();㌻
(501)
市町ヰ寸民税
国庫支出金
962
339
11 1
日
85 5 4封慣.9 ㌻31方6
(畠云)(59)
県支出金
1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970(年度)
〔注〕()内は、全国の数値である。
〔出所〕香川県『市町財政要覧』1970年度,101ページ,第9図。
戦後の香川県の地力財政 ーノー〃一一
と比較して圧倒的に大きい。町は,税収入の低さを地方交付税で補填している のである。全国の市町村と県下の市町村の歳入の構造を比較したものが第11図 であるが,それによれば,県下の市町村税の割合は全国と比較してその格差は 縮小しているものの常に下回り,3ポイントないし7ポイントの差がある。そ のため,地方交付税の歳入にしめる割合は,常に全国水準を上回り,2ポイン
トないし5ポイント高い。国県支出金や地方債は全国と変わらない。なお,歳 入にしめる−・般財源の割合は,全国と比較して若干低い程度である。
ここで,県財政と同様に,歳入と歳出の両側面から財政構造の弾力性を見る ため性質別経費への・一腰財源充当の割合を見れば,第12図の通りである。すで にみたように1960年代末以降の人件費の漸減がここにも表われており,それは
8年間に9ポイントも縮小している。他方,普通建設事業費への充当は,逆に 同じ期間に13‖5ポイントも膨張し,歳出の4分の1以上もしめるようになった。
従って,財政構造の弾力性は1960年代末以降かなり増大したと言ってよいであ ろう。
最後に市町村財政の収支の推移を見る。第85表を見よ。これは市と町村を合 計した普通会計の決算収支であるが,すでにみたように県下の市町村は1960年
第12図 性質別経費への−・般財源充当額構成比の推移
29.2 %
2。9
29 くく
13.1% 166 229 274 292
5一8
そ
災害復旧事業費 失業対策事業費
国 Eヨ
1966 1967 1968 1969 1970 1971 1972 1973(年度)
〔出所〕香川県『市町財政要覧』1973年度,12ページ,第5図。
香川大学経済学部 研究年報 29
−J42− J鎚「9
第85表 市町村普通会計決算収支の推移
(単位100万円)
年 度 1961 1962 1963 1964 1965 1966 1967 1968 1969 1970 1971 1972 1973 実 質 収 支 121 266 187 436 397 742 1051 948 990 1,141 1,532 2055 2,833 単 年 度 収 支 34 105 △ 39 249 △ 40 346 309 △103 42 152 391 522 778 実質単年度収支 44 128 △ 72 264 △ 53 398 315 99 △ 5 △ 20 437 327 897
〔出所〕香川県F市町(村)財政要覧』各年度版。
第88表 黒字団体と赤字団体の推移
(単位100万円)
黒 字 団 体 赤 字 団 体 年 度
団体数 実 質 収 支 団体数 実 質 収 支
1966 38 795 5
△ 53
1967 40 1,089 3
△ 38
1968 42 954 △ 6
1969 41 1,012 2
△ 22
1970 39 1,226 4
△ 85
1971 40 1,640 3 △108
1972 43 2,055 0 0
1973 43 2,833 0 0
〔出所〕香川県『市町(村)財政要覧』各年度版。
度までに財政危機を脱し,その収支も健全な状態を示すようになった。すなわ ち,実質収支は1961年度以降いずれの年度も黒字であり,その金額も若干の変 動はあるものの累増の傾向をしめしている。1960年代末の実質収支比率を見る
と,1968年度8‖7%,1969年度7..4%,1970年度6小6%と言うように,望ましい水 準である3%ないし5%を上回る数値を示している。そして,若干の町は実質 収支比率が10%以上という異常な状態を示すに至っている。198)
単年度収支と実質単年度収支は,赤字の年度が散見されるが,ほとんどの年 度が黒字である。なお,黒字団体と赤字団体の推移は,第86表に示す通りであ る。すなわち,赤字の町村の数は,1967年度以降縮小し,1972年度以降は0と 198)同上,1970年度,98ページ。
戦後の香川県の地力財政 −J43−
なっている。
以上を総括すると,高度成長期の県下の市町村の財政も,県財政と同様に概 ね良好な推移を示していると言えるであろう。
ⅠⅩ
1973年秋の第1次オイル・ショックと1979年の第2次オイル・ショックが日 本経済にあたえた影響は大きく,それを実質経済成長率でみれば第87表の通り である。すなわち,第1次のオイル・ショックによって翌年度の実質経済成長 率は戦後はじめてマイナスに転じたが,その後の財政スペンディングとME革 命に代表される民間設備投資の再燃により,1976年度−79年度には実質5%台
