第 1 章 国家統制下の電力工業の展開(1949-1979 年)
第 3 節 輸配電網の整備と変電所の設置
1.電圧の統一と電網の建設
中国は世界でも早くに発電所を設立した国家といわれているが、既述したように、
電力工業における電網管理は、帝国主義列強と軍閥の支配下に置かれていた117。この ため、解放前まで、中国には統一的な電圧はなく、しかも数多くの電圧が混在すると いう状態にあった。解放前の電網は整備されておらず、帝国主義列強の帝国主義的工 業化が進展した地域においてさえ、薄弱な電網を有するだけであった。例えば、東北 地区においては 15 万 4000-20 万ボルトの高圧電網を有するだけであったし、京津唐 地区においても、連携の薄弱な7万7000ボルト電網、上海地区では3万3000ボルト 電網を有するだけで、地方間における電網あるいは単独の輸配線は、2万2000ボルト、
あるいは3万3000ボルトの電圧しかなく、不安定な電力供給を余儀なくされていた。
いうまでもなく、都市への供給を主とする個別的発電所への輸配電は、低電圧の配電 体制であった118。
1949年以後、旧中国におけるこうした電圧の混在した状況を改変するため、中国政
府は電圧標準化作業に取り組んだ。経済発展は電力に対する需要拡大を意味したので、
その合理的電力配置を実現するため、輸配線網の技術的改善に取り組み、各電業管理 局が管理する電網についてみると、華北電網では、京津唐電網の7700ボルトと東北電 網の 15 万 4000 ボルトをそれぞれ 11 万ボルトと 22 万ボルトに改変する計画を立て た。こうした22万ボルトと11万ボルトという2つの輸電電圧への統一化は、22万ボ ルト、3万5000ボルト、1万ボルトの配電電圧系列を創造するのに有利な条件を提供 した119。1952年、中国独自の設計施工による京津唐電網の電圧昇級計画に基づき、分 段ごとに11万ボルトへの輸電線の改変が実施されていった。これとほぼ同じ頃、山西 省太原第一熱電廠から陽泉馬家坪、北京南苑を経て天津白廟への輸電線が 11 万ボル トに昇級された。こうした電圧の統一と同時に電網建設が進展した。1954 年、「電力 工業技術管理暫行法規」が公布され、6000ボルト、1万ボルト、3.5万ボルト、11万 ボルト、22万ボルトの輸電が標準電圧に定められた。一般的にいって、3.5万ボルト 電圧の電網は市・県の間を結ぶ架線であり、11万ボルト電圧の電網は市・地域間の架 線であり、22万ボルト電圧の電網は省・市・自治区間の架線であり、33万と50万ボ
117 刘宇峰≪又踏层峰望眼开中国电网发展历程≫ ,載≪国家电网≫,2006年第9期を参
照。また、戦前期の各地方における電網の展開について、张彬等主编≪当代中国的电力 工业≫当代中国出版社,1994年の各省の該当箇所を参照。
118 前掲≪新中国电力工业发展史略≫,337页。
119 中国においては、高圧電網とは11万ボルトと22万ボルトの電網を指し、超高圧電網
とは33万ボルト、50万ボルト、75万ボルトの電網、特別高圧電網とは100万ボルト以 上の電網を指す(同上≪新中国电力工业发展史略≫,337页)。
63
ルト電圧の電網は数省間を結ぶ省を跨ぐ架線であった。
通常、電網は小から大へと発展していく。初期の電網は、低電圧・小輸配電能力・
短輸配電距離・発電所を中心にして四方に枝状に伸びていくといった特徴を有し、し たがって電力供給範囲も1つの市・県・都市の主要街道に限定された小電網であった。
しかし、電力需要の進展とともに、発電所も増え、電力使用者(消費者)も増えるに つれて、電網の電圧も高まり、供電範囲は拡大していった。市・県・街といった範囲 を超え、その境界を超える地域的な電網が形成されていった。こうして、大容量の発 電所が出現してくると、遠距離輸配電の優位性が認められ、分散的な地域的電網を省 や自治区を跨ぐ範囲にまで拡大した大電網が出現したのである120。
「一・五」計画期から「二・五」計画期にかけて、各地において高電圧電線網が整 備されていった。例えば、東北地区(遼寧・吉林・黒龍江)では、1953年7月、中国 が独力で建設した最初の豊満から撫順を経て李石寨に至るまでの 22 万ボルト高圧電 線が完成した。その後、15.4万ボルトの架線を遂次22万ボルトに改造していった。
華北地区(北京・天津・河北・山西)では、1954年に北京(南苑)-天津(白廟)間 に11万ボルトの電線が架設され、翌 1955 年 12月には、北京の東北郊外と官庁水力 発電所(官庁ダム)を結ぶ105キロメートルに及ぶ輸配電変電線の工事が完成し、11 万ボルトの電線が架設された121。1958 年初めまでに、京津唐地域の電網は 11 万ボル トの電圧による供電が完成された。山西省では、太原-楡次(晋中市)-陽泉の11万ボ ルトの電圧線が架設された。山東省では、1957年に、済南・神頭・洪山の3個の発電 所(総計 11 台の総容量 5 万キロワットの発電機)を統合する淄博-神頭-済南の電網 建設が開始され、魯中電網が形成された。
