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金     臣

ドキュメント内 『宗教研究』169号(35巻2輯) (ページ 61-65)

ト仁 ㍉  曲 

ガ曲 

  

岡    

       

秀 

(180)@  60 

           

ま︑   

目  ロワ円陣山ぽ  せ  が  ヨ  の  左ゅ  ︒ゴ唄  隼  申せ  帥 ・せ心ま占がⅡ  ガどせゆ面︐コ  中観心論詰屈  択炎ヒ  ︒すなわち﹁中観心論  口  に対  する  バ  ヴィ  ヤ  ︵㏄  ゴが  ・ 

せせ曲  ︶の自註︒︵  2  ︶この書の第九章が﹁  弥曇沙  ︵ 呂  Ⅰ 日ゅ  ちの  倒  ︶の真実を決択することに入る  甘帥  ﹂︵  し  づ  Ⅱ  0  コ ・  つい  ・ づ  0 は卍隼  e | 

オブ 

臣甲撰弍的  この  ロ  ・下日  すか隼  ・ づ  p.  ヴ  p.  ぽ  ︶由りて  帥  ︶で︑  ミーマーンサー学派の概括的批評を行っている    

  

  

説  相を観察した  上  ㈲  紺音ぃ  ra  ガゆ田  Ⅰ a :  円の︵  侍つい  のゆか  浅注  ヂ寂  護  ﹁ 摂  真実論  J],  本書の第九章︵  蔵訳  では第八章︶が  ︑  ︒  緯  円ヨ  倒ヨ  のの  づキ  円ガ  が| 

迂舘日  自守  苧銭  曲ゆ  p,  ﹁ミーマーンサーの  遍計す  る  我の研究﹂で︑ここではシャーンティラクシ  タ  ︵六八 

01 

セ四 

年頃︶とそれを註釈した  ヵマ  ラシーラ︵  内  リョ  が  下総  下  蓮華  戒  ・  七 

00 

|  七五 

年頃︶とに  ょっ  て  ︑ミーマーン  サ  で︑対照的に考察しょうとするものである︒  こ  れにより︑八世紀インドにおけるミーマーンサー  哲学の︑いかなる部 

方  が他の学派の関心事であったかという事実を  知る一端を摘みえようと思  う  ︒ 

そこで︑タット  ヴァ  ︐サングラハでとり上げる  アートマン論を観察する前に︑ミーマーンサー・  スートラ自身が述 

べ  ろ  アートマン論の特徴を要約して︑後の観察  を  容易にしたいと思  う  ︒ 

ミーマーンサー・スートラにおいては︑  ヴヱ|  ダ  聖典  生  記されている祭祀を正しく実行し︑それ  によって解脱を得 

ることが第一の目的とせられる︒したがって  ︑ス  |トラ  におけるすべての徳目や規範は︑この  日  的にとって  主  ︵忌寸  ロ  ゴ岡コ  帥  ︶で  めるか︑  中  従  ︵が  つ  Ⅱが  ロ  アリコが︶であるか  @ に  応じて分類せられる︒祭祀にとって主要なる  ものは教令︵の︵旨  いコゆ  ︶  であり義務︵  ぬまヨ帥  ︶であるが︑附随的な意義  を  有するに止まるものは補遺︵  絆遷  ︶とせられ  る  ︒ 

かかる観点に従 

と  き  ︑祭祀の対象たる神も  ︑侭  が 祀を行  う  上での材料︵住がせ  せ  が︶の一つとして  ︑すなわち道具と 

して補助的な意義しか認められないことになる︵  ℡・Ⅰ・  工  以下︶︒そしてこのことは︑祭祀の主  体  たる  我  ︵アートマ 

め (181) 

        

l@. Ⅰ     

    

蚕 牛乳 " 

  

︒ 

  

  

釈義なり︒他の場合におけるがごとし︒  と  ジャイミニはいえり︒ 

  

キッド聖典の中にはアートマンを認識すべ  きこ  とを教え︑またその認識  捷の果報なるものを説いているが︑それらの  文句は︑祭事を規定する  儀規  ︵乱山  巨  ︶の文の補  遺  ︵  紺母  ︶であり︑釈義 

舶  ︵  簿 臣下のせ  倒  Ⅰが︶の中に含めらる  べ  ぎである︒  とい  ・  っ  ことになる︐それはちょうど︑祭祀の材  料  ︑浄化法︑祭式を説  い     我  ている文句が釈義であるのと同様である︒  ︵ア 

トマンの認識は祭事の︶補遺なるが故に  ︑  ︵アートマンの認識の果報を説く文句は︶︑人間  の  ︵目的の為の︶ 

  

︵ 4 ︶ を 引証している︒ 

        

     

  

ま  シ  ︶に対する観方の上にも現われて来ているの  である︒ 

祭祀の結果得られる新得力︵申せ  ロ  Ⅱ セリ  ︶は  我  ︵ 樫  宵  の口︶の中に生ずる潜勢的な力であり︑しかも  祭 

  

