第2章 黒人居住区の隔離が象徴する「人種」関係と変化
第3節 21 世紀の幕開け
に寄与してきたことがこの報告論文で指摘されている446。
その一方で、マンハッタン研究所が発表した内容に対して、ニューヨーク都市圏につい て異なる見解を、二ヶ月後に
CUNY
の都市研究センターが発表している447。それは、黒 人居住区における統合が進んでいることに賛同しつつも、「人種隔離の終焉」とは程遠いと いう反論である448。CUNY
都市研究センターは、街区ごとの具体的な調査や隔離指数の再 計算を行い、マンハッタン研究所の行った調査では見えにくい盲点を明らかにしている。大規模な移民の流入により、比較的統合したように見える地域に変化しているが、内情は 貧しい黒人とヒスパニック系の人々が並んで居住する、マイノリティで構成される居住区 であり、「人種」に基づく新たな隔離の様相を含む統合であると主張している。マンハッタ ン研究所の報告論文への反論の主な内容は以下の通りである。
・ 黒人の集住地域であったセントラル・ブルックリンはジェントリフィケーション449 による白人 やアジア人の流入の結果として黒人が追い出されつつある。
・ 長年、主に黒人の集住地域であったセントラル・ハーレムは白人、ヒスパニック系、アジア系 の流入により多様化と統合が進む。
・ 黒人の隔離地域の再構築を含む複雑な変化が南西クイーンズで起こっている。中産階級の黒人 集住地域にアジア系やヒスパニック系が流入しつつある。
・ 白人居住地域であったマンハッタンのアッパー・イーストサイドの白人の人数が減少している。
アジア系、ヒスパニック系の人数増加は見られるが、黒人は依然少ない。
・ 郊外(ロング・アイランド)のナッソー郡の一部地域でマイノリティの集中が進む。黒人居住 区だった地域へのヒスパニック系の流入傾向が見られる。
・ ナッソー郡のほかの地域における不安定な統合が見られる。アジア系、黒人、ヒスパニック系 住民が白人居住区で増加し、白人居住者数は減少している。
・ マンハッタン研究所によって統合が進んでいると報告された、貧しい地域の象徴であるサウ ス・ブロンクスでは、黒人とヒスパニック系が住民の大多数を占めている450。
特に、上記の最後で指摘されるサウス・ブロンクスはジョナサン・コゾルによる『アメ リカの人種隔離の現在(いま) 』451 で、厳しい子どもたちの隔離状況が伝えられているが、
446 Glaeser and Vigdor, op. cit.
447 Alba and Romalewski, op. cit.
448 ほかにも、マンハッタン研究所の報告書への反論として以下を参照。 Richard Rothstein, “Racial Segregation Continues, and Even Intensifies: Manhattan Institute Report Heralding the “End” of Segregation Uses a Measure that Masks Important Demographic and Economic Trends,” Economic Policy Institute, February 3, 2012.
http://www.epi.org/publication/racial-segregation-continues-intensifies/ (accessed November 23, 2014).
449 序章の脚注84を参照。Neil Smith, New Urban Frontier: Gentrification and the Revanchist City (New York: Routledge Press, 1996), p.31.
450 Alba and Romalewski, op. cit., Executive Summary.
451 Jonathan Kozol, Amazing Grace: The Lives of Children and the Conscience of a Nation (New York:
Harper Perennial, 1996)/ ジョナサン・コゾル(脇浜義明訳)『アメリカの人種隔離の現在(いま)』(明 石書店、1999年)。
昨今の黒人・非黒人間の比較においては、
2010
年の国勢調査からの黒人34%、非黒人 66%
というデータから、一見すると「人種」を越えた居住区の統合が進行しているように見え る。しかし、同じ
2010
年の国勢調査の内訳を見ると、ヒスパニック系61%、ヒスパニッ
ク系でない白人6%、ヒスパニック系でない黒人 27%、ヒスパニック系でない他のすべて
の人
5%となっている。サウス・ブロンクスの居住者は、すべてマイノリティ諸集団で構
成されることが分かる452。
加えて、
2010
年の国勢調査からのデータを使ったさらに詳細な分析によると、ブロンク ス、特にサウス・ブロンクスの貧困は厳しく、国内で最も貧しい選挙区である。貧困状況 にある住民は、ブロンクス全体で30.2%、サウス・ブロンクスで 36.9%に上り、それに加
えて連邦の定める貧困レベルの50%未満にいるかなり「厳しい貧困」にいる住民は、ブロ
ンクス全体で13.4%、サウス・ブロンクスで 16.6%に上る
453(表21)
。住民は収入の低さ に加え、過密な住宅、家賃負担が大きい、住宅の空き状況が少ないなどの理由により、安 定した住居を確保できず、ホームレスに至るケースも少なくない454。サウス・ブロンクスは、貧困が集中している地域として現在も象徴的な地域であるが、
公共施設も十分に整っておらず、犯罪が多い地域である。経済的に不利な環境にあるこの 地域は、現代の多様な移民も含んだ、アメリカの新しい「人種」隔離の象徴であり、取り 組まれるべき課題を問いかけている455。この傾向は、郊外を含めた拡大都市圏であるメト ロポリタン・ニューヨークに限った傾向でなく、全国の主要都市圏でも起こっていること が
2010
年の国勢調査の詳細分析の結果から明らかにされている456。2007
年~2011年における外国生まれの住民が最も多い居住区は、人口の多い順番に、マンハッタン北部に位置するワシントン・ハイツ(8万
174
人)、ブルックリンの南西部に 位置するベンソンハースト(7万7,682
人)、クイーンズの西部に位置するエルムハースト(7 万
7,110
人)である。その中でも、外国生まれ人口の割合が最も高い居住区は、クイーンズのエルムハーストで、約
71%が外国生まれの住民で構成されている。しかし、 2000
年の人数と比較すると、ワシントン・ハイツは9,756
人減少、ベンソンハーストは3,224
人増加、エルムハーストは3,321
人減少している457。外国生まれ住民の最も多い上位20
居住区に、ブロンクスの西南に位置するコンコース・ヴィレッジ以外のブロンクスの居住 区は含まれず、スタテン島の居住区も含まれていない。2000年~2011年の移民の流入・452 Alba and Romalewski, op. cit.
