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「電力改革方案」の発出と意義

第 3 章 「発送電分離」体制下の電力工業(2002 年以降)

第1節 「電力改革方案」の発出と意義

1.「電力改革方案(5

号文件)」の発出と内容

1993 年、「中国共産党第 14期第3 回全体会議」において、「中国共産党中央の社会 主義市場経済体制の確立の若干の問題に関する決定」が採択されて以来、国有経済構 造の「戦略的調整」とともに、各領域における「市場化改革」が盛んになっていた。

とくに、国有企業における「経営メカニズムの転換」と「現代的企業制度の構築」を めぐってさまざまな議論が展開されていた1

こうしたなかで、電力工業における体制改革が加速された。1990年代中頃から2000 年代初期まで、国有企業の改革の進展・深化によって、国家電力公司の改革は、確か に加速され、確実な土台を築きあげていた。とりわけ、「『九・五』企業管理綱要」、「国 有大中型企業に現代的企業制度を建立し、管理を強化する基本規範」などの国有企業 における現代的企業制度の確立に関する指導文件に現われた諸措置は、「国家電力公 司」の合理的な再編成に対する指導的役割を果たし、電力工業における改革を良好な 状態に導いてきた2。こうしたことから、電力工業が迅速に自ら進んで、国民経済全体 の競争力を高めるために「電力改革」の加速と社会主義における市場経済に対応する 体制に改革することが求められた。しかし、従来の電力体制では、前章で論じたよう に、「国家電力公司」といっても「省為実体」を基礎にしていたため、省を跨ぐ電力市 場の形成や電力資源の最適な配置に対しては、十分な効果を発揮することができなか った。「省為実体」は現実的には「省為障壁」になってしまっていたのである。こうし たことから、2002年、新たな電力体制の改革が着手された。それは、すでに指摘した ように、発電・輸配電・販売を一手に掌握する「垂直型」の独占的電力供給体制の弊 害を除去しようというものであった。

当時、こうした体制がもつ問題は、次の2点に集中的に現われていたといわれてい た。1つは、「集資辦電」でさまざまな投資主体が発電分野に参加できるようになった

1 林毅夫・蔡昉・李周『中国の国有企業改革』日本評論社、1999年を参照。

2 この時期の国有企業の戦略配置の調整に伴い、この段階に国有企業の「3年脱困」(3

年以内に経営の苦境を抜け出す)という目標を達成するために行ってきた諸処置が「電 力体制の改革に非常に広大でゆとりがある改革環境」を整えることになり、「改革リスク が少なくなった」と指摘されている(冯永晟≪理解中国电力体制改革:市场化与制度背 景≫,載≪财经智库≫,2016年9月号,第1巻第5期)。

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のに、電力供給のそれ以降の輸配電分野おいては、国家電力公司が独占的に電網を管 理していることの問題であり、もう1つは、発電市場を競争という場に開放したのに、

他方では閉鎖的な電力市場が維持されているという問題であった。こうしたことの集 中的表現は、電網運営者としての国家電力公司が同時に自己の発電所を持っていたと いうだけではなく、とくに電網に対する管理指揮権を有していたから、電力の需給バ ランスが崩れた際、どの発電所で電力生産を行えばよいか、またその電力をどこに送 ればよいかを国家電力公司が決定できたので、発電所を持つこの公司は利益確保に容 易に動くことができたということであった。こうしたことから、発電量の約半分を有 する独立のさまざまな形態の発電公司は、国家電力公司に対して、公平な競争を要求 したのである。国家電力公司は、「政企分離・省為実体」を掲げ、発送電分離を基礎に した電力価格の「競争市場における形成」を実施していくことになった。

2002年2月、国務院は「電力体制改革方案」(≪电力体制改革方案≫国发[2002]5 号、以下、「5号文件」と略称する)を公布した3。この方案は、当時の中国の電力工業 における問題点を次の 3点にあると提起した4。第 1点は「独占的経済体制」であり、

第2点は「省間における市場の閉鎖」の状況であり、第3点は「規制の不合理性」と いう問題であった。これらを是正することによって、現行の電力工業の体制を改革し ようとしたのである。この「5号文件」は、電力工業に対して、「廠網分離(発電と輸 配電の分離)」5、「競争価格に基づく電力販売(すでに指摘した「競価上網」)」によっ て「独占打破」・「競争導入」という新たな体制改革の方案を提示し、この「改革方案」

