第 2 章 「改革開放期」の電力工業の展開(1979-2001 年)
第 2 節 「電力法」と「国家電力公司」の成立(1996-2001 年)
1.企業経営方式への改革と「中華人民共和国電力法」
1993年3 月、「第8期全国人民大会第1 回会議」において、エネルギー部を廃止し
て、再度、電力工業部を設立することが決定された。この機構改革は、電力部門に対 する「政企分離」と「簡政放権」(行政関与を簡素化・減少化させ、権限を企業ないし 公司に委譲すること)の徹底的実現と同時に電力工業の統一的管理を実現することを 企図したものであった62。電力工業部の主要な任務は、電力事業63の発展戦略の立案(こ のうちには、電力における生産・建設・投資などの重大問題のほか、電力生産の協調 体制の構築、統一的な電網整備、企画・政策・法規の制定なども含まれる)と国有資 産の価値保全、及び増殖などに限定されることになったが、上述した改革措置・政策 措置を通して、いっそうの発展を図ることとされた。
こうしたなかで行われた邹家華副総理及び史大楨電力工業部長の「電力工業部成立 大会」における「講話」をまとめて要点を示せば、次のようであった64。新たに成立し た電力工業部は、国務院の全国の電力工業を管理する職務(職能)を有する政府機構 であるが、「改革開放」政策の実施以降、電力工業が大きな変化を遂げたことから、そ の職能(職務の役割)にも大きな転換がもたらされた。過去、電力工業の建設と管理 はすべて国家により組織され、国家が責任を負っていた。例えば、発電所と電網の建 設は、基本的には国家投資によって行われ、すべての発電所や電網の管理及び経営は、
62 前掲≪1993年中国电力年鉴≫, 3-5页。
63 中国語で表示される「電力行業あるいは電力事業」は、電力全体の各種の業種を纏め
て総体として言う場合に用いられる。日本語では「電気事業」、「電力事業」あるいは
「電気産業」という語に相当する。また、中国語の「電力補助事業」は、生産活動に直 接かかわる「企業」を除いた、学校・研究所等の機関を指していう。
64 前掲≪1993年中国电力年鉴≫,95页。
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当時の国家電力部門が直接管理し、自ら経営していた。しかし、現在、事情は異なる。
電力工業は国家電力部門の「独家企業」ではない。国家(中央政府)投資の発電もあ るし、地方政府投資の発電もあり、中央と地方の合資になるもの、集団企業の投資に よるもの、各部門の投資のもの、ひいては外資による投資のものなど、多種多様であ る65。電力工業はこうしたものすべてを包含しているので、各主体が好き勝手にやるこ とになると、統一的な企画などできなくなる。そのため、電力工業を中国の経済発展 の歩調に合わせて統一的なバランスを図るには、一つの部門によってこの電力工業を 統一管理する必要がある。とりわけ、電網については、国家の統一的な指導が必要で あり、電網と発電所を混在させた経営は、こうした指導を疎かにさせることになると して、これまでの電力工業における改革を総括した。
ここで指摘された電力工業部の任務は、第1に電力工業の発展戦略を考究すること であり、第2に電力工業の全国的な配置や企画を決定することであり、第3に具体的 な政策を策定することであり、第4に電力工業の国有資産の価値を保持し、増殖させ ることであり、第5に統一指導・分級管理を実施するなかで、電力価格の改革・企業 経営のメカニズム転換・株式公司制の導入・各分野での請負制の導入等を推進してい くことであった。しかし、第4の任務までは、すでに前節で指摘したように、改革に おいてほぼ試行されていたものであったので、電力工業部の今後の主要な管理職能の 主要な重点は、第5の任務に置かれることになった。
こうして、1990年代に入り、「企業の債務負担、冗員過多、企業の社会的負担(企業 活動以外に負担した職工員のための生活保障施設など)の増大」から企業を「公司化」
することで「解放」すること、つまりこれらの社会的負担を企業から分離させようと する動きが顕著になっていった66。1992年5月15日に公布された「株式制企業試行辦 法」(国家経済体制改革委員会・国家計画委員会・財政部・中国人民銀行・国務院生産 辦公室の連合発布)は、こうした企業の独立した経営体を確立させようとしたもので あり、株式制企業を試行することの目的・意義・原則のほか、組織形式や株主権利等 が明確にされた。それが1993年12月の「中華人民共和国公司法」の成立と一連の関 連法整備に連なっていった。
