第 1 章 産業集積理論と産業集積におけるネットワークの諸理論
4.2 研究対象地域の概要と調査方法
4.2.2 調査方法と調査対象者の概要
筆者は前節の研究目的を検討するために温州市において,企業経営者23人(2016年3 月に6人,2016年10月に4人,2017年3月に13人)に対して自社の経営状況に関する インタビュー調査を行った(表13).また,業界団体の温州服装(アパレル)商会,温州外 貿服装(アパレル)商会,温州外貿服装(アパレル)商会青年創業会の担当者にもインタ ビュー調査を行い,資料や統計を入手した.調査対象地域として取り上げたのは,温州市 内の各地に存在するアパレル企業の集積地域の中でも,①市政府の工商局に登録して合法 的に操業している企業が多く,②中心市街地に近く,地価などの上昇により工場が内陸部 に移転する傾向がみられはじめている,「茶山鎮」(図6)と呼ばれる地域である.同地 域は市政府や中心駅などがある市中心部から比較的近く,近年急速に都市化が進みつつあ る.本研究では,調査対象者として同地域の企業のなかでも,主に同郷者や同業者間での 商慣行による影響を受けやすい中小零細レベルの企業の経営者を選定した.その一方で,
本研究の制約条件は,ある程度経営状態の良い企業を中心にインタビュー調査をせざるを
得なかった点にある.
また,調査対象者の選定方針として,経営者の世代の変化による社会的バックグラウン ドの差異を検討するために,できるだけ幅広い年齢層の経営者に対してインタビューを行 うよう心がけた.とくに2016年3月と10月の調査では比較的高い年齢層の経営者に,2017 年3月の調査では,若い経営者を調査対象とした.結果的に経営者の年齢層は60代が1 人,50代が7人,40代が2人,30代が7人,20代が6人となっている.また,温州で事 業を営む他地域出身者も増加しているといわれており,温州を出自に持たない経営者も6 人みられた.
表13 調査対象の概要
学歴 出身地 年齢 創 業 年
経営内容 従業
員数
(人)
工 場を 所 有 し てい るか
デ ザ イ ン部門 の有無
工場所在地(自社工場 あるいは取引先工場)
ID1 中卒 温州 50代 2005 デザイン・生産 200 有 有 温州
ID2 中卒 温州 40代 2005 OEM生産 40 有 無 温州・安徽
ID3 高卒 温州 50代 2004 デザイン・OEM生産(国際取引) 60 有 有 温州
ID4 中卒 浙江湖州 50代 2001 デザイン・生産 60 有 有 温州・浙江省湖州市
ID5 中卒 温州 60代 1995 デザイン・仕入販売 20 無 有 温州・江西・安徽
ID6 中卒 温州 50代 1998 OEM生産 150 有 無 温州
ID7 中卒 温州 50代 2006 OEM生産 100 有 無 温州
ID8 中卒 温州 50代 1999 デザイン・仕入販売 14 無 有 温州・浙江寧波市・安徽
ID9 中卒 温州 50代 2007 OEM生産 50 有 無 温州・江西
ID10 中卒 温州 40代 2002 デザイン・生産 30 有 有 温州・安徽・江西
ID11 大卒 温州 20代 2013 仕入れ販売 8 無 無 温州
ID12 大卒 温州 20代 2014 OEM生産 30 有 無 温州
ID13 大卒 温州 20代 2014 デザイン・生産 30 有 有 温州・新疆
ID14 高卒 温州 30代 2014 デザイン・OEM生産(国際取引) 30 有 有 温州・浙江省寧波市
ID15 大卒 温州 20代 2013 仕入れ販売 5 無 無 温州
ID16 大卒 温州 20代 2014 OEM生産 50 有 無 温州
ID17 高卒 温州 30代 2015 デザイン・OEM生産(国際取引) 70 有 有 温州・浙江省湖州市
ID18 大卒 温州 30代 2015 デザイン・生産 50 有 有 温州
ID19 大卒 安徽 20代 2014 国際貿易 7 無 無 温州・安徽・浙江省湖州市
ID20 中卒 江西 30代 2014 デザイン・OEM生産 120 有 有 温州
ID21 中卒 江西 30代 2012 デザイン・OEM生産 70 有 有 温州
ID22 中卒 江西 30代 2013 デザイン・OEM生産 40 有 有 温州
ID23 中卒 江西 30代 2013 仕入れ販売 3 無 無 温州
筆者作成.
図6茶山鎮の位置.
筆者作成.
表13をみると,年齢層が高い経営者では学歴が低く,第三章による北京での調査結果 とほぼ一致している.一方,20~30 代の若年の経営者では,温州市出身者の場合と他地 域出身者の場合で,学歴水準に相違がみられる.温州出身の経営者のうち20代の経営者 では5人の経営者すべてが大卒者である.30代の経営者にも大卒者が3人中1人いるほ か,他の2人も高校を卒業している.
30代の経営者が4 人いるが,すべて中学校卒の学歴である.彼らの出身地は中国内陸 部にあり,2000 年代入るまで経済発展が遅れていた地域であった.そのため,彼らは家 族を養うために,中学卒業後,温州に出稼ぎに来て,工場労働者として働いた経歴を持っ ており,その後,独立して起業している.温州信息化研究中心(2016)の調査によると,
温州には他地域出身者が138万人も居住・就業しており,隣接する江西省・安徽省や内陸 部の貴州省などの出身者が多くなっている.彼(女)らは長年,温州に就業・生活する中 で独立する機会を得て,起業している.
調査対象者の事業内容をみると,自社で企画・デザインしたアパレル製品を生産もしく は委託生産し,小売業者や卸売業者に販売する企業が多い.これらの企業の特徴は,自社 ブランドの製品を企画・デザインしている企業や自社ブランドを持たない企業であっても 自社でデザイナーを雇用して,企画・デザインを行っている企業が多い点にある.先行研 究や2014年に行った筆者自身の調査(端木2017)では,温州の小規模企業で自社にて企 画・デザインを行っている企業はほとんどみられなかったことを考えると,温州企業の事 業モデルは,2015年以降,大きく変容しつつあると推測できる.
また,生産工場については,温州市内に工場を維持し,試作品などの生産をしている企 業もあるものの,内陸部あるいはコストが比較的安い地域にある工場で生産している企業 の方が多い(ID2,4,9,10,13,14,17).これらの地域にある工場は,自社工場である場合も あれば(ID2),親族が経営している工場や(ID4,13,14),一部出資している工場(ID9,10),
完全な外部の企業の場合(ID10,17)と,様々な形態の工場がある.いずれの形態の工場 であっても,近年の生産コストの急騰により,生産コストの低い内陸部での生産を指向す る企業が多くなっている点は共通している.その一方で,温州市においては,以前は小規 模企業ではほとんどみられなかった企画・デザイン部門を有する企業が増加するとともに,
卸売りを中心とした販売部門の役割も維持されている.この理由として,温州市はアパレ ル製品の取引先として高い知名度や地位を有するようになっている点のほか,温州のアパ レル製品が近年では徐々に中国国内市場においては一定のブランド力を有するようにな っている点が挙げられる.