第2章 黒人居住区の隔離が象徴する「人種」関係と変化
ニューヨーク市では 19. 4%とかなり高い。人口は前述の通り、ドミニカ共和国からの移民 が最も多いが、アメリカに流入している移民の内、ニューヨーク市へ定住する割合が最も
高い移民はガイアナ出身の移民である。数の上ではジャマイカ出身者より下回るものの、
ガイアナ出身の移民の内、半数以上がニューヨーク市へ移住している400。そして、既にこ れまで述べてきた通り、最も特徴的なこととして、ニューヨークは黒人移民の流入が多い 都市であり、2013 年のデータでは、ニューヨーク大都市圏の黒人人口の約
28%が外国生
まれの黒人であることが示されている401。ニューヨークへ流入する移民のうち、
2011
年のデータより、数の上で最も多いドミニカ 共和国からの移民について、詳しく見てみよう。ドミニカ共和国は、サントドミンゴを首 都とし、現在、ダニーロ・メディーナ・サンチェス大統領(2012年8
月~2016年8
月、4
年任期)を元首とする立憲共和制国家である。国を構成する民族は、混血73%、ヨーロ
ッパ系
16%、アフリカ系 11%(2014
年10
月1
日、外務省調べ)で、スペイン語を公用語とする402。ドミニカ共和国からの移民は多くの場合、アメリカでは有色、あるいは黒人と 見なされるが、彼ら自身は自らを、肌の明るい、あるいは白人と見なす場合が多い403。こ うした認識の違いに起因する不快な経験は、アイデンティティを崩壊させる危険性を孕み、
彼らのアメリカにおける社会生活は、黒人と見なされるがために、厳しい状況を強いられ ることになると推測される。
ドミニカ共和国からアメリカへの大規模な人口流入は
1960
年代に始まった。1930
年~1961
年に政権を握ったラファエル・トルヒーリョ将軍による独裁が1961
年の暗殺により 終焉し、政治・経済が混乱に陥ると間もなくアメリカへの急速な流出が起こった。1960年では
1
万2,000
人であった移民数は1990
年には35
万人、2010年には87
万9,000
人、398 Ibid., pp.9-10.
399 非ヒスパニック系のカリブ諸国には、ジャマイカ、ガイアナ、ハイチ、トリニダード・トバゴ、バル バドス、ドミニカ国などが含まれる。ドミニカ共和国の公用語はスペイン語であり、含まれない。Ibid., pp.12, 22.
400 Ibid, pp.12-14.
401 Kent, op. cit., pp.12, 14; Anderson, op. cit., p.5.
402 外務省「ドミニカ共和国基礎データ」http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/dominican_r/data.html (2015年4月26日閲覧)。
403 Christian Krohn-Hansen, Making New York Dominican: Small Business, Politics, and Everyday
2012
年には96
万人へと増加した404。ニューヨーク市に住むヒスパニック系人口全体にお いては、アメリカ自治連邦区という特殊な地位にあるプエルトリコからの人口が歴史的に 多いものの、CUNY
のラテンアメリカ、カリブ海、およびラテン系研究センターの調査に よると、2013
年のデータからドミニカ共和国からの移民はプエルトリコ系人口とほぼ同じ、あるいは若干上回ることが報告されている。古くからのプエルトリコ系市民の高齢化に伴 う死亡率の上昇と、郊外や州外への流出や退職に伴ってプエルトリコへ帰国する人が増加 するなど、プエルトリコ系市民の人口は
1990
年以降、減少に転じている405。最近のドミニカ共和国からの移民の多くは家族の呼び寄せで流入し、永住者である傾向 が高い。2012 年において、96 万人のドミニカ共和国からの移民の内、63%が
2000
年よ り前にアメリカに移住しており、96 万人の内、半数がアメリカへ帰化している。しかし、その多くが英語運用能力に限りがあり、大学の学位を持つ傾向が低く、平均所得は他のカ リブ諸国出身移民と比べて低く、貧困状況にある傾向が高い406。また、ニューヨーク市に 住むドミニカ共和国出身の移民は
43.7%
(2011年)が女性を世帯主とした人たちであるこ とが示されている407。ニューヨーク大都市圏に在住するドミニカ共和国出身の移民52
万3,521
人を対象とした所得の調べ(2007年~2011年)では、59.1%が低所得者層(年収3
万
5,800
ドル以下)にあり、高所得者層(年収6
万9,500
ドルより上)はわずか4.2%で
ある408。
前述の通り、家族や親戚の繋がりで流入する移民が多いドミニカ系移民は、特定地域に 集住しており、ブロンクスやアッパー・マンハッタンが主な集住地域である(表
17)
。2007
年~2011年における居住地域の調べから、最も居住が多い地域は、ワシントン・ハイツ409 で、ブロンクスの中では特に、ウェスト・ブロンクスに集中して居住しており、2000
年以 降、ワシントン・ハイツからウェスト・ブロンクスへ移住する人口が増加している410。ブ ロンクスについては後述するが、これらの地域はいずれも、貧しい人が多く、犯罪が多い ことを想起させる地域であり、できれば近づきたくないというニューヨーカーが多い地域 である411。404 Chiamaka Nwosu and Jeanne Batalova, “Immigrants from the Dominican Republic in the United States,” The Migration Information Source, July 18, 2014,
http://www.migrationpolicy.org/article/foreign-born-dominican-republic-united-states#Distribution _by_State_and_Key_Cities (accessed April 26, 2015).
