• 検索結果がありません。

Ⅲ肌

第9節 200万人都市の形成

一他民族同居型都市の形成をめざして-

これまでのように沖縄が国際交流、国際貢献、国際ビジネス、国際観光・保

養の「キー・ストーン」化してくると、アジア・太平洋地域を代表する都市と なる。こいった将来を見越して、100年計画で人口200万人から300万人規模の 人口集積にも対応できる、ゆとりのある快適なアジア太平洋を代表するにふさ わしい風格のある都市づくりの構想を今からデザインしておくことは地元の責

任であり、未来の若者への「夢と希望の贈り物」でもある。

古くはフランスのパリが二回にわたる世界万博開催を機に都市づくりをし、

日本に於いては名古屋市が国際コンペで都市づくりを行った。

①那覇市、浦添市、宜野湾、沖縄市、具志川市、石川市あたりまでを包括し た広域都市圏を想定し、公共性を優先したインフラ整備と都市の名称

-71-

②アジア太平洋地域でのハブ港湾・空港及び情報インフラに重点を置いた都

市機能の整備

③省資源、環境保全型をコンセプトとした都市づくり

④他民族同居型都市

⑤土地の有効利用を図るため建物の高層化を図り、海浜、都市内道路周辺の

オープンスペースを確保し、緑化を進める

⑥南国の都市にふさわしい都市風格の形成に勤める

等をコンセプトにコンペを行う。これは県民に郷土への愛着を高め、若者に夢 と希望を与えることになる。豊かな社会とは次のような社会だろうと考えて

いる。

自然環境保全が配慮された生活環境の中で、所得はまあまあでも物価が安い ので“ゆとり”のある生活ができる。そして、生活の営みの選択の幅が広く、

発想、思考、価値観、人生観、生活観が多様である。従って、それぞれの多様 な個性を持った人々がそれぞれの個性を尊重しあいながら共存している。

このような多様な個性をもった人たちが触れあう過程で相乗効果を発揮し、

新たな発想、思考、価値観、人生観、価値観を創り、選択の幅を広げてゆける

社会。

先に揚げた日本外交の理念「交流、人権、平和、共生、環境」も、このよう な社会環境の基礎になることを願ってのものであった。

従来の労働市場、雇用環境もこれまでとはかなり様変わりしてこよう。また、

従来憂慮されていた失業問題は、これまでの施策の展開で低物価の下で雇用も 増え、若年、中高年の高失業率も解消されてくる。賃金はアジア市場の影響を 受けるため、本土に較べれば低めだが豊かさが享受出来るということで抑制さ れてこよう。つまり低物価、高雇用、低賃金という経済環境になり、アジア企 業進出の可能性も高まる。「水は低きに流れ、人は高賃金に流れる」というの が金言であったが、「水は低きに流れ、人は豊かな生活が出来る所へ流れる」

という道理になってこよう。

-72-

【注釈】

(1)自民党県連は沖縄振興に関する特別経済ゾーン要請の中で、便宜置籍船の母港化を 求めている。アメリカン大学沖縄校の下地教授も「我が国のシーレーン上の重要拠点 である那覇港(沖縄)において、日本籍船の海外流出を防止し、便宜置籍船を日本籍 船に転籍することができれば、海上輸送の安全確保と船舶運航に関わるノウハウの維 持に多大の貢献をすることになる。しかし、この構想は全国に先行する税制措置、財 政支援、規制緩和と行政改革が必要になる」と述べている。「沖縄タイムス」1997年

1月28日『大転換沖縄・アジアのハブ(16)』より。

(2)アジア開発銀行(ADB・AsianDevelopmentBank)=アジア太平洋地域における 発展途上国の開発資金を融資するための国際銀行。エカフェ(国連極東経済委員会、

当時)の主導により、1966年東京で設立総会をもち、同年末マニラの本店で営業開始。

加盟国は196年5月で域内40ヵ国(地域途上国37ヵ国、地域先進国3ヵ国)と、域外16ヵ 国(先進国)の計56ヵ国。応募資本は194年総会の第四次増資で倍増され約480億ドル で、これを通常資金として準商業ベースで開発計画に融資する。’74年に無利子(手数 料1%)で40年返済の「アジア開発基金」が発足し、’95年末現在199億ドル規模にな っている。日本は最大の出資国で歴代の総裁を出している。「現代用語の基礎知識」

1997年自由国民社292頁

(3)「シンガポールの知恵」リー・クアンユー首相ほか執筆サイマル出版会16~17頁

【研究グループ】

儀間光男沖縄県議会議員、自由民主党第二選挙区支部長

小幡光俊(11)建設経済調査会(文部省学術国際局)、㈱琉陽設計・理事

井上光弘清水建設株式会社・九州支店・沖縄営業所・所長

平良朝男沖縄大学・経済学科・教授

(火)久米亭

(木)沖縄大学・学生部 (火)沖縄大学・学生部 第一回研究会

第二回研究会 第三回研究会

8月22曰 9月28曰 10月31曰

-73-

【基地問題】

基地は沖縄にとって悪か?

