• 検索結果がありません。

「違法の重大性」と主観的要素 1.日本における主観的要素の内容

ドキュメント内 博士論文要旨 (ページ 79-104)

前章までに検討してきたように、最高裁は最判昭和53年9月7日(刑集32 巻6号 672 頁)において、令状主義の精神を没却する程度の「違法の重大性」、抑止効の見 地からの「排除相当性」が認められる場合に排除法則が適用される旨を判示した。そ して、これらを判断する 1 つの要素として捜査官の主観的要素(いわゆる「法潜脱の 意図」。)を挙げ、その後の判例もこのような主観的要素を考慮してきた。ところが、

実際の事実の適用に際し、「本件証拠物の押収手続の違法は必ずしも重大であるとは いいえないのであり、これを被告人の罪証に供することが、違法な捜査の抑制の見地 に立ってみても相当でないと認めがたいから、本件証拠物の証拠能力はこれを肯定す べきである。」と判示し、その後の判例もこのような判断をしてきたことから 、捜査 官の主観的要素が「違法の重大性」の判断要素であるか、「排除相当性」の判断要素 であるかが必ずしも明らかではなかった。しかし、第二章で検討したように、最決平 成21年9月28日(刑集63巻7号868頁)は嫌疑の十分性、捜査手段の必要性、法潜 脱の意図を「違法の重大性」の要素、証拠の重要性を「相当性」の要素とすることを 明示したのである。

ところで、最高裁が考慮している主観的要素である「法潜脱の意図」とは何かが「違 法の重大性」との関係で問題となる。「法潜脱の意図」の内容に関する判例の理解に ついて、ⓐ判例は法潜脱の意図の内容を違法行為を行う故意であると考えているとみ る見解1と、ⓑ違法行為に計画性が認められる場合など悪質な目的であると考えている とみる見解2がある。この2つの見解の違いは、違法行為時に故意は存在するが、その

1 河村博「違法収集証拠をめぐって」『河上和雄先生古稀祝賀論文集』(2003年)361‐362 頁は、故意と過失とでは違法性に違いがあることを指摘された上で、法潜脱の意図の内 容について、「そのような許されないものと知りつつ、法令を無視し、むしろその制限を 潜脱する意図であえてそのような行為に出」る意思と解されている。

2 渡辺修『刑事裁判と防御』(1998年)230頁は、判例のいう法潜脱の意図について、「違 法捜査の故意ではなくて、悪意・害意などの悪質な意図までなければ令状主義潜脱の意 思を読みとらない。」と指摘される。また、川出敏裕「最近における覚せい剤事件無罪判 決の検討(上)」ジュリ 1060号(1995年)40頁も同旨(もっとも、川出教授は、最高 裁が法潜脱の意図の内容をどのように解しているかは「必ずしもはっきりしない」とさ

76

違法行為が偶発的なものであった場合に、「法潜脱の意図」を認めるか否かにある(ⓐ

説ならばその存在が認められるが、ⓑ説ならばその存在は否定される。)。この点に ついて、川出教授は「警察官による令状主義潜脱の意図の存在を否定した昭和63年決 定においてもその理由が述べられていないため、その内容が必ずしもはっきりしない」

が、下級審においては「令状主義を潜脱する意図を否定し証拠能力を肯定した事例を みると、その理由として、警察官が違法な身柄拘束を行うにいたったそもそものきっ かけ、あるいは動機が、被告人から採尿を行うことではなかったことを挙げるものが いくつか見られる」ことを指摘される3。このことは下級審裁判例のみならず、最高裁 判例にもあてはまるのではなかろうか。すなわち、昭和53年判決では捜査官は被告人 の明確な承諾が存在しないにもかかわらず被告人のポケットに手を入れており、昭和 61年判決では被告人の明確な承諾が存在しないにもかかわらず被告人宅に立ち入って いる。いずれの事案においても、捜査官には、少なくとも、当該行為の違法性につい てその認識(可能性)を認めることができ4、そのような認識があるにもかかわらずあ えて違法行為に出たのであるから、違法行為の故意を認めることができると思われる。

そして、最高裁は捜査官に違法行為の故意が存在するにもかかわらず、「もとより」

あるいは「当初から」意図が存在しなかったことを理由に「法潜脱の意図」の存在を 否定しているのである。したがって、下級審裁判例のみならず最高裁判例も「法潜脱 の意図」の内容をⓑ説のように解しているといえるのではなかろうか。

そして、最高裁が「法潜脱の意図」を「違法の重大性」の要素であると考えている とすれば、少なくとも理論的には、かかる要素を違法加重の方向で考慮することがで きることになる(それがまさに平成15年決定の判断であると考えられる。)。ところ が、最高裁が「法潜脱の意図」を悪質な目的と解する真意は排除範囲を限定し、最終 的には有罪判決を確保することにあると考えられる。主観的要素には認識的側面と意 欲的側面があるところ、目的等の意欲的側面の充足まで求めた方が、それが存在した

