前項における考察から,次のことが分かった:
• 任意の関数に対して逆関数が定まるわけではない.
• 逆関数が定まらない場合でも,定義域を制限した関数においては逆関数が定まる場合がある.
• 同じ式で定義される関数であっても,定義域の定め方次第で逆関数の式は異なる.
53例えば,三角関数の逆関数はこのようにして定められる.
さて,前項の議論においてf :X→Y の終域Y に関してはあえて言及していなかった. f の逆関数の 定義域が終域全体となるためには,当然fが全射である必要がある. したがって, f :X → Y が逆関数 g:Y →Xを持つためにはfが全単射でなければならない. 写像f :X →Y が全射かつ単射であると は,次を満たすことであった:
(※) いかなるy∈Y に対しても,f(xy) =yを満たすxy ∈Xが唯一つ存在する. ここで,あらためて逆写像の正確な定義を与えておこう:
定義 19.4.1. 写像f :X →Y が全単射であるとき,上の(※)をf は満たす. そこで,各y∈Y に対して 上のxy (つまりfに代入するとyになる定義域の元のこと)を対応させる写像g :Y → X (g(y) :=xy) をfの逆写像(inverse map)とよびf−1と書く.
注意. fが全単射でありf(x) =yならば,上のxy はxに相当し,f−1(y) =xである.
f の逆写像が定義できるのは,fが全単射のときに限る. この事実の確認は前項における議論で十分で
あるが, 命題19.4.4にて一般論として改めて述べよう. 以下, fの逆写像について論じる際は, fが全単
射であることを暗黙のうちに前提として話を進めていると考えよ.
いま,全単射f :X→Y の逆写像f−1が与えられているとし,x∈X,y=f(x)であるとしよう. この とき,記号f−1(y)には二つの異なる意味が与えられている. 一つは逆像のことであり,f−1({y})を略し た表記のことである. f は全単射であるから, これは一点からなるXの部分集合f−1(y) = {x}になる. もう一つの意味は,逆写像f−1 :Y →Xにyを代入した値のことである. この立場ではf−1(y)はXの 元xであり,部分集合ではない. 記号f−1(y)がどちらを意味しているかは文脈で判断しなければならな いが,一点集合かあるいは一点集合の元かの違いしかなく,実質的な数学を理解するうえでは支障がない ことが多い. これらの違いを厳密に区別する必要が生じるのは集合論においてのみである. 一方,部分集 合B ⊂Y においても同様に記号f−1(B)に二つの意味が与えられる. しかし,こちらは結果として同じ 集合を表すことになり,どちらの意味で解釈しても構わない(練習19.4.3).
例 19.4.2. (1) 写像f : R → Rをf(x) := ax+b (ただしa ̸= 0)と定めればf は全単射であり, f−1(y) = a1y−ab である.
(2) 写像f : [0,∞)→[0,∞)をf(x) =x2と定めればfは全単射であり,f−1(y) =√y.
(3) 写像f : (−∞,0]→[0,∞)をf(x) =x2と定めればfは全単射であり,f−1(y) =−√y.
初等解析学では,関数に代入する変数に文字xを用いることが多い. この慣習を踏襲すると逆関数に代 入する変数も文字xを用いることになる. 例えばf(x) =ax+bの逆関数はf−1(x) = 1ax−ab と書かれ る. この場合,f :X→Y の逆関数f−1 :Y →Xに代入するxはY の元である. つまり,集合Y の元を 表す文字にxを用いることになる. 変数xは必ずXの元であると勘違いしてはいけない.
練習 19.4.3. f :X→Y を全単射とし,B ⊂Y とする. 逆写像f−1のBによる像Iと,fのBによる逆 像Pが一致することを示せ(既に述べたように,I, P はいずれも記号f−1(B)で表される).
解答例: (I ⊂ P): i ∈ I とすれば, あるb ∈ Bを用いてi = f−1(b)と書ける. 逆写像の定義により f(i) =bである. iをfに代入するとBの元になるゆえ,Bによるfの逆像P にiは含まれる.
