図形X (例えばXをR2の部分集合とすればよい)を定義域とする実数値連続関数全体のなす集合
をC(X)と書けば,C(X)も例15.2.6と同様にして線形空間となる.
(2) 実は, 関数のなす空間を線形空間とみなすために, 関数を連続関数のみに制限する必要はない. よ り一般に,集合Xを定義域とする実数値関数全体のなす集合をRXとすれば,例15.2.6と同様に和 とスカラー倍を定めることでRXは線形空間となる.
なお, この例においてX =Nとする場合と例15.2.2における数列空間RNの間には自然な1対1 の対応があり, これらは同一の概念とみなすことができる. 実際, 数列空間の各元(x1, x2,· · ·)は x(n) := xnなる関数x : N → Rに対応し, 逆に関数y : N → Rは実数列yn := y(n) (すなわち
(y(1), y(2),· · ·))に対応する. この対応は, それぞれの和とスカラー倍の演算に関しても整合的で
ある38. Nを定義域とする関数と数列の違いは,x(1), x(2),· · · と書くか,あるいはx1, x2,· · · と書 くかという,僅かな記号上の違いしかないのである.
例 15.2.8 (発展). C(X)には次のようにして積も定めることができる.
f, g ∈C(X)に対して関数f gを次で定める: 各x∈Xについて, (f g)(x) :=f(x)f(g).
このとき, C(X)における演算は, 1∈Rに値を取る定数関数1を単位元とすることで命題2.4.1におけ るにおける(1)から(18)すべての性質を満たす39. すなわち, C(X)は多元環となる. また, 多項式の積 は再び多項式になることから,R[x]も多元環となる. R[x]nは多元環にはならない. 何故なら, n次多項 式どうしの積は2n次の多項式となり,これはR[x]nに含まれないからである.
練習 15.3.2. √
2が無理数であることを認めたうえで1−√
2が無理数であることを示せ. 解答例: 仮に1 −√
2が無理数でないとすればこれは有理数であり, √
2は有理数どうしの引き算
√2 = 1−(1−√
2)で表せる. したがって√
2は有理数となり, これは√
2が無理数であることに反す る.
体Kに関する線形代数学では,次で定める線形空間を対象とする.
定義 15.3.3. Kを体とする. 集合V に対して和+,およびKの元に関するスカラー倍·の演算が定めら れており,さらに特別な元0∈V が与えられているとする. これらの演算が次の条件(ベクトル空間の公 理)をすべて満たすとき,四つ組(V,0,+,·)を体K上のベクトル空間または線形空間と呼ぶ.
I. 各元a,b∈V に対して和a+b∈V が定まっており,次の性質を満たす:
(1) a+b=b+a, (2) (a+b) +c=a+ (b+c), (3) a+0=0+a=a.
II. 各元a∈V およびr∈Kに対してスカラー倍r·a∈V が定まっており,次の性質を満たす: (4) r·(s·a) = (rs)·a, (5) (r+s)·a= (r·a) + (s·a), (6)r·(a+b) = (r·a) + (r·b), (7) 1·a=a, (8) 0·a=0.
本書で主題とする線形空間はR上の線形空間である. しかし,体としてR以外のものを採用しても,多 くの場合に同等の議論が得られることを頭の片隅に留めておきたい. 実は,体として複素数を採用したほ うが実数の場合よりも理論が綺麗になる部分がある. この点についてより詳しいことは固有値の項目で 述べる.
例 15.3.4. Kを体とする. KとしてRを考えていた場合と同様に次が成り立つ:
(1) Kの元をn個並べた組(x1,· · · , xn)全体からなる集合をKnとする. これはK 上の線形空間で ある.
(2) Kの元を成分とする(m, n)-行列全体のなす集合をMm,n(K)と書く. これはK上の線形空間で ある.
発展(体を線形空間と見る)
四則演算が成立する体K自身は,体の演算としての和と積を線形空間における和とスカラー倍と みなすことで線形空間になる. 例えば実数直線Rは座標軸が1つしかない線形空間である. 次に,二 つの体K, Lが与えられており,K⊂Lが成り立つ場合を考えよう. このとき大きい体Lは,小さい 体K上の線形空間とみなすこともできる. 例えばR⊂CであることからCはR上の線形空間とな る. このことは複素平面を通して,CはR2と対応づけられることからも分かる. 一方で,Q⊂Rにつ いてRをQ上の線形空間とみたとき,この線形空間の性質を調べるのは容易でない(実際,無限次元 となる). 一般に,大小関係のある二つの体の間にある対称性(すなわち群)を調べる理論を体論(ガ ロア理論)という.
複素数体Cの定義を思いだそう. 実数の世界に方程式x2 =−1を満たす元を新たに加え,さらに 四則演算が成り立つよう数空間を広げることでCを得る. x2 =−1を満たす数は二つ存在し(これ をa, bとしよう), このうち一方を虚数単位としてiと書き,このときもう一方は−iと書かれる. こ こで一つの疑問が現れる. ある人が虚数単位として数aを選び参考書Aを書き, 別の人が虚数単位 にbを選んで参考書Bを書いたとすれば,参考書Aのiは参考書Bの−iに相当する. したがって, 二つの参考書で述べられている議論を比較しようと思えば面倒な翻訳作業(変数変換)が必要なはず である. しかし,現実にはこのような作業は必要なく, 参考書A, Bを並行して読む際に翻訳を意識 する必要はない. これは不思議なことではないか.
体および群の概念が生まれた背景には,四則演算と根号のみを用いた5次方程式の解の公式の非存 在証明があった. 方程式の解を付け加えた体を考えて,解の対称性と方程式の関係を見極めることで, 解の公式の非存在性が理解されたのである. また,上で述べた翻訳作業が必要ないことは, x2 =−1 の解の対称性を通して理解されている.
16 いろいろな線形部分空間
例15.2.1におけるW[1,−1]とR2の関係や,例15.2.4におけるR[x]nとR[x]の関係のように,より大き な線形空間の部分集合として実現される線形空間の例がいくつも考えられる. これらを総称する概念と して線形部分空間なる概念を得る.
本節にて部分空間の数多くの例を紹介する. このことから,線形空間の枠組みで論じることのできる対 象がいかに豊富であるか理解されることと思う.