1.主観的要素と客観的要素の関係
⑴主観的要素の考慮類型
本章では、捜査類型ごとに下級審裁判例が提示した「違法の重大性」に関する具体 的な基準を検討するとともに、その中における主観的要素の位置づけを検討する。ま ず、下級審裁判例が主観的要素と客観的要素の関係をどのように解しているかについ て検討したい。
前章において検討したとおり、法潜脱の意図の内容に関する判例の理解について、
ⓐ判例は法潜脱の意図の内容を違法行為を行う故意であると考えているとみる見解と、
ⓑ悪質な目的であると考えているとみる見解があり、この 2 つの見解の違いは偶発的 な違法行為が行われ、違法行為時に故意が存在する場合、法潜脱の意図を認めるか否 かにある。
そして本稿が依拠する規範的抑止効説からは、上述のような内容をもつ「法潜脱の 意図」が「違法の重大性」を判断する重要な要素であるといえる。しかしながら、下 級審裁判例には、必ずしも「法潜脱の意図」の存在・不存在を認定せずに、「違法の 重大性」を判断するものも存在する。
下級審裁判例が「法潜脱の意図」の存在・不存在を認定する事実として挙げたもの を検討すると、その存在を認定する事実として、偶然を装って証拠を獲得したこと1、 手持ちの資料では令状請求ができないと認識していたこと2、令状請求の意思がなかっ たこと3、虚偽の供述調書を捏造したこと4を挙げるものが存在する一方で、その不存在 を認定する事実として、長時間にわたって説得をしたこと5、所持品検査の説得を継続
1 大阪地判平成18年6月29日(刑弁49号213頁)。
2 福岡地判平成13年2月9日(無罪事例集 7集100頁)。
3 福岡高判平成6年10月5日(判時1520号145頁)。
4 福岡高判平成7年8月30日(判時1551号44頁)。
5 東京高判平成13年1月25日(高刑速平13号52頁)。
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する中勢い余って違法行為に及んだこと6、任意捜査として被告人の同意を求めている こと7、数回にわたる被告人の排泄の申出のすべてに応じていること8、捜査官らが令状 請求の準備をしていたこと9、令状を獲得する時間的余裕がなかったこと10、有形力の 行使の程度が肩に手をかけ退去を思いとどまらせたにすぎないこと11を挙げるものが 存在する。その他、捜査過程全体(たとえば、当該事件においてどの程度の嫌疑が存 在し、どの程度の有形力を行使したのか等。)をみて「法潜脱の意図」の存在・不存 在を認定するもの12もある。
「法潜脱の意図」の存在・不存在を認定する上記の事実は、その多くが違法行為の 客観的側面を認定する事実と共通するのである。それゆえ、一見すると「違法の重大 性」の判断に際し「法潜脱の意図」を考慮していないようにみえる裁判例も、嫌疑の 程度、有形力行使の程度等を考慮して「違法の重大性」を判断しているのであるから、
結局黙示的に「法潜脱の意図」を考慮しているということができよう。
しかしながら、必ずしも客観的違法要素の存在・不存在から「法潜脱の意図」の存 在・不存在を推定することができない場合も存在する。そこで以下では、①客観的違 法は軽微であり、主観的要素を加味して重大な違法となる場合、②客観的違法が重大 であり、主観的要素を考慮しなくとも重大な違法となる場合、③客観的違法は重大で あるが、主観的要素を考慮することにより重大性が否定される場合に分けて、違法の
6 名古屋高金沢支部判昭和 56年3月12日(判時1026号140頁)、大阪高判昭和61年5 月30日(判時1215号143頁)、東京地判平成9年4月30日(判タ962号282頁)。
7 大阪高判平成5年12月21日(判タ843号293頁)。
8 仙台高判平成20年1月31日(高刑速平20号293頁)。ただし、仙台高裁は「法潜脱の 意図」を認定するにあたって、この他に捜査官らが令状請求の準備をしていた事実も挙 げている。
9 広島高松江支部判平成 6年4月18日(判時1519号153頁)、東京地判平成21年1月 20日(判タ1314号311頁)、東京地判平成23年2月17日(公刊物未登載、LEX/DB 25481006)。
10 東京地判昭和63年2月2日(判時1299号148頁)。
11 広島高判平成8年4月16日(判時1587号151頁)。ただし、広島高裁は「法潜脱の意 図」を認定するにあたって、この他に捜査官らが令状請求の準備をしていた事実も挙げ ている。
12 東京高判昭和56年9月29日(判タ455号155頁)、大阪地判昭和 61年5月8日(判 時1219号143頁)、東京地判平成4年9月3日(判時1453号173頁)、福岡高判平成 5年3月8日(判タ834号275頁)、広島高判平成 7年8月29日(高刑集48巻2号166 頁)、松山地判平成9年7月3日(判時1632号159頁)、横浜地判平成13年12月3日
(無罪事例集8集174頁)、福岡高判平成 24年5月16日(法セ693号144頁)。なお、
横浜地判平成13年12月3日は、「法潜脱の意図」の存在を認め、その内容を、少年保 護の目的ではなく、尿を獲得する意図としている。
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客観的要素と主観的要素との関係を明らかにしてみたい。
