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第2章 黒人居住区の隔離が象徴する「人種」関係と変化

第1節 黒い肌の移民の系譜

本稿の冒頭で定義した通り、本稿ではアメリカ生まれでアメリカ人のアイデンティティ を持った黒人を強調する際に「アフリカ系アメリカ人」と呼称し、近年急増する自発的に アメリカへ移住した肌の黒い移民を強調する際に「黒人移民」と呼称する。区別なく肌の 黒い人々を指す場合は、総称として「黒人」と呼称する。これまで考察してきた黒人人口 には、アフリカ系アメリカ人人口と比較して数の上では少ないものの、自由意志で移住し た、アフリカ諸国やカリブ諸国出身の黒人移民や黒人難民の人口も含まれている。現代に おいて、特にニューヨーク市の黒人移民数は増加傾向にある。アメリカの国勢調査での「人 種」に関するデータ収集は、第

1

回目の

1790

年から

10

年毎に行なわれているが、2000

339 以下を参照。Mary C. Waters, Black Identities: West Indian Immigrant Dreams and American Realities (Cambridge, MA: Harvard University Press, 2000); Jennifer Lee, Civility in the City:

Blacks, Jews, and Koreans in Urban America (Cambridge, MA: Harvard University Press, 2006).

340 Edward Glaeser and Jacob Vigdor, “The End of the Segregated Century: Racial Segregation in America’s Neighborhoods, 1 0-2010,” Civic Report 66, (New York: The Manhattan Institute, 2012), http://www.manhattan-institute.org/pdf/cr_66.pdf (accessed November 23, 2014).

341 Richard Alba and Steven Romalewski, The End of Segregation? Hardly: A More Nuanced View from the New York Metropolitan Region, The Center for Urban Research at the Graduate Center of the City University of New York, March 2012,

http://www.gc.cuny.edu/Page-Elements/Academics-Research-Centers-Initiatives/Centers-and-Instit utes/Center-for-Urban-Research/CUR-research-initiatives/The-End-of-Segregation-Hardly (accessed November 23, 2014).

年から、本人の自己認識に基づき、複数「人種」を申告することが可能となった。2010 年の国勢調査では、「人種」に関して

15

種の「人種」分類と三つの出身地域分類の選択が あり、三つの地域はさらに詳細情報を記載するような設問になっている342(図

15)

。黒人 やアフリカ系アメリカ人の中でも、「人種」間結婚の増加とともに、他「人種」との混血の 人口は昨今増加傾向にあり、「人種」の多様化が進んでいる(表

9)

。1997年に改正された

「人種」と民族に関する連邦政府のデータの分類に関する規定では、「人種」とヒスパニッ ク系の血統(民族)は別の次元の異なる分類として定義されているが、ヒスパニック系の 黒人やアフリカ系アメリカ人との混血の人口も昨今増加している343(表

9)

。ヒスパニック 系といった場合、すべての「人種」を含むことを前提に、以下の通り考察を行う。ラティ ーノという呼称は参考文献の原文に従い引用する時に限り、限定的に使用することとする

344

1.1 非自発的移民

歴史的に最も大規模な強制移住者集団とされる、アフリカから西半球へ連行された奴隷 たちの数は、1519 年~1867年の間に

1000

万人と推定されているが、中でも現在のアメ リカには、比較的少数の

36

万人のアフリカ人が奴隷として連れてこられたと推定されて いる345。しかし、一方で、初期において航海したアフリカ人の中には自発的な移住者もい たという可能性が指摘されている。アメリカでは、

1619

年にタバコ栽培のための農作業員 として、ヴァージニア州ジェームスタウンに最初の

20

人ほどの黒人が連れてこられたが、

1619

年の時点でヴァージニアには奴隷制度が法制化されておらず、最初に連れてこられた

20

人ほどの黒人は「年季奉公人」であったことが歴史学者のエドワード・カントリーマン によって指摘されている。彼らは他の白人年季奉公人とともに同じ条件下のタバコ畑で働 き、白人にとっても、黒人にとっても厳しい労働条件であったが、同等の奉公人として働 いた。ただし白人の場合と違って、自由意志に基づく契約関係はなく、奉公期間も明らか にされず、白人より長く、生涯奉公人のままの場合もあったが、一定の奉公期間の後に自 立した生活を送ることを許された例が多々あった346。イギリス本国には、中世の時代に奴 隷制は存在しなかった。カリブの砂糖植民地における必要性から、英国領において初めて 法的に制度化されるのは、

