たがって、侵害か非侵害かの分岐点は、当該著作物の製造が適法であったか否かであり、
並行輸入品は、規制対象外であるといえる
86。
これに対し、商標法下では、商標権に係る商標と同一又は類似の標章を付した商品は、
商標権者の権利が侵害される場合、不正商標商品とされ、国境措置の対象となる
87。した がって、著作権の場合と異なり、問題であるのは商標権者の権利の侵害如何であって、商 品の製造が適法であったか否かではない。この点からすれば、並行輸入が権利侵害を構成 する余地があるとも考えられるが、商標法の規定(特に侵害行為を規定した第 38 条 (1) の
83 後記Philip Morris Products, Inc. v. Glenbid (M) Sdn, Bhd and Anor (2001)。なお、2004年10月に、上 記の税関での聞き取り調査を実施した際、先方より、次の情報の提供があった。すなわち、欧州の国を仕向け 国とした中国からの貨物に、マレーシア商標権の侵害となる物品 (たばこ) があり、税関が差止めの措置をと ったところ、その後の裁判において、輸入を行った運送会社が、マレーシア税関にはかかる権限がないはずと 主張した事案がある、との情報である。これは、その内容からして、当該Philip Morrisの事件のことである と思われる。当該聞き取り調査においては、事件がなお係争中であることを理由に、それから先のさらなる詳 細情報については、提供がなされなかった。
84 1987年著作権法には、商標法の場合と異なり、「通過中の物品」に言及した規定がない。
85 1987年著作権法第36条(2)には、次のように規定されている。
“Copyright is infringed by any person who, without the consent or license of the owner of the copyright, imports an article into Malaysia for the purpose of -
(a) selling, letting for hire, or by way of trade, offering or exporting for sale or hire, the article;
(b) distributing the article - (i) for the purpose of trade; or
(ii) for any other purpose to an extent that it will affect prejudicially the owner of the copyright; or (c) by way of trade, exhibiting the article in public,
where he knows or ought reasonably to know that the making of the article was carried out without the consent or license of the owner of the copyright.”
86 Michal Blakeney, Border Control of Intellectual Property Rights, MAL-2 (2004)
87 1976年商標法の「第XIV部国境措置」にある第70C条には、次のパラグラフが置かれており、国境措置の
対象となる「不正商標商品」とは、該当する商品について有効に登録されている商標と同一若しくは類似の商標、
又は、かかる登録されている商標から本質的な面において識別できない商標であって、商標法のもとで商標権 者の権利を侵害する商標を権限なく付した商品のことを意味する旨が規定されている。
“ ‘counterfeit trade mark goods’ means any goods, including packaging, bearing without authorization a trade mark which is identical with or so nearly resembles the trade mark validly registered in respect of such goods, or which cannot be distinguished in its essential aspects from such a trade mark, and which infringes the rights of the proprietor of the trade mark under this Act”
規定)の解釈に係る多数説によれば、並行輸入は侵害行為を構成しない
88。もっとも、並 行輸入の行為が、詐欺又は混同の結果をもたらす場合には (例えば、再包装により混同が 生じる可能性がある;また、同一の商標が異なる企業により所有されており地理的な分担 が両社間で行われている場合も同様 ) 、商標法上の侵害行為と認められる場合もあり得る
89。 (4) 国境措置関連事項を含む、マレーシアにおけるエンフォースメント上の留意点