(P ⊂I): p∈Pとすれば,f(p) ∈Bである. このときp=f−1( f(p))
ゆえ, Bによるf−1の像Iにp は含まれる.
次は定義19.4.1の下にある注意をより詳しく述べたものであり,この事実を前提として,下の命題文に
現れる条件(1)と(2)を満たすgのことをfの逆写像と定義する流儀もある.
命題 19.4.4. f :X→Y が全単射であることと,次の性質(1), (2)を満たすg:Y →Xが存在すること は同値である. 更に,このgはfの逆写像に一致する.
(1) いかなるx∈Xについてもg◦f(x) =xが成り立つ(すなわちg◦f = idX).
(2) いかなるy∈f(X)についてもf ◦g(y) =yが成り立つ(すなわちf ◦g= idY).
Proof. まずfが全単射であると仮定し,g=f−1が性質(1)と(2)を満たすことを示そう. (1)を示すため にx∈Xを勝手に取る. y:=f(x)∈Y とおこう. 逆写像の定義よれば,g(y)とはfに代入するとyになる Xの唯一の元,すなわちxのことであり,ゆえにg(y) =xである. つまり,g◦f(x) =g((f(x)) =g(y) =x.
次に(2)を示すためにy ∈Y を勝手に取る. 逆写像の定義によれば, g(y)はfに代入するとyになる元 のことである. つまりf(g(y)) =y,すなわちf ◦g(y) =y.
次に条件(1)と(2)を満たすgが存在するとき,fが全単射であることを示そう. ここでは対偶をとり, fの単射性と全射性のいずれか一方でも欠けると(1)かつ(2)を満たすgが作れないことを導く. fが単 射でないとすると, あるy ∈ f(X)についてf(x1) =f(x2) = yを満たす二つの異なる元x1, x2 ∈Xが 存在する. 条件(1)を満たすgを定義しようとするとき,g(y)はx1と定めるべきだろうか,それともx2
と定めるべきだろうか. 前者を採用するとg◦f(x2) =g(f(x2)) =g(y) = x1となり, gは(1)を満たさ ない. 後者を採用してもg◦f(x1) = x2となり, やはり(1)が満たされない. もちろん,x1, x2以外の点 x3を採用してもg◦f(x1) = x3となり, やはり(1)は満たされない. すなわち, (1)を満たすようにgを 定めることは出来ないことが分かる. fが全射でない場合は, f に代入した値にはなり得ないy ∈ Y が 存在しており, このときg :Y → Xをどう定義するにしても条件(2)を満たすことはない. 何故なら, f◦g(y) =f(g(y)), つまりf ◦g(y)はf にg(y)を代入した値である. ゆえに, fに代入した値にはなり 得ない元yとf◦g(y)は異なり,f ◦g(y)̸=y.
最後に, (1)と(2)を満たす写像gがf−1に一致することを示そう. f−1も(1)と(2)を満たすこと は既に示している. とくに(2)より各y ∈ Y に対して, f ◦g(y) = y = f ◦f−1(y)となる. すなわち f(g(y)) = f(f−1(y))であり, fの単射性よりg(y) =f−1(y). つまり,いかなるY の元についても, gお よびf−1で写した値が等しいゆえg=f−1である.
上の証明の第二段落では,対偶をとらずに(1)と(2)から直接f の全単射性を示すこともできる(練習
19.4.7). また, そのほうが証明はエレガントである. にも関わらず,ここでは教育的配慮から対偶による
証明を採用した. 上の証明の第二段落は,全単射でない写像が逆写像(すなわち(1)と(2)を満たす写像) を持たない理由の具体的な説明になっている.
備考19.4.5. f :X→Xが全単射であることの必要十分条件は,f◦g= idX =g◦fを満たすg:X →X が存在することと同値である. これは,Aが可逆であることの定義(すなわちAB=E =BAを満たすB が存在すること)の写像の言葉による言い換えに相当する.
練習 19.4.6. 全単射hについて次を示せ.
