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郡家

一憲叢叢悪難:蓼憂糞婆叢叢藝薄一一一鞠

第30図 円通寺礫岩砂岩層古流向

   輪

襲白

X1白骨慧平

準新世 火山岩類・∴按山岩群

講島野焼泥互層

円通寺  嚢嚢上部;チャート礫 礫岩砂  バー㌔   主体の礫岩

岩層□下部;毒三主

矢田川層群四驚顯岩

V.考察

  鳥取県東部における中新世鳥取層群を,下位より八頭累層,私都累層,岩美累 層に区分することを再定義する。さらに,入頭累層は郡家礫岩層・河原火山岩 層に,私都累層は円通寺礫岩砂岩層・三代寺シルト岩層に,岩美累層は普含早撃 岩層・小田安山岩層に区分し,八頭累層と私幣累層は不整合関係に,私都累層と 岩美累層は整合関係にあると再定義する。次に,中新世における鳥取県東部地域  の地史的変遷について,各累層の堆積の場,火山活動,各累層の年代推定の視点

から考察する。

1.各累層の堆積の場

 鳥取層群の堆積の場の変遷を考えると,心頭期・西都期・岩美期に区分でき る。その特徴を次に記載する。

 郡家礫岩層は,中礫〜大面で主に構成されており,礫の並び方に方向性がな く,上部には砂岩がレンズ状に入るという特徴をもっている。また,千代川の東 側と西側では,礫組成が異なっており,東側では年嵩岩・流紋岩礫が多いのに対

し,西側ではチャート・珪質片岩礫が多い。礫組成測定地点の北東〜東方向にそ れぞれ同質の基盤岩類が分布している。また,千代川東側4地点では,北東から 南西にかけて礫径が小さくなり,円磨度もよくなっており,千代川西側2地点で は,西から東に向けて円温度がよくなっている。さらに,基盤岩類の直上に重 なっており,断続的に分布していることもふまえると,本部層は,三郡変成岩・

非変成古生層・花原複合岩類・鳥取花歯岩・矢田川層群の基盤岩より由来した礫 岩からなり,現在の河原町・郡家町付近に存在する盆地へ向けて谷を埋めるよう

に堆積した崖錐堆積物であると言える。

 松本(1991)は,郡家礫岩層について,淘汰,円熟ともきわめて不良であ り,基盤岩類以外の異質礫の混入もないことから,基盤近くで形成された崖錐堆 積物であるとし,鹿野町〜鳥取市付近から供給されたとしており,見解が異な

る。

 私都期の砕屑物として,円通寺礫岩砂岩層,三回忌シルト岩層がある。

 円通寺礫岩砂岩層は,安山岩礫の多い下部とチャート・珪質片岩礫主体の上部 に分けられる。下部は,下位に当たる河原火山岩層由来の安山岩礫を約4割含ん でおり,礫のならび方に方向性のない大礫から中礫の礫岩層から,上位に向けて インプリケーションがみられたり,砂岩がレンズ状に入るものへと変化してい

く。このことから,下部は河原火山岩層分布地域を後背地にもつ扇状地性堆積物 である。上部は,下位に見られる礫岩主体の礫岩砂岩層から,上位へ向けて砂岩 主体の礫岩砂岩層へと変わっていく。河川の流路跡や自然堤防に当たる砂泥互 層,その上に平行葉理が発達し,分級度のよい砂岩が見られることから,河ロ付 近の河川堆積物から海岸付近の海成堆積物である。さらに,斜交層理から,北へ の古流向を示す河川があったことを示している。

 三代寺シルト岩層は,主に細粒砂の薄層と緻密なシルトの互層であり,本部層 下部は円通寺礫岩砂岩層と指交関係にある。植物化石・生痕化石があること,杉 崎凝灰岩層が本部層でよくつながるが,層厚に違いがあることを合わせると,河 川性の礫を時には堆積するような潟から浅海での堆積物と言える(第31図〉。

 上村(1979)は,円通寺礫岩砂岩層は,南方から流入してきた河川の河口付 近に形成された扇状地性の堆積物とし,この扇状地の側方に広がった潟湖の堆積 物が三代目シルト岩層としており,ほぼ見解は同じである。松本(1986)も,

円通寺礫岩砂岩層は南方から流入した河川水の影響を受けていたとし,三代寺シ ルト岩層は海域と連続しながらも淡水の影響をいくらか受けていた地域,たとえ ば潟のような環境下で形成されたとし,ほぼ見解は同じである。

 岩美期の砕屑物として,普岩寺泥岩層がある。本部層は,平行葉理が発達し,

それにそって剥がれやすい特徴をもつ地域硬質で均質・緻密な泥岩の地域があ る。砂岩はわずかに挟まれるが,薄い。珪藻化石などの微化石がほとんど産出し ないため,時代や環境決定まで至らないが,三代寺シルト岩層の上にのっている ことや岩相の特徴から河川起源の砕屑物のほとんど届かない公海性の堆積物であ り,半深海〜深海の堆積物といえる。

