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本論文の理論的意義

ドキュメント内 著者 柿野 成美 (ページ 155-170)

本章では、第 1節で先行研究に基づいた 3つのリサーチクエスチョンの検討結果につい て述べた後、第 2 節では本論文の理論的意義を裏付ける実践コミュニティ概念の有用性、

第 3 節では本論文の理論的意義として、地方自治体における消費者教育推進モデルについ て述べる。

第1節 リサーチクエスチョンの検討

本論文における3つのリサーチクエスチョンについて、RQ1を第4章、RQ2を第5章、

RQ3を第6章で検討した結果、以下の点が明らかとなった。

1.地方自治体における消費者教育推進体制の人的構成はどうなっているのか? (RQ1)

これまでブラックボックスであった地方自治体の消費者行政が推進する消費者教育につ いて、誰がどのような業務を行っているのか、また、その相互の関係性等を明らかにするた め、全国の都道府県、政令指定都市、県庁所在市の消費者行政担当職員に対してアンケート 調査を実施した結果、以下の内容が明らかとなった。

消費者行政内部には、主に行政職員、消費生活相談員、地方自治体によっては消費者教育 の専門的人材の3人材が存在する。平均的に2、3年で異動を繰り返す行政職員は、消費者 教育のみならず、それ以外の消費者行政の職務もあるため、実質的に消費者教育を担当する 行政職員は自治体間で大きな格差があった。また、その業務内容は、都道府県は広域的に啓 発資料を作成したり、教育委員会・学校との連絡調整を行ったりすると回答したが、政令市・

県庁所在市の場合、講座の企画・運営、講師派遣業務のように具体的な実務内容が上位の回 答となっていた。

一方、消費生活相談員は出前講座の講師としての係わりが大きく、教育委員会との連携は 政令市・県庁所在市の6%で担当しているに過ぎないことが明らかとなった。さらに、消費 者教育の専門的人材は、調査実施時点(2015年7月)で都道府県15か所(33%)、政令市 3か所、県庁所在市1か所(3.6%)で配置され、人員総数ベースでみると44人が確認でき た。それぞれに名称は異なるが、消費生活相談員と兼務する者、消費生活関連の資格を有す る者、学校教育現場から人事交流の者、教員・校長経験者のように、バックグラウンドが異 なっていた。教員経験の有無によってバックグラウンドを区別すると、教員経験者は講座の 講師や、教育委員会・学校等との連絡調整、教育教材の作成のように、これまでの経験と実 績を踏まえて、消費者行政の中にあって消費者教育を推進していた。

このような専門的人材の配置は、消費者行政職員や消費生活相談員による推進体制の不 足を補うものではなく、推進体制が整っている地方自治体ほど配置される傾向にあった。す

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なわち、自治体間の格差が大きい現状では、あらゆる地方自治体に自然発生的に誕生するも のではないことを含意しており、政策的に人材配置を推進する必要性が示唆された。

以上のような人的構成をもつ地方自治体の消費者行政において、行政職員のもっとも大 きな課題は、人材の問題ではなく、「教育現場や教育委員会との連携が困難」であることを 挙げていた。地方自治体の置かれた状況を実証的に解明できたことは、本論文で改善策につ いて検討する上で必要条件であると共に、成功要因分析へとつながる重要な試みであった と言えよう。

2.地方自治体における消費者教育推進の先行モデルの成功要因は何だったのか?(RQ2)

先行事例として中核市、政令指定都市の 2 自治体を取り上げ、実践コミュニティ概念を 用いた事例検証を行ってきた。その結果、二つの事例から、以下6点の成功要因の存在が導 出された。

<消費者行政と教育行政がつながる段階>

(1)組織の縦割りを人の多重成員性によって乗り越えようとした。

(2)教育委員会との単線的なコミュニティではなく、市全体として庁内連携会議という実 践コミュニティを作り、そこで消費者教育推進計画の策定という目標に向かって参加 した教育行政をはじめとする各行政担当者がナレッジ・ブローカーとして各組織をつ ないだ。

<地方自治体で消費者教育の実践が広がる段階>

(3)学校で実践する教員と共に、消費者教育の実践コミュニティを作った。

(4)教員と共につくる消費者教育の実践コミュニティにおいて、学校の成員性をもつ コーディネーターを配置し、その役割を明確にした。

(5)実践コミュニティの活動の様子を目に見える形として物象化した。

<前提条件>

(6)国において消費者教育に対する盛り上がりの機運があった。

具体的な成功要因(1~5)ごとに、阻害要因を抱えている状況と改善後の状況について比 較したものが図表7-1-1である。硬直的な組織間の縦割りと公式に対峙するのではなく、つ ながる段階、広がる段階いずれにおいても、特に、人の多重成員性による非公式ないし偶発 的なネットワークによって関係性を深めたことが成功要因であり、これまで乗り越えるこ とができなかった教育行政との関係性を構築する重要概念であることが明らかになった

(本章第3節にて詳述)。

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図表7-1-1成功要因別にみる前後の状況比較

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3.行政組織間の縦割りを乗り越え、消費者教育を充実させるためには他にどのような方 法があるのか?(RQ3)

