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第3章 黒人の第二次大移動と脱工業化が増幅させた北部都市の 住宅隔離

第3節 シカゴにおける隔離解消の試み

~「脱出」支援プログラムの成果と限界~

3.1 ゴートルー・プログラムによるゲットー脱出支援の有効性

住宅における「人種」隔離が深刻化し、「暴動」という形でアフリカ系アメリカ人による 抗議が行われた背景については既に述べた通りであるが、住宅における「人種」隔離を改 善させる方向へ向かわせる鍵となるのがシカゴのゴートルー・プログラムである。CHA と

HUD

がアフリカ系アメリカ人を差別した、とドロシー・ゴートルーを代表とする住民 が抗議した

1966

年の訴訟は、最終的には

1976

年の最高裁で原告側が勝訴した640。その 過程において、社会福祉政策としてではなく、裁判所の命令として、大都市中心部のゲッ トー居住者の郊外への転住を支援するゴートルー・プログラムが創設された。ドロシー・

ゴートルー641

CHA

のプロジェクト住宅の住人代表として、集団訴訟の原告

7

人のリス トの最初に記載された提訴人であり、原告の中で最もゲットーの問題を明確にし、住宅に 関する問題に熱心に取り組んだ活動家である。弁護人のアレクサンダー・ポリコフがその 功績を称え、訴訟名としてゴートルーの名前が残るよう主張し、現在にまで引き継がれて

640 Hills v. Gautreaux, 425 U.S. 284 (1976).

641 Ms. Dorothy Gautreaux (1927-68). コミュニティ・オーガナイザー、活動家。

0 200000 400000 600000 800000 1000000 1200000 1400000 1600000 1800000 2000000

1910 1920 1930 1940 1950 1960 1970 1980 1990 2000 2010 デトロイト市全人口から黒人人口を差し引いた人口 デトロイト市黒人人口

いる642

裁判では、シカゴの大規模な公共住宅開発において、貧しいアフリカ系アメリカ人を集 中させたとし、連邦地裁判事のリチャード・オースティンは

1969

年、CHAに対し、アフ リカ系アメリカ人が白人居住地域に住むことができるように住宅の立地を変更するよう命 じた。さらに「セクション

8

有資格証書方式」(1937年法の第

8

条)643 の権利として、

アフリカ系アメリカ人に対し、郊外の「人種」的に統合された地域へ移転できる権利を与 えるよう命じたのであった。このプログラムでは、公共住宅と同じ賃料で郊外のアパート に住める家賃補助や見知らぬ地域で住宅を見つけるための支援、大家との交渉や社会福祉 サービスの照会などカウンセリング制度が設けられた。プログラムは、運営の過程におい て修正され、最終的に、移転者全体の

3

分の

1(人数)は、アフリカ系アメリカ人が 3

割 を超える再活性化された地域への移転も可能とされた644

シカゴの非営利で運営される協議会645 によって、1976年~1998 年の間に

115

の郊外 地域で実施され、およそ

2

万人以上(約

7,500

家族)の人がシカゴの「人種」的に隔離さ れた地域から脱出し、郊外地域へ移転した646。プログラムの研究結果が示すところによる と、移転した家族は都市に残った家族に比べ雇用の機会が多く、子どもは学校の成績が良 いなど、貧困の集中化の解消が貧しい「人種」少数派の生活を向上させるという定説の確 立に貢献した647

その後の長期的効果の分析を目的に、

1990

年より前に移転した

1,506

家族を無作為に選 び、追跡が可能であった

1,175

家族の長期的効果の調査報告によると、プログラムの目的 であった、アフリカ系アメリカ人住民が

3

割以下の居住区へ移転するという試みにおいて、

移転者の半数しか目的達成できなかったことが示されている648。しかし、元住民の居住区

642 Alexander Polikoff, Waiting for Gautreaux: A Story of Segregation, Housing, and the Black Ghetto (Illinois: Northwestern University Press, 2006), p.65.

643 Section 8 (housing): 1937年からの米国住居法(修正を繰り返してきている)で定められる Housing

Choice Voucher Program(現在の名称)。政府の助成金による低所得者、高齢者、障がい者への家賃援

助。特定の団地、または市場(民間)アパートから住民がアパートを選びその家賃への援助を行うもの。

“About the Housing Choice Vouchers Program,” U.S. Department of Housing and Urban Development,

http://portal.hud.gov/hudportal/HUD?src=/program_offices/public_indian_housing/programs/hcv/ab out (accessed December 6, 2012).