の成長率を達成した。しかし,それも1960年代の高度成長期の実質10%以上
第8丁表 国民総生産と鉱工業生産の増減率の推移
(単位 %)
年 度 実質GNP対前年度比増減率 鉱工業生産対前年度比増減率
1973 5.3 12.4
1974 △ 0.2 △ 9..7
1975 3.6 △ 4日4
1976 5.1 10日8
1977 5 3 3..2
1978 5‥2 7..0
1979 55 9日3
1980 3‖8 4‖6
1981 33 2..0
1982 3い2 △ 0..6
1983 3‖7 6..4
1984 5‥1 8..4
1985 4 4 2..5
1986 2‖6 △ 0..2
1987 4。.9 5い8
〔出所〕『経済白書.』1981年版,1988年版。
J.鋪9
ーJ・ノ・J−
香川大学経済学部 研究年報 29第88表 実質経済成長率の国際比較
(単位 %)
国 名 1968−72年 1973−77年 1978−82年 1983−86年
日 本 10け5 4‖5 4.5 3日9
ア メ リ カ 31 2.6 1..6 4.1
イ ギ リ ス 2.4 1.7 3け4
西 ド イ ツ 54 2.2 1.6 2。.4
〔注〕経済成長率は,各国通貨建の国民総生産から産出した年平均増加率である。
〔出所〕日本銀行『日本経済を中心とする国際比較統計』第16号,1979年;第21号,1984年;
第25号,1988年。
の成長率と比較すれば半分の水準である。そこで,小稿では,先に指摘したよ うに1974年以降を「低成長下」の時代とよぶ。しかし,それも高度成長時代と 比較しての規定であって,第88表にみるように,国際的にみれば4%前後の成 長率は1982年までの欧米諸国の水準をかなり上回るものであった。199)1979年の 第2次オイル・ショックは第1次ほどの深刻な影響を日本経済にあたえはしな かったが,それでも1980年代初頭の実質経済成長率は3%台に低下した。そし て,このような2度のオイル・ショックを大きな契機として日本経済の産業構 造は,その中心が在来型の重化学工業からエネルギー消費も少なく,労働集約 度も高くない機械工業(重工業加工型)へと転換し,経済のソフト化,サービ ス化が進行する。就業人口も,製造業を中心とする第2次産業が減少し,卸売・
小売業,サービス業が増大した。この変貌は,通俗的に表現すれば,「重厚長大」
から「軽薄短小」への転換ということであろう。200)
199)したがって,この時期を「中成長」とよぶ論者もいる(柿本・福島編『現代日本経済論』
青木雷店,1988年,12ページ)。しかし,それは比較の基準をどこにおくかという問題で あり,絶対的な規定はないであろう。なお,正村公宏『戦後史』下,筑摩書房,1985年,
457,462ページ;日高普『日本経済のトポス』青土社,1987年,275ペ・−ジ,もみよ。ち なみに,『富山県史』は,1970年以降1979年までを「低成長期の県財政」と呼んで叙述し ている(『富山県史』通史編ⅤⅠⅠ,現代,1983年,913ページ)。
200)中村隆英『昭和経済史』岩波苔店,1986年,319−322,326,334ページ;柿本・福島編,
前掲畜,第1章,第5章;馬場編『日本』(シリーズ・世界経済・ⅠⅤ),御茶の水書房,
1989年,第1章;日高,前掲番,290−292ペ−ジ,をみよ。
−J45−
戦後の香川県の地力財政
第89表 国債依存度と国債残高の推移
年 度
国債現在高
(%) 度(補正後)(%) (億円)
1971 12.4 47,329
1972
16‖3
65,5201973
12け0
83,0681974 11..3 105,157
1975 25..3 13.9 158,095
1976 29.4
18て
229,5521977 32.9 21.6 328,140
1978 31‖3 18小6 436,335
1979 347 22.4 573,007
1980 32.6 209 719,210
1981 27..5 153 836,418
1982 29…7 18り9 978,625
1983 26.6 16.6 1,115,058 1984 24。5 14日9 1,237,975
〔注〕国債依存度は,−・般会計歳出決算額にしめる国債発行実績額の割合であり,
特例国債依存度は,経常部門歳出額にしめる特例国債発行額の割合である。
〔 出所〕武田・林編『日本財政琴覧』第3版,東京大学出版会,1987年;『図説日 本の財政』1988年度版。
ところで,「低成長」といっても4%台の実質経済成長率が維持できた大きな 要因の1つは,財政による公共投資であった。201〉そして,財政が大規模な公共 投資をおこなうことができたのは,大量の国債の発行を通じての財源調達であ
