第4章 電解質の薄膜技術
第1節 緒言
第1章に示したように、 zr02にY203が8 mol%---10 mol%固溶した立方晶の イットリア安定化ジルコニア(YS Z )は、 高温で幅広い酸素分圧領域において 輸率がほぼ1の酸素イオン導電性を有することから、 酸素センサー、 固体電解 質型燃料電池、 酸素分離膜などとしての研究が活発にされている1)0 Y203以外 にも、 Nd203, S m203やSC203などをドープした安定化zr02の導電性が研究さ れている 2)。 これらのドーパントを用いた安定化 zrOゥの導電率は、 いずれも YSZよりも高い値が得られるが、 原料粉末の入手の容易さとコストの面から、
YSZが固体電解質型燃料電池の電解質として良く利用されている。安定化zr02 以外に、既知の酸化物イオン導電体として、 安定化Bi203やCe02が挙げられる。
とくに安定化Bi203は、7000CでYSZとほぼ同等の導電率を示すことから中 低温作動型の固体電解質型燃料電池用電解質として期待されるものの、 イオン 導電性が安定である酸素分圧域がきわめて狭く、 還元雰囲気で容易に分解され るため、実用化には重大な開発課題が残されている3)。また、CaOやY203を添 加したCe024)もYSZより高いイオン導電性を示すが、この酸化物も低酸素分圧 下でその輸率が大幅に低下し、 電子導電性が発現することから国体電解質型燃 料電池の起電力低下の原因となりうる。 このため、 低酸素分圧下で Ce02を安 定に利用するための研究されている 5)。
このようにYSZは、現在国体電解質型燃料電池用電解質材料として、最も実 用に近い材料であるものの、 YSZの導電率は、1000 oCで高々0.1S cm-1程度で あり、 固体電解質型燃料電池の高出力化を図るためには、 YSZの薄膜化が重 要な技術課題となる。 薄膜化技術としては、 物理蒸着(PVD)法、 化学気相析出 (CVD)法、 溶射法、 スラリーコート法などがある。 なかでも CVD 法は組成制 御が容易で、 膜の合成条件を制御することで綴密な薄膜が得られるとされてい るへ
CVD法によるzr02膜やYSZ膜の合成研究において、 原料としてはZrC14や YCl3などのハロゲン化物7ぺ2)の他に金属アルコキシド13-15)やかジケトン金属錯 体16-23)などの金属一有機化合物が利用されている。 これらの原料のうちハロゲ ン化物を用いた場合、 ハロゲン化物は吸湿性が強く変質しやすいこと、CVDに 必要な原料の蒸気圧を得るために300 oC _, 900 oCの高い気化温度が必要なこ とや、 副生成物としてHClやCl2などの腐食性ガスが発生し、 これらのガスに より薄膜や基板および装置が腐食がしやすいことなどの欠点がある。 金属有機 化合物であるZrやY のかジケトン金属錯体は大気中の取扱でも変質が少なく、
比較的高い蒸気圧を有する。 リガンドにハロゲン元素を合まない場合、 分解後
99
の副生成物は、 炭化水素化合物, CO:p H20 で腐食性のガスは発生しない。
。ージケトン金属錯体原料を用いたCVD法によって、 5021419)の合成につい て報告されている。 これまでの研究16 ),17)で、 酸化ガスにo 2を用いたCVDで は、 析出温度が750 oc以上では膜は得られず粉体が形成されることが報告され た。 固体電解質型燃料電池は、 通常1000 ocと高い温度で運転されるため、 膜 の耐久性や信頼性を考慮すると CVD の合成湿度はより高い温度が望ましいこ とが予想される。金属有機化合物を用いたzr02膜のCVDでこれまでに報告さ れた最も高い析出温度は800 ocで、 この実験では酸化ガスにHっOが用いられ た20)。
一方、 Brennfleckら9)は原料にZrC14を用いた実験で、 酸化ガスにH2-C02を 用いることにより析出温度950 ocまで析出速度が増大し、 その最大値は約
20μm/h であることを報告した。 そこで本研究では、 。-ジケトン金属錯体 を用いたCVDにおいて 1 000 oc程度の高混での成膜を第1の目的として、 酸 化ガス種および炉内全ガス圧力の析出速度および膜の構造におよほす効果につ いて調べた結果を報告する。
また、 βジケトン金属錯体原料を用いたCVD法によって、 zr02の合成以外 に、Zr02-Y203系20)-22)やZr02-M gO系羽の膜の合成も報告されている。このう ちZr02-Y203系のCVDに関しては、Ding-kun らはプラズマCVD法を用いY と Zr 原料を混合することによって Yj(Zr+Y)モル比が 10% �56%の無配向 Zr02-Y203系膜を作製した均。 それ以外にはZr02-Y203系膜組成の制御性に関 する報告はなく、 また膜組成と結晶相との関係などは明らかにされていない。
そこで本研究では、 Zr および Y のかジケトン金属錯体を原料とした CVD 法によりZr02-Y203系の薄膜作製を行い、 おのおのの原料気化温度を調節する ことによって膜組成の制御を試みるとともに、 膜組成と結晶相との関係および 析出温度と膜組織の関係を調べることを第2 の目的として行った。
