• 検索結果がありません。

「違法の重大性」の客観的要素

ドキュメント内 博士論文要旨 (ページ 65-79)

1.「違法の重大性」判断において考慮される客観的要素

⑴「違法の重大性」と被告人の承諾

本章では「違法の重大性」判断において考慮されている客観的要素について検討す る。最高裁が証拠排除の際に明示的に考慮してきた要素は、おおよそ、その捜査手段 を用いる必要性の強弱、有形力行使の程度、被告人の承諾の有無、捜査官の法潜脱の 意図の有無、違法手続との因果関係の有無、証拠の重要性であり、このうち「違法の 重大性」の客観的判断要素として争いがないのは、その捜査手段を用いる必要性の強 弱、有形力行使の程度、被告人の承諾の有無である。

最高裁は違法の有無の判断で考慮したほぼすべての客観的要素を、再度「違法の重 大性」の判断において考慮しており、その考慮の結果、多くの判例が「違法の重大性」

を否定しているので、違法の有無の判断とその程度の判断には何らかの違いがあると いえる。従来、この違いは「権利侵害性」の程度の違いであると理解されてきた1。た しかに、嫌疑が濃厚である場合(すなわち、その捜査手段を用いる必要性の強い場合)、

1 なお、このように解するには、最高裁が「違法性」を権利侵害性の観点のみから判断し ているということが前提となる。これに対しては、いわゆるグリーンマンション事件判決

(最決昭和59年2月29日(刑集38巻3号479頁)。)が取調べ・宿泊に関する被告人 の承諾の存在を認定したにもかかわらず、さらに諸要素を考慮することによって適法と判 断したことを説明できないという批判がある。承諾があれば、権利侵害性は存在しなくな ることから、諸要素を考慮するまでもなく直ちに適法となるはずだからである。そのため、

私見のように解する見解からは、判例は承諾の程度を問 題としていると解するものも存在 する(大澤裕・川上拓一「対話で学ぶ刑訴法判例 任意同行後の宿泊を伴う取調べと自白 の証拠能力」法学教室312号(2006年)82頁〔川上拓一発言〕)。しかし、承諾はあるか ないかで、程度はない。それゆえ、この場合は以下のように解するべきである。すなわち、

本決定のように、「宿泊を伴う取調べがなされた場合、そこで被侵害利益は行動の自由で あって、意思決定の自由ではない。たしかに、通常自由な意思で宿泊や取調べに応じた場 合、被告人によって行動の自由が放棄された考えることはできよう。とはいえ、宿泊する こと自体には承諾はが存在するが、その際に捜査官の監視がついていることについては承 諾がなく、承諾が及んでいない範囲では行動の自由が制約されたと考えることもできる」

と(拙稿「証拠排除基準たるいわゆる『違法の重大性』に関する一考察」法学会雑誌53 巻2号(2013年)248頁。)。このように解することができる理由として、本決定が、宿 泊に関する被告人の答申書の内容について、「どこかの旅館に泊めて致だきたい」と記載 されていたと認定しており、そこには、捜査官の監視の有無については記載されていなか ったということを挙げることができよう。

62

それだけ権利の要保護性が減少するし、また、有形力行使の程度が過剰である場合、

被告人の意思決定に大きな影響を与えるので、これらの客観的要素を「権利侵害」の 程度を判断する要素であるとみることもできる。しかし、程度を観念することができ ない要素もある。たとえば、被告人の承諾である。承諾はあるかないかで、ある程度 はあったなどということはできないからである(渋々であったとしても有効な承諾で あり、他方で、意思形成過程に瑕疵があったといえる場合にはそもそも有効な承諾で はない。)。にもかかわらず、かかる要素が「違法の重大性」の判断要素とされてい ることを説明しなければならないとするならば、権利侵害の程度という観点からのみ では困難である。

⑵「違法の重大性」と黙示の意思

ところで、この「被告人の承諾」という要素について、最高裁は、被告人の任意に よる明確な承諾がないことを、違法性を肯定する要素とする一方で、明確な拒否もな いことを、「違法の重大性」を否定する要素として考慮している。この点、最高裁の 判断を額面通りに受け取って、最高裁は被告人による明確な承諾も拒否もないすべて の場合に、その事実を「違法の重大性」を否定する要素として考慮していると考える こともできよう。しかし、下級審裁判例をみてみると、任意の承諾・拒否について、