1636

年のバルバドス島においてである。その後、アメリカの本

342 Sonya Rastogi et al., “The Black Population: 2010,” 2010 Census Brief (Washington, D.C.: U.S.

Department of Commerce, Economics and Statistics Administration, U.S. Census Bureau, 2011).

https://www.census.gov/prod/cen2010/briefs/c2010br-06.pdf (accessed June 2, 2015).

343 Ibid.

344 「ラティーノ」や「ヒスパニック」という呼称をめぐる歴史的背景と議論は以下の文献を参照。牛田 千鶴『ラティーノのエスニシティとバイリンガル教育』(明石書店、2010年)、第3章。

345 David Eltis, “The Volume and Structure of the Transatlantic Slave Trade: A Reassessment,” The William and Mary Quarterly 58, no.1 (2001): 17-46.

346 Edward Countryman, “The Beginnings of American Slavery,” in How Did American Slavery

土においては、

1641

年のマサチューセッツ植民地で奴隷制度が法制化されたのをはじめと して北米英領植民地全土に広がった。近代の農業の発展とともに、北部の奴隷商人と、安 価な労働力を必要とした南部のプランターの利益が目指された結果、黒人奴隷制度は急速 に発展した。こうしてアメリカは「人種」に基づく生まれながらの身分の違いを制度化し た奴隷制社会の確立へと向かい、英本国の発展に伴う白人年季奉公人の流入減とタバコや 綿花の需要増に伴う労働力不足を補うために、奴隷として輸入される黒人人口が増加して いった347。「人種」差別は法制度によって確立され、黒人は搾取されながら、今日のアメ リカの繁栄に貢献した。奴隷制の法制化とともに法的差別が社会に浸透していく中で、近 代化とともに、「人種」に対する偏見は奴隷制の未発達な北部都市社会の中でも拡大してい ったのである。

1865

年に南北戦争が終結し、その年末に成立した憲法修正第

13

条で奴隷制が例外なく 廃止されたものの、南部の白人はブラック・コード(黒人法)を制定し、黒人の社会進出 を抑え、自由を制限し、従属的な「人種」を定義した。まもなく

1867

年の南部再建法に よりブラック・コードは撤廃されるものの、黒人に対する攻撃的な敵対行為に象徴される 白人の「人種」の線引きは止まるところを知らなかった。南部再建後、南部諸州では次々 にジム・クロウ法を制定させ、「人種」隔離体制を確立させていった348。1896年の「プレ ッシー対ファーガソン」349 裁判で方便とされた「分離すれども平等」という正当化論に 基づいて、「人種」による地方法体系で強制された公共施設の隔離は、1954年の「ブラウ ン対教育委員会」350 の判決で、公立学校における「人種」に基づく隔離教育が違憲とな るまで続いた351。1960年代の市民権運動の高揚を経て、「人種」平等へ向けた法的整備が 進む一方で、肌の色による「人種」差別が居住区の隔離によって持続している事実を本章 では検証するが、本節においては、まずアメリカに流入する自発的な黒人移民との比較を 通し、アフリカ系アメリカ人の社会経済的な傾向を検証する。

1.2 近年の黒人移民 1.2.1 アフリカ系移民

アフリカからアメリカへのある程度まとまった数での自発的な移住は、アフリカの西の 沖合に位置する、

1975

年までポルトガル領であった現在のカーボベルデ共和国からの移住 を除き、昨今の現象であると考えられている352。1850 年からの外国生まれの移民の人数

347 Ibid., pp.3-14.

348 John David Smith, “Segregation and the Age of Jim Crow,” in When Did Southern Segregation Begin? ed. John David Smith New York: Bedford/ St. Martin’s, 1 ).