こうしたなか、電力工業において設立された「有限会社・株式会社」(例えば、1982 年の葛洲壩工程局をベースに成立した葛洲壩集団公司・山東華能発電公司・華能国際 電力公司・山東国際電源公司・北京大唐発電公司等があり、これらは最初の上場企業
65 中国では、政府の構成要素には、次の3つがある。①最高の政策決定部門としての中
央政府であり、一般に「中央」と簡称される。これには、中共中央と全国人民代表大会 と国務院がある。②政策執行部門としての中央政府機関としての各主要行政管理部門及 び委員会であり、一般に「部門」あるいは「部委」と簡称される。③地方を管掌する省 級及び市級の地方政府であり、一般に「地方」と簡称される。本論文では、「」を外して これを中央・部門・地方と記述する場合もある。
66 こうした動きの詳細について、前掲『中国の国有企業改革』参照。
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として国務院に批准された67)の「公司法」の規定に基づく調査・点検が開始され、「公 司が自ら運営している小・中学校や医院等の公益的な機構、及びそれに対応する資産 は公司から分離させ、それらを政府管理に移譲すべきである」とした68。1993 年以降 には、このような動きはいっそう加速され、電力工業における改革の重点は、行政と 経営主体である企業の権限を明確に分離させて、企業経営方式を導入すること、さら に電力工業における市場化を促進することに置かれていった。どこの国でも同じよう な傾向にあるとは思われるが、特に中国の国有企業では、国有企業が一つの「企業社 会」(これを中国語では、「単位」と呼んでいる)を形成し、公益的・社会的・政府的 機能を企業が担っていた69。多くの企業は、公衆衛生・住宅のみならず、学校・病院・
療養所・幼稚園等を設立・維持するために多くの負担を強いられていた。これが解決 されなければ、「経営の自立化」(企業経営状況を反映する指標としての利潤率の達成)、
つまり市場化は困難であるという認識が一般化していたのである。こうして、企業の 社会的負担を軽減して、企業経営の基盤を確立するために、すでに指摘した公司制を 導入する試みが行われ、そのために株式会社制を導入することになったのである。
1993 年9月22日、電力工業部は「電力工業における株式制企業を試行することの 暫行規定」(≪电力行业股份制企业试点暂行规定≫电政法[1993]391号)を「電力系統 各直属単位、華能集団公司」に送付した70。この「規定」は、国家経済体制改革委員会 が発布した「株式制企業試点辦法」、「株式有限公司規範意見」及び「有限責任公司規 範意見」に基づき、電力工業の特徴をこれに結合して、電力工業における株式制を促 進させる目的のために作成された。これによれば、電力工業において株式制を採用す る目的は、以下の4つであった。
第1は、社会主義市場経済体制の樹立に適応させるため、所有権・投資・利益分配・
経営管理等の関係を整理し、投資者の「辦電」を積極的に促し、投資者及び経営者の 合法的権益(権利と利益)を保障すること、第2は、投資ルートを拡大し、国内外の 市場を利用して電源建設の資金を調達すること、第3は、電力企業に対して、経営メ カニズムの根本的な転換を促進し、自主経営及び損益自己責任を実現させること、第 4 は、電力価格の改革を推進し、電力企業の拡大再生産能力を保障する合理的な価格 体系を構築し、社会資源の配分の最適化を実現することであった。こうしたことを「試 行」するための原則として掲げられたものは、次の6つであった。
67 前掲≪中国电力产业政府管制研究≫,91页。
68「以前の有限責任公司及び株式有限公司が『中華人民共和国公司法』に従って規範を行 うことに関することを転送する通知」(≪关于转发原有有限责任公司和股份有限公司依照
<中华人民共和国公司法>进行规范的通知≫电政法[1995]629号,1995年10月23日)
(≪中国电力年鉴≫编委会编≪1995年中国电力年鉴≫中国电力出版社,1995年,23-26 页)。
69 前掲『中国の国有企業改革』,第5章を参照。
70 前掲≪1993年中国电力年鉴≫,63页。