―スウェーデンの専門的人材による「実践コミュニティ」―
第1節 分析の枠組み
本章では、第三のリサーチクエスチョン「行政組織間の縦割りを乗り越え、消費者教育を 充実させるためには他にどのような方法があるのか?」を検証することを目的とする。RQ3 を明らかにするためには、まず、諸外国の消費者教育推進において、我が国と同様の阻害要 因が存在しているのかについて明らかにする必要がある。また、その阻害要因がある場合に は、それをどのように乗り越えているのかを調査し、我が国の消費者教育推進に新たな政策 提言を行いたい。
第 5 章までの我が国の状況を踏まえて海外比較分析をするに当たり、以下の仮説を設定 することができる。
仮説1: 諸外国においても、我が国と同様に、消費者教育推進における阻害要因(教育 行政との縦割り)を持っているのではないか。
仮説2: 諸外国において、行政組織内の非公式ないし偶発的なネットワーク以外に、消 費者教育の推進を行っている先行事例があるのではないか。
比較対象国には、消費者市民社会概念が浸透をしている北欧の国の中でも、地方自治が進 み、わが国の地方自治体が参考にするモデルとして登場するスウェーデンを取り上げる。
本章は、以下、4節で構成される。
第2節では、仮説1について、先行研究やOECDの分析レポート等の文献分析から明ら かにする。第3節では、仮説2について、スウェーデンの消費者教育推進の全体像を人と 組織の関係から述べ、第4節は地方自治体の中でも、カールスタード市、ヨテボリ市を事例 として取り上げ、行政組織内における消費者教育と環境行政による実践コミュニティの形 成について紹介する。以上のことを踏まえて、第5節では、海外事例との比較からみた日本 の消費者教育の示唆について述べる。
分析方法は、文献調査及びヒアリング調査である。ヒアリング調査の実施時期は2016年 9月7日~14日で、スウェーデンの消費者庁及び地方自治体4市(カールスタード市、イ エブレ市、ヨテボリ市、ウプサラ市)、公立学校等を訪問した。訪問調査に先立ち、その約 1年前から消費者庁の消費者教育担当者に対してメールによる聞き取りを実施し、それに基 づいて訪問先には事前にスウェーデン語に翻訳した質問を送り、通訳者を交えて半構造化 インタビューを行った。
- 136 - 第2節 OECD政策提言にみる消費者教育の推進体制
各国の消費者教育の推進体制について概観できる資料として、OECD(2009a)がある。
この分析レポートは、2006 年に開催された第 72 回目の OECD 消費者政策委員会
(Committee on Consumer Policy: CCP)において決定された、消費者教育プロジェクト
282の成果として出版されたものである。
このプロジェクトは、消費者教育を提供している政府やステークホルダーの役割を調査 し、効果的な政策やプログラムを明らかにすることを目的として、2回のアンケート調査や、
2008年に国連マラケッシュタスクフォースと国連環境計画が開催したステークホルダー会 議283の結果等を踏まえて、分析レポートをまとめている284。これをもとに、2009年11月 には、CCPから政策提言(OECD:2009b)も出されている285。
分析レポートにおいては、①各国の消費者教育の目標や制度的枠組み、②非政府ステーク ホルダー(関係者)の役割、③各国で採られている主要なアプローチ、③プログラム評価、
⑤主な課題を検証しており、OECD 非加盟国 4 カ国を含め、27 カ国の様子が分かるよう になっている。分析の結果、政府にとって、次の 6 項目の問題及び課題が見出された。す なわち、① ほとんどの国では全体的な教育戦略が欠けている、②教育の質を高める必要が ある、③ほとんどの学校では消費者教育の機会は限られている、④消費者教育を他の教育分 野とよりよく統合できる可能性がある、⑤消費者問題について教え、学ぶモチベーションを 高める必要がある、⑥消費者教育を促進するためのリソースが限られている、という点であ る。