644 Rosenbaum (1995), op. cit.; Micere Keels et al., “Fifteen Years Later: Can Residential Mobility Programs Provide a Long-term Escape From Neighborhood Segregation, Crime, and Poverty?”

Demography 42, no. 1(2005): 51-73; Robinowitz and Rosenbaum, op.cit.; Susan J. Popkin, “Race and Public Housing Transformation in the United States,” in Neighbourhood Renewal & Housing Markets : Community Engagement in the US & UK, ed. Harris Beider (Oxford and Malden:

Blackwell Publishers, 2007), pp.144-145; Popkin, Levy, and Buron, op. cit.; Howard University School of Law Fair Housing Clinic, http://www.howardfairhousing.org/civil_rights_school/125/507/

(accessed July 28, 2013).

645 Leadership Council for Metropolitan Open Communities.

646 Rosenbaum (1995), op. cit.; Business and Professional People for the Public Interest, http://www.bpichicago.org/HousingMobilityProgram.php (accessed July 28,2013).

647 ゴートルー・プログラムは黒人が多く住む郊外地区でなく、中産階級の白人が住む郊外地区へのアク セスを可能にした。Rosenbaum, et al., (1996), op. cit., p.275; Popkin, Levy, and Buron, op. cit.

は、「人種」的に統合された地域へ改善されており、アフリカ系アメリカ人は「人種」の混 合する居住区を好んでいることが示された。より所得の高い、白人居住者の多い地域へ移 転した住民は、現在も裕福な地域に住んでおり、犯罪の少ない郊外地域へ移転した住民は、

その後においても犯罪の少ない地域で住んでいる確率が高い。調査のデータだけでは限界 があるものの、短期的結果、長期的結果を総合して鑑みると、低所得の少数派家族は「人 種」的に統合された、経済的に豊かな、犯罪の少ない地域へ移転すると、その良い住環境 を高い確率で保持しようとすることを示す結果となった649

1960

年代に高揚した市民権運動を契機として起こった、ゲットー脱出の支援を含む住宅 に関する隔離状態の是正を目的とした「ゴートルー・プログラム」は、これまで住宅施策 の中で実行されてきた政府による「人種」差別の助長という不正を正す一つの有効な政策 であるとみなされ、その後の政府による住宅政策に大きな影響を与えたといっても過言で はない。

1960

年代のジョンソン政権期の「偉大な社会」政策は、行き過ぎた社会福祉プログラム であると保守派から非難されていた。

1969

年に政権に就いた共和党のリチャード・ニクソ ン大統領は、1973年のモラトリアム宣言で既存の住宅プログラムの大半を中断させ、「貧 困との戦い」の中で実施された試みを中断させた。そして

1974

年、住宅・コミュニティ 開発法650 を成立させ、新たな住宅政策を開始させた。この新しい住宅政策の主軸が「セ クション

8

プログラム」であった。さらに、ロナルド・レーガン共和党政権下において、

新規建設や大規模修復などの公共住宅の建設補助を原則として廃止し、家賃補助中心に切 り替える改革を実行した651。こうして、ニクソン政権下で改められ始めた旧来の差別的な 住宅政策は、1980年代以降、家賃補助型のプログラムへ政策の重心が転換していった652。 レーガン政権期の1980年代では、ジョンソン政権期の「貧困との戦争」に代わって「福 祉との戦い」が展開されたが、この時代には貧困が劇的に拡大した。その背景には、1973 年以降の生産性の低下と賃金の低下、所得格差の拡大、インフレ、失業、特に黒人男性の 失業があり、1970年代中頃から開始されレーガン政権期に加速した福祉予算の削減と雇用 や所得分配における差別など、むしろ貧困の拡大と深刻化をもたらす根本的な政策の失敗 がある653

649 Micere Keels et al., op. cit.; Stefanie Deluca et al., “Gautreaux Mothers and Their Children: an update.” Housing Policy Debate 20, no. 1 (2010): 7-25.

