第 1 章 産業集積理論と産業集積におけるネットワークの諸理論
3.2 大紅門アパレル地域における集積の形成と研究方法
3.3.1 取引先の確保と情報入手の機能
表 9 創 業 時 と 企 業 発 展 期 に 受 け た 支 援 の 状 況
(単位:人)
創業時
企業発展 期 資金提供 70(94.6%) 66(89.2%) 生産技術・技能の習得 65(87.8%) 21(28.4%) 取引先の紹介 63(85.1%) 66(89.2%) 生産設備の譲渡・贈与 34(45.9%) 12(16.2%) 生産場所の紹介 25(33.8%) 10(13.5%) 法律的な知識の提供 20(27.0%) 44(59.5%) 資料:アンケート調査による.
また,企業発展期に受けた支援としては,「資金提供」と「取引先の紹介」がそれぞれ 66人と最も多い.次に「法律的な知識の提供」(44人)となっている.「生産技術・技 能の習得」を選んだ人は21人,「生産設備の譲渡・贈与」を選んだ人は12人,「生産場 所の紹介」を選んだ人は10人であり,創業時に比べると少なくなる傾向がみられる.
これらの支援内容をまとめると「資金提供」と「取引先の紹介」のほか「その他の情報 の提供」という3つの点が重要であったといえよう.そこで本節では取引先の確保と情報 入手の機能について,次節では資金調達の機能について,その実態を検討していく.
両者の双方により取引先を確保できた創業者も18人いた.また,企業の発展期の状況を みると,対象企業のほとんど(67社)が創業して10年以上も事業を続けているにもかか わらず,原材料や製品の仕入れ先が創業から現在までずっと変わっていない人が 27 人
(36.5%)もいる点は特徴的である.また変更があった 47人のうち,23人(31.1%)が
「友人16などの紹介」により,取引先を変更している.さらに,すべての対象企業が創業 時以降,一度は販売先の変更や拡大を行っているが,その際に「友人などの紹介」により 変更・拡大を行った人は36人(48.6%)もいる(表10).このほかにインタビュー対象 者では,事業に成功した経営者が,事業の一部を親類に譲渡する形で,新たな企業が設立 される例もみられた.例えば,T2が起業したのは,叔母であるT3から在庫のアパレル製 品の販売を頼まれたのが,きっかけとなっていた.
表10 取引先の変更の有無とその理由 (単位:人)
仕入れ先
創業時より変化なし 27(36.5%) 変 更 し た
場 合 の 理 由
友人などの紹介 23(31.1%) 自社による開拓 26(35.1%) 取引先からの営業活動
44(59.5%)
販売先
創業時より変化なし 0(0%)
変 更 し た 理由
友人などの紹介 36(48.6%) 自社による開拓 56(75.7%) 取引先からの営業活動
33(44.6%) 資料:アンケート調査による.
16 温州出身者は当時,標準語をほとんど話せなかったため,交友関係はほとんど同郷の温州出身者に限 定されていたと考えられている.また西口・辻田(2013)の調査でも,彼(女)らの友人・知人は,その ほとんどが同郷者であったことが確認されている.そのため,ここで挙げられている友人は,ほとんど の場合,同郷の友人のことを指していると考えられる.
また1990年代以降は,大紅門における温州出身者の増加にともない出身者間の社会的 交流も促進されている.インタビュー調査によると,1980 年代までは,大紅門では経営 者や従業員の労働時間自体も長かったこともあり,温州出身者が余暇を楽しむ娯楽施設は 少なく,親族や取引関係者,同僚以外の同郷者と話しをする機会は少なかった.しかしな がら1990年代に入ると,彼(女)らも,余暇を楽しむ余裕が生まれ,大紅門には販売施 設や工場だけでなく,娯楽施設も設立されるようになった.例えば,彼(女)らはこの時 期から,雀荘などで遊びながら情報交流を行うようになったという.交流相手が親族や友 人ではなくても,同郷者であれば,自分の状況や創業意欲などを話すことは多いという.
特に相手が関連業者であれば,さらなる情報交換ができる.
T3が創業した際には,取引先はすべて姉であるT1から紹介を受けたという.T1とT3 の姉妹は,T4,T5,T7とは個人的に親しい間柄であるため,よく食事や麻雀などの場で 同席し,取引先の情報を交換し,紹介しあっている.そのため,これらの事業者の取引先 は重なっている場合もあるという.
このように,情報の提供や交換は起業する際には重要な機能を果たしている.回答者は 創業するために,周囲の経営者らとの交流を通して,創業の機会,取引先(原材料,生産 機器,その他の物品の調達先,製品の販路など)に関する情報を入手することができる.
創業した後も,法律や政府の政策,市場動向,関連業種の状況などの情報を入手すること ができる.その情報は起業者や経営者の意思決定に大きな影響を与え,ビジネスの機会を 得ることや,コスト削減を図る際に有利である.たとえば,前述したように1996年まで,
北京市政府は違法な生産・販売を行う温州出身者の摘発・追放運動を行っていた.その際,
ある人が政府に処罰されたら,その情報は,すぐに他の温州出身者に伝わっていった.温 州出身者はすぐ他の地域に逃れるか,必要な法的手続きを行うことで,取り締りを逃れる ことができた17.また,同郷者間の交流によって,事業に直接関係する情報を交換できる だけでなく,お互いに起業や事業拡大に関する意欲を語ることで,それらに対する刺激を
17 T1へのインタビューや当時の新聞記事などによる.
受けることができたという.
このように同郷の事業者とのインフォーマルな交流を通した情報交換を行うことは,経 営者の子息の教育や後継者の育成の際にも,大きな効果を発揮し得る.小規模事業者の場 合,経営者の子息が事業を継承する以外には,後継者を確保することが難しい場合が多い のが実状である.そのため,例えばT1などは,子どもに事業に関心を持ってもらうため に,以前から自分の子どもを連れて,自分の工場や事務所を見学させ,子どもに身をもっ て会社経営について勉強させていたという.加えて,経営者の子息は親の社会的ネットワ ークと取引関係に参入しやすい.温州企業家は人間関係を重視し,ビジネスと個人的交友 関係をはっきり区別せず,商談なども事務所ではなくレストランやバーで一緒に食事をし ながら,生活のことなども話しつつ行うことが多い.その際,温州の企業家は商談に子弟 を連れていくことも多い.そのため彼(女)らの子弟は,様々な取引関係者らに引き合わ せられ,取引先らとの社会的ネットワークに加わりやすいというメリットも存在している.