明示的なものだけではなく、黙示的なものも含むとした上で、被告人の態度を承諾・

拒否いずれかに振り分けている2。たしかに、黙示的なものまで含んでしまうと、それ が承諾にあたるのか、それとも拒否にあたるのかの認定の困難性は付きまとう3が、実 際には、当該状況から黙示の意思を推定することは可能であろう。また、最高裁は、

最判昭和61年4月25日(刑集40巻3号215頁)において、捜査官らの立ち入り要請 に対して諾否が明確ではない被告人の対応を「明確な、、、

承諾」(傍点筆者)ではないと

2 たとえば、千葉地松戸支部判平成 4年12月14日(判時1458号158頁)は、バッグを 手放すまいと激しく体を揺すったり足をばたつかせる被告人に対し、捜査官らが説得す ることもなく、馬乗りになった上、その頬を平手で数回殴打した後で、被告人はバッグ を手放したという事案において、被告人がバッグを手放したことを黙示の承諾と認定し た上で、捜査官らの対応から承諾の任意性が失われるとした。

3 水野智幸「違法収集証拠排除法則の認定」木谷明編『刑事事実認定の基本問題(第 2版)』

(2010年)369頁。

63 したものの、最終的に「被告人宅の寝室まで承諾、、

なく、、

立ち入っていること」(傍点筆 者)を理由に、捜査官らの行為を違法と判断していること、黙示的とはいえ承諾があ れば侵害利益は存在しないので適法となることから、最高裁は被告人の黙示の拒否を 認定したと考えられる(なお、最決昭和63年9月16日(刑集 42巻7号1051頁)も 同様に解したと思われる。)。したがって、最高裁は諾否が明確でないことを「違法 の重大性」を否定する要素としているのではなく、拒否が黙示的であることを「違法 の重大性」を否定する要素としているのではなかろうか4。もっとも、黙示的とはいえ 拒否がある場合、それにもかかわらず立ち入れば、捜査官らの行為は権利侵害行為で あり、したがって「重大な違法」にあたるとも思える。たしかに、上述のとおり、最 高裁は、捜査官の行為が違法か適法かについて、権利侵害の有無で判断していると思 われる。しかし、それは違法の有無についての判断である。これに対し、「違法の重 大性」の判断は違法の程度に関する判断であり、それは法規逸脱の観点も加味して判 断される。そして、法規逸脱の観点からは、捜査官が明白に外部に示されている被告 人の拒否の意思を認識しながら立ち入った場合の方が逸脱の度合いが高いといえよう。

したがって、拒否の意思表示が明示的か黙示的かで違法の程度が異なると解すること は可能であると思われる。

もっとも、昭和61年判決が黙示の拒否を認定したものと考えても、どのような事情 からそれを認定したのかは必ずしも判文から明らかではない。黙示の拒否はどのよう な事情から認定するのかという点を明らかにして初めて、適切にかかる判断要素を分 類することができたということができるのである。しかし、わが国の判例は数が少な いため、黙示の意思に関するアメリカでの認定方法を参考にする必要があると思われ る。アメリカでは、捜索に対し被疑者が任意に同意を与えた場合、無令状の捜索を行 うことが認められているところ5、それは黙示であってもよいとされている。他方で、

4 この点について、原田國男「所持品検査及び採尿手続に違法があってもこれにより得ら れた証拠の証拠能力は否定されないとした事例」『最高裁判所判例解説 刑事篇 昭和 63年度』347頁は、昭和61年判決は「必ずしも諾否の態度が明白でないケースについ て承諾がないとしたうえで、その点を証拠を排除しない理由の 1つの理由とした」とさ れるが、前述の理由からこのようにいうことはできないであろう。

5 同意捜索はわが国においてあまり問題とされていない。この理由について、緑大輔「合 衆国における同意捜索の問題」修道法学 27巻1号(2004年)3頁は、「合衆国ではプレ インヴュー法理が採用されており、同意捜索を行った結果獲得された他罪の証拠物が裁 判所に提出されうる。その証拠排除のために、押収に先行して為された『同意捜索』が

ドキュメント内 博士論文要旨 (ページ 65-79)