第2節 実験方法
原料に用いたβジケトン金属錯体は、Zr およびY のDPM錯体(Zr(DPM)4' Y(DPM)3 ; DPM: dip ivaloylmethanato,2,2,6,6-tetramethyl-3,5-heptanedionato,
C6H1902, (トリケミカル研究所製))である。
本実験に用いたCVD炉は横型外熱式である。 図4-1にzr02膜の高温合成実 験に用いた装置の概略を示す。 析出温度 (Tdep)は 600 oC�l 000 ocとし、 炉内全 ガス圧力 ( Ptot)は5Torr� 50 Torr とした。気化炉に原料を充填した白金製のボー トを設置し、 予備実験の結果からそれぞれのPtotで原料気化速度がほぼ等しく
100
なるように原料気化温度を160 oC _, 180 oCの範囲で設定した。キャリアガスと して 、A r(99.99%)を用い、その流量を100 cc/min とした。また、酸化ガス(Gox) に100 cc/minの Ol99.99%)あるいはHl99.99%) と CO2ガス(99.99%)の混合ガ ス (それぞれの流量は200 cc/min)を用いた。
A 1><]/
_,* ム ー イ l
ThermocouD y ePlatinum
イ b<J
Fumace
_�xygen
ー』 l←C arrier Gas
D>くご1
� Zr(DPM)4 Boat Vapori zerFig. 4-1 zr02膜の合成に用いたCVD装置の概略
図4-2 にYSZの合成に用いた CVD 装置の概略を示す。 Zr(DPM)4 および Y(DPM)3の気化量と基板上の析出量との関係を調べる実験では、おのおのの原
料を白金製の ボート に入れ電気炉Aを用いて気化させた。 Zr0 2-Y203系膜の合 成では気化器A とBの部分にそれぞれY(DPM)3 と Zr(DPM)4を入れ たボートを 置いた。実験条件を表4-1 に示す。Zr(DPM)4 と Y(DPM)3の原料気化温度 (TeZr、
Tey) は、 それぞれ 160 oC---180 oCと130 oC---160 oCの範囲に設定した。
キャリヤーガスにAr(99.99%)を、 GoxにOl99.99%)を用いた。 また、 Pt otを 10 Torr とし、析出時間は 0.5 h---1.0 hの範囲で、行った。
Substrate
Vacuum System Boat A
Th ermocouple
Platin um Foil
Fumace
Vaporizer A 巳〉くて|
Vaporizer B
唾-Carrier Gas
Fig. 4-2 zr02-Y203の合成に用いたCVD装置の模式図
101
Table 4-1 zr02- Y203のCVD合成条件 Evaporation Temperature
Zr(DPM)4 Y(DPM)4
Carrier Gas (Ar) Flow Rate Zr(DPM)4
Y(DPM)4
Oxid ation Gas (Gox ; O2) Flow Rate Total Gas Pressure ( Ptot)
Deposition Temperature (T dep) Deposition Time
1600 -1800C 1300 ー1600C
100 ml/min 100 ml/min 100 ml/min 10 Torr 6000 -10000C 0.5-1.0 h
これらの実験では、 基板には溶融石英ガラス(10X5X1 mm3)を用いた。 基板 の脇に挿入したアルメルークロメル熱電対で 測定した温度をTdepとした。
合成した試料の膜厚を、 基板の一部を白金でマスクしたところと膜表面との 段差を触針式膜厚計(Talystep、 RankTaylor Hobson Limited)を用いて測定し、
X線回折( XRD)法により膜の結晶相の同定を行った。膜の破断面についてSE M 観察を行い、 膜組成はY203を6 mol%および8 mol%合むzr02-Y203系共沈原 料から作製した焼結体を標準試料とし、 エネルギー分散型X線マイクロアナラ イザー(EDX)を用いて分析した。
第3節 実験結果および考察
3 -1 zr02膜の高混合成
3-1-1 膜組織と成膜速度の析出温度依存性
図4-3 にGoxにO2およびH2-C02を用いた場合の、 種々の Ptotでのzr02の成 膜速度 (Vdep)のアレニウスプロットを示した。GoxにO2を用いた場合、
Ptot=50 Torr の条件下では、 Tdepが620 0CまではVdepの対数はTdepの逆数にほ ぼ比例して増加するものの、 それ以上の混度ではVdepは減少した。 その直線領 域より求まる活性化エネルギーは約207 kJ/molであった。 Ptotが減少するにつ れ、 Vdepが減少し始める温度( 以降遷移温度と称す)が高温側にシフトし、 活 性化エネルギーも低下する傾向にあることが観察された。 例えば、 Ptot=10 Torr の条件下では、 遷移温度は約700 0Cであり、 その時の V depは約10μm/h、 ま た直線領域より求まる活性化エネルギーは約110 kJ/molであった。