この結果を踏まえた政策提言(OECD:2009b)は、図表6-2-1に示すように3項目から構 成されている。第一には、消費者教育の目的と戦略、結果の評価手法が不十分であるという 現状認識に立ち、その改善に向けてベンチマークの確立が有効であることについて指摘し ている。第二には、消費者教育に対する最も適切なアプローチの選択について、学校カリキ ュラムへの導入や、教師が十分にリソースを持つこと等、具体的な提言を行っている。さら に第三に、これを推進していく上で、関係者間の協力・調整の改善が必要であることを述べ たものになっている。
特に、第三の関係者間の協力・調整の改善については、「消費者教育は、多くの国で様々 な主体(国、自治体、市民団体等)によって提供され、啓発が行われている。また、多くの
282 OECD日本政府代表部のWebサイトによれば、この消費者教育プロジェクトは、日本からの提案に
より設置されたことが紹介されている。http://www.oecd.emb-japan.go.jp/itpr_ja/00_000166.html
(2018年2月12日現在)
283 これに出席した西村隆男消費者教育学会会長(当時)は、帰国後、消費者庁設置に向けて議論を行って いた自由民主党消費者問題対策委員会にできた「第1回消費者教育に関するワーキングチーム」に参加 し、消費者教育推進の重要性について述べている。外部識者として消費者教育支援センター有馬真喜子 理事長(当時)も出席し、学校における消費者教育の現状と課題について報告している。
284 OECD(2009a)3頁
285 原文http://www.oecd.org/sti/ieconomy/44110333.pdf(2018年2月12日現在)
- 137 -
図表6-2-1 OECD消費者教育に関する政策提言の概要
(出所)高橋(2010b)をもとに、筆者作成
国では、調整機関が設置され、消費者教育における政府とその他関係者の協働を促す取組み も行われている。しかし、国内においても国際間でも、多様な関係者の協力・協調が十分で なく、更なる改善の余地が残されている」とし、中でも、「関連する政府組織間での協力が 促される必要がある。特に、教育を担当する省と、消費者問題にあたる省との間の協力は消 費者教育を強化するのに必須である。」と指摘している。このことは、本論文で消費者教育 推進の阻害要因として捉えていた消費者行政と教育行政との連携については、わが国固有 のものではないことが示されている286。
またOECD(2009a)で各国の消費者教育推進体制についてみれば、ほとんどの国で、地 方自治体あるいは地方のネットワークを通じて各地に届ける中央政府が作成した消費者教 育政策のもとで、消費者教育の中央集権的な枠組みを持っているという。多くの国では、地
286 OECD(2009b)6頁
この政策提言は、3年後にその実施状況をレビューすることになっていたが、2018年2月現在におい て実施されていない。
【目的】
・今日の消費者は、一層複雑化した市場の中で活動している。より広範な技能と知識が必要。こ の点で、消費者教育は極めて重要。
・消費者教育は、社会的な価値や目的を考慮に入れつつ、情報に基づき、利にかなった選択を行 うための技能や知識を育み、向上させるプロセス
・消費者教育は、批判的思考を身に付け、意識を高めるのに役立ち、それにより積極的に行動す ることが可能。
→(政策提言は)、消費者教育を促進し、改善するためのもの
①目的と戦略の定義付け、
成果の評価
・明確に定義付けされた目的と 戦略が必要
・早い年齢からの教育の開始と 全てのライフステージで提供
・教育ニーズの(学術的)研究に 基づくプログラム化
・(教育内容は)法執行とのバラ ンスを加味
・目的達成度の検証を追求すべ き
・ベンチマークの確立が有効 など
②最も適切なアプローチ
・教師が消費者問題に精通し、リソ ースを十分に持つことが必要
・消費者教育を学校カリキュラム に導入。政策の一貫性を維持し、
教師や生徒の興味に貢献するよ う配慮
・低コストの教材作成
・教員訓練プログラムに消費者問 題を含めることを検討
・日常生活や興味に立脚した教育 方法の追求
・インターネットの一層の活用 など
③利害関係者間の協力と 調整の改善
