第 7 章 パックス・アメリカーナの動揺―「グローバル資本主 義」下の国家独占資本主義 594
第5節 国家独占資本主義の変化と継続
国家独占資本主義の経済政策は「ケインズ政策」から「新自由主義政策」に変化したが、国家が 独占資本主義を補強・強化しようとする国家独占資本主義の本質は変わっていない。本節では、戦 後体制が変化した測面と、深化した測面と、未解決に残している測面とをまとめておく。
第1項 国家独占資本主義の変化
1 戦後体制の変化
(1)冷戦体制の終焉とアメリカの経済的覇権の復活
冷戦崩壊後のアメリカ合衆国の世界戦略は、経済的にも超大国として「復活」することであり、
1990 年代のアメリカの長期好況によってその課題はある程度は達成された。しかし世界経済では 70年代からの多極化がつづいており、アメリカの覇権が完全復活したのではない。統一されたEU のユーロがドルに対抗する国際通貨になる可能性が残っているし、NATO軍にかわるEU軍の創設 案も検討されている。情報通信技術とりわけインターネットにおいては、アメリカン・スタンダー ドの押しつけに対してEUは抵抗している。こうした面では、日本の自民党政権の対米従属的姿勢 とは対照的であった。
ブッシュ政権の「京都議定書」署名拒否や、NMD(米本土弾道ミサイル防衛)計画やTMD(戦 域ミサイル防衛)システム構想は、ナショナル・インタレストにもとづくアメリカ・ヘゲモニーの 復活を意図したものだった。こうした動きの背後で、アメリカの石油産業や軍需産業そして何より も金融資本の利害が暗躍している。しかしアジアでは20 世紀末から中国やインドの台頭があり、
両国が新しい極を形成する可能性や、日本を含めた東アジアが米・欧に対抗する地域的な第三の極 を形成する可能性もある。
(2)「アメリカ単独行動主義」と湾岸戦争・対テロ戦争
湾岸戦争 冷戦崩壊前後に米国の中東介入が本格化していた。イラン革命が1978~9年に成功した
635 クリントン政権がおこなったアメリカ経済の立て直し・産軍連携の強化・情報通信技術革新の推 進と輸出の政策については、井村喜代子『大戦後資本主義の変質と展開』第4部・
第2章、参照。
636 井村喜代子『現代日本経済論』428~31頁、446~9頁、を参考にした。
637 藤岡淳は、この「帝国主義的世界戦略」を「修正帝国主義」と表現し、国連・国際機関・国際通 貨基金・世界銀行の場を使った「合意」形成によって自らの利害を通すように変化したから、「冷戦 帝国主義」という規定を排除している。なお藤岡は国家独占資本主義用語は「修正資本主義型」と
「ナチス型」とを区別できないとして排除しているが、国家の役割の「組織化」「管理化」「調整化」
機能の飛躍的増大を反映した表現としては国家独占資本主義が正確な表現であり、「修正資本主義 型」と「ナチス型」はまさに型の違いとして処理すればよい。藤岡淳『グローバリゼーションと戦 争 宇宙と核の覇権をめざすアメリカ』大月書店、2004年、20~22頁。
が、中東での巨大大国の野心のもとにフセイン大統領のイラクはイラン攻撃に走った(イラン・イ ラク戦争、1980~88年)。イラン革命前にはイランを支援していたアメリカは革命後にはイラク支 援に転じた。米国は1983に、中東全域・中央アジアの一部に駐留する米軍部隊を統合し指揮する 米国中央軍を設立した。1990年8月2日にイラクがクウェートに侵攻したが、イラクのクウェー ト侵攻に対してただちに安全保障理事会はイラクの撤退を要求した(「決議660」、8月2日)。アメ リカはサウジアラビア防衛の「砂漠の楯作戦」を開始(8月3日)。そして大統領H.V.ブッシュは、
アメリカが「新世界秩序」を実現すると演説した(1990年9月11日)。安全保障理事会は、クウェ ートとその協力国にあらゆる手段を行使する権限を付与した(「決議678」、11月29日)が、イラ クは撤退しなかったので1991年1月17日に「砂漠の嵐作戦」を開始した。アメリカは長距離戦略 爆撃機B-52とステルスF-117によってイラクを空爆し、2月24日に地上作戦に移り、またたくま にクウェートを完全に解放した(2月27日)638。
湾岸戦争の歴史的意味 アメリカが事実上指揮した多国籍軍とアラブ合同軍は29ヵ国にのぼり、
兵力総数は約84万人になった(ベトナム戦争のピーク時は53万人)。この湾岸戦争の歴史的意味 を井村はつぎのように要約している639。①アメリカが唯一最大の「軍事大国」となり、国連の規制・