(i) h−1も全単射である. (ii) (h−1)−1 =h.
解答例: f =h−1,g=hとして命題19.4.4を適用すればよい. gは(1)および(2)を満たすゆえf =h−1 は全単射である. また,gはfの逆写像であるからg=f−1 = (h−1)−1. すなわちh= (h−1)−1.
練習 19.4.7 (発展). 命題19.4.4の(1)および(2)を満たすgが存在するならばfが全単射となることを 直接証明せよ.
Proof. 単射性: f(x1) =f(x2)とすれば, これらをgに代入し, g(f(x1)) =g(f(x2))を得る. これと(1) を合わせればx1 =g◦f(x1) =g(f(x1)) =g(f(x2)) =g◦f(x2) =x2. つまりx1=x2.
全射性: 各y ∈Y に対して,x=g(y)とおくと, (2)よりy =f ◦g(y) =f(g(y)) =f(x). すなわち,f に代入するとyとなる元x∈Xが存在する.
グラフの対称性についても述べておこう. A, B⊂Rおよび関数f :A→Bに対して,次で与えられる R2の部分集合をf のグラフという:
Γf :={(x, f(x))|x∈A}.
命題 19.4.8 (発展). X, Y をRの部分集合,f :X →Y を全単射とし,更に関数y=xが表すR2の対角 線をLとする. このとき,fのグラフとf−1のグラフは,直線Lを軸に線対称である.
Proof. 直線Lを軸に点(x, y)∈R2と対称な点は(y, x) ∈R2である. したがって,次の同値性を示せば よい:
(x, y)∈Γf ⇐⇒ (y, x)∈Γf−1.
(⇒)を示すために(x, y)∈Γfを取れば,y=f(x)である. ゆえにf−1(y) =xであり(y, x) = (y, f−1(y)) はf−1のグラフ上の点である. したがって(y, x)∈Γf−1.
いま全単射h :Y → Xに関する命題「(b, a) ∈Γh =⇒ (a, b) ∈Γh−1」を示したと言ってもよい. こ の命題にh=f−1, (b, a) = (y, x)を適用することで,「(y, x)∈Γf−1 =⇒ (x, y)∈Γf」を得る.
関数f :R→Rのグラフ上の点(α, f(α))における接線ℓを表す関数がg(x) =ax+bで与えられてい るとき,逆関数f−1のグラフ上の点(f(α), α)の接線ℓ′は,直線Lを軸にℓと線対称である. このとき直 線ℓ′の式はg−1で表される. 例19.4.2によればg−1の式はg−1(x) = 1ax−ab であり,ゆえにℓ′の傾きは 1/aとなる. このことから点β =f(α)における逆関数の微分公式(f−1)′(β) = f′1(α)が示唆される.
以降で学ぶこと
TAが全単射であることとAが可逆行列になることは同値になる. このとき,その逆写像はTA−1 で与
えられる(命題21.3.3). とくに,Aが正方行列でなければTAは全単射でない. この事実を道具立てを何
もせずに示すことは意外に難しい:
練習 19.4.9. TA:Rn→Rmが全単射ならば(m, n)-行列Aは正方行列であることを示せ. 解答例: n≤mおよびn≥mを別々に示そう.
TAの単射性よりTA(x) = 0を満たすx∈ Rnはx =0に限る. すなわち, 方程式Ax= 0は唯一解 x=0を持つ. したがって命題6.2.1(3)よりrankA=nであり,これと式(6.1.1) rankA≤mを合わせ てn≤mを得る.
各ei ∈Rm (i= 1,· · · , m)に対して,TAの全射性よりAxi =eiを満たすxi ∈Rnが存在する. ここ でx1,· · · ,xmの線形独立性が示されれば,m≤nであることが導かれる. 何故なら,仮にm > nとすれ ば命題17.3.5よりx1,· · · ,xm ∈Rnは線形従属でなければならない. x1,· · · ,xm ∈Rnの線形独立性に ついては各自で確かめよ(命題20.1.7(3)).