(a)客観的違法は軽微であるが、主観的要素も加味すれば重大な違法となるとす る裁判例
この類型に属する裁判例として、大阪地判平成18 年6月29日(刑弁49 号213頁)
がある。本件の事件概要は以下のとおりである。被告人が、駐車中の原動機付自転車 のガソリンタンクの鍵穴に電気ドリルを当てこれを作動させ、鍵穴に傷を付けたとこ ろ、これを目撃した者が、警察に通報し、これによってかけつけた警察官が、器物損 壊、窃盗未遂の嫌疑で被告人に対して職務質問を行った。
そして、パトカーの中で事情を聞くために同行を促し(被告人が同行を拒否するこ とはなかった。)、パトカーへ移動する途中で、被告人のズボンのふくらみに気づい た警察官が中を見せるように求めたが、被告人はこれを拒否した。そこで、警察官が ポケットの外側からつかんで中身を外に落下させたところ、たばこ 2 箱がポケットか ら落ち(検察官は、ポケットの外側から触れただけであると主張したが、裁判所は、
警察官が意図的に落としたことを認定した。)、その中から覚せい剤が発見され、被 告人は覚せい剤所持罪で、現行犯逮捕された。そして、覚せい剤を所持していた者に 対しては、通常、自己使用についても疑いが生じることから、警察官が尿の任意提出 を求めたが、被告人はこれに応じなかった。そのため、強制採尿令状の発付を受けて 尿を採取したところ、覚せい剤成分が検出された。
そこで、被告人は、覚せい剤所持と自己使用の 2 つの公訴事実で起訴され、所持品 検査の適法性、それによって発見された覚せい剤の証拠能力、この覚せい剤を疎明資 料として発付された令状による強制採尿によって得られた尿の鑑定書の証拠能力(自 己使用罪)が争われた。
本決定は、所持品検査について、職務質問の段階では「器物損壊ないし窃盗未遂と いう必ずしも重大とはいえない事案」の嫌疑しかなく、「凶器を隠し持つことを疑わ せる事情はない」ため、「着衣の外側から手を触れ、形状を確認する限度」での所持 品検査しか許されないところ、「殊更ポケットの内容物を押し出す意図で、下からつ かみ触ることは、所持品検査として承諾なく許される着衣外部からの接触を装って、
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ポケットの内容物を取り出すのと同じ効果を狙ったものといえ、プライバシー侵害の 程度において実質的にポケットに手を差し入れる行為と変わるところはなく、捜索に 類する行為であって、所持品検査の限界を超え、違法なものである」とした。
覚せい剤の証拠能力については本件所持品検査が違法であること、「ポケットに手 を入れるなどの一見して違法な方法ではなく、同一の効果をもたらすが、偶然落下し たとして適法性を装いやすい、意図的にポケットの内容物を落下させるという方法を 採った」という事実から捜査官の「令状主義潜脱の意図」の存在が認められることを 理由に、本件所持品検査の違法は「令状主義を没却するような重大なものであり、こ れによって得られた本件覚せい剤を証拠として許容することは、将来における違法捜 査抑制の見地からしても相当でないと認められるから、証拠能力を否定すべきである」
とし、所持について無罪を言い渡した。
本決定が示した「捜索に類する行為」とは、最判昭和 53 年9 月7 日(刑集 32巻 6 号 672 頁)によって用いられた言い方であり、警察官が被告人のポケットに手を入れ るような態様の所持品検査が、すべて「捜索」として違法となることを回避するため に用いられたものと理解されている13。そして、最決昭和51年3月16日(刑集30巻 2号187頁)は、「強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、
個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現す る行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する」
と判示しており、本決定について、学説からは、捜査官の行為が強制処分にあたるか 否かを「権利・利益の制約の有無」を基準に判断すると判示した判例であるとみる有 力な見解14がある。とすると、判例は「捜索」にあたるか否かを権利侵害の程度で判断 していることになるが、権利が侵害されたか否かは客観的に決まるものであるので、
そこでは捜査官の意図は考慮されないことになる。このことは、判例が「法潜脱の意 図」を違法性の判断では考慮せず、「違法の重大性」の判断でのみ考慮していること からも明らかであろう。
13 岡次郎『最高裁判所判例解説 刑事篇 昭和53年度』396頁は、最判昭和53年9月7 日について、「本判決は、具体的状況のいかんによっては、本件のような態様の所持品 検査の許容される場合のあることを前提としている」と解説されており、本判決が取り 出し型の所持品検査を一般的に違法とみる趣旨ではないとされている。
14 井上正仁「強制処分と任意処分の限界」別ジュリ 174号(刑事訴訟法判例百選[第8判]、
2005年)5頁。なお、大澤裕「強制処分と任意処分の限界」別ジュリ 203号(刑事訴訟 法判例百選[第9判]、2010年)5頁も同旨。