・関連する政府組織間、特に教育 担当当局と消費者当局との間 の協力は必須
・企業側も、政府のコンサルタン ト的役割と、方法論やガイドラ インの開発が求められる。
・メディアの活用が重要
・国際協力が強化されるべき
・利害関係者間の責任分担を協 働して決定されるべき
など
- 138 -
方自治体は、地域の状況に合わせるが、自由裁量権を持たずに政策を実施している状況にあ り、消費者教育政策を地方自治体の分権(decentralised)型で行う国は少数である。
この頃の日本は、中央集権的な国として位置付けられている287。この時期、消費者基本法 第17条に定められた「消費生活に関する教育」は、国と地方自治体に義務規定が置かれた が、地方自治体は「国の施策に準じて、当該地域の社会的、経済的状況に応じた施策を講ず るよう努めなければならない」状況にあり、日本政府は中央集権的に施策を実施しようとし ていた。すなわち、わが国は第2章でみた通り、消費者基本計画に基づき精力的な取組みを していた時期であった288。しかし、現在では、消費者教育推進法に基づく基本方針といった 国の枠組みはあるが、基本的には地方自治体の自主的な取組みに委ねられているため、必ず しも中央集権的で、全国一律に同じ施策をするという形ではない。今後、わが国にとって分 権型で消費者教育を実施する国の進め方が参考になると思われる。
分権型で消費者教育を推進する国は、中央政府は全体計画の枠組みを設けるが、主なイニ シアティブは地方自治体が中央政府から独立して持っているという。分権型の国は、中央政 府と地方自治体の効果的な協力関係が見られるといい289、報告書では、その具体例として、
オーストラリア、ベルギー、スペイン290、スウェーデンが分類されている291。
スウェーデンをはじめとする北欧諸国の消費者教育については、大原(2001)(2005)
(2010)、価値総合研究所(2009)、日本弁護士連合会(2009),文部科学省(2011),柿野
(2013b)、消費者教育支援センター(2017b)等、近年の消費者市民社会実現に向けた消費 者教育のモデルケースを探ることを目的として、様々な調査研究がある。中でも消費者教育 第3フェーズにおけるパイロット・ロールとしての「北欧型」消費者教育について研究した 大原(2005)では、北欧に着目する理由を与えてくれる。
ここでパイロット・ロールとは、世界の消費者教育を先導する役割のことを指しており、
図表6-2-2に示すように時代によって変遷したと述べている292。消費者教育のパイオニア
287 同上 46頁
288 レポートには、日本とスペイン、スロバキア共和国において、消費者行政と教育行政に強い結びつき があるとして紹介されている(30頁)。国レベルでそれを目指していた時期であるが、当時の地方自治 体の実態には十分に目が向けられていない考察であると思われる。
289 OECD(2009a)29-30頁
290 スペインの地方自治州における消費者教育については、消費者教育支援センター(2011)に詳しい。
スペインは1978年のスペイン憲法51条「消費者および利用者の保護」を法的根拠に、1984年制定の 消費者法で消費者教育を受ける権利等を明文化している。筆者は、2011年3月にスペインを訪問し、
17の自治州のうち、8州に消費者教育の専門機関である「消費者教育センター(Consumer Learning
Center)」が設置され、児童・生徒等が訪問して体験型の学習を行ったり、教員研修を行ったりする専
門職が配置されていた様子を調査した。体制整備の背景には、1998年の欧州委員会のパイロットプロ ジェクトとして、カンタブリア州サンタンデールに本部を置く「ヨーロッパコンシューマースクール」
(1996-2009)が実施されていたためである。これを拠点として、ヨーロッパ各地から800名を超える 教員ネットワークが形成され、一つの拠点になっていた。これを推進したのは、教員経験22年の E-cons代表のNieves Alvarez Martinであった。
291 OECD(2009a)49-50頁
292 大原(2005)94-97頁