放電時の雰囲気圧力は,プラズマの様々な特性に大きな影響を与えることが知られてい るが,熱プラズマは大気圧での駆動が基本であり,特に減圧側への圧力変動がアークに与え る影響について述べた研究例は少ない.本章において,雰囲気圧力の影響について述べるが,
多相交流アークは,大容積を持った熱源として用いることを前提としているため,局所熱平 衡(LTE)が成り立つ圧力範囲での変動特性について評価する.既往の研究[1]より,高周波 誘導結合型熱プラズマにおけるアルゴン線スペクトルの発光強度について,計算値と実測 値の比較を行い,おおむね40 kPa以上ではLTEが成り立つとされている.そこで本研究で
は,40 kPaから大気圧までの範囲において,多相交流アークの雰囲気圧力が放電と温度特性
に与える影響について調べた結果を述べる.
5.1 実験条件
多相交流アークの雰囲気圧力を3水準(40, 70, 100 kPa)と変化させて,放電と温度特定 に与える影響について調べた.実践装置およびアーク計測装置は第 2 章で述べたとおりで ある.その他の詳細条件をTable 5.1 に示す.この表に示すように,6相,6相2段,12相 交流アークそれぞれにおいて雰囲気圧力の検討を行った.電極配置および印加した電圧波 形は,Figs. 5.1-3に示すとおりである.電極間距離は60 mm,駆動周波数は60Hzで統一し た.一本当たりの電極に供給する電流は,120 A一定となるように制御した.雰囲気ガスは アルゴンとし,各電極先端付近より各2 L/min.で供給し,圧力調整は排気ポンプ側にある調 圧バルブで行った.
5.2 実験結果
5.2.1 6相交流アークにおける雰囲気圧力依存
雰囲気圧力 40, 70, 100 kPa の時の高速度カメラのスナップショットと,それに対応した 温度分布をFigs. 5.4 - 6に示す.スナップショットは794 nmのバンドパスフィルタにて撮影 した映像であり,温度分布の算出方法は第2章で述べたとおりである.それぞれ,1周期の 時間を12分割した時間ごとに示している.高速度カメラの画像より,それぞれの電極から のアーク放電が左回りに移っていく様子が見られる.Fig. 5.4の高速度カメラの画像のうち,
前半半周期のみアノード時とカソード時の放電の例を示した.黄色実線で示しているもの がアノード時の放電,赤色破線で示しているものがカソード時の放電である.アノード時の アークの幅に比べて,カソード時のものは小さくなっており,またアークの境界もより明確 になっている.雰囲気圧力の影響より,放電状態に違いが見られる.圧力が高くなるにつれ て,高速度カメラ画像で観察されるアークの輝度が上がり,その範囲も拡大していることが
わかる.40 kPaにおいては電極先端からのアークは観察できるが,放電領域の中心部には届
いていないことが多い.これに対して100 kPaにおいては電極先端からのアークの輝度が高
くなり,放電領域の中心部において対向する電極のアークとつながっている様子が観察さ れる.また,カソード時のアークの境界もより明確になっている.温度分布図より,圧力の 増加と共に最高温度が上昇し,7,000 K以上の高温領域が減少していることがわかる.温度
は7,000 Kから9,000 Kの範囲で変動しており,電極近傍は特に高温となっている.ここで
示す温度はボルツマン・プロット法を用いて算出したアルゴンの励起温度である.第3章の 3.3項で述べたと同様に,この結果においても励起温度をガス温度とみなすことができると 考える.ただし,電極近傍など急な温度勾配を持っている部分は除外しなければならない.
雰囲気圧力が放電領域中心部の温度に与えている影響を明らかにするため,高速度カメ ラの中心部1画素の温度を取り出して比較を行った.雰囲気圧力ごとの温度変動をFig. 5.7 に示す.雰囲気圧力の増加に伴い,最高温度が増加していることがわかる. 40 kPaにおい て最高温度は8,400 Kであるのに対して,100 kPaにおいては,最高温度は9,000 Kに達して いる.この結果は前述の温度分布の結果と一致している.中心部が7,000 K以上となる頻度 については特に傾向が見られない.
雰囲気圧力の影響をより詳しく比較するために,アーク面積の解析,比較を行った.異な る雰囲気圧力におけるアーク面積の時間変動を Fig. 5.8 に示す.雰囲気圧力の増加により,
アーク面積が減少していることがわかる.アーク面積の変動幅については大きな差は見ら れない.40 kPaにおいては30 - 47%の範囲で変動していたものが,70 kPaにおいては28 -
43%,100 kPaでは24 - 38%の間での変動となっている.
交流1周期におけるアークの存在確率分布をFig. 5.9に示す.存在確率分布においても雰 囲気圧力の差が表れている.40 kPaにおいてはアークが全体的に広がり,中心部には1周期 の間,常にアークが存在する領域が見られるのに対して,100 kPaにおいてはアークが存在 する領域が減少し,常にアークが存在する領域が見られない.
5.2.2 6相2段交流アークにおける雰囲気圧力依存
雰囲気圧力 40, 70, 100 kPa の時の高速度カメラのスナップショットと,それに対応した 温度分布をFigs. 5.10 - 12に示す.高速度カメラの画像より,隣接する2本の電極から同時 に放電が起こり,左回りに移行していく様子が見られる.またアノード時とカソード時のア ークの違いも明確に観察される.雰囲気圧力は,アークの径と長さに影響を与えていること
に示す.雰囲気圧力の増加に伴い,7,000 Kを下回る時間が増加し,最高温度が減少してい ることがわかる.40 kPaにおいては頻繁に7,000 Kを超え,最高温度は9,000 Kであるのに
対して100 kPaにておいは7,000 Kを超えることは少なく,最高温度も7,800 Kと低下して
いる.この結果は,雰囲気圧力の増加によりアークが中心から外周部に向けて移っているこ とを示唆している.