によって、これまで述べてきた「国家電力公司」に対する分割と再編を実行したので ある。

この「5 号文件」による改革方策は、これまで本論文において指摘してきた、1980 年代以来の「集資辦電」によってもたらされた電力工業の改革をよりいっそう推進す るためのものであったということができる。したがって、こうした改革には中国独自 の特徴があり、海外における発送電分離政策とも大きく異なっている6。中国のそれは、

計画体制下における多元的投資主体の実施改革に順応させて、有限な国家の電力資金 の投資方向を調整するためのものであった。長期以来、電力不足を改善するために、

3 ≪中国电力年鉴≫编委会编≪2003年中国电力年鉴≫中国电力出版社,2003年,10页。

4 この「5号文件」では、「社会主義市場経済の要求に不適合な弊害」と指摘している。

5 「発送電分離」は、中国語では「廠網分開」というので、本論文では、中国語の文献

に則して、このような表現文を用いることもある。

6 国外では、電源の技術変化に基づいて、とりわけ、CCGT(コンバインドサイクル発

電。複数の発電方式を組み合わせて発電する方式のこと。特に、ガスタービンと蒸気タ ービンを組み合わせて発電する方式を指す事が多い)に代表される新型の発電技術の進 歩が設備面における規模の経済性という効果を大幅に減少させたことから、「発送電分 離」がもたらされたのであり、発電における「自然独占の属性」が弱化してきたことに 対応していた。ちなみに、中国の発電技術は、いまだこうした外国の同レベルにまで達 していなかったのである(前揭≪理解中国电力体制改革:市场化与制度背景≫参照)。

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地方政府の資金のみならず、外資をも含めた全ての資金を電源開発に集中してきた。

それため、「5 号文件」における発送電分離は、電力工業に対する「国家資本の戦略」

の調整と配置効率の向上のためのものであったということができる7。そうした意味に おいて、社会主義市場経済の要求に適応したものともいいうるのである。

他方、企業管理の面については、企業が行政から分離されたとしても、実権がない

「経営体」にすぎないのであれば、競争市場の合理的な機能を発揮させることになら ないから、「独立した監督・管理機構」である国家電力監督管理委員会(以下、「電監 会」と略称する)を新たに設置し、これによって、企業としての「経営体」の独立を 確保させ、行政的影響をできる限り排除しようとしたのである。

(1)「5号文件」の内容-主要目的と任務

「5 号文件」の内容をまとめていえば、「競争的な電力市場の構築」を通して、「企 業改革」を推進することであった。すなわち、①所有制改革-政企分離、②組織構造 の再編-発送電分離、③現代企業制度・市場メカニズムの完備-電力市場における競 争の構築、④独立監督・管理機構の整備-「電監会」の設置といった4つの「核心的 内容」に関するものであった8。これらは、まさしく当時の国有企業と政府機構に関す る改革の基本内容でもあった。

この「5号文件」の主要目的は、「独占打破、競争導入、効率向上、コスト切り下げ、

電力価格メカニズムの完備、資源配置の最適化、電力発展の促進、全国的な電網接続 の推進、政府監督下の政企分離、公平競争、秩序ある開放、健全な電力市場体系の構 築」ということにあった。主要任務は、「発電所と電網の分離、発電企業と電網企業の 再編、価格競争の実行、電力市場の運営規則の確立、政府監督体系の確立、競争的・

開放的な地域電力市場の構築、新たな電力価格メカニズムの実行」であった。この他 に、環境を重視した諸任務、すなわち「発電排出のエコ換算標準の制定、クリーン電 源発展を激励する新メカニズムの形成」などがあり、また、電力の大口需要者(使用 者)を対象とした、「発電業者による電力の直接供給」の試み(これは電網企業の独占 的売電を競争市場に転換する試みであった)や農村電力(「農電」)管理体制の改革の 推進などがあった。

具体的な政策事項は、①「五大発電公司」、②「二大電網公司」、③「四大電力補助 事業集団」に国家電力公司を改組・再編することであった。

(2)実行された具体的な政策

「5号文件」に従って、以下にみる具体的な政策が実行された。

①国有電力資産の再編

1997年に成立した国家電力公司を再編し、国有電力資産を分割して、「5(発電公司)

7 前掲≪理解中国电力体制改革:市场化与制度背景≫を参照。

8 これに加えて、「主補分離(主要事業と補助事業の分離)」をも実施して、「現代的企業

制度の下での企業管理」によって、企業としての自らの活力を放出させようとした。