第5章 2000 年以降の里親委託の増加をもたらしたもの
3. 福祉司の増員と里親委託
周知のように,児童相談所は保護の必要な子どもたちを里親か施設かに措置する措置権 を持っている.また,里親制度の普及・啓発から里親の認定,里親への研修・委託・支援 などの業務を担う,里親委託の根幹をなす機関である.そうした業務を担うのは,いうま でもなく福祉司であり,福祉司は児童相談所で子どもに関する各種の相談の受理,社会的 養護が必要な子どもの措置先の決定などを行う.
第3章で既述のように,児童相談所の相談内容は,統計的に取り上げられている相談内 容だけを概観しても,養護相談(児童虐待相談を含む),障害相談,非行相談,育成相談な ど多岐にわたる.このほかに,学校,家庭,他機関への訪問,連絡,さらに諸種の事務処 理業務などを行っている一方で,社会的養護が必要な子どもの措置先の決定等を行なって いることになり,その業務量はきわめて多い.たとえば,愛知県の場合,児童相談所での 里親委託に関する業務は,福祉司の全体の業務の中の1割程度を占めるのみであり,業務 時間の9割は里親委託以外の業務に割かれざるを得ないという(村田2011).
参考までに諸外国についてみるならば,アメリカ合衆国では,ソーシャルワーカーは一 度に28人以上のケースは管理できず(粟津2006),イギリスでは,児童問題の担当ソーシ ャルワーカーは人口約4000人に一人であり(峯本2001),70%の自治体で里親委託担当ワ ーカーのケース担当数は12~20件程度に抑えられている(津崎2004)という.もちろん,
これらの数字を単純に日本の状況と比較することはできないが,日本では里親委託に特化 した常勤で専任の福祉司を配置している児童相談所はそう多くはなく,2011年9月時点に おいても里親委託業務を他業務と兼務で行っている福祉司が多いこと(厚生労働省雇用均 等・児童家庭局家庭福祉課2011)を鑑みれば,福祉司が里親委託に多くの時間を割くこと は簡単ではないと推察できる.
児童相談所と里親委託の関係について,既述のように,先行研究においては,里親委託 を阻害する要因のひとつに児童相談所の消極的な姿勢が指摘されている.消極的姿勢を生 み出す構造的要因としてあげられているのは,主に次の3点である.第一に,福祉司の専 門性が低く,里親委託関連の業務内容が専門的に確立されていないこと(吉澤1987;松本
武子1991;瀬下1999;櫻井1999).第二に,福祉司の業務が膨大かつ多岐にわたり,役割
過重(role overload)が発生することで,里親のための業務が十分に遂行しえないこと(宮
島2002;菊池2007).第三に,措置変更を回避するために里親と子どものマッチングに慎
重になること(田中2008;宮島2002).以上のことを考慮して,トラブルの発生を回避す
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るために里親より施設への措置が選択されやすいこと(森望2001)が指摘されている.
第一の点については,福祉司の専門性と里親委託との関連を検証できるような適切な指 標の設定が困難であり,また,福祉司の専門性を示す長期時系列データは公開されていな いため,本章で検証することはできない.しかし,既述のように,第7章と第8章でイン タビュー調査を行い,間接的にこの問題を検討する.
第三の点については,第4章で,検証した結果,仮説は支持されなかった.2000年以降,
里親委託率の上昇に伴い,措置変更率も増加傾向にあるが,措置変更率に関する都道府県 政令指定都市別の年次データは公開されていないため,ここで検証を行うことはできない.
そこで,本章では,第二の「福祉司の業務が膨大かつ多岐にわたり,役割過重が発生す る」つまり,福祉司の業務量の多さが里親委託への消極性をもたらすという点に着目する.
いわば,福祉司には役割過重状態が生じており,委託前後をふくめて,里親家庭のための 支援業務を行う十分な時間と機会が保障されていないとする指摘である.この状態は,里 親への研修が不足している(長谷川1984;浅井1991;庄司ら1998;佐藤2009),里親への 支援が不足している(庄司ら1998;櫻井1999;伊藤2004;佐藤2009)などの事態を生み 出す.こうして役割過重状態は十分な支援なき里親委託を生み出す可能性が高く,福祉司 が里親委託を避けるという帰結が予想される.役割過重の解消には,福祉司の労働環境を 改善するという課題が浮かび上がる.