国境措置に関連するエンフォースメントを含めたマレーシアにおける知的財産権エンフ ォースメントに関し、その留意点を、効果的なエンフォースメントのために権利者が念頭 に置いておくべき事項を中心に挙げると、次のとおりである。
内容は、現地法律事務所からの聞き取り調査( 2004 年 10 月;前掲)による。
・ 既述のように、 2004 年 10 月の調査時点で、不正商標商品又は著作権侵害物品の輸入 差止めの申立てが、権利者から IPCM に対してなされたことはない。そのような中、
職権による国境措置の重要性が高い
90。
・ 職権による国境措置の法的根拠は、不正商標商品に関しては、商標法第 70 条 (O) にみ ることができる。同条によれば、権限ある職員は、取得した一応の証拠によれば不正 商標商品である物品について、差止め又は解放の停止を行うことができる(同条 (1) ; 同項自体には、かかる措置を輸入時に限定する文言はない) 。当該権限ある職員は、差 止めを行った場合、これを登録官、輸入者、及び商標権者に知らせる(同条 (2)(a) ) 。ま た、かかる職員は、権限の行使に役立ち得る情報の提供を商標権者に要請することが できる(同条 (2)(b) ) 。輸入者の側は、差止めへの不服を申立てることができる(同条 (3) ) 。 権限ある職員が免責となるのは、職権発動が誠実になされた場合に限られる(同条 (4) ) 。 なお、著作権法には、職権による国境措置の根拠規定は設けられていない。
・ 不正商標商品の輸入差止めについては、税関に非公式に情報を提供して、職権発動を してもらうことが可能である。ただし、独立調査会社を使うなどして、十分な情報を 収集する必要がある。日本企業の中にも、税関に直接連絡を取り、職権差止めのため の情報を提供している企業がある。なお、情報提供のための特定の様式等は、指定さ れていない。
・ 不正商標商品に対する国境措置は、マレーシアにおいて登録されている商標について のみ利用可能である。
・ マレーシアにおける知的財産権エンフォースメントでは、一般に、刑事手続と民事手 続との並行が有用である。刑事手続は、侵害物品を市場から排除できるという点で有 利であり、費用も安い。それに対し、民事手続でアントン・ピラー命令( APO ) を裁 判所より得て証拠収集を行う場合、概ね 4 万~ 5 万リンギ ( 1 万~ 1.2 万 US ドル) の 費用がかかる。また、 APO を用いる場合、立ち入りの場所、人数等、種々の制約があ る上、相手方から損害賠償を求められるリスクもある。
88 前掲Blakeney-MAL-3
89 John Chong, Exhaustion and Parallel Imports in Malaysia, in Parallel Import in Asia 129 – 130 (C.
Heath ed., 2004)
90 前掲Blakeneyにも、「職権の力が持つ重要性は、過小評価すべきではない。」と記載されている (MAL-10
頁)。
・ 商標に係る刑事手続は、 1972 年取引表示法
91( TDA )が根拠法となる。その場合、権 利者が裁判所から、当該商標権侵害を不正取引表示と認める旨の命令である取引表示 命令( TDO )を得て
92、それを国内取引消費者行政省のエンフォースメント局に通知 し、同局が侵害物品押収等の手続を行うのが一般的である。その後は、エンフォース メント局が刑事事件として起訴する。ただし、登録商標が不正商標商品の標章と同一 であるような場合には、 TDO を得る必要はない。しかし、類似である場合、あるいは、
商標が登録されていない場合には、 TDO が必要である。 TDO を得るために、独立調 査会社を使って、侵害品の購入などを行う。
・ 政府側の問題点は、エンフォースメント局職員の法律的訓練の不足から、摘発活動
( raid ) における証拠収集が不十分であることが少なくなく、業務効率の不十分もあ いまって、摘発活動はしたものの起訴に至っていない滞貨が蓄積していることである。
起訴につなげられない事例も少なくない。そのような理由から、弁護士が捜査の現場 に立ち会うことが必要である。なお、裁判における平均的な審理期間は 2 ~ 3 年(知的 財産事件に限らない全般的平均)であり、以前より迅速になってきている。
・ 権利者側の問題点は、 TDO を得るのに必要な文書を揃えていない場合がままあること である。例えば、商標に係る信用を裏づける証拠となる過去の広告宣伝の記録を保存 していないなど。また、登録商標の記述が最近の商品展開に合っていないまま放置さ れているようなことも少なくない。当然のことながら、適切な権利管理が適切なエン フォースメントのために重要である。
・ 外国判決の執行に係る制度としては、 1958 年判決相互執行法
93による制度がある。対 象国は、英国、香港、シンガポール、ニュージーランド、スリランカ、インド(一部 の州を除く) 、及びブルネイである(同法附表1に掲載の順に記載) 。当該附表1に定 める上級裁判所( superior courts )の判決が、相互執行の対象となる。
