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結論

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 85-200)

以上,本研究では,中国の温州地域と他地域に移動した温州出身者による産業集積を事 例として,①産業集積が形成される過程において社会的ネットワークがどのような役割を 果たしているのか,②産業集積内の各企業の事業内容が成熟・高度化していく中で,社会 的ネットワークの役割がどのように変容しているのか,③このような産業自体が成熟化・

高度化していく中で,企業の大規模化や競争力向上のために,どのような企業間関係や社 会的ネットワークのあり方が顕著になりつつあるのか,といった点について検討してきた.

研究結果として次の点が指摘できる.第3章にて行った北京における温州出身者による アパレル産業に対する現地調査では,産業集積の形成・発展段階においては,同郷者や親 族などの起業者間での社会的ネットワークが重要な役割を果たしていたことが明らかに なった.大紅門では1980年代から温州出身者によるアパレル製品の工場と販売店の起業 がみられるようになった.事業に成功した先行事業者たちは,さらに事業を拡大するため に,親族や同郷者たちを労働者として大紅門に呼び寄せていった.既に事業が軌道に乗っ ていた先行事業者たちは,地縁・血縁のある起業希望者たちに資金援助や取引先業者の紹 介などの支援を行っていった.また,このような支援は,生産や販売面で分業を行うこと ができ,取引先の確保にもつながるため,先行事業者にとっても利益があったと推測され る.このようにして大紅門には,地縁・血縁に基づく社会的ネットワークを有する同郷者 による小規模事業者の集積が拡大していった.

これに対して,第4章にて調査対象となった温州企業では,かつては同地域の企業の特 色とされていた既存の社会的ネットワークに基づいた起業や事業継続・拡大の手法は,現 在では変容しつつある点が明らかになった.具体的には,同郷者企業との取引において契 約不履行などのトラブルも目立つようになった結果,非同郷者による企業を取引先として いる企業が増加している.また,同郷者の企業からの互助的な資金調達はほとんど行われ なくなっている.すなわち,これまで温州企業の特徴として地域産業発展の原動力とみな

されてきた同郷者による社会的ネットワークの存在が,逆に発展の制約条件に転化する場 合や,同郷者間での社会的ネットワーク自体が弱体化する場合もあることが明らかになっ た.また,一部の企業では既存の社会的ネットワークを活かしながらもそれを再編させ,

新たな社会的ネットワークを構築している例もみられた.かつては温州地域や温州出身者 が多い地域では,住民や同郷者の間での社会的ネットワークは,新規創業企業にカネ・モ ノ・ヒト・情報などの資源を提供してきたが,調査時点では,これらの機能は縮小してい るといえる.また,温州の人々の間でみられた諸慣行,例えば契約を結ぶ際に口頭での約 束のみに基づいて契約を結んだことにする慣行などは,確かに事業者間での信頼関係の構 築といった効果もみられたが,契約の不履行や解釈の違いが生じるといったリスクも大き いため,近年では損失やトラブルを予防するに,正式な契約書を作成することも多くなっ ている.かつての商慣行は確かに同郷者などの狭い人間関係や地域的範囲の中では効果的 であった場合もあるが,取引先が多様化し,海外との取引も増えた現在の事業環境には適 用できない場合も多くなっていると考えられる.

また,温州地域において大規模化に成功した企業について分析した第5章では,対象企 業の一部では,取引先の変更・再編を通じて,さらなる発展を遂げているものもみられる が,中国有数の規模のアパレル企業に成長した後も,資金調達の面で同じ温州企業に依存 してきた結果,提携先の企業が破産したことで連鎖倒産した企業の例や,古くからの取引 先との関係性が「しがらみ」になり,取引先の変更・再編を効果的に行うことができてい ない企業もみられた.

その一方で,一部の企業では既存の社会的ネットワークを再編させ,新たな社会的ネッ トワークを構築している例もみられた.同地域における産業集積の存続要因として,集積 内部に存在した伝統的な社会的ネットワークの効果は希薄化しつつあり,集積の存続要因 としては,産地としてのブランド力が向上している点やすでに多くの取引先企業が集積し ている点が挙げられる.

