第 2 章 資本主義の発展段階と世界システム 110 第1節 段階区分と段階移行
第3節 資本主義の発展段階
発展段階については第3~7章で展開するが、あらかじめ段階区分に基準を(1)資本主義の歴史的
位相、(2)基軸資本主義国の国内体制、(3)世界システム、(4)移行の契機とし、それらを総合し
て発展段階を示すと以下の表のようになる。
表 資本主義の発展段階
資本主義の歴史的位相 基軸国の国内体制 世界システム 移行の契機
Ⅰ成立期の資本主義 原始蓄積期 環大西洋世界経済の成立 世界商業の覇権交替
(16世紀~18世紀後半) オランダの覇権
Ⅱ資本主義の確立 自由競争資本主義 世界経済の成立 19世紀末大不況
(18世紀後半~19世紀末) パックス・ブリタニカ―
Ⅲ 資本主義の成熟と変質 独占資本主義 帝国主義
(19世紀末~現在)
Ⅲ-1 資本主義の成熟と変質 独占資本主義 古典的帝国主義 1929年世界大恐慌
115 現代資本主義シリーズ4『国家独占資本主義の世界体制』(リポジトリ)2020年12月、とし て体系化を試みた。
116 マルクス経済学の現代的課題研究会(SGCIME)は、「グローバル資本主義」を体系的に分析 しその研究成果を世に問うたが(SGCIME編『マルクス経済学の現代的課題』御茶の水書房、
2003~16年)、「グローバル資本主義」の国内体制については「福祉国家継続・解体論争」以外に
は本格的な国家独占資本主義の再検討がされていない。
(20世紀初頭~第2次大戦) 列強の対立と抗争 第2次世界戦争
Ⅲ-2 資本主義の成熟と変質 国家独占資本主義 パックス・アメリカーナ
(戦後~1970年代) IMF=GATT体制 スタグフレーション
Ⅲ-3 資本主義の成熟と変質 国家独占資本主義 冷戦崩壊後のグローバル資本主義
(1980年代~)
第1節第2項で説明した段階区分の基準をもとにして、発展段階を説明しておこう。詳しくは第 3~7章で説明するが、本章で第1章での概略的説明をさらに要約しておく。
Ⅰ 環大西洋経済圏―資本主義の成立( 16 世紀~ 18 世紀後半)
地理上の発見と大航海時代の開始によってヨーロッパのポルトガルつづいてスペインは世界商 業に乗りだしたが、この世界商業の覇権は当時の先端工業であった毛織物工業をいち早く確立した オランダが握った。ロシアやトルコや日本は商品市場経済化しないで世界市場の外部に存在してい たが、ヨーロッパの中心諸国が東西インド貿易を支配し、北・南アメリカ大陸を植民地化し、そこ にアフリカから黒人奴隷を輸入し、黒人奴隷に立脚するプランテーションに食糧や原料・資源を生 産させモノカクチャー経済化させた。ヘゲモニーを握ったオランダは毛織物を中心とした工業製品 を輸出し、植民地が食糧・原料資源を輸出する典型的な「植民地型貿易」が大西洋をまたいで展開 された。ヘゲモニーを握ったオランダは自由貿易政策を展開したが、後発資本主義国であるイギリ スやフランスは重商主義政策によって国内産業の保護・育成をはかった。
後発のイギリスやフランスは、「資本―賃労働」関係の形成期(本源的蓄積・原始蓄積期)であっ た。この時期の支配的な経済活動は世界商業であり、支配的資本は商業資本であった。しかし、ヘ ゲモニー国家オランダの南ネーデルランドではすでに14 世紀のはじめに、毛織物工業は農村地域 において農村工業としてはじまっており、半農半工の独立織布工の上層部は小ブルジョア化し、15 世紀には工業プロレタリアートが誕生し、貧民や浮浪人が集まっていた。オランダでは毛織物を中 心として工業製品がさかんに輸出されていたし、金融業や海運業も発達していた。毛織物生産を中 心として問屋制手工業とともに農村地帯の工場制手工業(マニュファクチャー)が広汎に存在して いた。
Ⅱ パックス・ブリタニカ―資本主義の確立( 18 世紀後半~ 19 世紀末)
繊維産業(軽工業)は羊の毛を原料とする毛織物から棉花を原料とする綿製品に移りつつあった が、ヘゲモニー国家オランダは綿工業の導入よりも、貸し付けによる金利収入に依存する金融化に 向った。新たなリーディング・インダストリーである綿工業をいち早く確立したのは、原始蓄積を 終えて豊富な賃金労働者を確保するようになったイギリスであった。イギリスでは18 世紀後半に 蒸気機関の導入に始まる産業革命が起こり、近代的な機械制大工業として綿工業が確立した。それ によってイギリスは世界商業の覇権を握り、オランダに変わって世界の基軸資本主義国に成長した。
原始蓄積期には国家に全面的に依存していたが、賃金労働者を確保するようになると国家の直接 的な支援なしに産業資本は自立化し、景気循環運動が資本蓄積過程内部の要因によって自律的に進 行するようになり、周期的恐慌によって産業予備軍を自動的に確保できるようになった(資本主義 の確立)。産業資本主義が自立したので国家は経済過程には極力介入しないで、産業資本の自由な価 値増殖運動に任せるようになった(レッセ・フェーレ)。対外的経済政策としてもヘゲモニーを握っ たイギリスは、重商主義政策から自由貿易政策に転換した。
勃興した産業資本は自由に営利活動を追求し、基本的には産業に参入する自由が制限されていな いで自由競争が貫徹する傾向にあった。そのもとで産業資本の価値増殖運動に適合的な商業・銀行・
