18 基底
17.1項で述べた要不要論を思い出そう. この議論の(1)に関係のある概念として線形独立性を前節で 与えた. 本節では要不要論の(2)で論じたことと関係する,ベクトルの組による生成について述べる. こ れは, V の任意の元がu1,· · ·.unの線形結合で書けるかどうかを定式化する概念である. これに線形独 立性を合わせたものが基底であり,一般の線形空間における基底は,ユークリッド空間における座標軸の ような役割を果たす.
18.1 ベクトルの組が生成する部分空間
与えられたベクトルの組u1,· · · ,unにV の任意の元が分解できるかどうかはともかくとして,まず,
u1,· · · ,unに分解できるベクトルの範囲を表す記号を導入しよう.
定義18.1.1. ベクトルの組u1,· · ·,un∈V において,u1,· · · ,unたちの線形結合で書けるようなベクトル をすべて集めたVの部分集合を⟨u1,· · ·,un⟩と書く. すなわち,⟨u1,· · ·,un⟩:={∑n
i=1aiui|a1,· · · , an∈ R}である. 次の命題により,これはV の部分空間となる. ⟨u1,· · · ,un⟩は, u1,· · · ,unによって生成さ れる部分空間と呼ばれる.
命題 18.1.2. ベクトルの組u1,· · ·,un∈V において,⟨u1,· · ·,un⟩はV の部分空間である.
Proof. 部分空間となるための条件(i)および(iv)を確認すればよい. 0はu1,· · · ,unたちの線形結合で 書けるゆえ0∈ ⟨u1,· · ·,un⟩である. 次に,x,y∈ ⟨u1,· · ·,un⟩とすればx=∑n
i=1aiui,y=∑n i=1biui と書ける. このとき,各r, s∈Rに対してrx+sy=∑n
i=1(rai+sbi)uiゆえrx+syもu1,· · · ,unたち の線形結合で書ける. よってrx+sy∈ ⟨u1,· · ·,un⟩である.
次は,要不要論の(1)で述べたことを,より一般的な状況に置き換えた主張である.
命題 18.1.3. V を線形空間とする. 各v1, . . . ,vℓ∈V が組w1, . . . ,wn∈V の線形結合で書けるならば, v1, . . . ,vℓの線形結合で書ける元はw1, . . . ,wnの線形結合で書ける. すなわち,
v1, . . . ,vℓ∈ ⟨w1,· · · ,wn⟩ =⇒ ⟨v1,· · ·,vℓ⟩ ⊂ ⟨w1,· · ·,wn⟩.
Proof. W =⟨w1,· · ·,wn⟩とおく. W はV の部分空間であり,命題16.1.6よりW は線形結合について 閉じている. 仮定よりv1, . . . ,vℓ ∈ W であるから, v1, . . . ,vℓの線形結合で書ける元はW に含まれる. ゆえに⟨v1,· · · ,vℓ⟩ ⊂ ⟨w1,· · ·,wn⟩.
上の証明では,v1, . . . ,vℓの線形結合で書いたときに現れる係数とw1, . . . ,wnの線形結合で書いたと きに現れる各係数の関係については論じなかった. これらの係数の関係は行列の積演算を通して得られ る(25.1項を見よ).
練習 18.1.4. v1, . . . ,vk∈Rnとし,⟨v1,· · · ,vk⟩=Rnであるとする. また,Aを(m, n)-行列とする. こ のとき,各i= 1,· · · , kについてAvi =0が成り立つならば,A=Oとなることを示せ.
解答例. Aの各列ベクトルが零ベクトルであることを示せばよい. Aのj列目はAejである. ここで, ej ∈Rn=⟨v1,· · · ,vk⟩よりejはv1,· · · ,vkの線形結合で書ける. つまりej =∑k
i=1riviと表せる. ゆ えにAej =A(∑k
i=1rivi )
=∑k
i=1A(rivi) =∑k
i=1riAvi =∑k
i=1ri0=0.
例 18.2.2. (1) Rnの標準ベクトルの組e1,· · ·,enはRnを生成し, かつ線形独立である(例17.1.2お よび例17.2.2). ゆえにRnの基底である.