102
..c
E 101 え
Tdep / oc
700 600
、\
"e
b、
。 「llトllllt s伺.Mzozzc仏ω(同
1000 Tdeil/K-1
Fig. 4-3 酸化ガス(Gox)にO2およびH2-C02を用いた場合の種々の
炉内全ガス圧力(PtoJでのzr02の析出速度の析出温度(Tdep)に対する アレニウスプロット
ム;Gox=ObPtot=5To打, 0; Gox=02,Ptot=1 0 Torr 口;Gox= 02,Ptot=50 To汀, ・;Gox=H2-C02,Ptot=1 0 Torr
一方、 GoxにH2-C02を用いた場合、 図4-3に示したように遷移温度がさらに 高温側にシフトし、 Tdepが1000 ocまで温度とともにVdepは増大することが確 認された。1000 ocでの Vdepは約10μm/hであり、GoxにO2を用いた場合に比 べて、同じVdepが得られるTdepが約3000C以上高温側にシフトしたことから、
かジケトン金属錯体をCVD原料に 用いても、GoxにH2-C02を用いることで膜 の高混合成が可能であることが確認された。
Bennfleckら9)は、 酸化ガスにH2-C02を用いた場合、 膜の析出速度は次式で 与えられるH20の生成によ って決定されると 報告した。
H2 + C02 <=> H20 + CO
この平衡反応で生成するH20濃度は、850 oC,_, 900 oC以上で急激に増加する ことが報告 されており9),24)、 したがって本実験で高温まで成膜速度が低下しな かった理由として4-(1)式によるH20の生成の温度依存性が関与しているもの と考えられた。 また、 Tdep が850 oC,_, 1000 oC問のアレニウスプロットの直線 領域より求まる活性化エネルギーは約47 kJjmolとGoxにO2を用いた場合に比
103
4-(1 )
ベて大きく低下した。 図4-4、 図4-5にPror=10 To汀、 種々のTdepの条件下で、
GoxにO2、 H2-C02を用いて合成された膜の破断面のSEM像を示す。
Fig. 4-4 Ptor=10 To汀、 GoxにO2を用いて合成した膜の破断面の
SEM像, (a)Tdep=600 oC, (b)Tdep=700 oC, (c)Tdep=1000 oC
104
Fig. 4-5 Ptot=10 To汀、 GoxにH2-C02を用いて合成した膜の破断面の SEM像, (a)Tdep=650 oC, (b)Tdep=900 oC, (c)Tdep=1000 oC
105
GoxにO2を用いた場合(図4-4)、 Tdep=600 ocで合成された膜の微構造は綴密 な微粒多結品の組織であるが、 Vdepが減少を始める選移温度である700 oCでは、
樹枝状の組織が、 またVdepが大きく減少 した1000 oCでは柱状の組織が観察さ れた。
一方、 GoxにH2-C02を用いた場合、 いずれのTdepにおいても合成された膜の 微構造は、 綴密な微粒多結晶の組織であり、 樹枝状あるいは柱状の組織は観察 されなかった。
zr02 膜の成膜速度の活性化エネルギーについて、 ハライド原料であるZrC14 とO2を原料としたコールドウオール型反応炉を用いたCVDでは、析出温度が 700 oC --1000 oCの範囲で33 kJ/molの値が報告されている。 またY203膜につ いては406 kJ/molの値が報告されている8)。 これらの値はいずれも化学反応律 速とされており、 本研究でVdepのアレニウスプロットの直線領域より求められ た活性化エネルギーはいずれもこの中間に位置している。 また、 秋山ら19)によ りZr(DPM)4、 O2を用いたCVD において、 627 oC以下の表面反応速度の活性 化エネルギーは約188 kJ/molであることが報告された。
膜膜.
組織も反応律速段階でで、一般に観察される微粒多結品組織2
V川de叩pのアレニウスプロツトにおいて直線関係が得られる Td向E叩pの範囲でで、は、 化学 反応が律速段階であることが考えられた。
また、 GoxにO2を用いた場合に観察されたTdepの増加にともなうVdeoの減少 は、 本実験ではホットウオール型 CVD 炉を用いていることから、 原
料
が基板に到達する前に熱分解や反応してしまうことによって基板に到達する原料濃度 が低下したためと推測された。 また、 膜の組織も原料拡散律速過程に特徴的に
見られる樹枝状や柱状の組織25)であることが確認された。
3-1-2 析出温度と結晶相
得られた膜の外観は、 GoxにO2を用いた場合いずれの膜も白色を呈していた が、GoxにH2-C02を用いた場合、Tdep= 650 oCでは外観は黒色 でその構造は非品 質であり、 Tdepが 850 oCで合成された膜は灰色 、 Tdepが950 oC,_1000 oCで得 られた膜は、 白色を呈していた。
図4- 6、 図4-7 にPtot=10To汀、 種々のTdepの条件下でGoxにO2、 H2-C02を用 いて合成した膜のXRDパターンを示す。
106