土地所有が編成され、近代的な商業・銀行・土地所有が確立していった。基軸資本主義イギリスは 綿工業を主軸とし鉄鋼・機械を副軸とする工業体制を作り、「世界の工場」「世界の銀行」として自 由貿易の大義を掲げて世界に君臨した(自由貿易帝国主義)。
Ⅲ 独占資本主義・古典的帝国主義―資本主義の成熟と変質・列強の対立と抗争( 19 世紀末~第 2 次世界大戦)
先端産業は繊維産業(軽工業)から重化学工業に移っていった。ヘゲモニー国家イギリスはさま ざまな理由によって重化学工業化に遅れ、後発資本主義であったアメリカ合衆国とドイツが、株式 会社形式と資本結合(カルテル・トラスト・コンチェルンとしての独占化)によって、いち早く重
化学工業を確立した。しかし、アメリカとドイツがイギリスに替わってすぐに新しい基軸資本主義 国になったのではなく、3国を中心とする帝国主義列強が対立・抗争し、植民地再分割闘争が激し く戦わされる帝国主義の時代になった。したがってこの段階は、世界のヘゲモニーの不在時代であ った。
国家は、後発資本主義ドイツに典型的にみられるように、帝国主義的闘争への備えとして軍備を 拡大し、国内での戦争遂行体制(総動員体制)を作り出すためにも国内での階級対立を緩和させ、
「域内平和」を維持しようとした。そのために国家は、さまざまな社会政策によって経済活動を規 制した。イギリスは第1次世界大戦まで自由貿易政策を堅持したが、ドイツは成立した独占資本の 国内の独占価格を守るために積極的な関税政策を展開し、世界の原料・資源の確保を目指した攻撃 的な資本輸出をした。
独占化は産業・銀行・商業において進展し、資本主義は自由競争段階(自由競争資本主義)から 独占段階(独占資本主義)へ転換した。産業独占と銀行独占とが融合・癒着した金融資本が支配的 な資本となった。産業独占である独占資本は、市場支配力によって独占価格を設定し独占利潤を得 るとともに、恐慌の打撃を避けるために生産制限(数量調整)し、投資決定も「限界利潤」を考慮 して行うようになった。「共産主義的平等関係」であった資本関係が、「独占―非独占」という「支 配・従属関係」に転化したのに対応して、労働市場も「独占的労働市場」と「非独占的労働市場」
に分断されるようになった。
独占資本主義になり独占資本のさまざまな「組織化」がはじまったが、それによって資本主義の 内在的諸矛盾が緩和され「安定化」したのではなかった。帝国主義的抗争と衝突は国家暴力の行使 たる世界戦争にまで発展し、1929年世界大恐慌を引き起こしてしまった。二度にわたる世界戦争と 1929年大恐慌と1930年代の大不況は、資本主義体制それ自体の危機的状況をもたらした。第2次 大戦後の資本本主義は、この危機に直面する独占資本主義を国家が全面的に支援し補強しようとす る国家独占資本主義へと転換していった。
Ⅳ パック・アメリカーナの確立と動揺―独占資本主義の小段階としの国家独占資本 主義(第 2 次大戦後∼1970 年代)
第2次大戦後、1930年代大不況からの脱出策としての金本位制の停止と管理通貨制をテコとし た国家の財政・金融政策や、世界戦争遂行のための戦時経済統制が定着した。アメリカの「ニュー ディール」におけるような有効需要政策にもかかわらず失業は解消されず、第2次世界戦争に突入 することによって超完全雇用が実現した。両大戦間期にはアメリカは経済大国にはなっていたが、
世界経済を主導しようとする覇権主義は取らなかった。それが国際金融構造の脆弱性を生みだし、
1929年大恐慌と30年代大不況をもたらした一つの要因となった。戦後はソ連ブロックとの冷戦競 争に勝つためにも、圧倒的な経済力と軍事力を持つアメリカ主導の国際経済関係(IMF=GATT 体 制)のもとで、ヨーロッパと日本の資本主義再建と北大西洋条約(NATT)や個別的安全保障条約 が作られた。
戦後の先端的な科学技術は原子力・航空宇宙技術・エレクトロニクス・合成物質などに代表され るが、いずれも世界大戦中に軍事利用を目的として開発されたものであり、その科学技術を真っ先 に産業化してアメリカが新たなヘゲモニー国家独占資本主義国として登場した。資本主義を再建し た日欧がアメリカの生産力水準にキャッチング・アップすることによって、アメリカは限定付き「金・
ドル交換」の停止に追い込まれ、1970年代のスタグフレーションを契機として国家独占資本主義は 新たな転換をした。
国家は危機に直面した独占資本主義を補強するために、経済的・社会的・軍事的に資本主義を「組 織化」することに乗りだした117。経済学の主流としてケインズ経済学が歓迎され、「ニューディール 派」との連合のもとにケインズ主義は、1929年大恐慌と30年代大不況を回避すべく「完全雇用政 策」「社会福祉政策」を展開した。ケインズ主義のもとで「労使協調」路線が成立し、「大量生産=
大量消費型好況」が出現した(いわゆる「高度経済成長」)。しかし、ケインズ主義は「高度経済成 長」としては成功したがゆえに、失敗する要因を内包していた。その限界が明白になったのがスタ グフレーションと国際通貨体制(旧IMF体制)の崩壊であり、ケインズ反革命として新古典派経済 学と新自由主義イデオロギーが登場する1980年代以降の資本主義に転換した。
117 国家独占資本主義の経済的・社会的・軍事的規定は「現代資本主義の国内体制論」で展開する 予定である。