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本論文の実践的意義

ドキュメント内 著者 柿野 成美 (ページ 170-198)

本章では、第 7 章を踏まえて、地方自治体における消費者教育推進のための改善策とし て政策提言を行い、本論文の実践的意義とする。

提言の柱は、以下の通りである。

政策提言

1.「人」の観点から

(1)行政職員が多重成員性を獲得できる教育行政と消費者行政等との効果的な 人事ローテーション等の構築

(2)消費者教育に従事する専門的人材(消費者教育コーディネーター)の配置

2.「組織」の観点から

(1)組織の縦割りを乗り越え、消費者教育を全体として進めていくための実践コミュニ ティ構築に関する情報提供とコーディネーター役になる行政職員に対する支援

3.教員による消費者教育の「実践コミュニティ」の観点から

(1)教員が消費者教育の実践について交流できる実践コミュニティの構築への支援

(2)実践コミュニティを管理するコーディネーターの役割と地方自治体における位置づ けの明確化

(3)実践コミュニティをつくり育むコーディネーターの育成とコーディネーターの実践 コミュニティの構築

4.「海外比較」の視点から

(1)教育課程における消費者教育の位置づけの見直し及び国の教育行政による消費者教 育に対するリーダーシップへの期待

(2)持続可能な社会を目的とした実践コミュニティ型組織の構築

第1節 「人」の観点から

1.行政職員が多重成員性を獲得できる教育行政と消費者行政等との効果的な人事ローテ ーション等の構築

第 1章第1節でみたように、日本の行政職員の異動はジェネラリストの育成を目的とす るものであるが、計画的・意図的に人事異動を行うことにより、消費者教育政策の観点から

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は専門性を高めうる可能性がある。なぜなら、消費者教育は幼児期から高齢期まで生涯にわ たって、「消費者市民社会の構築」「商品等の安全」「生活の管理と契約」「情報とモラル」に ついて扱うものであり、おおよそどのような行政部門の経験も活かせるという性質がある からである。

また特に、阻害要因として明らかとなった消費者行政と教育行政の縦割りを乗り越える ため、人事ローテーションの中で積極的に異動を行い、そこでの経験や人間関係等から組織 をつなぐ非公式な実践コミュニティが形成されていくよう制度化することが望ましい。

この点について最近では、教育行政から消費者行政に人事異動で配属され、さらに学校現 場に戻るといった制度も散見されるようになっている。例えば、最も歴史がある山梨県では、

教頭職の小学校教諭が山梨県県民生活課に 2 年間配属され、学校現場への情報提供や、出 前講座の講師等、精力的に活動している。また、徳島県では「研修生」として現職教諭を徳 島県消費者情報センターに配置し、通常 1 年間は教材作成や学校への出前講座の講師等を 行っている。加えて、平成29年度には、県教育委員会に5年間在籍した家庭科出身の指導 主事が、県の消費者行政担当の課長補佐に抜擢されている。教育行政の成員性を消費者行政 にただちに持ち込む方法として、教員等の人事交流は非常に有効な方法であろう。

また、教育行政と消費者行政の人事ローテーションの効果を期待する場合、行政職員が消 費者行政、消費者教育の成員性を獲得するために、その必要性や連携の具体的方法などにつ いて、研修等によって習得することも重要である。例えば、(独)国民生活センターが行政 職員に対して実施する研修で、消費者教育を広げるために行政組織内で果たす役割等を考 える機会等を設け、ナレッジ・ブローカーを養成するという視点を持つこともできよう。第 5章の事例分析で登場したA市のK氏のように、この研修の機会を活用して全国の行政職 員と実践コミュニティを作っていたが、形式的なカリキュラムを受講するだけでなく、そこ に参加する者同士が消費者行政、消費者教育の全国的な実践コミュニティの一員としての アイデンティティを持てるような工夫をしていくことも有効であろう。

また太田(2013)によれば、従来から存在した自己申告制度に加え、最近では自ら手を挙 げて希望部署に異動する庁内 FA(free agent)制度や、公募制、役職立候補制度を取り入 れる自治体も増えてきたと言う340。消費者行政分野においても、田中康夫知事時代の長野県 では、県消費生活センター所長を県職員の中から公募し、意欲のある人材を選抜したという 経験がある。また、最近では、過去に消費者行政を担当していた職員が、希望によって再び 消費者行政に配属される事例も都道府県を中心に散見されるようになっており、消費者行 政、消費者教育の専門性が高まっていると考えられる。特に地方行政では、組織横断的な意 欲的な取組みによって消費者市民社会が実現できることから、これに理解を示す行政職員 が情熱をもってコミットできるような仕組みが地方自治体で実現できるよう、国からも働 きかけを行うことが必要であろう。

