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クラメルの公式の証明

ドキュメント内 線形代数学講義ノート(2020/04/01ver) (ページ 92-96)

第 9 章 置換の符号について 63

13.3 クラメルの公式の証明

発展(無限次元の行列)

本章で証明を与えた定理5.3.3は有限次元の仮定の下でしか成り立たない. 次元の定義は22章で 与えるゆえ,ここではその詳細は控えよう. しかしながら,成分が無限個ある行列を考えることで,無 限次元空間における定理5.3.3の反例を簡単に挙げることができるゆえ,ここで紹介しておく. 無限 個の成分をもつ行列A, Bを次で定める:

A=







0 0 0 0 · · · 1 0 0 0 · · · 0 1 0 0 · · · 0 0 1 0 · · ·

... ... ... . ..







, B =







0 1 0 0 0 0 · · · 0 0 1 0 0 0 · · · 0 0 0 1 0 0 · · · 0 0 0 0 1 0 · · ·

... ... ... ... ... . ..







.

無限個の成分をもつ行列の間の積は,一般には定まらない. 何故なら,積の各成分を得るには無限個 の数の和を考える必要があり,それは一般には収束せずに数が定まらないからである. しかし,上の A, Bのように,ほとんどすべての成分が0の場合は, 各成分の計算は有限個の和と考えられるゆえ 定めることができる. BAおよびABを計算すれば次のようになる:

BA=







1 0 0 0 · · · 0 1 0 0 · · · 0 0 1 0 · · · 0 0 0 1 · · · ... ... ... ... . ..







=E, AB=







0 0 0 0 · · · 0 1 0 0 · · · 0 0 1 0 · · · 0 0 0 1 · · · ... ... ... ... . ..







.

したがってBA=EだからといってAB=Eとは限らない.

有限の世界で成り立つことが無限の世界で成り立たない理由の多くは,「二つの集合において,そ れぞれに含まれる要素の個数が一致する」という概念を無限集合にまで拡張したとき,その様子が 有限集合の場合と著しく異なる点に起因している. 詳しくは,無限集合については19.6節を,上の無 限行列に対応する線形写像については例26.1.5を見よ.

したがって,各成分xjは,

xj = 1

|A|ta˜jb= 1

|A|·

a11 · · · b1 · · · a1n

... ... ... ... ... ai1 · · · bi · · · ain

... ... ... ... ... an1 · · · bn · · · ann

.

最後の等式は式(13.2.1)による.

余因子行列を持ちださずともクラメルの公式を示すことはできる. 行列式への理解を深めるために,余 因子行列を用いない別証明を与えておこう:

クラメルの公式の別証明. A= [a1,· · ·,an]と置けば

b=Ax= [a1,· · ·,an]

 x1

... xn

=x1a1+· · ·+xnan

である. 行列式|a1,· · ·,aj1,b,aj+1,· · · ,an|を式(13.1.1)と同様にして展開すると,

|a1,· · · ,aj−1,b,aj+1,· · ·,an|

=|a1,· · ·,aj1, x1a1+· · ·+xnan,aj+1,· · · ,an|

=x1|a1,· · · ,a1,· · ·,an|+· · ·+xj|a1,· · ·,aj,· · ·,an|+· · ·+xn|a1,· · ·,an,· · ·,an|. ここで, 上式の第i項に現れる行列式は,i=jの場合を除きi列とj列がともにaiであるから,その値 は0である. また第j項はxj|A|である. 以上より,

|a1,· · · ,aj1,b,aj+1,· · ·,an|=xj|A|.

これを移項して求める等式を得る.

III

抽象ベクトル空間

14 章 集合概念の基礎

数学の歴史に集合が現れるのは19世紀の後半であり,それ以前の数学は集合を用いずに記述されてい た. 確かに,これまでに扱ってきた内容は連立1次方程式の解法や行列式の計算など式変形を主体とする 数学であり,ことさらに集合概念を押し出す必要はなかった. もしかすると,これ以降に学ぶ内容につい ても集合を用いずに議論を展開することが,あるいは可能かもしれない. しかし,この立場に固執すれば, 今後,より複雑な概念が縦横無尽に現れる中で,定義や命題をやや曖昧に述べざるをえなかったり,ある いは証明において数学的に重要ではない些細な部分には目をつぶるような判断力や数学的センスを読者 に要求したりすることになるだろう. しかし,それでは多くの読者を路頭に迷わせることになってしまう. 現代数学において集合を用いた表現が市民権を得たのは, その記法を用いると厳密に述べやすいこと につきる. 数学は一部の選ばれた者のみに許された学問ではなく,万人に許される学であるとする立場に おいて,数学的なセンスを問わずに誤解なく伝わる集合による表現はかかせない. 本書もこの立場に身を 置き,以降では集合と写像を用いた記述を採用する. そこで本章と19章では,先に1.1および1.2節で述 べた集合と写像に関する概念の発展として,これらのより高度な使い方について解説する. ただし,線形 代数学の文脈に現れる部分のみを取り上げるゆえ,それ以外の部分,例えば合併集合や共通部分,補集合 といった集合演算などの扱いについては集合論の入門的な参考書を参照されたい.

