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証拠排除の基準たる「排除相当性」

ドキュメント内 博士論文要旨 (ページ 141-171)

1.証拠排除の基準たる「排除相当性」

第一章で検討したとおり、わが国の最高裁は、昭和 53年判決において、排除法則の 採用を認めたものの、違法手続の存在のみでは証拠排除せず、証拠排除するか否かは、

令状主義の精神を没却する程度の「違法の重大性」、抑止効の見地からの「排除相当 性」という 2 つの要件で判断する旨を判示した。そして、最高裁は「違法」の重大性 と「違法」とは別個の基準たる「排除相当性」を検討することによって証拠排除の有 無を判断しているので、いわゆる相対的排除説に立っていると理解されている1

相対的排除説とは井上教授が主張された見解であるが、その内容は 手続に違法が存 在してもそれだけでは即排除の判断をせず、それ以外の要素、たとえば、事件の重大 性や証拠の重要性を総合的に衡量して証拠排除するか否かの判断をするというもので ある。この見解は一般的に、手続の違法の有無のみによって証拠排除するか否か判断 する見解であるいわゆる絶対的排除説と対立するものと位置づけられている。そうす ると、両見解の差は「違法」以外の要素を考慮するか否かにあるということになり、

判例は相対的排除説を採用しているとみる立場からは「排除相当性」という基準が極 めて重要な基準であることになる。

ところで、上述のように最高裁による証拠排除の判断は、「違法の重大性」と「排 除相当性」という2つの基準によってなされているところ、最高裁は「違法の重大性」

を否定すると同時に「排除相当性」も否定してきたこと2から、いわゆる重畳説的な理 解が有力とされ、「排除相当性」は付随的ないし無意味なものと位置づけられてきた3

1 たとえば、正木祐史「配達途中の荷物のエックス線検査」法セ 660号(2009年)128 頁は、「違法収集証拠の排除基準については、判例は、いわゆる相対的排除論をとると される。」とされる。

2 たとえば、最判昭和 61年4月25日(刑集40巻3号215頁)、最決昭和63年9月16 日(刑集42巻7号1051頁)、最決平成6年9月16日(刑集48巻6号420頁)、最決 平成7年5月30日(刑集49巻5号703頁)。

3 田宮裕『刑事訴訟法(新版)』(1996年)403頁は、「排除相当性」について、「排除が必 要であり妥当(有効)だということであるが、もし、その『必要』を強調するなら、違 法が重大である以上、排除の必要は当然肯定されるので、ほとんど同義反復以上の意味 をもちえない」とされる。

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その結果、「排除相当性」の内容はあまり議論されてこなかったのである。しかし、

最決平成21年9月28日(刑集63巻7号868頁)は覚せい剤譲受けの嫌疑が高かった こと、X 線検査を用いる実質的必要性があったこと、宅配便業者の同意を得ているこ と等の事情から令状主義を潜脱する意図があったとはいえず、捜索差押許可状はX線 検査の結果以外の証拠も資料とされていることを理由に、「本件覚せい剤等は、本件 X 線検査と上記の関連性を有するとしても、その収集過程に重大な違法があるとまで はいえず、その他、これらの証拠の重要性等諸般の事情を総合すると、その証拠能力 を肯定することができると解するのが相当である。」と判示し、嫌疑の十分性、捜査 手段の必要性、法潜脱の意図を「違法の重大性」の判断要素、証拠の重要性を「相当 性」の判断要素とすることを明示したのである4。もっとも、このような判断は既に平 成15年決定においてなされており、そこでは因果性が「排除相当性」の判断要素であ ることが示されていた5。それゆえ、最高裁は、少なくとも、証拠の重要性および因果 性を「排除相当性」の判断要素と考えているといってよいと思われる。

そして、上述のとおり、平成21年決定は証拠が重要であることを理由に、証拠排除 は「不相当」であると判断した。しかし、最高裁がいう「排除相当性」とは抑止効の 見地から導かれるものであり、抑止効の見地からは、むしろ、証拠が重要であれば、

より違法行為の誘因が強くなると考えられることから、証拠排除することが「相当」

であるということになると考えられるのである。それゆえ、証拠が重要であると「排 除不相当」となる別の理由を検討しなければならない。

他方で、従来、排除法則の母法といえるアメリカでは違法則排除の絶対的排除説が 採用されていると理解されてきた。それゆえ、いわゆる「善意の例外」などはその例 外にあたるとされてきたのである。しかし、近年、連邦最高裁は捜査官の行為が客観

4 笹倉宏紀「宅配便荷物のエックス線検査と検証許可状の要否」ジュリ 1398号(2010年)