誠  にほかならないのであるから︑その祭祀をな  す  準備として我に関する知識が必要なことはこの  学派も認めていた︒︵ 

しかし人生の目的︵︵  ヰ拭日  もは祭祀をなすこと  に  存するのだから︑我に関する哲学的知識の 

ゾ  ﹂とぎは単にそれに 

対 

する補充的なものにすぎないし︑我に関する  知  誠  にはそれ自身独立の果報はな  い  ︑とせられる︵ 

1 , a 

Ⅰ Ⅰ・  トバ  V ︶︒ 

ミーマーンサー・スートラⅡのⅠは  紺  ゆが論とい  ぅ  べく︑Ⅱ  u  の 

において述べられたり 

口目付  につづいて︑何が  人の  ︶︶  &  pq  回ドにとって紋櫛であるかを詳細に  論じている︒ 

材料︵  隼  ︵がせ  舌  ︶︑性質︵  橿  中苗︶︑浄化  式  ︵ 窪ち綜  岡田︶等はかの巾がであり︵面・  エ︐ 

︶︑祭祀の  行為︵  下  ︵ ヨ簿  ︶  さ  え  ︑それが  果  ︵ 宮屋田  ︶を目的︵  芸  ︵  窯  ことする  場合は紺  蓄  である︵ 

︶ ︑  果もまた③笘であ  り  ︵ 

︶︑人間もまた  かのゅ  がである︵ 

︶︒スートラ作者は材料︑性質  ︑浄化  式等  はっねに副次的であるが︑行為者︑行  為は  果と結びつかぬ  と  ぎは主となりえ・果を目的とするときには  従︑  副次的︵  か 名簿︶となる︑といつている︵の  リ すの︵のの  くゆ  Ⅱ  P 田コ曲  ら目  ︐い︐轄  ︶︒ 

スートラのこの思想は︑地学派にもよく知られ  ていた︒ブラフマ・スートラはジャイミニの見解  として︑次の文句 

    

苦  ㌔ 

           

    """ 。 "" ㍗         " 

珪 

。 

    ・ ︐ Ⅰ 廿 レ︐ ・ ん   

     かくのごとく︑スートラ乃至ジャ ィ ミニにおい ては︑我はただ単に祭祀を行 う 主体として︑従属 的 ︵の ぢ ra 口ぽ 卸口曲 ︶ 

にその意義が認められていたのであるが︑この ょ う に祭祀の道具の一つとして認められた限り︑ 我は完全な道具でな  げればならぬという︑ミーマーンサーの特徴的 な歌 観 があらわれてくる︒ 

スートラの或る箇所では︑この問題を︑不具者 は 祭祀を行いうるか否か 7. というが 年 すか ア の︵が ゆ が として取り上げ 

論じている︒ 

まず 肢 ︵ 

ぎ笘 

︶ なぎ ものでも︑祭祀を行 う こと ができると認める グ Ⅶ・Ⅰ・ 虹 ︶︐しかし生れな ゼ T らに︵仁ヰ で簿 ヰヰ 捧 ︶  不具なる者は祭祀を行 う ことができない︑それ は 祭祀の主体たる我が不完全であるから︵ 乾 ︶ と している︒この二つ  の 命題は一見相反する よう であるが︑正統バラ モ ノ たるミーマーンサーの 手説 としてはやはり 筋 の通ったものであ  る ︒第一の主張は︑上位三姓のすべてに祭祀の 可能性を約束せねばならない正統バラモンの第一 義 的要請に応えるも  のとして当然かくあらねばならぬ発言である︐ 第 二の点については︑シャバラスヴァーミンが ︑ ﹁すべての操作は ︑  祭りと結合︵ 紺 屯せの的の︶しており︑もし一つの 操作が不治の病を患 5 人によって行なわれたなら ︑ 祭り全体が無用に  なるから︑かかる人は祭りを行いえ ね ﹂と註記 ︵が四白︒ P ︒かめ︶しているところによって明らかで あろう︒ 

以上によって︑ミーマーンサー・スートラの 我 ︵アートマン︶ 込珊は ︑祭祀という つ Ⅱがぬ下村 コ がに 対し︑あくまでも  沖つ ﹁がぬ甘ゆ コ がとしてその必要性を認められている こと︑しかしその限りにおいて︑それが祭祀 実 行 に不可欠な構成 要  素 となすことは疑いえぬ事実であることがわか つた︒すな ね ち︑そこでは︑我は祭祀実行という 至上目的に対して︑ 

道具として完全であらねばならぬ︑という正統 インド哲学の伝統に立つ祭祀哲学の我論が展開 せられているのであ 

る ︒ 

では︑この 我論は ︑仏教の側からは︑いかなる仝 忌味 において取り上げられたのであろうか︒ 

タット ヴァ ・サングラハ第二二二侮から第二八 匹偶に至る六四偶において行なわれる ミ| マーン サーとの我に関す 

63  ( Ⅰ 8:83) 

        

        

我と 覚 とを廻る論 課 

  

る 

結                              孟で  」、 

・ 

ドキュメント内 『宗教研究』169号(35巻2輯) (ページ 61-65)

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