453 Ralph da Costa Nunez, Sabrina Harris, and Beth Hribar, “A Bronx Tale: The Doorway to Homelessness in New York City,” A Policy Brief from ICPH (New York: Institute for Children, Poverty & Homelessness, February 2012), p.1,
http://www.icphusa.org/PDF/reports/ICPH_brief_ABronxTale.pdf (accessed April 30, 2015).
454 Ibid., pp.1-2.
455 Alba and Romalewski, op. cit.
456 John R. Logan and Brian J. Stults, “The Persistence of Segregation in the Metropolis: New Findings from the 2010 Census,” Census Brief prepared for Project US 2010, March 24, 2011.
http://www.s4.brown.edu/us2010/Data/Report/report2.pdf (accessed November 23, 2014).
流出傾向は、ブルックリンやクイーンズの複数の居住区において、比較的集中して起こっ ていることが推測される。マンハッタンの傾向は、ワシントン・ハイツにおける流出とセ ントラル・ハーレムへの流入が最も顕著であるが、ワシントン・ハイツは減少している居 住区の中でも、移民の居住数は最も多い458。
こうした昨今のマンハッタンのワシントン・ハイツからの流出とブロンクスのコンコー ス・ヴィレッジへの流入はドミニカ共和国出身の移民の流出と流入の動きと連動している が、それに加え、昨今のメキシコ系移民のコンコース・ヴィレッジへの流入増により、こ の地域は移民人口が増加している459。また、セントラル・ハーレムにおける移民の人口増 加の傾向は
CUNY
都市研究センターの分析に見られるように、ジェントリフィケーショ ンによるアジア系、ヒスパニック系、白人の流入傾向と一致している。セントラル・ハーレムには西
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丁目を中心とした通りにリトル・セネガル(Le PetitSénégal)と呼ばれる西アフリカ諸国出身の移民のコミュニティがある。2011
年のデータでは、西アフリカ諸国出身の移民460 の半数近くはブロンクスに住み、中でもコンコース・
ヴィレッジは最も西アフリカ系移民が多く、この地区の住民の約
7%を占め、 2
番目に多い 居住区はセントラル・ハーレムで約6%を占めていることが確認されている
461。セネガル 人は母国の経済的苦境に伴い、1970
年代終わり頃からニューヨークに流入し始め、急速に 増加した。特に1990
年以降は改正移民法により更なる移民の流入が促進され、その多く は比較的若く教養の高い移民で、教育やビジネスを目的として流入する傾向へと変化した462。こうした活気に溢れるリトル・セネガルでは、地域のジェントリフィケーションの影 響を受け、セネガル料理のレストランがセブン・イレブンに建て替えられたり、コミュニ ティで
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年間に渡り愛されていたモスクが閉館となったり、リトル・セネガルの縮小傾 向が顕在化しつつある。さらに地域の住民も、家賃の値上げにより支払いが厳しくなり、立ち退きを余儀なくされ、アフリカ人移民コミュニティが縮小しつつあることに、地元の コミュニティ・リーダーたちは不安を感じている463。
これらを総括すると、ニューヨークでは、多様な背景の移民の流入やジェントリフィケ
458 Ibid., pp.25-29.
459 Ibid., pp.25-35.
460 アメリカ国勢調査局の区分による西アフリカ諸国は、ベナン、ブルキナファソ、カーボベルデ、ガン ビア、ガーナ、ギニア、ギニアビサウ、コートジボワール、リベリア、マリ、モーリタニア、ニジェー ル、ナイジェリア、セネガル、シエラレオネ、セント・ヘレナ、トーゴを含む。Ibid., p.94.
461 Ibid., pp.87-94.
462 Purnima Erichsen, Halimatou Nimaga, and Hollis Wear, “Harlem’s Little Senegal: A Shelter or a Home? A Conversation with Senegalese Immigrants in New York City,” Humanity in Action, http://www.humanityinaction.org/knowledgebase/133-harlem-s-little-senegal-a-shelter-or-a-home-a -conversation-with-senegalese-immigrants-in-new-york-city (accessed May 2, 2015).
463 Michelle Arrouas, “Little Senegal Struggles to Survive Gentrification,” The Uptowner, October 29, 2014, http://theuptowner.org/little-senegal-struggles-to-survive-gentrification/ (accessed May 2, 2015); Aaron Fisher and Caroline Andrews, “Locals say construction of 7-Eleven signals changes in Little Senegal,” Columbia Daily Spectator, November 24, 2014,
http://columbiaspectator.com/news/2014/11/24/locals-say-construction-7-eleven-signals-changes-litt le-senegal (accessed May 2, 2015).