210頁は、「本決定は、排除の相当性を否定する事情として、大津違法逮捕事件判決と同 様に、『証拠の重要性等諸般の事情』挙げる」 と指摘される。

5 なお、川出敏裕「いわゆる『毒樹の果実論』の意義と妥当範囲」『松尾浩也先生古稀祝賀 論文集(下)』(1998年)532頁も、平成15年判決の「本件の経緯全体を通して表れた このような捜査官の態度を総合的に考慮すれば、本件逮捕手続の違法の程度は、令状主 義の精神を潜脱し、没却するような重大のものであると評価されてもやむを得ないもの といわざるを得ない。そして、このような違法な逮捕に密接に関係する証拠を許容する ことは、将来における違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるから、その証 拠能力を否定すべきである。」という文言から、最高裁は因果関係を「排除相当性」の 要素とみているとされる。

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的に違憲であったというだけでは証拠排除せず、それが「有責」である場合にはじめ て証拠排除するという判断を示した。この判断について、違法則排除の判断枠組みを 維持した上で、例外とされる範囲を「善意」から「過失」に拡張したにすぎないとみ る学説・裁判例も存在するが、「有責性」を違法とは別個の排除基準であるとみる学 説・裁判例も存在するのである。したがって、「有責性」の内容を検討することは「排 除相当性」の内容を検討する上で有意義である。そして、アメリカでは排除法則の根 拠を違法行為の抑止に求めているところ、「排除相当性」は抑止効の見地から導かれ るものであることからも、アメリカ法を参考にする意義は大きいと思われる。

そこで、本章ではアメリカ法を参考に、わが国の最高裁が示した排除基準たる「排 除相当性」の内容を明らかにしたい。

2.アメリカにおける証拠排除基準たる「有責性」

連邦最高裁は Roberts長官に交代してから、Herring判決6とGant判決7という2つの 異なる判決を下した。前者はいわゆる「善意の例外」を拡大し、排除が否定される範 囲を善意から過失にまで広げるために、排除基準として「有責性」を要求し、捜査官 の行為が「有責」ではないとして証拠の排除を否定した判例である。後者は、捜査官 が判例法の一般的な解釈に善意に従い行った捜索に対し「善意の例外」が適用されず

(なお、当局は公判においてそれを主張していなかった。)、当該捜索によって獲得 された証拠が排除された判例である。ⓐGant判決はそれまで認められてきた「善意の 例外」を当該事件に適用しなかったこと、ⓑGant 判決が Herring 判決に言及していな いことから、この2つの判例は一見すると異なる排除基準を立てているように見える。

そこで、2つの判例が別の排除基準を立てているのかを検討してみたい。

⑴「善意の例外」の形成

6 Herring v. United States, 555 U.S. 135 (2009).

7 Arizona v. Gant, 556 U.S. 332 (2009).

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まず、両判決を検討する前提として善意の例外がいかに形成されてきたかを検討す る。

Herring 判決以 前に善意 の例外 の適 用を検討 し た連邦最高 裁判例 は Leon 判決8

Sheppard判決9、Krull判決10、Evanz判決11である。Leon判例はコカイン取引の嫌疑の ある被告人に対し、情報提供者から得た情報と捜査の結果を記した宣誓供述書をもと に、裁判官に捜索令状の発付を請求し、その発付を得て、捜索を行ったところコカイ ンが発見されたが、この捜索令状は「相当な理由」がないのに発付された無効なもの であったという事件である。Sheppard 判決は、捜査機関が宣誓供述書を作成し、捜索 令状を請求しようとしたが、当日は、たまたま休日で最寄の裁判所の職員が不在であ ったため、他の地区の治安判事によって発付された令状を執行し証拠物を発見したが、

令状には瑕疵が存在したという事件である。このような事案において、連邦最高裁は、

「排除法則は侵害された当事者の一身的な憲法上の権利というよりも、その抑止効に より一般的に修正 4 条の権利を保護することを意図した司法的に創設された救済策と して機能するのである。」として、排除法則の根拠を抑止効に置いた上で、「 本件の ように公平中立な治安判事によって発付された令状に対する合理的な信頼の下で行動 した捜査官が差押えた証拠を排除しても、抑止の目的に多少の貢献もないのである。」

と判示して12、善意の例外の適用を認めた。

Leon判決、Sheppard判決は令状は存在するが、瑕疵があった場合に善意の例外を適 用した判例であるが、その後の連邦最高裁は令状そのものが存在しない場合にも善意 の例外を適用し、その範囲を拡大した。Krull判決は、後に無効と判示された行政検査 法(この法律は自動車およびその部品を販売する者に対し売買に関する記録を調査す るためであれば、当局は無令状で捜索することができる旨を規定していた。)に善意 で従った廃車置場の捜索により獲得された証拠について、善意の例外の適用を認め、

当該証拠の証拠能力を認めた。また、Evanz 判決は、令状が取り消されたことを捜査 機関に報告することを怠った裁判所職員の瑕疵により、捜査官は令状が存在すると善 意で信頼し被告人を逮捕し、この逮捕に伴う捜索により発見されたマリファナについ

8 United States v. Leon, 468 U.S. 981 (1984).

9 Massachusetts v. Sheppard, 468 U.S. 981 (1984).

10 Illinois v. Krull, 480 U.S. 340 (1987).

11 Arizona v. Evanz, 514 U.S. 1 (1995).

12 Leon, supra note (8), at 906, 918-921.

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