RQ2 において、先行事例は人の多重成員性による非公式ないし偶発的なネットワークに よって、教育行政との行政組織間の縦割りを乗り越えたことが成功要因であることを導出 したが、それ以外に組織の縦割りを乗り越える方法はあるのか、について検討を行った。

検討に当たっては、諸外国の消費者教育の推進に目を向けたところ、日本同様に消費者行 政と教育行政との調整が一つの阻害要因になっていること、中央集権的な消費者教育の推 進体制が多い中で、地方自治体が主体的に消費者教育を実施している国は多くないことが 明らかとなった。また、地方自治が進む国の中でも、消費者市民社会概念が広がる北欧のス ウェーデンを対象に海外調査を実施したところ、スウェーデンにはわが国と異なる 2 つの 特徴が見られた。

(1)教育行政が消費者教育を主導的に実施し、教科の構成の中に内容がしっかりと位置づ けられていた。

(2)地方自治体では、消費者行政の消費者アドバイザーと環境行政のエネルギーアドバイ ザーと呼ばれる専門性を持った人材が実践コミュニティを作り、消費者市民社会を実 現するという目的型の行政組織の構成が見られた。

以上のことから、学校における消費者教育の実践をより充実させるためには、第一に教育 行政が主導的な役割を果たすこと、第二に消費者市民社会を実現するという目的のために、

専門性を持った人材で実践コミュニティが形成できるように目的型の行政組織を作る、と いう2つの方法が示唆された。

第2節 理論的意義を支える実践コミュニティ概念の援用方法と成果

1.成功要因分析における「実践コミュニティ」概念を援用した空間構造的アプローチ

本論文の理論的意義を示すに当たり、消費者教育推進の阻害要因として提示された消費 者行政と教育行政の縦割りを乗り越え、学校教育の現場で実践が広がっている地方自治体 の成功要因を明らかにするため、1991年にLave and Wengerが提唱した「実践コミュニ ティ」概念を用いて空間構造的に解明した方法論について述べる。

本論文では、「教育行政との行政組織内の非公式ないし偶発的なネットワークの形成の存 在」を可視化し、その関与のあり方を検討するために、次の3点に着目した。すなわち、第 一に実践コミュニティの「所在」、第二に「意味の交渉」による物象化の形(共有レパート リー)、第三に実践コミュニティへの「関与」のあり方である。

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(1)実践コミュニティの「所在」

第一の着目点は、実践コミュニティの「所在」である。「実践コミュニティ」は多様な形 態があるが、基本的には「一連の問題を定義する知識の領域(ドメイン)、この領域に関心 をもつ人々のコミュニティ、そして彼らがこの領域内で効果的に仕事をするために生み出 す共通の実践(プラクティス)」の3つの基本要素の組み合わせである331。実践コミュニテ ィはあらゆる場にあり、誰もが家庭や仕事、学校、趣味あらゆる場面で実践コミュニティに 複数所属しており332、また組織によって名称も形態もまちまちであり、それを生み出した状 況やそれに属する人々と同じように多様であるから、「認識することが重要」であると言わ れている333

本論文で領域(ドメイン)とは「教育行政」「消費者行政」「消費者教育」等として状況 によって置き換えられるが、それに関心を持つ人たちのコミュニティと実践が生み出され ている状況である「実践コミュニティ」がどこに存在しているのか、という点について着目 したことにより、関係性を空間構造的に捉えることが可能となった。

本論文で扱ったA市の事例で登場する、K氏の取組みで具体的に検証しよう。K氏は、

消費者行政と教育行政の繋がりを作り、消費者教育推進連絡会を立ち上げた A 市における 連携・協働の基礎を作った人物である。教育行政13年間の経験で培った校長との教育に関 するネットワーク(実践コミュニティ)と、異動先の職場において消費生活コーディネータ ーを立ち上げるといった消費者行政の実践コミュニティに正統的に参加していたという二 つを、K氏の多重成員性によってつなぎ、さらに両コミュニティのナレッジ・ブローカーの 役割を果たしつつ、新たな消費者教育推進連絡会(実践コミュニティ)を立ち上げるという プロセスを具体的に描くことができた。

硬直的な組織間の縦割りと直接的に対峙するのではなく、組織の中にある実践コミュニ ティを人の多重成員性によってつないでいくと考えることで、豊かな関係性が創造できる 可能性が示唆された。つまり、双方の間に高くそびえる壁があるように思える場合にも、組 織の中の見えない実践コミュニティを「認識する」ことによって、関係性を繋ぐ可能性があ る。本論文では、この点について明示的に取り上げている点に意義があると言えよう。

(2)「意味の交渉」における物象化の形(共有レパートリー)

第二の着目点は、実践コミュニティの「意味の交渉」における、物象化の形(共有レパー トリー)である。実践コミュニティ内部では、参加と物象化の相互作用によって「意味の交 渉」が行われており、相互の関与によって共同の営みを行うことを通じて、コミュニティの

331 Wenger et al.(2002)63

332 Wenger(1998)6

333 Wenger et al.(2002)59

ドキュメント内 著者 柿野 成美 (ページ 155-170)