405 Laird W. Bergad, Have Dominicans Surpassed Puerto Ricans to Become New York City's Largest Latino Nationality? Latino Data Project Report 61 (The Graduate Center, City University of New York, Center for Latin American, Caribbean and Latino Studies, 2014), pp.1-15,
http://clacls.gc.cuny.edu/files/2014/11/AreDominicansLargestLatinoNationality.pdf (accessed November 9, 2015).
406 Ibid.
407 New York City Department of City Planning (2013), op. cit., p.98.
408 New York City Department of City Planning (2013), op. cit., p.151.
409 マンハッタンの北部に位置し、南側はハーレム地区、北側はインウッド地区に接し、西側はハドソン 川、東側はハーレム川が流れている。
410 New York City Department of City Planning (2013), op. cit., pp.64-66.
411 筆者が2002年夏に市内のアッパーウエストに住み、コロンビア大学在学中に散見した様子では、大 学内や周辺と隣接する貧しい危険な地域との経済的格差は視覚的に明らかであった。また、大学内では
このように、移民の多いニューヨークにおいて、「文化や言葉が違うこと」と「黒人であ ること」では、どちらが社会経済的に不利な状況を招いているか検証するために、移民の 同化についての考察を行う。
2.2 移民一般の同化理論をめぐる論争
前出のウォーターズによれば、
20
世紀終わりに多くの国々で移民が急増する中で、第二 世代の成長を経験してきた移民受入国において、移民のアイデンティティと送出国・受入 国の関係についての研究が増加しつつある412。アメリカにおける移民の第二世代の同化に 関する研究については、社会学者のリチャード・アルバとビクター・ニーにより理論強化 された「直線的同化」413、それに批判的なキューバ系アメリカ人の社会学者、アレハンド ロ・ポルテスらの提唱する「分節化された同化」414、という二つの主要な理論を軸に論争 が起こり、非白人系移民の第二世代以降の複雑な同化の過程やその理論化が社会学者によ って進められ、検討が重ねられてきた415。特にポルテスらは、図16
が示すように、同化 の過程において、人的資本に加え、移民家族の属するエスニック・コミュニティのサポー トが大きな影響因子となることを明らかにしている。つまり、労働者階級に属している家 族でも、エスニック・コミュニティのサポートによって、主流社会への同化を果たし、成 功を収めることが可能であるということを同化のための重要な要素の一つに位置づけた。グローバル化により労働力の国際移動がより活発化し、それに伴って、各国において移 民の同化をめぐる問題に関する研究が行われてきた。しかしながら、ウォーターズが指摘 する通り、これまでの移民についての研究は一国内で行われるものが多く、グローバルな
黒人に出会うことが殆どなかったが、隣接する地域は黒人人口が非常に多かった。筆者は2002年秋学 期~2003年春学期まで、コロンビア大学のコミュニティ・インパクト(ボランティア活動)の中のESL プログラムで移民へ英語を教えた。授業は、貧しく、危険な地域と見なされた地域にあるKIPPインフ ィニティ・チャーター・スクールで行われることが多く、授業に通う学生は、マンハッタン北部地域に 住むヒスパニック系住民である場合が多かった。学生の中には貧しく危険な地域に住んでいる移民もい たが、勤勉で前向きな学生が多かった。コロンビア大学のコミュニティ・インパクトのESLプログラ ムは2015年8月現在においても、活動を継続させている。Community Impact at Columbia University, http://communityimpact.columbia.edu (accessed August 18, 2015).
412 Mary C. Waters, “Comparing Immigrant Integration in Britain and the US,” The Harvard Manchester Initiative on Social Change (2008): 2-3.
