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「排除相当性」と事件の重大性 1.日本における事件の重大性の考慮

ドキュメント内 博士論文要旨 (ページ 193-200)

⑴「排除相当性」と事件の重大性

最高裁が証拠排除の有無を判断する際に明示的に考慮してきた要素は、その捜査手 段を用いる必要性の強弱、有形力行使の程度、被告人の承諾の有無、捜査官の法潜脱 の意図の有無、違法手続との因果関係の有無、証拠の重要性であり、事件の重大性は 明示的には考慮されていない1。しかし、最高裁はこれを黙示的に考慮しているとみる 見解が一般的である。

最高裁は「証拠の重要性その他諸般の事情」を「排除相当性」において考慮してい るが、この「諸般の事情」に事件の重大性が含まれているとみる見解がそれである2。 この見解には次の 2 通りの見方が含まれていると考えられる。1 つの見方は、㋐「排 除相当性」とは政策的な排除基準であると考えた上で、事件の重大性を証拠の重要性 と同様の政策的な要素と考えるものである。この見方は、「排除相当性」にいう抑止 効は処罰確保の必要性との衡量によって決定されるものであるという前提がある3。も

1 もっとも、下級審裁判例の中には事件の重大性を明示的に考慮したものもある。たとえ ば、大阪高判平成4年1月30日(高刑集45巻10号1頁)は、薬物使用の嫌疑が希薄 であった被告人に対し任意同行を求めず、いきなりパトカーに乗せて警察署に連行した 上で、尿を採取したという一連の捜査機関の行為を無令状の逮捕に比すべき重大な違法 であるとして、尿の証拠能力を否定したが、当該尿を疎明資料として発付された逮捕令 状に基づいた逮捕過程において偶然発見された覚せい剤の証拠能力は、「第1次証拠の 証拠収集の違法の程度、第2次証拠入手との関連性、第2次証拠の重要性、事件の重大 性、捜査機関の意図等と総合的に判断して決すべきである」とした上で、覚せい剤の発 見は偶然発見されたものであり関連性の程度は低いこと、覚せい剤が証拠として重要性 であること、覚せい剤の所持・使用は重い犯罪あることを理由としてその証拠能力を肯 定した。また、自白の証拠能力が争われた事件であるが、殺人事件という事件の重大性 を考慮しても、捜査手段の違法が重大であることを理由に証拠排除した裁判例として、

東京地判昭和56年11月18日(判タ457号69頁)がある。

2 たとえば、大澤裕・杉田宗久「対話で学ぶ刑訴法判例 違法収集証拠の排除」法教 328 号(2008年)82頁〔杉田宗久発言〕、同〔大澤裕発言〕。

3 その前提とは以下のものである。すなわち、最高裁は、「排除相当性」の判断要素として 証拠の重要性を挙げ、排除否定の方向で考慮しているが、証拠が重要であれば、捜査機 関は違法行為をしてでも証拠獲得行為に走ると考えられるので、抑止効の見地からは、

排除肯定の方向で考慮すべきであることになる。にもかかわらず、最高裁は排除否定の 方向で考慮しているのだから、「排除相当性」にいう抑止効とは、処罰確保の必要性と の衡量によって判断されるものであり、抑止効の有無のみでは判断されないという前提

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う 1 つの見方は、第六章でも検討したとおり、㋑「排除相当性」を、その違法行為に 対する非難の程度を問題とする排除基準であると解する見方である。この見方からは 事件が重大であるのだから、ある程度違法行為をしてその証拠を得たとしても 強く非 難することはできないと考えることになる4。そして、この見方からは、排除が「相当」

か否かは政策的な問題ではなく、規範的な問題であると解することになる。

⑵事件の重大性の内容

そして、「排除相当性」の内容によっては、何をもって「事件」を「重大」と判断 することになるかが変わってくるのである。その内容は法定刑の軽重によって判断さ れることは間違いないが、それに再犯可能性のような政策的な判断も含めることがで きるかが問題となるのである。

この点、最高裁で証拠排除の有無が争われた事案はすべて覚せい剤自所持・自己使 用罪であるところ、金教授によれば、下級審裁判例は覚せい剤自己使用罪を、他の犯 罪と異なりその使用量の大小にかかわらず重大な犯罪であると位置づけているとされ ており5、このような取扱いがなされている理由の 1つとして、薬物犯罪の再犯率の高