今の政治図、県民意識で見る限り、「悪」としてのみ捉えられ、この「基地 の撤去」が「平和」をもたらし、県民を「豊か」にする、という虚構の上に成 り立った建て前論が支配的であり、普遍不党であるべき新聞(地方紙)も、あ る政党の機関誌かと間違えるほど偏向し、これ以外の考え方を持つ者を「県民 感情を逆撫でする者である」という論調で桐喝している。そして、軍用地主は 3,000人以上もいるが、その中の約30人(約0.1%)のみが賃貸に反対している、

という実態は見えてこない。恐ろしいことである。

そして、経済的側面から見ると、約7,888人(県職員数:知事事務部局7,000 人に匹敵)の雇用(91年:479億円)を産み出し、2万人の軍人軍属、その家 族の消費需要(91年:532億円)を産み出し、軍用地料(91年:515億円)をも たらしており、観光収入に次ぐ稼得機会を提供しているのである。また、不労 所得である軍用地料のあり方には富の分配という観点からは大いに問題はある が、産業基盤の希少な沖縄に於いてはこれに代替する稼得機会はない。

それどころではない、軍事基地はその性格上、色々な最新鋭のマネージメン トのノウハウを持っており、その手法を企業活動や戦略に技術移転すれば企業 活動に於いても有効な手段になり得るものもあろう。また復帰の時点で、琉球 海運か有村産業のような沖縄を代表する海運会社が外航路の許可を取り、アメ

リカ本国から沖縄までの軍需物資の輸送業務を独占ないしは落札していたら、

沖縄は案外シンガポールや香港よりもコンテナー輸送産業分野でアジアでも優 位な立場に立て、海運業は飛曜的に発展していたかもしれないのである。この ように、我々はビジネスチャンスを感情論やイデオロギー論で失ってきたので

ある。

また、語学研修も盛んだが、高い金を出して遠いアメリカやカナダといった 英語圏まで出かけて行かなくても県内で代替できるはずである。そこでなにが しかの金が必要であればその分が基地内に住む者の所得になり、県内の消費需

要の拡大に寄与するはずである。

-74-

第一、我々は沖縄に在住するアメリカ人とコミュニケートしてきたのだろう か?軍隊という形式を憎むとしても、アメリカ人という国民・人間まで憎む 理由はなく、国民・人間としての相互交流・理解ができなければ、国際交流の 本質を欠くものであり、我が県の掲げる“国際交流”は絵に描いた餅に過ぎ ない。

このような反省を含めて総合的に捉えて見ると、基地は捉え方によってはか なりの未利用資源である。このような貴重な資源を、明日の沖縄県づくりの素 材として国際貢献や国際交流あるいは産業の“振興”に振り向けず、先代の犠 牲を担保に墓石を立て、これをシルバー・ゼネレーションのみならず、これか らの沖縄を築いてゆく使命をもつ若者達までが拝んでいれば、かりゆしの彼方 から「平和」が訪れる、という“信仰”を作り上げるのは賢明ではない。歴史 の展開の過程で、以前の為政者によって沖縄が戦場と化し、多大の犠牲を被っ たことは事実だが、このことだけを質草・担保に取って物乞い・過大の要求を 続けるという、現実を建て前論で言い直しただけの、いわば「弱者の脅迫」の 論理だからである。

現在沖縄が行っている「基地撤去」のシュプレッヒコールは建前論であり、

本音は犠牲の対価である。あるいは基地撤去が本音であるとすれば、犠牲の分 配論であり、基地を他府県に移動して犠牲を移そうとするエゴに過ぎないので ある。

復帰後、結果論だが、復帰後20年の間にベトナム戦争の終結、湾岸戦争、冷 戦構造の崩壊、米中国交修復、北朝鮮問題等と極東の情勢が変遷してゆく過程 で、在沖米軍の役割や戦略・戦術あるいは軍事技術も変化し高度化しているは ずだし、その都度都市化してゆく地域の基地については移転、整理・統合して ゆくべきであった。しかし、この対応を怠り、都市化して行く地域の中にある 基地については移転・整理・統合しないまま、地代を上げることによってのみ 対応してきた点に問題があったのであり、そのツケが今噴出している。

冷戦の終焉以降、日米が新しい世界の秩序づくりの使命を負っているのは事 実であり、このような状況の中では日米安保は不可欠であり、従ってある程度 の基地のプリセンスは必要である。ただ、曰本は敗戦国であったし、アジア周

-75-