った。第89表をみよ。そこには,−・般会計における国債依存度が1975年度以降 急速に高まるとともに,国債残高も雪ダルマ式に増大していった様子が示され ている。そして,1975年度以降の国債発行の顕著な特徴は,「特例国債」,すな わち赤字国債の増発であった。故武田教授は,「〔昭和〕50年代の財政を何より
も特徴づけるものは,赤字国債でありその発行の恒常化である。」202)という。こ 201)「〔オイル・ショックからの〕不況脱出の一番大きな力は財政による公共投資である。」
(日高,前掲普,263ページ)
202)武田・林編『現代日本の財政金融』ⅠⅠⅠ,東京大学出版会,1986年,49ペ・−ジ。
香川大学経済学部 研究年報 29 エ9g9 ーーノ・拍
第98表 地方債依存度と地方債残高の推移 地方債依存度(%)
年 度 地方債現在高(億円)
地方合計(純計) 都 道 府 県 市 町 村
1971 92 7.1 11小9 80,498 1972 108 9.4 12.2 103,077 1973 90 6.5 11.7 128,211 1974 82 5.9 10小7 157,517 1975 12 2 11.2 12小7 201,995 1976 12小5 11‥2 13.1 247,138 1977 12.6 11,5 13.1 298,500 1978 12.7 11‖0 138 355,856 1979 11..8 10。0 129 414,092 1980 10小1 8‖4 113 468,406 1981 9…8 8.5 106 516,327 1982 9.4 8…5 9。9 563,200 1983 9.8 9.0 10。1 609,630 1984 9.1 8..4 9‖4 649,522
〔注〕地方債依存度は,歳入総額にしめる地方債の割合である。なお,地方債現在 高は,普通会計債と企業債を合計したものである。
〔出所〕武田・林編,同上苦;『地方財政自署』1986年版。
の点は,国家財政ほど頗著ではないが,第90表に示されるように,地方財政に おいても,1975年度以降地方債の依存度が高まったことに示されている。そし て,地方債依存度の上昇は,特に都道府県において著しい。
低成長下の国家財政の第2の特徴は,1980年代における財政の厳しい引締め である。1980年10月に第2次臨時行政調査会(以下,「第2臨調」という)の設 置が閣議決定され,翌年3月に9名の委員が任命された。第2臨調は,「増税な
き財政再建」をスローガンにかかげ,それに呼応して1981年度以降各省庁がお こなう概算要求には−・定の上限(シーリング)が設けられた。1982年度−85年 度においてはいわゆる「−・般歳出」の伸びは前年度比0ないしマイナス10%と され,国債費や地方交付税についても圧縮措置がとられたのである。203)その結
203)同上書,35ペ・−ジ。
一‖丁−▲
戦後の香川県の地方財政
第91表 −・般会計歳出総額等の伸び率の推移(当初ベース)
(単位 %)
年 度 一般会計歳出総額 国 債 費 地方交付税 −L 般 歳 出
1973 24.6 54.7 26.7 22.5 1974 19..7 22‖4 21…6 19小0
1975 24.5 20.6 30.3 23.2 1976 14 1 602 △13,6 188 1977 17.4 41.1 21.3 14.5 1978 20…3 37.2 16.8 19…2
1979 12.6 262 △ 2.0 13.9 1980 103 30.2 23‖8 5 1
1981 9い9 25…3 235 4け3
1982 6.2 17。7 14.2 1.8
1983 1‖4 46 △20..8 △ 0.0
1984 0 5 11り7 21.5 △ 0.1
1985 37 11.7 9.0 △ 0‖0
1986 3..0 10..7 5 1 △ 0.0
1987 0.0 0.1 △ 0.0 △ 0.0
1988 4‖8 1‖6 7..1 1..2
〔出所〕『図説日本の財政』1988年度版,152ページ。
果,第91表にみるように,1−・般会計歳出の伸び率は,1980年代に入るとそれま でに比較して大幅に低下した。「−・般歳出」とは,・一・般会計歳出から国債費と地 方交付税交付金を除いたすべての歳出をさすが,それは,1983年度以降87年度
までマイナス・シーリングの原則に則って予算の編成がおこなわれたのである。
地方交付税の伸び率は,この期間においてはかなり変動しているが,趨勢的に は1980年代中頃から大幅に低下したことは歴然としている。
ところで,オイル・ショック後のわが国の地方財政はどのような推移をたど ったのであろうか。ごく概括的にみると,それはつぎのようである。まず,地 方財政の規模の推移であるが,それは第92表の通りである。第13図は,それを 国の一・般会計歳出の対前年度増減率の推移と重ねて図示したものであるが,こ こから3つのことが明らかになるであろう。第1は,地方財政普通会計と国の