413 外国からの移民は、移民先での主流の社会的環境の中で教育、就職において社会移動をし、同化の過 程を経て、3世代までに主流の仲間入りをするという斉一的な見方。Richard Alba and Victor G. Nee, Remaking the American Mainstream: Assimilation and Contemporary Immigration (Cambridge, MA: Harvard University Press, 2005).
414 移民は、人的資本、家族構造、ホスト国における社会環境といった異なった背景に伴い、それぞれ異 なった(分節化された)同化の過程を辿るという見方。Alejandro Portes and Ruben G. Rumbaut.
Legacies: The Story of the Immigrant Second Generation (Berkeley and Los Angeles: University of California Press, 2001); Alejandro Portes and Min Zhou, “The New Second Generation: Segmented Assimilation and Its Variants among Post-1 65 Immigrant Youth,” Annals of the American Academy of Political and Social Science, vol.530, no. 1 (1993): 74-96.
415 Richard Alba and Victor Nee, “Rethinking Assimilation Theory for a New Era of Immigration,”
視野での比較研究は十分に行われてこなかった。昨今において、地球規模の現象として、
移民受入れに伴う諸問題をどう解決していくか、国際比較研究を通してお互いの例を学び 合う方向性が模索されるようになっている416。
前述の通り、同化に関する研究はアメリカの移民研究においては十分な蓄積があり、世 代間で生じる変化に注目した研究にも関心が払われてきた。アメリカの初期の移民研究の 多くは「人種」要因とは切り離されて行われてきたが、特に
1965
年以降に増加している 非白人系新移民の受容過程において、ポルテスとランボートの研究417 に代表されるよう に、「人種」の重要性に注目されるようになりつつある。昨今の移民の主流社会への同化に 関する世代間にわたる研究において、歴史的に構築されたコミュニティによる支援の制度 化を伴う、主に学歴の向上を目指す自助努力がもたらす、通常の主流社会への上方の同化 という従来の座標軸だけでなく、黒人コミュニティに象徴される歴史的な差別によって世 襲化された貧困の集中を背景とする下方への同化圧力をもたらす「人種」要因という二つ 目の座標軸を設定した新たな座標面において、移民の統合、とりわけ非白人移民の世代に わたる統合が研究されるようになった。以上がポルテスらの提唱する「分節化された同化」ないし「下方同化」と呼ばれる理論である418。多様な移民の増加に伴い、同化をめぐる問 題が複雑化する中で、アメリカやイギリスにおいて、「人種」が主流社会への移民の世代を 超えた同化に関する、重要な構成要素の一つとして注視される事実は、他の西欧国とは違 った特徴を持っていると言える。例えば、フランスでは国勢調査で「人種」に関する質問 を禁じているし、ドイツでは出生地や帰属する民族などで分類しているが、アメリカとイ ギリスでは、それぞれ国内事情が異なるものの、肌の色の違いがことさら重要な分類項目 の一つとされる傾向がある419。特に、アメリカでは白人と黒人の間に「人種」間の社会経 済的格差が依然明確に存在し、さらにそれがもたらす偏見は現代においても払拭されない ままである。アメリカ社会における「人種」の格差や偏見は、流入する移民の同化の過程 にも影響をもたらし、就職や職場での昇進、あるいは社会での受容などにおいて、黒い肌 の移民の主流社会への同化過程には、「人種」の障壁が依然根強い事実がポルテスらによっ て指摘されている420。異なる文化の統合を国是としてきたフランスでも、アルジェリア、
モロッコ、チュニジアなどマグレブ諸国出身の移民の第二世代の社会経済的統合をめぐる 近年の問題事例の表面化に見られるように421、同様の問題が生じつつあることが推察され る。ポルテスらの提起する「分節化された同化」理論はアメリカ社会のみならず、グロー バル化が浸透する他の国々でも有効な分析手法となりうるのである。
416 Waters (2008), op. cit., pp.2-3.
417 Portes and Rumbaut (2001).
418 Waters (2008), op. cit., pp.11-15.
419 Waters (2008), op. cit., pp.4-6.
420 Alejandro Portes and Ruben G. Rumbaut. Immigrant America: A Portrait, 3rd ed. (Berkeley and Los Angeles: University of California Press, 2006), p.258.
421 Roxane Silberman, Richard Alba, and Irène Fournier, “Segmented Assimilation in France?
Discrimination in the Labour Market against the Second Generation,” Ethnic and Racial Studies, vol. 30, no. 1 (2007): 1-27.