である。

4 もっとも、事件の重大性は「違法の重大性」の判断要素であ ると考える余地もある。た とえば、最判昭和55年10月23日(刑集34巻5号500頁)は、強制採尿の適法性に ついて、「被疑事件の重大性、嫌疑の存在、当該証拠の重要性とその取得の必要性、適 当な代替手段の不存在等の事情に照らし、犯罪の捜査上真にやむをえないと認められる 場合には、最終手段として、適切な法律上の手続を経てこれを行うことも許され」ると して、違法性判断の要素に事件の重大性を含めている。違法の有無の判断に事件の重大 性が考慮されているのであれば、その程度(その違法が重大か)の判断に事件の重大性 が考慮されているとみる方が素直であるともいえよう。しかし、強制採尿は強制処分で あり、しかも、かかる強制採尿は権利侵害の程度が高く、仮に令状があっても許されな いとの理解もあったのであるから、「適切な法律上の手続」を欠いた場合、すなわち、

無令状で強制採尿を行った場合には「重大な違法」にあたることを前提に、「排除相当 性」の要素として証拠の重要性や事件の重大性を考慮したと考えることができると思わ れる。また、実質的にも、事件の重大性が「違法の重大性」の要素であるということに なると、すべての要素が「違法の重大性」の要素となりかねず、結 果、相対的排除説を 無益な学説に変えてしまうことになってしまうであろう。

5 金尚均『ドラッグの刑事規制』(2009年)174頁は、「麻薬犯罪は、営利目的での輸出入 並びに交付だけでなく、個人使用も含めて重大犯罪と見られ、可罰性の限界づけそのも のは法益に対する危険結果の程度にはよらない。ここでは構成要件該当行為のみで可罰 性が判断されている。そうでなければ、初犯については懲役 1年6月、執行猶予3年と いうほぼ一律の量刑相場が形成されることはないのではなかろうか。」とされる。

191 さを挙げられる6

他方で、判例・裁判例には、違法行為により直接獲得された証拠は排除するものの、

派生証拠は排除せず、最終的に被告人を有罪とするもの7が存在するが、そこでは犯人 処罰の必要性を考慮した政策的な配慮が働いていると考えることもできる。もしこの ように考えることができるのであれば、証拠排除の判断に際し、「薬物犯罪は再犯率 が高く、特に前科のある薬物依存者はなお繰り返し使用しているのだから、特別予防 の観点から有罪判決を確保する方が望ましい」という政策的配慮が働くと解すること も不可能ではなかろう8。そうすると、「事件の重大性」の内容は単に法定刑の軽重だ けでなく、再犯可能性も考慮されていると考えることになろう。そして、「排除相当 性」を政策的な要件と考える㋐の見方からは、上述のような政策的配慮も働くと考え る余地はあることになろう(もっとも、「排除相当性」にいう抑止効を処罰の必要性 との衡量によって決定されるものと解することができるかは別の問題である。)。こ れに対し、「排除相当性」はその行為が非難できるか否かを判断する排除基準である とする㋑の見方からは、「排除相当性」は政策的な基準ではないことから、その内容 は法定刑の軽重ということになろう(その他の相違点として、㋐の見方からは起訴時 の犯罪を基準に重大性を判断することになり、㋑の見方からは捜査時の犯罪を基準に 判断することになる9。)。

6 金同上257-258頁は、「薬物問題の特徴は、その費消行為による依存症の発症である。

薬物乱用は日本において戦後一貫してあり続けてきた・・・が、今もなお解決せずに常 に問題であり続けており、未だその解決が切実な課題となっている。未だ解決していな いということは、薬物事犯における再犯がきわめて多いことと、再犯までの期間が短い ことに如実に表されている。しかし、このような傾向が薬物使用に対する法的規制が弱 かったことによるとは思われない。逆に法的規制としては、薬物使用犯とこれに関連す る譲受や所持犯を重大犯罪と見なして厳罰でもって対応してきた と言える。」とされる。

7 たとえば、最決平成15年2月14日(刑集 57巻2号121頁)、東京高判平成14年9月 4日(判時1808号144頁)等。

8 最高裁判例・下級審裁判例には、被疑者に薬物使用の前科が存在したことを認定するも のがあり、これらの判例・裁判例は前科の存在を当該事件における被疑者の薬物使用の 嫌疑を肯定する事情としている。もっとも、前科の存在は嫌疑を肯定する事情となるだ けではなく、当該証拠を排除するか否かの政策判断に際しても考慮されると思われる。

なぜなら、「なお繰り返し使用しているのだから、特別予防の観点から有罪判決を確保 する」必要性が高まると考えられるからである。したがって、これらの判例・裁判例が 前科の存在を排除判断において考慮していると考えることもできるであろう。

9 証拠排除の有無が問題となったすべての判例において、被告人は覚せい剤自己使用罪の 嫌疑で捜査されていたので、この観点から直ちに最高裁が㋐、㋑のいずれの見方に立つ ものかは明らかではない。なお、アメリカにおいてもこの点は議論されている。See, Jeffrey Bellin, Crime-Severity Distinctions and the Fourth Amendment :Reassessing Reasonableness in Changing World , 97 Iowa L. Rev. 1 (2011), at 23.

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