(5) 国境措置の事例
94- 職権差止めされた物品について、輸入者から、積替え物品である との抗弁がなされたものの、裁判所により仮差止めが認められた事例
Philip Morris Products, Inc. v. Glenbid (M) Sdn, Bhd & Anor (2001)
95の事件におい て、税関は、複数回に分けて、合計 20 万カートン以上の「 Marlboro 」ブランドの不正商標 商品を差し押さえた。当該差押えは、自由貿易区域( free trade zone )において行われた。
本事例では、輸入者に対し、虚偽申告を行ったことについて起訴があった後、原告が、被 告の更なる商標権侵害行為を抑止する目的で、差止命令を求めた訴訟を提起した。暫定手 続の審理において、被告は、当該物品の輸入者であることを認めたが、中国からギリシア 及びマルタへ輸送される物品の積替え輸送業者として行動したに過ぎないと主張した。こ の経緯より、本件では、裁判所が裁判管轄を有しているか否かが問題になったが、裁判所 は、当該自由貿易区域は、地元の州の裁判管轄に服する旨判示した。さらに、裁判所は、
91 英語名称は、Trade Descriptions Act 1972である。
92 この手続は、一方当事者のみによるものである。
93 英語名称は、Reciprocal Enforcement of Judgments Act 1958である。
94 前掲BLAKENEY・MAL-10
95 MLJU (Malayan Law Journal Unreporteds) 262; 前掲BLAKENEYにて引用。
かかる物品が解放されることにより原告が被る損害の可能性を考慮するとともに、知的財 産権侵害を抑止することによりマレーシアが得られる長期的な利益に言及し、仮差止めを 認めた。
本件は、職権による国境措置が効果を発揮し得ることを示す事例といえよう。さらにい えば、上記の仮差止めからは、職権による国境措置が積替え物品である不正商標商品にも 適用され得る可能性が示唆されるが、既述のように、商標法の規定からは、積替え物品は、
少なくとも権利者の申立てに基づく国境措置の対象にはならないものと解され、また、本 件についても、現時点で本案訴訟の結果が不明
96であるため、積替え物品への(職権での)
国境措置適用が可能であるとは結論できない。
(6) 国境措置に係る国際協力の可能性 - まとめと提言
上記した今次調査では、 商標権又は著作権侵害疑義物品の輸出に対する国境措置に関し、
当該侵害がマレーシアの商標権又は著作権の侵害である場合には、税関における差止めが 可能であることが判明した。
このことを利用すれば、例えば、完成品に比較的近い部品を他国からマレーシアに輸入 して完成品を組み立てた上で、不正に商標を付して我が国を含む国々に輸出をするといっ た、マレーシア国内での大規模な製造を伴わないような侵害行為を、国境措置を通じて抑 止することが可能になると考えられる(ただし、商標は、マレーシアにおいて登録されて いなければならない) 。かかる国境措置は、税関での職権に依存するものになり
97、また、
法・規則に何ら具体的な手続が規定されているものではないから、 マレーシア税関がこのよ うな職権発動を適切に行うことを可能にするには、政府間の申し入れを含む国際的連携な いし協力が、意義をもってくるといえよう。ただし、輸出に係る国境措置がたとえ可能と なったとしても、物流の障害になるようでは、かえって有害なものとなりかねない。その 点も勘案し、職権発動を適切に行うための協力の一環として、例えば、上記のような輸出 が行われている不正商標商品があった場合にマレーシア税関に情報を提供し取締りを要請 するための、何らかの形のルートを、日馬間でつくることが考えられる。これに関しては、
輸出に係る国境措置が商標法及び著作権法において明定された、後述する隣国シンガポー ルにおける 2004 年来の展開も、参考になろう。
積替え物品である不正商標商品については、後述のシンガポールの場合とは異なり、マ レーシアに住所・居所を有する者に宛てられている貨物であるとなしとによらず、 国境措置 の対象にはならないものと解される。少なくとも、既述のように、商標法の規定からして、
かかる積替え物品は、権利者の申立てに基づく国境措置の対象ではない。したがって、積 替え物品に係る規制のための国際協力は、当面考え難いが、上記の Philip Morris の事例 のような、積替え物品である不正商標商品に対する職権差止めの是非が問題となっている 事例が現実に発生しているので、今後の展開を注目していくべきであろう。
96 本件は、既述した、2004年10月の聞き取り調査時において税関担当者から提供された情報と内容が合致 するが、それによれば、係争中とのことであったので、少なくともその時点では、本案訴訟の判決の確定には 至っていなかった可能性が高い。
97 権利者の申し立てによる差止めの制度は、不正商標商品又は著作権侵害物品の輸入についてのものである。
商標法第70O条に規定の職権による措置については、上記(4)にて既述のとおり。