340 太田(2013)52

- 171 - 2.消費者教育に従事する専門的人材の新設

行政職員の人事ローテーションによる多重成員性を通じて、消費者行政と教育行政のつ ながりはできるが、それを持続させるために人事異動は阻害要因になりかねない。先行モデ ル分析で登場したA市のK氏が、自身の役割を継続的に行うために「教員OBの消費者教 育相談員」を配置したように、学校現場の成員性を行政職員の異動よりも長いスパンで、継 続的に従事する人物が必要である。継続することにより、そこに消費者教育の実践に関する 独自のネットワークが形成されるからである。

特に、この人材は、本章第3節で述べるように、実践コミュニティのコーディネーターの 役割や、消費者行政と教育行政の実践コミュニティをつなぐナレッジ・ブローカーの役割が 期待されるため、単独でただ人材を置けば良いというものではない。例えば、学校現場にお いて消費者教育の実践経験がある家庭科教員の OB や、様々な教員等の意見をまとめるリ ーダーシップをもつ管理職経験者、幅広い人間関係や人望のある豊かな人間性等、地域の事 情により、より適切な人材が配置される必要があろう。

専門的人材は、第4章の実態調査でも明らかになったように、2010年以降に地方自治体 に配置され始めている。この配置は、消費者行政職員や消費生活相談員の不足を補うもので はなく、推進体制が整っている自治体ほど配置される傾向にあり、自治体間格差が懸念され た。現在、専門的人材を配置していない自治体の理由としては、都道府県で「予算が十分に ない」、政令市や県庁所在市で「消費生活相談員が実質的にその役割を果たしているから」

「予算が十分にない」が挙げられた。国が地方消費者行政推進交付金で消費生活相談員の充 実を図っているように、消費者教育の専門的人材についても同様に予算措置をしていくこ とも考えられよう。

また現在は、一定数このような人材が存在しながらも、活動が非公式になりがちなことか ら、全国的には十分に認知されていない。消費者教育と教育行政の縦割りを乗り越え、消費 者教育を推進していくためには一定の人材が必要であるという立場に立ち、この人材に対 して明確な位置づけと役割を与えていくことが、全国的な動きに繋がる一歩と言えよう。

第2節 「組織」の観点から

1.実践コミュニティ構築に関する情報提供と行政職員に対する支援

実践コミュニティとは、「あるテーマに関する関心や問題、熱意などを共有し、その分野 の知識や技能を、継続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」341であり、目に見える ものもあるが、それを「認識することが重要」である342

341 Wenger et al.(2002)33

342 同上 59

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消費者行政と教育行政の関係性を単線的に捉えると、担当者ベースの話し合いで協議が 整わない場合には、それ以上、関係性を深めることが難しくなってしまう。しかし、その関 係性を複層的に捉え、そこに消費者教育の実践コミュニティをつくったり、多重成員性によ り関係者を引き込んだり、それをナレッジ・ブローカーとして教育行政等の実践コミュニテ ィとつなぐことで、協調的な関係を構築できる可能性がある。

例えば、先行モデル分析で取り上げたB市の場合、当初担当ベースの協議では、話し合い が深まることがなかったが、市消費者教育推進計画を策定する庁内連携会議の中に教育行 政を位置づけ、その中での役割分担を協議する場合には、教育行政はその重要性を理解し、

市の教育計画の中に位置付けるような配慮が見られた。すなわち、これまで教育行政との関 係性を直線的に捉えようとするあまり、教育行政に関する成員性がない消費者行政担当職 員は、それを乗り越えることを困難に感じたのである。

このように、消費者教育推進の阻害要因を乗り越えるためには、組織の先に、消費者教育 を実践する共通の領域(ドメインを)もつ実践コミュニティを作り、それを育むコーディネ ーターの役割を明確にしていくことが必要となる。Wenger et al.(2002)によれば、実践 コミュニティのコーディネーターとは、「メンバーの中で、コミュニティが領域に焦点を当 て、さまざまな関係を維持し、実践を開発できるように手助けをする人」を指す343。コーデ ィネーターは、次のような職務を遂行する。

①領域内の重要な問題を特定する

②コミュニティでイベントを企画し、推進する。

③コミュニティ・メンバーを非公式に結びつける。組織内のユニット間の境界を越えて知 識資産を仲介する。

④メンバーの成長に手を貸す。

⑤コミュニティと公式の組織との間の境界を管理する。

⑥実践の構築に手を貸す。

⑦コミュニティの状態を判断し、メンバーや組織への貢献を評価する。

コーディネーターは外部人材の場合もあるが、教育行政との連携の場面では、消費者行政 職員の果たす役割も大きい。特に、庁内連携会議といった実践コミュニティのコーディネー ターは行政職員となるため、消費者教育推進のための実践コミュニティの作り方や、コーデ ィネーターとしてのスキルを行政職員は研修等によって身に付ける必要があろう。

343 コーディネーターと同じく重要な「思考リーダー」(領域の最先端の問題を明確に示すことのできる人、

または非常に経験豊かで尊敬を集めている実践者)の存在も指摘している。

ドキュメント内 著者 柿野 成美 (ページ 170-198)