華東地区(上海・江蘇・浙江・安徽)では、1953年に常州-栖霞山の11万ボルト電 線が架設され、南京と常州・無錫地域が一つの電網を形成した。また、その後、南京
-馬鞍山-銅陵に 11 万ボルト電線が架設され、蘇南地域をカバーする省を跨る電網が
完成した。安徽省では、1956
120 こうした大電網(広域電網)は、東北地区電網・華北地区電網・華東地区電網・中南
地区電網・西北地区電網・西南地区電網に分かれていたが、1990年には、これが再編さ れ、中国全国は、「跨省電網」として、東北電網・華北電網・華東電網・華中電網・西北 電網(これら電網の電力供給範囲は20の省・市・自治区に及ぶ)に整理され、この他 に、独立した「省区電網」として、山東電網・広東電網・広西電網・海南電網・四川電 網・雲南電網・貴州電網・福建電網の8つの電網のほか、青海・新疆・西蔵には、ウル ムチ及びラサを中心とする地方的電網(「孤立電網」)が存在する体制になった。こうし た電網は、いくつかのあるいは数十の小電網が遂次拡大する形で形成されていったので ある(前掲≪中国电力工业志≫,361页。「孤立電網」については、同書,363-365页。8 つの「省区電網」については、同書,365-370 页。「跨省電網」については、同書,370-377页を参照)。
121 官庁ダムの工事は、「大衆動員として取り組まれ、1-3号機まで、容量3万キロワット
の設備が1956年4月に完成」した(前掲≪当代中国的电力工业≫,119页)。
64
合肥に11 万ボルト電線が架設された。上海では、1957 年に望亭発電所の建設によっ て、望亭-上海西郊外に 11万ボルトの電線が架設され、1958 年には22万ボルトの架 線が出現した。福建省では、1956年3月に古田溪水力発電所の第1期工事の着工に合 わせて、古田-福州間に11万ボルト電線が架設され、閩北電網建設に向けての第一歩 が始まった。
中南地区(湖北・河南・江西)では、河南省における鄭州-洛陽間の11万ボルト電 線が架設され、鄭洛電網の形成に向けての初歩が踏み出された。湖北省では、1951年 4月に武昌-大冶間の6万6000ボルトの架線が引かれ、1952年には武漢三鎮における 6万6000 ボルトの電線が架設され、1956 年までに黄石発電所を中心とした6 万6000 ボルトの武漢冶電網が整備された。1957年には青山火力発電所から大冶鉄鉱までの湖 北で最初の11万ボルトの電線が架設され、武漢と黄石地域の電網が形成された。江西 省では、1957年に上猶江発電所から贛州変電所までの 11万ボルトの電線の架設が着 工され、贛南電網が形成された。
西北地区(陝西・甘粛・青海)では、陝西省において、西安から戸県と西安から銅 川までの2条の11万ボルトの電線が架設され、棗園変電所を中心とする戸県・西安・
銅川の11 万ボルト電網が形成された。甘粛省では、1957 年の西固火力発電所の設立 後、はじめて西固から永登セメント工場(蘭州)への11万ボルトの電線が架設され、
蘭州地域における11万ボルトの電網が形成されていった。
西南地区(四川・貴州)では、四川省において、1956年に長寿水力発電所から重慶 までの 11 万ボルトの電線が架設され、重慶地区の電網形成が開始された。雲南省で は、1957 年に開遠から個旧までの 11 万ボルト電線線が架設され、滇南電網の形成が 始まった。1958年には、礼河発電所と宣威火力発電所が設立され、礼河-宣威間に11 万ボルトの架線が出現した。
この期間には、上述した6個の大電網のうちに組み込まれた19の省及び市のほか、
これに含まれない地区(内蒙古自治区、山東省、福建省、湖南省、広東省、広西省、
雲南省、寧夏回族自治区、新疆ウイグル自治区の一部)においても、22万ボルトを主 とする省電網が形成され、さらに 3 万 5000 ボルトないしそれ以下の電網建設が進展 し、末端に至るまで、各自の電網が作られていった。特に「大躍進」の時期以降、全 国では、地区ごとあるいは省ごとに、大小さまざまな(例えば、3.5万ボルト、11万 ボルト、22万ボルトなど)電網が形成され、各発電所や変電所を結ぶ電線網が張り巡 らされ、電力供給範囲の拡大がもたらされ、主要な経済区内の動力提供の基礎が固め られ、重要な貢献をなした122。しかしながら、「大躍進」の期間、電力供給に対する地 域主義が台頭し、大電網を拡大するよりも、地域の均衡発展を優先するという「左思
122 以上の電網整備については、前掲≪中国电力工业志≫,9-10页,151-152页,前掲≪
新中国电力工业发展史略≫,337-339页を主として、本論文で利用した研究書に依った。