第6章 里親委託をめぐる状況は変わったのか
5. 里親委託の長期的動態と展望
最後に本研究の意義を確認しながら,里親委託の長期的な動態と展望についてあらため て述べたい.
本研究では,戦後に刊行された里親関係の著作,論文等をレビューし,仮説を再構成す ることで,経験的な研究への接続をはかった.そして,これまで直観的な印象や断片的な 情報に基づいて言及されていた里親委託の阻害要因に関する仮説の真偽を計量的なデータ を用いて明らかにした.本研究に意義があるとすれば,まずこの点を指摘できるだろう.
分析の結果,「里親のなり手がいないから里親委託が進まない」という仮説が必ずしも成 立せず,「児童養護施設が経営上の理由から定員を確保する必要があり,里親委託に消極的 であった」という仮説が成立する,ということが示された.
以上のふたつの結論は,児童福祉をめぐる制度的・環境的要因が里親委託を阻んできた ことを示すものに他ならない.
また,2000年以降の里親委託率の上昇は児童虐待の増加の直接的な効果と,それによる 福祉司増加の間接的な効果でかなりの部分が説明されてしまうことを明らかにした.これ により,近年の里親委託率の上昇が見かけ上の変化である可能性が大きいことを示した.
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さらに,2000年以降の里親委託をめぐる状況を児童相談所の児童福祉司,里親などの関 係者へのインタビュー調査をもとに探索的に明らかにした.実態としては児童虐待の増加 により現場はより過酷な状況にあること,里親への支援が十分にできないために福祉司が 里親への委託に慎重にならざるをえないことなど,ここでも児童福祉をめぐる制度的・環 境的要因が解決されていないことが明らかになった.里親委託が進まない理由はあくまで も制度的要因にその多くが求められるのであり,これらは里親研究にとって重要な知見で あると考えている.
その上で,今後里親委託を推進していくために,必要な課題について,不調に対する児 童福祉司の実際の対応や措置解除の判断について,聞き取り調査から明らかにした.支援 に十分に時間をとれない現状では,里親への信頼感が委託の解除・継続を決定する大きな 要因になっていることを明らかにした.つまり,里親委託の継続の可否は里親の個人的な 資質から判断されるところがきわめて大きく,信頼関係を形成することが簡単でない状況 下では,児童福祉司が概して委託に慎重にならざるを得ない現状が明らかにされた.現状 の児童福祉をめぐる制度的環境を考えれば,児童福祉司の対応はやむを得ない部分もある ことになる.
また,里親への支援として最も重要な児童福祉司-里親間の信頼関係の確立のメカニズ ムについて,やはり聞き取り調査から明らかにした.この問題もけっして新しい問題では ないが,児童福祉司が里親とともに子どもの養育にかかわることが重要であり,そうした 環境を整える必要性があるという結論は児童福祉にとって新しい観点を提示できたと考え ている.
2000年以降,里親委託率は上昇を示した.しかし,結局のところ,里親制度とそれを取 り巻く状況は,あまり大きくは変化していないという結果が示された.第3章では,仮説 間の関連を図示し(図3.13),社会・文化的要因を「里親登録者不足要因仮説」「養子縁組 混同仮説」として整理した.そして,国の政策のあり方は,この社会・文化的要因から潜 在的に影響を受けることを示した.その意味では,里親委託があまり変化していないとい う結果自体が,社会・文化的要因の結果であるとも考えることもできる.これを説明しう る社会・文化的要因があるとすれば,それは,われわれの社会の家族についての観念がき わめて固定的である,というところにしか求められないのではないだろうか.
親の離婚後の子どもの親権が単独親権であることに代表されるように,わが国では子ど もが同時に複数の家族に所属することを認めていない.親の離婚に伴い,子は親権を取得
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したどちらか一方の親と暮らし,その親が再婚すれば,親・継親・子が新たな家族を形成 することを前提としている.
こうした家族のあり方と,里親制度のあり方は整合しない側面が大きい.里親委託され た子の多くには実親が存在する.子どもは里親委託された場合,自分の実親との関係と,
里親家庭での関係の二つに同時に所属することになる.養子縁組をしない限り,現時点で 子どもが生活を共にしている家族的関係は法的には家族ではない.子にとって里親家庭が 自分の家族として意識されているかどうかは,もちろん個別のケースによって異なるが,
家族として認識されていることも多いだろう.その場合,子どもは同時に複数の母親や父 親を持っていることになる.結局,こうした複数の家族的関係に同時に子どもが所属する,
という家族のあり方が十分に社会に理解されておらず,受け入れられていない結果が長期 的な里親委託の不振という現象なのではないか.
本来里親制度は,里親に対する長期的かつ頻繁な支援を要するものであり,けっして財 政的に安上がりな方法ではないはずだ.むしろ,構造的な難しさを抱える里親子関係の形 成は,長期的かつ専門的な支援を必要とする.里親委託を推進するならば,こうした支援 体制を十二分に構築する必要がある.
2000年以前に一般的であった施設措置の優先は,要養護児童に対してこうした手間をか ける必要性を行政が感じていなかったことが最大の理由だと考えられるが,その背後には こうした家族のあり方への理解が社会的に共有されていなかったことがあると考えられる.
それは,多くの国民が単一の家族に所属していた結果でもあり,その結果としてそうした 家族を離れて暮らす子どもたちへの感度が低かったからとも考えられる.
2000年以降里親委託率が上昇を示したが,もちろん,その背景にこうした家族のあり方 に対する理解が深まったという変化は観察しえない.制度的な環境の整備は遅々として進 まない中で,里親委託率だけが上昇していく.里親委託は一部の福祉司の献身的な努力に 支えられている一方で,支援の不足に起因する措置解除も増加している.
人々が自分の親と離れて生きていく子どもたちに対して関心をむけること,そうした関 心の結果として子どもたちを社会が育てていくという考え方を共有すること.そうした子 どもたちの養育に社会全体で時間と労力と費用を惜しまず十分な手間をかけること.これ らが何よりも里親委託の推進の根底に要求されることではないか.
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