管理を受けずに米軍が指揮したが、巨額の戦費を多くの国々にさせ、かつ「自国の被害を極小とす る攻撃=戦争」戦術の起点となった。戦費は、520億ドルが他国負担であり(8割強)、そのうちサ ウジアラビア168.39億ドル・クウエート160.06億ドル・日本107.40億ドル(3国で約8割)、で あった640。②中東やアフリカの一部へ米国が直接政治的・軍事的に介入する道が開かれたが、文明・
宗教・民族の歴史を無視していたので宗教・民族の対立・紛争を噴出させ、反米テロの温床を作り だした。③この戦争は、最新鋭兵器による一方的攻撃であり「劣化ウラン弾」が使用され、かつ「自 国兵力の損失なき戦争」であった。④アメリカはマス・メディアに報道管制を敷き、「情報管理」に よる「情報戦争」が始まった。
アフガニスタン攻撃・イラク攻撃 2001年9月11日、アメリカはイスラム原理主義のアルカイダ による「同時多発テロ」攻撃を受けた。アメリカ政府は「対テロ戦争」を宣言したが、アフガニス タンのタリバーン政権はテロ容疑者の引き渡しを拒否したので、10月7日「有志連合諸国」の最先 端兵器を総動員した「不朽の自由作戦」が開始され、タリバーン政権は消滅し、12月22日暫定政 府が成立した。アメリカ大統領J.W.ブッシュは2002年1月、大統領一般教書演説においてテロを 支援する「悪の枢軸」国として北朝鮮・イラン・イラクを一方的に指定した。3月19日「有志連合 諸国」の「イラクの自由作戦」が開始され、空爆と巡航ミサイルでイラク軍の指揮系統を破壊し、
地上軍の進撃によって短時間に首都バグダットを制圧した(2003年4月9日)641。
戦争の長期化―超先端兵器による破壊と殺戮のエスカレート アフガニスタンでは2004年10月 選挙で「アフガニスタン・イスラム共和国」が成立したが、2005年から反米武装勢力と米軍との戦 闘がはじまり、米軍の長期駐留がつづいた。イラクではアメリカの「戦争終結」宣言にもかかわら ず増派を余儀なくされ、戦争が泥沼化した。アフガニスタン戦争・イラク戦争において大量のクラ スター爆弾が投下され、「無人機」による攻撃が登場した。しかし皮肉にも、テロ戦争はかえってテ ロ勢力を増幅させていった642。対テロ戦争の帰結については(3)において考察する。
(3)グローバリゼーションの進展
資本輸出そのものはすでに独占資本主義=帝国主義の指標の一つになっていたが、第2次大戦後 の世界経済がアメリカ合衆国を中心として再建されたように、戦後の資本輸出もアメリカが中心と なった。前章で指摘したように、1967 年における世界の対外直接投資に占めるアメリカの比率は
53.8%を占め、その後若干低下するが、1976年にかけても約5割を占めていた。中心資本主義国共
通して製造業への投資が一番大きかったが、1980年以降になると「経済の金融化」と金融のグロー バリゼーションによって、サービス業への直接投資が急増した。資本の国際化としてのグローバリ ゼーションはオランダ・ヘゲモニーの時代からすでにはじまっているが、戦後の特徴は多国籍企業 によって担われたことにある。多国籍企業の特徴は重田澄男が規定したように、①世界の最適地で の生産と販売や部品調達・研究開発の体制といった、世界にまたがる生産戦略と世界市場をにらん だ事業展開、②低競争力事業の切り捨てや、製品分野ごとの寡占化といった得意分野を徹底的に絞
638 以上の記述は、井村喜代子『大戦後資本主義の変質と展開』(272~5頁)による。
639 同上書、275~7頁。
640 当時内閣官房副長官であった石原信雄は、日本の協力資金の総額は130億ドルだったと語って いる(『日本経済新聞』「私の履歴書」2019年6月21日朝刊)。
641 井村喜代子『大戦後資本主義の変質と展開』342~4頁。
642 同上書、344~7頁。
り込む戦略、③M&A による企業規模の拡大、④市場支配力を握ったのちにもつづける自己技術革 新の開発、⑤企業内容の多様化・転換・専門家のスピーディな展開」、である643。その影響力は巨大 であり、すでに1970年前後において原油の70%(1972年)、銅の54%(1969年)、アルミニウム
の47%(1976年)、コンピュータの90%(1974年)を生産していた。海外生産高(ないし売上高)
