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S=V3① 灰褐色粘質土明青灰色粘質土

 

植物遺体△

♀      Wtts=v0

図28

番 号 器 種 最大 長(cm) 最大幅(cm) 最大厚(cll) 重量(2)  

S5 石 皿 12 1849 流紋岩 質凝灰 岩 表面 の一部 に被熱 に よる赤化 が み られ る

貯蔵 穴12・ 出土遺物

―‑  36  ‑―

弥生時代〜古墳時代

第 4節   弥生時代 〜古墳 時代

弥生時代から古墳時代の遺構 として、(16層〉上面で検出した水田畦畔 と溝

1条

、(15層〉上面の溝

1条

、(13 層)。 (14層

)の

を上面で検出したピット

3基

がある。遺構の分布は概 して希薄で、いずれも調査区北西半の微高 地側に分布 している (図29)。

a・ 微 高地 ・低 位 部 (図29)

地形と堆積環境

 

図29では (16層〉上面の標高を示 しているが、(19層〉上面以来の地形を踏襲 した微高地と低位 部 の位 置 関係 は、基本 的 に変 わっていない。(18層

)上

面段 階か らの変化 としては、調査 区南東端 に急激 な高 ま り

102‑60 102‑40 102‑20

SD2 P] 

陸畔1

AX‑6

AX‑8

29 

弥生時代〜古墳時代遺構全体図

N

―‑  37  ‑―

調査の記録

がみられるようになる点である。この高まりは、調査区東壁の観察から、(17層〉の堆積 とともにすでに形成され つつあったものとみられる。したがって、縄文時代後期中葉以降に進んだ堆積により、調査範囲外の南東側に新 たに微高地が展開していた状況が窺える。結果として、(16層〉上面の低位部は、(18層

)段

階に比べて幅の狭い、

相対的にやや急傾斜の谷状地形になっている。

(17層〉堆積以後、それを母材 として安定的な土壌化層 (16層〉が形成されていることから、およそ弥生時代 早〜前期においては土砂の供給がきわめて少ない堆積環境であったと考えられる。(15層〉以降、再び土砂の供給 量は増えるが、(14・ 15層

)は

基本的に粘質土を主体 とし、湿地性の環境下で堆積が進んだものとみられる。

標高

 

微高地最高点の標高は2.85m、 低位部の最深部は2.Omで、比高差は0.85m程度である。比高差は、(19層〉 段階で1.6m、 (18層〉段階で1.Omであるから、時期を経るごとに減 じているといえる。

自然科学分析

 

低位部にあたる調査区東壁 (16層

)の

中層で土壌を採取 し、花粉分析、植物珪酸体分析を実施 し た。花粉分析か らは、(18h層

)時

よりも森林が減少 し、イネ科、カヤツリグサ科などの草本類が生育する比較的 開かれた環境が推定されている。植物珪酸体分析では、イネは検出されておらず、ヨシ属が生育するような湿潤 な環境 と推定されている。詳細は第

4章

を参照されたい。

b。 水 田畦 畔 (図 29。 30)

調査区北西半の微高地上、

AX02‑36〜

37、 46〜47、 56〜58区に位置する。(16層

)上

面で検出し、微高地上の (16層〉上面を覆う (15f層

)が

耕作土であったとみられる。北東 一南西方向に帯状にのびる微高地と方向を同 じくして、

2列

3箇

所で畦畔が確認された (畦畔 1〜3)。 畦畔

1で

は部分的に直交方向のものが確認できた が、概 して良好な遺存状況ではない。淡灰色粘質土中にやや暗色のつよい不明瞭な帯として認識されたにすぎず、

層境界 に砂 は挟 まなか った。高 さ

2〜

3 clll程度、幅30〜50clllであ る。

畦畔 間の距離 は2.5〜3.9m程度 を測 り、小 区画 であ った と推測 され る。

また、畦畔

1・

3は 、いずれも北端の部

分で北側 に向けて分岐 もしくは屈曲 してお り、後述する溝1も同様の方 向を示す ことか らも、調査範囲のさ らに北側の微高地の方向に影響 され ている可能性がある。なお、平面で は検出で きなかったが、南北中央断 面 (図

8)で

は、標高2.6m付 近に畦 畔 とみ られる高 まりが確認でき、低 位部に向かって もう1列南側に畦畔 が存在 した可能性がある。

(15f層

〉 からの出土遺物はなく、

a扱

扱扱ば¨惨疹珍珍珍

珍珍珍珍珍珍¨珍影珍珍

易扱扱扱ば扱扱扱扱扱 a.

o       05m

       (S=]/20)

唯畔灰色混暗褐色±

  1 

明灰褐色土

SDl 

灰色砂質土

30 

畦畔1・1

‑‑  38  ‑

b―

弥生時代〜古墳時代

29mb, (16層〉か ら突帯文土器小片が出土 してい

(図33)。 周辺地点の成果を参考にするか ぎり、弥生時代前期 に帰属する畦畔 と考え られる。

c.溝

1(図

29。 30)

AX02‑46・

47・ 57区の、(16層〉上面で 検出 した。検 出面の標高2.82m、 底面の標 高2,79mで ある。断面 は皿形で、幅15cm、

深 さ3 cmと浅い。埋土は、(15f層〉 より暗 く、(16層

)よ

りは明瞭に明るい層 として認 識 された。畦畔 1の 分岐点を、水 口を形成 するように切 っているため、畦畔1に伴 う もの とも考 えられるが、畦畔1の平面 ライ ンと一致 しない部分 もみ られ、同時に機能 したものでない可能性 もある。いずれにし ても、同一面 に帰属するため、畦畔 と大 き な時間差 は考えに くく、帰属時期は弥生時 代前期 と考えられる。

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