソン・リュリー著,木幡和枝訳『衣服の記号論』文化出版局,1987年。
アン・ホランダー著,中野香織訳『性とスーツ――現代衣服が形づくられるまで』白水社,1997年。
井上輝子編『新編日本のフェミニズム7 表現とメディア』岩波書店,2009年。
岩淵宏子,高良留美子,北田幸恵編『フェミニズム批評への招待――近代女性文学を読む』學藝書林,1995 年。