(1)楽曲を教材化する
教材は、教授あるいは学習活動の材料となるべき文化財であり、
その教材によって、学習の目標を達成するという課題を持つもので
ある。1)
つまり、「一定の教育目標を達成するために選ばれた具体的な素 材」「ある目標を達成するために選ばれた文化的素材のこと」をいう。
さらに、音楽が人間の暮らしと密着し、文化を形成し芸術へと発 展させたことを考えれば、教材は、人間の暮らしや生活、そして教 育課題と多様な音楽内容など幅広い視点から考え、決定していくこ
とが重要であろう。
教材を選ぶ際、設定した指導目標をどの程度実現できるのか、ど のような教育効果をもたらすのかを念頭に置くことが、重要である。
題材の目標を達成する選択のポイントとして、以下の点が挙げら
れよう。
①児童生徒が興味・関心を持つことができるか
②発達段階に適しているか
③目標に到達できる(到達させたい)要素があり、学習の 広がりを期待できるか
④作品に価値があり、心に残るものか
部活動・クラブ活動などの場合、これに、
⑤学校内外の音楽活動の場(演奏会・行事など)に、ふさわし
いプログラムであるかを、含める必要があると思われる。
「具体的素材」・「文化的素材」として選んだ楽曲を、児童生徒の 前に示すとき、上記①〜⑤を兼ね備えたものになるように、手を加 えることによって、r教材化」することになる。
たとえ、それが教科書に載っているものであっても、十分な教材 研究・楽曲分析によって、そのまま使用するだけでなく、児童生徒
の実態によって扱い方を変えることが不可欠である。
たとえば、声域を児童生徒に合わせたり、簡単に演奏できるよう にアレンジしたりすることである。なぜなら、毎年同じ学年に同じ ように… とは、いかないことも多くあるからだ。(反対に、同じ ようなところで興味・意欲を持ちやすいという事柄もある。)学年に よって、子ども達のそれまでの音楽経験が異なること、身体的精神 的発達段階の差があるからである。また、合奏の場合はそれに加え て、学校によって異なる備品の数・種類、確保できる活動時間数も 考慮すべきである。
また、児童生徒の学習進度に差が出やすい器楽の分野の授業では、
苦手な子どもへの対応に追われがちになりやすいが、得意とする子 どもが意欲をなくすことのないように、練習曲の旋律にハーモニ』
をつけ、第2のパートを作ってやることで、すぐに二重奏の練習が 始まる。子どもの音楽的欲求を満たしてやる工夫が必要である。
逆に、苦手な子どもには、簡単化・シンプル化して提示してやる ことも1つの方法である。つまり、児童の学習効果が出るように支 援するために、アレンジしたり、移調したり、今、目の前にいる子
どもたちのために楽曲に手を加えるのである。
そのような、工夫・配慮をすることで、児童生徒の音楽学習・活 動への参加意欲が増すのである。そのためには、いつも教師は子ど
もの状況を把握し判断するためのアンテナを高くし、各々に応じた
対応ができる多くの引き出しを持ち、常に教材分析、或いは教材開 発していく姿勢が望まれる。
元の楽曲を簡単化した例として、合唱曲について挙げてみたい。
今まで中学生の混声三部合唱のレパートリーとして用いられていた 楽曲が、同声二部合唱に編曲され、小学校の卒業式・音楽会で取り 上げられることが多くなってきた。
例をあげると、
・高橋浩美作曲 「旅立ちの日に」
・大津徹副作曲 「Let s search for Tomorrow」 など
楽曲の持つ魅力から、教師が児童の音楽活動・行事に取り上げた いと考えたのだろうと推測できるが、混声三部合唱の声の幅を活か
してこそ、その曲の良さがあるという作品もある。上記の2曲も例
外ではない。
目の前の子どもに合わせたものを工夫する上で、子どもや学校の 実態に合わせることと、楽曲の良さを壊さないことの両方の配慮が 教材化するには、必要である。
楽曲を子どもに合わせて工夫した例について、千代延尚氏が「本 立ちて道生ず」として、音楽之友社「月刊幼児教育」で次のように
述べている。
(以下、引用文)
「本立ちて道生ず」
台東区立台東小学校 千代延尚
… 略… つい先日、F県M幼稚園の丁先生から一本のテ
』プを送って頂きました。園児のみなさんが演奏された田中利光作 曲「ピアノと器楽合奏のためのプレリュード 宮祭り 」の収録テ
一プでした。この曲は、私が小学生のためにアレンジしたものです が、それをごらんになった丁先生から「先生のアレンジを使わせて ほしい。また、園児向けに修正することを許していただきたい。」と の旨のお手紙を前もっていただいていましたので、早速テープをき かせていただいたことは申すまでもありません。
… 中略… 演奏時間は4分少々ですから、それほどではな いのですが、ギ東北の夏祭りを思い浮かべて書いてみた…」という 作曲者のことばのように、曲は緩急織り交ぜた 祭りばやし のに ぎやかな情景があざやかに浮かんでくるような、力強い作品です。