(2) (i, j)-成分が1でそれ以外の成分がすべて0の(m, n)-行列をEij と書けば(ただし1 ≤ i ≤ m, 1≤j≤n), mn個の行列の組Eij (i= 1, . . . , m,j = 1, . . . , n)は線形独立かつMm,n(R)を生成す る. ゆえにこれらはMm,n(R)の基底である.
(3) R[x]nにおけるn+1個の組xn, xn−1,· · · , x,1はR[x]nを生成し,かつ線形独立である(例17.2.2(3)).
ゆえにR[x]nの基底である.
(4) 約束として,自明な空間{0}は0個のベクトルの組からなる基底をもつとする.
ユークリッド空間Rnには座標,すなわち個々のベクトルの位置を示す情報が与えられていた. これに 対して一般の線形空間においては, ベクトルの位置を定めるために基底が用いられる. V の各元vにつ いて,基底によるvの線形結合表示に現れる係数をvの位置情報とみなすのである. とくにRnの各元を
標準基底e1,· · · ,enの線形結合によって書いた際に現れる各係数は,その位置を示す座標の各成分に一
致している. Rnの通常の座標において, その表示が異なれば違う位置を示していたように, 基底による 線形結合の各係数に現れる実数の組が異なれば,線形結合が表す位置も当然異なっているべきであろう. このことは次の命題が保証している.
命題 18.2.3. u1,· · · ,un∈V が線形独立であるとし,v ∈V がこれらの線形結合で書けるとすれば,そ の表し方は一通りしかない. すなわち,v =∑n
i=1aiui =∑n
i=1biuiならばai=bi (i= 1,· · ·, n)である. Proof. ∑n
i=1aiui =∑n
i=1biuiを移項すると線形関係∑n
i=1(ai−bi)ui =0を得る. u1,· · ·,unの線形 独立性よりa1−b1=· · ·=an−bn= 0. つまりai=bi (i= 1,· · · , n)である.
Rnの座標,つまり標準基底による位置情報と,一般の基底によるそれの違いを述べておこう. Rnの座 標軸がそれぞれ直交するのに対して,基底を構成する各ベクトルは必ずしも直交するわけではない. そも そも, 一般の線形空間においては直交なる概念が定まるとは限らないともいえる. また,Rnにおいては 座標軸が自然な形で(先天的に)定まるのに対して,次の例にあるように線形空間の基底の取り方は無数 にある. 言い換えると,線形空間においては座標軸に似た概念(すなわち基底)を多様に定めることがで きる. そして,これまでとは異なる基底を与えることは,座標軸を取り換えることに相当する. 基底の取 り換えの前後におけるベクトルの位置情報の変化を見るための技術は本書の後半において重要な役割を 担い,その一般論は25節で述べる.
このような事情から,基底による表示を用いた議論を行う場合,はじめにどんな基底を考えているか宣 言する必要がある. 以後,本書における多くの命題もこのような形で述べることになるだろう.
例 18.2.4. A= [
1 0 1 1 ]
は可逆ゆえ命題17.3.1より列ベクトルの組u1 = [
1 1 ]
,u2 = [
0 1 ]
は線形独立で ある. R2の任意のベクトルvは標準ベクトルe1, e2の線形結合でかけ, またe1,e2はu1,u2の線形結 合で書ける. 実際,e1 =u1−u2,e2=u2である. このことは,vがu1,u2の線形結合で書けることを意 味する(命題18.1.3). すなわちu1,u2はR2を生成し,したがってR2の基底である.
いまの例の一般化として定理18.2.6が得られる. つぎの補題は定理18.2.6の証明において必須という わけではないが,今後の抽象的議論において何度か用いる.
補題18.2.5. ベクトルの組u1,· · · ,un∈V が線形独立であるとし,さらにv∈V とすれば次が成り立つ. (1) vがu1,· · · ,unの線形結合で表せないならば,べクトルの組u1,· · · ,un,vは線形独立である. (2) べクトルの組u1,· · · ,un,vは線形従属ならば,vはu1,· · ·,unの線形結合で表せる.