が母国の商品輸出を上回るようになり、多国籍企業の海外子会社の販売高は世界の輸出額の1.8倍 にもなっていると推計され(1989年)、その重要性はますます増加している。さらに多国籍企業の 企業内取引の比重が増大していた。こうした多国籍企業の超国家的活動は、国民経済次元ではとら えきれない問題を引き起こしている。
1980年代以降の多国籍企業によるグローバリゼーションは、新自由主義政策と「経済の金融化」
と情報通信革命によって一段と進行していった。産業面でのグローバリゼーションは、短期的な利 潤率の回復を図るために在外生産に走り、ダウンサイジングとアウトソーシングが求められていっ た。企業内国際分業による最適生産体制を志向したために国内産業は空洞化し、中心資本主義国は ますます金融大国化し、金融のグローバルも進行していった。このようにして国家独占資本主義の 世界体制は「グローバル資本主義」になっていったが、「新しい段階」と規定するのには疑問である
(補論Ⅱ、参照)。
(4)対テロ戦争の帰結―難民問題
アフガニスタンでは反米武装勢力と米軍との内戦がはじまり、米軍の長期駐留がつづいた。イラ クではアメリカの「戦争終結」宣言にもかかわらず、増派を余儀なくされ戦争が泥沼化した。フセ イン政権の残した武器や将校の一部が、IS(イスラミック・ステート)を指導し、イラク北部から シリアにかけて占領するにいたった。シリアの内戦状態によって大量の難民が発生し、2014年にシ リアからEUへの移民・難民は21.6万人となり2015年には100万人に達し、イラクやアフガニ スタンからも難民が続出した。湾岸・アフガニスタン・イラク戦争はアメリカが文化・宗教・人種 の違いを無視して一方的に武力鎮圧したために、中東地域に反米闘争と地域的・宗教的・民族的戦 争や紛争を多発させた。しかし戦争・紛争によって放置された紛争地域(シリア・イエメン・ソマ リア・コンゴ・南スーダン)からの難民が増加し、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)調査に よると支援対象難民派7,144万人にもなる。対テロ戦争は、宣戦布告のない・終わりのない「世界 戦争」といえる644。
(5)グローバリズムと分断
グローバリゼーションは、カネ・ヒト・モノの国境を越えた移動を増大させる。それによる社会 や経済にもたらす「ゆがみと軋轢」を、金子勝は生産要素市場の「調整速度」に違いによって説明 している。カネ(資本)は情報通信技術に発達よって加速されて一番速く移動するが、ヒト(労働)
は「それより遅くじわじわ進」む。土地や自然は国境を移動できないからそれに依存する農業の調 整速度は一番遅い。「金融のグロバル化」のようにお金の移動は、「持てる者」と「持たざる者」、富 裕層と貧困層の間の格差を拡大する。新自由主義政策による労働規制の緩和や社会保障の削減、労 働の国際移動による低賃金労働の流入は格差を一層拡大する。ヒトはカネと違って「人種や国籍な どの違いが際立っていき、貧困層の間に対立と分断」を生んでいく645。
このように格差の拡大に移民問題が加わって「社会の調整が追いつかなく」なり、「政治的統合を 困難」にさせていく。土地は移動不可能であるから投機の対象となり、国際的なバブルの一要因と なる。土地や自然に縛られた農業は簡単に調整できないのに「グローバル資本」は農業や自然(環 境)を破壊することによって、農業問題やグローバルな環境問題を引き起こしてしまった646。
(6)ポプリズムの台頭と世界的右傾化
国際的な金融化を中心とした新自由主義の進めた格差の拡大によって中心資本主義国内で白人労 働者の貧困層が生まれ、対テロ戦争が生みだした戦争・紛争地域の移民・難民が中心資本主義国に 流入したことによって、中心資本主義国内で貧困層と移民・難民の間に分断と軋轢が生みだされた。
そして中心資本主義国内で移民排斥運動が巻き起こった。
すでに1970年代に欧米諸国では移民問題が表面化し、とくに都市部の中心に移民たちが集住す
643 重田澄男「<論争>現代資本主義の現局面―規定的形態と歴史的性格」『政経研究』第 101 号
(2013年12月)、54~5頁。
644 金子勝『平成経済衰退の本質』岩波新書、2019年4月、70頁。
645 同上書、59~60頁。
646 多国籍企業による発展途上国に農業・環境破壊の実態については、拙著『エコロジカルマルク ス経済学』桜井書店、2010年、第4章第3節、第6章第3節、参照。