しかも、ピアノのソロも入っていて、コンチェルト風なタッチで見 事にまとめられてい一ます。ですから、そうした曲の構成の妙をよく 研究してとりかからないと、といいましょうか、指揮者のセンスが
間われる、といった決してやさしい曲ではありません。
おまけに楽器編成も、リコーダーや鍵盤ハーモニカを主体として、
アコーディオン(S・A・T・B)や木・鉄琴。それに電子オルガン やバスを加え、。その上に各種ρ打楽器(和太鼓)とピアノを配した
という大がかりなものです。
ですから、私のところでは、いつも六年生にやらせているのです が、その大曲(?)をr幼稚園の子どもが…」とうかがいましたの で、私がどんなにびっくりしたか、みなさんにもお分かりいただけ たかと思います。
… 中略…
M園の場合は、合奏大会に出場するために、という目的での選曲 で「この曲に!」白羽の矢が立ったのだと思いますが、選曲に際し ては、やはり曲の難度、表現技能、楽器編成、局への関心など、子 どもの実態に基づいて考えたいと思います。そして曲が決まったら、
やはり、教材研究ですね。スコアでしたら、曲の編成を理解するこ とはいうまでもありませんが、スコアに指定されているそれぞれの
旋律楽器の音色的な効果、あるいは旋律と対旋律、.和声の動き、音 のひろがりなど、実際にピアノで試してみるとか…・。また楽器を カットすることはやぶさかではないのですが、そうすることによっ て指定された楽器の音色がなくなるわけですから、それで不自然さ は残らないのか、それとも他の何の楽器でそれを補うのか、そのあ たりの配慮がじゅうぶんでないと、まったくチンケな音楽になって
しまうことを承知しておきたいものです。
テープで拝聴した限りでは、ピアノや木琴が省略され、リード楽 器中心のように感じられました。そのため、演奏は音色的な変化に 乏しく、しかも盛り上がりに欠けて平盤なものに終始して、私の描 いている 宮祭り とは全くちがったものにきこえてきました。私 にいわせていただくならば、やはりピアノ、木琴などをはずした結 果では?と思えてなりません。
ただ一つ、光っていたことは、パーカッションの子どもたちρテ クニックでした。「これ、ホントに幼稚園の子どもたちが打ってる の?」と、私の学級の子どもたちがそういって感心したほど、とて
も上手でした。
私は思います。合奏にしても歌唱にしてもそうですが、選曲に当 たってまず考えたいことは、どんな場合であれ、その目的に応じた もの、その目的を達成するにふさわしいと思われる曲を選ばなけれ ばならないことはいうまでもありませんが、演奏するのは子どもな のですから、その子どもたちの実態にふさわしいものを!という考 え方で進めたいということです。教師の満足であってはならないと
思います。
曲が決まったら、月並みな言い方ですが、教材研究一をしっかりや る、ということです。まず この曲の魅力 について感じ取り、次 いで、 その魅力を支えているもの を取り出し、そしてこの教材 で 子どもの音楽性を伸ばし得るもの をしぼっていく…
先ほどの 宮祭り ですと、私でしたら曲が日本旋法で構成され ていることから 日本旋律の美しさと和声のひびき、リズムセクシ
ョンの楽しさ を魅力に、それを支えているものとしては それぞ れの楽器群の音色の効果を生かした曲の構成 を挙げ、この曲を合 奏することによって身につけさせたいものを ダイナミックな合奏 の満足感と、社会性(責任、協調、連帯感といった)の育成 と挙 げたいと思います。
本立ちて道生ず、ということばがあります。そうしたねらいを、
はっきりと確立したあとで、曲のイメージをこわさないことに心し ながら、子どもの実態に応じたアレンジの工夫をすることになりま す。その際に、使える楽器についても、音色や音域、台数などを考 慮しなければならないことはいうまでもありません。… 以下略2)
合唱曲や合奏曲の楽譜において、教師は、
「ちょっとこの部分は、省略ね。j
「ここは、難しいから、これに代えておこう。」
などと、ちょっとした楽譜上の変更から、大胆なカットや付け加え まで、色々と手を加えて楽譜を使用することが少なくない。
もちろん、それは良い効果を狙っての行為であるが、実はいつの 間にか上記のようなことに陥ってしまっているというケースも考え
られる。
子どもが音楽活動に入るまでの、指導者の楽曲研究、諸事情を見 極めた上での準備がいかに重要かを提言しているものといえる。
どの学年の児童生徒にも、その教材が教師にとって都合がいいか どうかではなく、真に子どもたちにとってふさわしいかどうか、子 どもたちの興味や関心を引き出す要素をもっているかどうか。子ど も理解に基づいたr教材化」とr教材解釈」が、必要である。