Proof. (2)は(1)の対偶ゆえ(1)のみ示せばよい. 線形独立性を示すために線形関係∑n
i=1aiui+an+1v =0 を仮定しよう. このときan+1 = 0でなければならない. 何故なら, もしan+1 ̸= 0ならば移項により v=∑n
i=i −ai
an+1uiとなり,これは vがu1,· · · ,unの線形結合で表せないことに反する. ゆえにan+1= 0 であり,∑n
i=1aiui =0を得る. u1,· · ·,unの線形独立性よりa1=· · ·=an= 0である.
定理 18.2.6. Rnにおけるn個のベクトルの組u1,· · ·,unにおいて,これらが線形独立であることとRn の基底であることは同値である.
Proof. 列ベクトルに対して示そう. 行ベクトルの場合は転置をとって列ベクトルの場合に帰着させれば
よい. 列ベクトルu1,· · · ,unが線形独立であるとし,これがRnを生成することを背理法により示す. 仮 にu1,· · ·,unの線形結合で書けないベクトルv∈Rnがあるとすれば,n+ 1個の組u1,· · ·,un,v ∈Rn は補題18.2.5(1)より線形独立となる. しかしこのことは命題17.3.5に矛盾する. ゆえに, 各v ∈ Rnは u1,· · · ,unの線形結合で書けねばならない.
練習 18.2.7. 補題18.2.5を用いない定理18.2.6の別証明を与えよ.
解答例: 各b∈ Rnがu1,· · · ,unの線形結合で表せることを示そう. u1,· · · ,unは線形独立ゆえ, 定 理17.3.6より正方行列A = [u1,· · ·,un]は可逆である. したがって連立1次方程式Ax = bは唯一解 x=A−1bを持つ. A−1b=t[x1,· · · , xn]と成分表示すれば,x1u1+· · ·+xnun=bである.
よりみち(反比例グラフと双曲線)
座標軸の取り換えを通して関数y= x1 のグラフが双曲線の一種であることを確認しよう. y = 1x のグラフ上の点はxy = 1を満たす点(x, y)と言い換えられる. ここで, 2変数関数xyに着目する. この関数は,変数変換によりαX2+βY2なる形に変形できる. その詳細は対称行列の対角化を用い た2次形式の正規化を通して理解されるのであるが,ここでは結論だけを述べると
[ x y ]
=A [
X Y
]
, ただし A=
[ 1
√2 −√12
√1 2
√1 2
]
(18.2.1) とすればよい. 実際,x= √1
2X−√12Y,y= √1
2X+√1
2Y ゆえ xy=
( 1
√2X− 1
√2Y ) ( 1
√2X+ 1
√2Y )
= 1
2X2−1 2Y2.
したがって,式(18.2.1)の関係の下でxy = 1と12X2−12Y2 = 1は同値であり,この条件を満たす点
の集合は(X, Y)-平面において双曲線を描く.
(X, Y)-平面上の各点が(x, y)-平面においてどの位置に対応するか検討しよう. これは(X, Y) =
(a, b)のとき, (x, y)をa, bを用いて表せばどうなるかという問いである. その答えは,Aがπ4 回転を 表す行列であることから, 原点を中心に点(a, b)をπ4 回転させた位置を表す座標に等しい. 例えば, (X, Y) = (1,0),(0,1)を式(18.2.1)に代入すれば,
[ X Y
]
= [
1 0 ]
のとき, [
x y ]
= [ 1
√2
√1 2
] ,
[ X Y
]
= [
0 1 ]
のとき, [
x y ]
= [−√12
√1 2
] . したがって, (X, Y)-平面における標準ベクトルは,
(x, y)-平面における標準ベクトルをπ
4回転させたベ クトル(
√1 2,√1
2
) ,
(−√12,√1 2
)となる. 右図のベク トルvは(X, Y)-平面における標準ベクトル(1,0)
であり, これは(x, y)-平面における標準ベクトル
(1,0)をπ4 回転させたベクトルに等しい. (x, y)-平 面におけるvの座標は(
√1 2,√1
2
)である.
以上の考察により,関数y = x1 のグラフは双曲 線12X2−12Y2 = 1に一致し, この曲線は, 双曲線
1
2x2−12y2 = 1を原点を中心にπ4 回転させたもの に等しいことが分かった.
O x
y
X Y
v