このような温州地域のアパレル産業集積の変容を,従来の理論的な研究の成果を踏まえ

て解釈すると,歴史的・社会的に「埋め込こまれた」関係性や社会的ネットワークの役割 やマーシャル型産業集積のメリットは産業集積の形成期においては,その存在や効果を認 めることはできると考えられる.その一方で,産業集積の成熟期に入った近年の状況をみ ると,このような「埋め込まれた」関係性や伝統的な社会的ネットワークの「弊害」もみ られるようになっており,集積内において,取引先の選定や資金調達をより効率的に行う ことができる大規模企業も成長しつつあるといえる.マークセン(1996)が類型化した4つ の産業集積地域の類型に当てはめて検討すると,「マーシャル型産業集積」の特徴を持つ 地域から,地域外の部品・原材料業者及び顧客企業とも強い関係を持つ企業や原材料供給 業者によって構成されているという点で「ハブ・アンド・スポーク型産業集積」に変容し つつあるとみられる.

最後に本研究の調査では明らかにできなかった点や今後の研究課題について提示して いく.本研究の第4~5章では,資金調達方法や国内外の取引先との関係性,実際の取引 の際の取引先の変化に着目しながら,温州地域の企業間の社会的ネットワークの変化につ いて論じてきたが,まだ分析が不十分な点も多い.今後も,企業の規模の変化などにとも ない企業間での社会的ネットワークや関係性,さらには産業集積の形態がどのように変化 していくのかという点は重要な研究課題になると考える.ただし,社会的ネットワークの 変化については,強いネットワークを持つとされてきた温州企業を対象とした調査でも,

その強弱や変化を説明することが難しい事例も存在しており,実証研究の難しさも存在し ており,このような関係性の強弱や変化を明確化する手法を含めた検討が必要になってく るだろう.

加えて,企業の発展を支える要因として,ネットワークの多募や強弱に依存するだけで なく,企業自体の有する企画開発能力や技術力といった側面についての分析も必要である と考える.このような点を考えれば,温州地域には当初は同郷者・同業者とのネットワー クに依存して起業した企業のなかでも,企画開発能力を高め,企業規模を拡大することに 成功した企業も存在しており,そのような企業が生まれた背景についても,検討していく

必要がある.本稿の第4章と5章の調査では,産業集積内の企業間の社会的ネットワーク が弱体化したり,弊害をもたらす場合も生じたりする事例があることを論じることができ たが,その一方で,企業間の社会的ネットワークやその役割が弱体化・変容している中で,

一部の企業が,どのような手法やメカニズムにより企画開発能力の向上や企業規模の拡大 に成功できたのかという点については,十分な検討を行うことができなかった.このよう な,企業間での社会的ネットワークや企業自体の規模や競争力の変化によって,産業集積 の形態がどのように変化していくのかという点を考察することで,マークセン(1996)ら が提示した類型化や理論に対して,どのような示唆を与えることができるのかという点も 考察していく必要がある.これらの点については今後の研究課題としたい.

また本稿では,現代における企業の集積要因として,地域のブランド力を重視する企業 が増えており,賃金などのコストの上昇にもかかわらず,一部の業務を温州に残している 企業もある点を指摘したが,このような指摘についても,より厳密な実証研究を行い論証 していきたいと考える.また政策的な研究課題としては,他地域に移転する企業や業務の 一部を移す企業が増加していく中で,温州を含めた中国の沿海部でも,かつて先進国の工 業地域が経験したような「産業の空洞化」現象が発生する可能性がある.このような現象 に対する分析や対応策についても検討していきたいと考えている.

謝辞

本研究を進めるにあたり,親切な御指導を賜った指導教員の阿部康久先生に厚く感謝申 し上げます.また,九州大学の宮地英敏先生,ヒェラルド・コルナトウスキ先生,與倉豊 先生,修士課程での指導教員であった下関市立大学の飯塚靖先生からは多大な御助言を賜 りました.温州アパレル産業に関する各団体,企業経営者の方々からはインタビュー調査 を通じて多くの研究資料や情報を提供して頂きました.この場を借りて心から御礼申し上 げます.

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