650 Housing and Community Development Act of 1974.

651 平山、前掲書、287-298頁; 岡田徹太郎「アメリカのコミュニティ開発政策と連邦補助金改革」『The Institute of Economic Research, Working Paper Series』no. 28(1999年):5-8頁; 岡田徹太郎「アメ リカ住宅政策における政府関与の間接化とその帰結」『The Institute of Economic Research, Working Paper Series』 no.37(2001年):9-10頁; “About the Housing Choice Vouchers Program,” U.S.

Department of Housing and Urban Development, op. cit.

652 1981616日にレーガン共和党政権下で創設された「大統領住宅委員会」は住宅に関する政策の

方向性を提言した。The President’s Commission on Housing, The Report of the President’s Commission on Housing, (Washington, D.C.: Library of Congress Cataloging in Publication Data, 1982), p.18, http://www.huduser.org/Publications/pdf/HUD-2460.pdf (accessed in December 6, 2012.

653 Michael B. Katz, The Undeserving Poor: From The War on Poverty to The War on Welfare (New

こうした新自由主義的な政治的文脈に一見矛盾するかのように、レーガン政権期に住宅 政策の主流に組込まれていったゴートルー・プログラムは、現在に至るまで、形を変えつ つ、手法が引き継がれている。ローゼンバウムは、都心部の「人種」少数派の貧困者がゴ ートルー・プログラムで経済的機会がより多い場所へ移転することにより、自らの生活を 改善させる可能性を得るという意味で同プログラムが最良の情報源になったと言及してい る。その上で、この実験的プログラムがどの程度公共住宅住民の生活向上に寄与したかを 調査分析した結果、この政策は郊外へのアンダークラス脱出支援策としてある程度の有効 性を持つものの、根本的に限界があることを指摘している654

3.2 チャンスへの転住プログラムが示唆する課題

シカゴのゴートルー・プログラムをモデルにして考案された実験的な実証研究である「チ ャンスへの転住プログラム(Moving to Opportunity Program、以下

MTO

プログラムと 略記)」の研究報告書655 の考察を通して、ゴートルー・プログラムに関する従来の定説の 信憑性を確認する。

MTO

プログラムは

5

都市656 における極貧地域(40%以上が貧困)の 低所得者をターゲットとし、

HUD

が実施した住居移転(housing mobility)研究で、

1992

年の住宅コミュニティ開発法657 のセクション

152

において米国議会に認可された研究で ある。1994 年に始められたプログラムで、調査対象の

5

都市にあるインナーシティの高 貧困地域の公共住宅プロジェクトに住んでいる家族に、住宅支援のバウチャーを提供し低 貧困地域に引っ越しをさせ、住民の生活や子ども達の生活の変化、改善を実証するための 研究である。

10

年~15年をかけて追跡評価が行なわれ、

2011

10

14

日、研究者らに よって作成された最終報告書が

HUD

に提出された。表

28

が示すように、

1994

年~1998 年にこの実験的プログラムに登録した家庭数は全部で

4,600

世帯を超え、ほとんどの家庭 はマイノリティのシングル・マザーが世帯主の家庭で、全体の約

3

分の

2

がアフリカ系ア メリカ人、残りの約

3

分の

1

のほとんどがヒスパニック系である。また、大多数が生活支 援を必要とする貧困家庭であり、全体の

7

割以上がドラッグやギャングから逃れることを 理由としてこの実験的プログラムに参加している(表

28)

。これらの住民は無作為に次の 三つのグループに割り当てられ、「住居、居住地域の状況、心身の健康、経済的自立、危険・

York: Pantheon Books, 1990), pp.4-5.

654「ゴートルー・プログラム」実施の結果として、郊外への移転によるプラスの影響は「カーナー委員会」

がまとめた基本的な提案を後押しする結果を示し、貧困の集中した地域からの脱出は雇用、教育機会を 改善させることが実証されている。同時に公共交通機関の充実、託児などの必要性も指摘されている。

Rosenbaum, et al. (1996), op. cit.; Robinowitz and Rosenbaum, op. cit.; Rosenbaum (1995), op. cit.

655 Lisa Sanbonmatsu et al., Moving to Opportunity for Fair Housing Demonstration Program: Final Impacts Evaluation Washington, D.C.: U.S. Department of Housing and Urban Development’s Office of Policy Development and Research, 2011).

656 ボルチモア、ボストン、シカゴ、ロサンゼルス、ニューヨークの5都市。