れる。)。

3 川出同上。

4 たとえば、笠井教授は、「判例に挙がってきている事例などを見れば、法執行機関がその 違法性を重大だと十分に自覚しているとはいえないケースが多」く、「最後まで法執行機 関にその重大性が自覚されないということもあり得る」ことを指摘される(田口守一ほ か「座談会・排除法則の現状と展望」現刑5巻11号(2003年)10頁〔笠井治発言〕)

が、この指摘は、捜査官に当該行為の違法性の認識が存在することを前提とするもので あると思われる。

77

ことの立証は困難となるからである。さらに、実際に証拠排除した判例が 1 件しか存 在していないこと、証拠排除した判例も結局、別の証拠で被告人を有罪としているこ とも、上記のような最高裁の意図を裏付けるものであるといえよう。

このように排除判断にとって重要な要素である「法潜脱の意図」について、これま でわが国では詳細に検討してこなかったといえる。最高裁は「違法の重大性」を権利 侵害性の観点から判断しているとみる見解が有力である5ところ、「法潜脱の意図」は 権利侵害性の観点とは無関係であること、また、その認定が困難であること等を理由 に客観的要素に対し従たる要素と位置づけられてきたことがその理由である。しかし、

主観的要素の認定の困難性は排除法則に固有の問題ではない。また、最高裁は「違法 の重大性」を権利侵害性の観点のみではなく、法規逸脱性の観点も考慮して判 断して いることを明言しているところ、法規逸脱性の観点からは主観的要素が重要な判断要 素である。

他方で、アメリカ・イギリスにおいても、違法判断および排除判断を行うのに際し 主観的要素は重要な要素であるとされてきた。アメリカ・イギリスでは主観的要素の 内容を違法性の認識とする判例と、悪質な目的とする判例が存在するが、いかなる場 合に「認識」あるいは「目的」としているのかを検討することは、わが国における「法 潜脱の意図」の内容を検討する際に参考となると考えられる。そこで、本章ではアメ リカ・イギリスの議論を参考にしながら、「法潜脱の意図」の内容を根拠論や違法論 等から多角的に検討することとする。

2.アメリカにおける主観的要素の内容

⑴客観的要素のみで判断される類型

5 最高裁は捜査官の行為の違法性を権利侵害の有無で判断しているところ、「違法」の有無 の判断で考慮された要素がほぼそのまま「違法の重大性」判断の要素とされていること から、少なくとも、第一義的には「違法の重大性」は権利侵害性の見地から判断されて いると理解されてきた(たとえば、石井一正「違法収集証拠排除の基準」判タ577号(1986 年)15頁を参照。)。

78

アメリカ連邦最高裁は、違法性判断について、原則として客観的要素だけではなく、

捜査官の主観的要素を考慮して判断するという態度を採っている。しかし、客観的要 素のみによってそれを判断する判例も存在する。たとえば、Title Ⅲ of the Omnibus Crime Control and Safe Streets Act of 1968は、傍受する通信を最小限度にしなければな らない旨を規定しているところ、捜査機関は被告人が麻薬の輸入・頒布の共謀のため に用いている電話に対する通信傍受許可状を裁判所から発付され当該令状を執行した が、傍受の結果それに関係する通話内容は全体の40%ほどであったという事案である

Scott判決6において、連邦最高裁は、傍受行為を行った本件捜査官は権限の与えられて

いない証拠の獲得行為を最小限度化しなければならないとする制定法の規定を遵守す る「善意の取り組みを欠いている」から、本件捜査官の傍受行為によって獲得された 証拠は排除されなければならないという被告人側に主張に対し、「主観的意図それだ けでは、・・・別の理由で適法とされた行為を違法あるいは違憲としないのである。」

と判示した7。また、合衆国法典第19篇1581条a項は、税務署職員が船舶内の積荷目 録や他の文書を調査するため、税務署職員に合衆国内のあらゆる場所で、いつでも、

その船舶に立ち入ることができる旨を規定しているところ、税務署職員が搭乗した船 が被告人の船の脇を通過したとき、被告人らの態度が不自然だったことから、被告人 の船に積載されている積荷目録の調査を求め、調査をしていた最中、マリファナを焦 がすにおいに気付き、開かれたハッチ越しにマリファナを発見したという事案である

Villamonte-Marquez 判決8において、連邦最高裁は、税務署職員の隠れた動機がその調

査行為の法的正当性を否定するという被告人側の主張を退け、「税務署職員は州警察 署の捜査官らによって呼ばれ、航路上に存在する船はマリファナを運んでいると考え られるという情報提供者からの情報に従った」という理由で、別の根拠によって適法 された税務署職員による船の無令状の立ち入りは違法とされないのであると判示した

9。さらに、以前、被告人の雇主の許可を得て検索行為を行った捜査官が、被告人に対 して与えられている自動車の運転許可状に期間が定められていることを認識していた ところ、数日後に自動車を運転している被告人を目撃したため、許可期間を徒過して

6 Scott v. United States, 436 U.S. 128 (1978).

7 Id., at 138.

8 United States v. Villamonte-Marquez, 462 U.S. 579 (1983).

9 Id., at 584 n.3.

ドキュメント内 博士論文要旨 (ページ 79-104)