14.1 集合の包含関係

包含関係は,二つの集合の一致を示す際に必須となる概念である.

定義 14.1.1. 二つの集合A, Bが与えられており, Aのいかなる元もBに属するとき,ABの部分集 合(subset)であるといい,A⊂BあるいはB ⊃Aと表す.

とくに,A自身はAの部分集合である. A⊂Bであるとき「ABに含まれる」と述べることもある. この表現は,ABの元であること(つまりA∈B)と誤解される恐れもあるゆえ注意したい.

14.1.2. (1) {りんご,スイカ} ⊂ {りんご,みかん,スイカ}である. (2) NQRCである. これらの記号の意味は1.1節を参照せよ.

(3) A={1} (一点のみの集合)とし,X ={1, A} (自然数1と集合Aの二つの元からなる集合)とす れば,A∈XA⊂Xが共に成り立つ.

一方,集合Aが集合Bの部分集合でないとは,Aのすべての元がBに属するわけではないこと,つま りBに属さないAの元が存在することを意味する. このとき,A̸⊂Bと書く.

14.1.3. 集合A={2,9,11,30}は集合B ={2,9,15, 26,30,37}の部分集合ではない. 何故なら 11∈Aおよび11∈/Bであり,Aのすべての元がBに属するわけではないからである.

次で定める特別な集合は全ての集合の部分集合となる:

定義 14.1.4. いかなる元も含まない集合を空集合(empty set) とよび,これをと書く. 命題 14.1.5. 集合Xに対して,空集合Xの部分集合である.

Proof. 背理法で示す. Xの部分集合でないと仮定しよう. このとき部分集合の定義により, Xに属 さないの元aが存在する. とくにa∈ ∅であり,これはが元を含まないことに矛盾する. ゆえに Xの部分集合である.

二つの集合A, Bが等しいとは,Aを構成する元とBを構成する元とが一致するということである. れは, Aの元はBの元でもあり,またBの元はAの元でもあることにほかならない. すなわち,次が成 り立つ:

集合A, Bについて, A=B ⇐⇒ A⊂BかつB ⊂A. (14.1.1)

14.1.6. 集合A ={りんご,スイカ}と集合B ={りんご,スイカ,スイカ}は等しい. 実際,包含関 係の定義14.1.1によればA ⊂BおよびB ⊂Aが成り立つ. したがって式(14.1.1)よりA=Bである. 集合Bにスイカが二つ入っているわけではないことに注意しよう. スイカを二つ含む集合を考えたいの であれば,例えばスイカ1,スイカ2とラベルを貼り,{りんご,スイカ1,スイカ2}と書けばよい. 例 14.1.7. 本章以前の議論においても, (14.1.1)の左向き「A⊂BかつB ⊂A = A=B」を暗黙 裡のうちに何度か用いていた.

(1) 1.3.3およびその後の議論において,R2からR2への線形写像全体の集合Xf (

x y

) :=

(

ax+by cx+dy

)

なる形で表せる写像f :R2R2全体の集合Yが一致することを確認した. 1.3.3においてY ⊂X を述べて,その後の議論においてX⊂Y を示している.

(2) 命題4.3.1の説明では,方程式Ax=bの解全体の集合Xと一点からなる集合Y ={Bb}が一致す ることを述べている. まず,aを方程式の解(つまりa∈X)とすれば,aBbに一致すること( まりa∈Y)を示した. これはX ⊂Y を示すことに相当している. 次にBbが方程式の解であるこ とを確認した. これはY ⊂Xを示すことに他ならない.

(3) 一般の連立1次方程式の解法(4.6節)における一般解の表示についても同様のことを行った. 方程 式Ax=bの解全体の集合Xa0+c1a1+c2a2+c3a3で表されるベクトル全体の集合Y が一 致することを,X ⊂Y およびY ⊂Xの両方を確認することによって示している.

よりみち(集合が等しいとはどういうことか)

二つの集合が一致するとはどういうことか改めて考えてみると,雲をつかむような,とりとめもな い思索しかできないことに気づく. 先程,式(14.1.1)が成立することをもっともらしく述べたが,実 は「A⊂BかつB ⊂A= A=B」の説明はしていない. これは本当に正しい事実だろうか. 例え ば, 赤い袋Aの中に自然数12のみが入っているとし,青い袋Bにも12のみが入っていると しよう. この二つの袋は色が違っているにも関わらず一致していると言えるのだろうか.「集合と考 えている場合は一致する」と言いたいところではあるけれども,その根拠に式(14.1.1)を用いるわけ にはいかない. 何故なら, いま式(14.1.1)を説明するための議論をしているからである. では,どう やってABが一致することを導けばよいのだろうか.

このように, 集合が一致することを説明するのは意外に難しいのである. そこで集合論では, 式

(14.1.1)を公理として定め,外延性公理と呼んでいる. より素朴な立場では,(14.1.1)が集合が等

しいことの定義であると考えてもよいだろう.

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