349 Plessy v. Ferguson, 163 U.S. 537 (1896).

350 Brown v. Board of Education of Topeka, 347 U.S. 483 (1954).

351 川島正樹「公民権運動から黒人自立化運動へ―南部を中心に―」川島正樹編『アメリカニズムと「人 種」(名古屋大学出版会、2007年)、164頁。

352 Randy Capps, Kristen McCabe, and Michael Fix, New Streams: Black African Migration to the

を追ってみると、特に

1920

年代ごろから、アフリカ系移民とカリブ系移民の人数が確実 に増加していることが分かる(表

10)

。1960年と

1990

年の人数を比較すると、アフリカ 系移民とカリブ系移民の人数は

30

年間でともに約

10

倍に増加している(表

11)

。アフリ カにおける主な送出国はナイジェリア、ガーナ、エチオピアなどで、アフリカ系黒人移民 はアメリカで初めて少数派の境遇に置かれることになり、初めて「人種」差別を経験する ケースが少なくないことが指摘されている。また、外国生まれの黒人移民とアフリカ系ア メリカ人との間において、双方向に同一民族という認識はないと言われている。肌の色と いう外見上の特徴以上に、独自の文化や言語によって構築されたアイデンティティによっ て、お互いを違う民族であると認識しているのはむしろ当たり前と言えるかもしれない353

2011

年に移民政策研究所から発行されたアメリカへのアフリカ系黒人移民の新しい潮 流に関する報告書によると、アメリカへ移住するアフリカ系黒人移民はアメリカへの移民 全体の中でも増加傾向にある。特に、アメリカやカナダ、オーストラリアへ移住するアフ リカ系黒人の多くは学歴が高く、比較的に教育レベルが低いアフリカ系黒人は地理的に近 い英国、フランス、ヨーロッパへ移住していると報告されている354。特にアメリカへの移 住は、アフリカ系移民の受入れを支持するアメリカの移民政策とますます厳しくなる欧州 連合(European Union)圏におけるアフリカ人への移住制限が相俟って、促進されてき たという事情が影響しているという指摘がなされている355

2010

年のデータからアメリカへの移民の在留資格で一番多いカテゴリーはアメリカ市 民の配偶者や親子などごく近い親類に認定されるもので、アフリカからの移民に限った場 合でも、このカテゴリーが最も多い。しかしながら、ほかの地域からの移民と違う点は、

ほかの移民は比較的、家族優先権(アメリカ市民の未婚の子どもや永住者の配偶者や未成 年の子どもなど)や労働許可を得た移民が多い中で、アフリカ系移民は難民や亡命資格を 持つ者や移民分散化プログラム356 で入国する移民が多い357。これは特に、1965年の改正 移民法358 の後に制定された、1980年の難民法359

1990

年の改正移民法360 によって促

United States (Washington, D.C.: Migration Policy Institute, 2011), pp.1-2; Marilyn Halter, Between Race and Ethnicity: Cape Verdean American Immigrants, 1860-1965 (Champaign, IL:

University of Illinois Press, 1993), p.2.

353 Vincent N. Parrillo, Diversity in America, 3rd ed. (California: SAGE Publications Inc., 2008),

p.126/ ヴィンセント・N・パリーロ(富田虎男訳)『多様性の国アメリカ―変化するモザイク―』(明石

書店1997年)、237頁。

354 Capps, McCabe, and Fix, op. cit., p.1, 12.

355 Holly E. Reed and Catherine S. Andrzejewski, “The New Wave of African Immigrants in the United States,” Population Association of America 2010 Annual Meeting Program, Dallas, April, 2010, p.2, http://paa2010.princeton.edu/papers/100606 (accessed November 23, 2014).

356 過去に移民ビザの発給が少ない国を限定して、 無作為の抽選で移民ビザの割当を行うプログラム。

The Office of Visa Services, the Consular Affairs Bureau, Department of State, “Diversity Visa Program Entry Instructions,”

http://travel.state.gov/content/visas/english/immigrate/diversity-visa/instructions.html (accessed November 23, 2014).

357 Capps, McCabe, and Fix, op. cit., p.8.

358 1965年の移民法(Immigration and Nationality Act Amendments of October 3, 1965)は、合法移