ところで,児童虐待の激増という社会現象への現実的対応として,国は,2004年に児童 福祉法を改正し,市町村の業務を法律上明確にした.すなわち,市町村には,児童相談へ の対応,虐待の未然防止・早期発見などの取組みを求め,児童相談所には市町村の後方支 援をする役割,専門性の確保・向上,相談機能の強化,医療・法律その他の専門機関や職 種との連携を求めている(児童虐待防止対策支援事業実施要綱).これらが,急増する児童 虐待への対応を図るものであることは,平成17年2月14日通知の雇児発第0214002号「市 町村児童家庭相談援助指針について」,ならびに,平成17年5月2日通知の雇児発第0502001 号「児童虐待防止対策支援事業実施要綱」等に明記されている.さらに,2005 年,国は,
福祉司の配置基準を大幅に改善した.かつては人口10~13万人に福祉司一人を基準として いたが,2005年には人口5~8万人に一人という基準に改正された(児童福祉法施行令第 二条).これはすなわち,2倍の増員が図られたことを意味する.
加えて,国は,2008年度に里親支援機関事業を創設した.これにより里親委託関連の児 童相談所業務を民間機関に委託することが可能となった.里親支援機関事業は,措置を除
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くすべての里親委託関連業務を当該団体に委託することができるようになったので,理論 上は里親委託が効率的に促進されることになる.しかし,現状では,民間機関への委託は 未だにあまり進んでいない(開原ら2012).また,2012年度から全国の乳児院・児童養護 施設に里親支援担当の職員を配置することも発表されている.
図 5.3.に福祉司の配置員数(点線)と福祉司一人あたりの相談対応件数(実線)の推移
を示した.福祉司の配置員数は2000年から一貫して上昇しており,この結果として福祉司 一人あたりの相談対応件数は減少している.福祉司の人件費は,配置基準分が全額地方交 付税から支出される.福祉司の配置基準が改正されたのは,2005年であるが,2000年ごろ から交付税の配置基準の比率が高まってきたため,各自治体は徐々に福祉司の増員を始め,
現在に至るまで福祉司の配置員数が増加傾向にあるものと考えられる(全国児童福祉主管 課長会議資料2000).福祉司一人あたりの相談対応件数は,2000年には300件を超えてい たが2009年には189件にまで減少した.このように,福祉司の業務環境自体は2000年以 降明らかに,それ以前に比して改善されている.
図5.3. 福祉司の配置員数と福祉司一人あたりの相談対応件数の推移(2000-2009年/全国)
【出所】社会福祉法人恩寵財団母子愛育会日本子ども家庭総合研究所「日本子ども資料年 鑑」/厚生労働省大臣官房統計情報部編「社会福祉行政業務報告例(厚生省報告例)」
福祉司の配置員数 相談対応件数
0 50 100 150 200 250 300 350
0 500 1000 1500 2000 2500 3000
2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009
福 祉 司 1 人 の 相 談 対 応 件 数( 件) 福
祉 司 の 配 置 員 数
( 人
)
year
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こうして,本章では「2000年以降の里親委託の増加は,福祉司の増員によって,福祉司 の役割過重が軽減されたことで生じた」という仮説(仮説5-2)を設定する.この仮説は,
第 3 章で再構成した仮説5-2,すなわち「福祉司の業務が膨大かつ多岐にわたり役割過重 が発生するため,里親委託が伸展しない」という仮説を逆方向から表現したものである.
つまり,この仮説が成立した場合には,2000年以前の里親委託が伸展しなかった要因の一 つに,福祉司の役割過重があったことを間接的に示すものと考えられる.
2000年以降の福祉司増員および福祉司の業務の軽減化は,直接的には急増する児童虐待 への対応を図ったものであると考えられる.しかし,そうした福祉司の環境整備は,国の 里親委託推進の政策と相まって,里親委託についても意図せざる結果をもたらした可能性 がある.