 私信累層から岩美累層の砕屑物は,河川から浅海性,そして深海性の堆積物へ と変わっていったと言える。

 MatsuInoto(1989)は,本泥岩層の中部上部からは,多数の法雨軟体動物化石 が報告されているが(山名1977,松本1986),これらにはAces亡a群集と

一Propea塑Hssfum・Delecfopecteη群集が識別されており,後者の群集は200m誌面の 堆積環境を指示している(柴田・糸魚川,1980)としており,ほぼ見解は同じ である。山名(1977>は,ace諏dと東別所動物群(紺野,1964)の要素を含む ことによって特徴づけられ,それらはやや深い冷水環境を示すと述べ,松本

(1986)は,海生動物化石から下浅海帯〜半深海帯の環境と述べている。

2.火山活動

 鳥取層群における火山活動は,八頭期と岩美期(松本,1986)に認められ

 る。

 八頭期の火山活動は,河原火山岩層によって特徴づけられる。ただし,郡家礫 岩層の上部には,安山岩溶岩が挟まれていたり,河原火山岩層の安山岩溶岩と同 質の礫が含まれていることから,その火山活動は,少なくとも郡家礫岩層堆積時 後半には,始まっていたと言える。

 河原火山岩層は90m以上の安山岩溶岩と安山岩輪軸灰角礫岩が交互に重な り,その間に20mの厚さのデイサイトが挟まれている。これは,莫大な量の火 山岩類を放出していることを示しており,近くに噴出起源となる火山があったと 言える。つまり,大量の溶岩を流出する火山活動と大規模な火砕流を発生させる ような爆発的な活動が交互に繰り返されていたことを示している。また,本朝の

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最下部には,ガラス質凝灰岩及び礫まじり安山岩質凝灰岩が見られ,断続的に分 布している。ガラス質凝灰岩には,植物化石がほぼ完全な形で保存され,平行葉 理が発達している。礫まじり安山岩質凝灰岩は,層理の発達した細礫から中礫の 互層で,ガラス質凝灰岩礫を一部含み,亜円礫を主体としている。このことか

ら,水域で形成された堆積物であることがわかる。調査地域内での安山岩溶岩,

安山岩質受灰角礫岩,デイサイトには,水中自破砕溶岩やハイアロクラスタイト などは見つかっていないが,国府町の安山岩恐恐面角礫岩中に砂岩が見られるこ とから,南部は陸域で,北東部は一部水域で堆積したと言える。

 上村(1979)は,郡家町福地の北方で,Chla町∬p.の産出が報告されている

(山名,1966>ことから,河原火山岩層は,一部は陸上で,一部は水中で堆積 したとしており,松本(1986)は,河原火山岩層は,爆発的な火山活動と比的 平穏な火山活動がほぼ交互に繰り返したとし,中央部〜北西部では水域,南部で

は陸域で堆積したとして,ほぼ同じ見解を示している。

 岩美期の火山活動は,小田安山岩層と荒金火砕岩層によって特徴づけられる。

調査地域内では,小田安山岩層の一部が安山岩質凝灰礫岩として分布してい る。礫は緑色の安山岩で,亜角礫〜亜円礫の中礫が多く,葉理がわずかに見ら れ,インプリケーションも見られることから,調査地域内では,火砕流を発生さ せるような爆発的な活動が起こっており,水域で形成されたものと言える。

 松本(1991)は,小田安山岩層は大陸外縁二二の環:境を示す化石群を産出す る普二丁泥岩層と指交関係にあり,本部層の溶岩が水中自破砕構造を示したり,

ハイアロクラスタイトに移化していること,また,海生軟体動物化石片を含むこ とから,水中で噴出したとしており,見解はほぼ同じである。

3.各累層の年代推定と構造運動

  これまでの研究報告から年代が推定できるものを拾い上げ,本論文でまとめた 岩相に結び付けると次のようになる。

  鳥取層群と一連の地層であると言われている北但層群の入鹿累層火山岩のK−

Ar年代測定では,20.2±0.7Ma,19.2±0.7Maという結果が報告されており  (古山ほか,1977>,島根県新第三系波多層群基底付近の火砕岩のジルコンの  フィッショントラック測定年代として20Maの値が報告されている。これらの報

告は,山陰地域のグリーンタフ火山活動の年代が20Ma前後ということを示して おり,鳥取層群河原火山岩層もこの時期に活動していたと考えられる。

  諸鹿礫岩層は,円通寺礫岩砂岩層の上部とほぼ同語で,かつ普良民泥岩層の下 部(本論文では三代寺シルト岩層に相当)と一部同時異相関係にある礫岩と砂岩 の互層について再定義している(松本,1986)が,熱帯マングローブ沼での生 息を示す〜々carya・θerof皿aの産出報告がある(山名,1977>。このことは,熱帯  という環境を示すだけでなく,浮遊性有孔虫年代ではN8帯に当てはまることを

示している。

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