雰囲気圧力の影響をより詳しく比較するために,アーク面積の解析,比較を行った.異な る雰囲気圧力におけるアーク面積の時間変動をFig. 5.14に示す.雰囲気圧力の増加により,
アーク面積が減少していることがわかる.40 kPa においては52 - 72%の範囲で変動してい たものが,70 kPaにおいては38 - 70%,100 kPaでは40 - 64%の間での変動となっている.
アーク面積の変動幅については明確な傾向は見られない.
交流1周期におけるアークの存在確率分布をFig. 5.15に示す.存在確率分布においても 雰囲気圧力の差が明確に表れている.40 kPaにおいて,アークは放電領域の全体に広がり,
中心部には常にアークが存在する領域が見られる.雰囲気圧力の増加により,アークが放電 領域の外周部に集中した分布を示すようになる.100 kPaにおいては,放電領域の中心には アークがほとんど存在せず,外周部に集中しており,その存在確率は1周期の70 - 80%を示 している.
5.2.3 12相交流アークにおける雰囲気圧力依存
雰囲気圧力 40, 70, 100 kPa の時の高速度カメラのスナップショットと,それに対応した 温度分布をFigs. 5.16 - 18に示す.左回りにアークが移行する様子と,アノード時とカソー ド時のアークの違いが観察される.雰囲気圧力は,アークの径と長さに影響を与えているこ とが見て取れる.40 kPaにおいてはアークの輝度が比較的低く,アークの長さも放電領域の 中心まで届いていない.雰囲気圧力が上がるにつれてアークの輝度が高くなり,特にカソー ド時のアークの境界がより明確になっている.アークの長さについても,100 kPaにおいて は対向する電極からのアークとつながって見える瞬間も多く存在し,放電領域の中心部に はほとんどのタイミングにおいてアルゴンの発光が見られる.温度分布図より,圧力の増加 と共に最高温度が上昇し,7,000 K 以上の高温領域が減少していることがわかる.温度は
7,000 Kから12,000 Kの範囲で変動しており,電極近傍は特に高温となっている.
雰囲気圧力が放電領域中心部の温度に与えている影響を明らかにするため,高速度カメ ラの中心部1画素の温度を取り出して比較を行った.雰囲気圧力ごとの温度変動をFig. 5.19 に示す.40 kPaにおいて,中心に周期的に高温領域が現れており,最高温度は8,200 Kであ る.100 kPaにおいても周期的に高温領域が現れており,最高温度は10,800 Kである.雰囲 気圧力の増加は,放電領域中心部の温度の増加に影響を与えていることがわかる.
雰囲気圧力の影響をより詳しく比較するために,アーク面積の解析,比較を行った.異な る雰囲気圧力におけるアーク面積の時間変動をFig. 5.20に示す.雰囲気圧力の増加により,
アーク面積が減少していることがわかる.40 kPa においては41 - 68%の範囲で変動してい
たものが,70 kPaにおいては38 - 66%,100 kPaでは36 - 64%の間での変動となっている.
雰囲気圧力に対するアーク面積の変動幅に明確な傾向は見られない.
交流1周期におけるアークの存在確率分布をFig. 5.21に示す.存在確率分布においても 雰囲気圧力の差が明確に表れている.40 kPa においては放電領域全体にアークが広がって おり,存在確率も均一に分布している.70 kPaではアークが放電領域の外周部に偏在する様 子が見られ,100 kPaにおいては外周部の存在確率がさらに上がり,中心部へのアークの広 がりが観察されるようになる.雰囲気圧力の増加により,まずは放電領域外周部の存在確率 が上がり,追って中心部の存在確率が上がるという推移が見て取れる.ただし,100 kPaに おいても常にアークが存在する部分はほとんど見られない.
5.3 考察
以上に述べた結果について考察する.まずどの電極条件でも共通して,雰囲気圧力の増加 と共に,アークが緊縮し,温度が高くなる傾向が見られた.アークが発生すると,アークの 電流経路は電離により電気伝導度が周囲に比べて非常に高くなる.この電気伝導度は電子 密度に比例するため,雰囲気圧力の増加により電気伝導度が高くなり,電流が集中すること によってアーク径が減少する.アーク径が減少することで電流密度が増し,ジュール発熱が 促進されるため温度が高くなる.また,参考文献[2]には,上述の電流の集中により電磁ピン チ効果が大きくなり誘起されるプラズマ気流が増大し,対流に伴う熱損失によるアークプ ラズマの冷却が促進され,アーク中の緊縮が生じるとされており,この現象も含めて熱的ピ ンチ効果と理解すべきと述べられている.本研究で対象としている多相交流アークにおい ても各電極でシールドガスを用いており,同様の現象が起こっているものと考えられる.
アーク面積の変動について考察する.どの電極条件においても圧力増加と共にアーク面 積が減少している.これは,圧力が減少すると電離度が増大するため,放電エリアが拡大し たためである.アークの径も広がるので,存在確率分布は圧力の減少と共に均質化されたと 考える.
次に雰囲気圧力がアークの存在確率分布に与える影響について考察する.いずれの電極 条件においても,圧力の増加に伴い,アークのスウィングが顕著になり,存在確率分布に影 響を与えている.つまり,前述の熱的ピンチ効果により電流密度が増大し,隣接する電極か