第一節 触発される志向性 1)志向性の受動的傾向
子ども虐待対応において多機関・多職種連携が強調される背景には、効果に対する信頼 に先んじて、まず必要が生じていると考えるのが妥当である(実方 2014a)。つまり、た だ複数の人間が集まっただけで効果的に援助できるわけではない。そのため、志向性の脆 弱化傾向を一つの課題として捉え、本章では志向性の脆弱化への対処としての「調整」上 の課題、認識的多様性を尊重する必要性について検証する。こうした「調整」の課題も踏 まえた上で、志向性の問題に取り組む必要があるのだが、では、ある子どもやその家族に 対する関心の質的内容が異なる中、「問題解決への関心を高めましょう」と声をかけるだけ で、連携内の志向性を高めることができるのだろうか。「調整」には、少なからず抑圧的な 側面も存在する。Ashby(=1967:248)は、一般的にすぐれた調整装置の本質的な特徴 は撹乱因から本質的変数へと、多様性が流れることを妨げることであると指摘する。Fisher
(=2012:144)も、集団による意思決定においては、調整を行った瞬間に、集団はいく
らかの多様性を失うと述べた。
「調整」担当者が考える「あるべき」志向性の姿を他職種に押し付けても、それは、 他 職種の私志向性、連携内の我々志向性を、維持したことにも強化したことにもならないだ ろう。こうした観点から、志向性の維持・強化に関わる仮説を構築すると、それぞれの志 向性のあり様を尊重することで、連携内の志向性を維持・強化できるのではないか、と考 えられる。こうして、連携内の志向性を強化することで、連携内のグループ・ダイナミク スはクライエントに適応しようとすることで、変化の力動が生まれ る。ただし、志向性に おける意味付与が外部環境からの影響を全く受けず、主体による独立した作業であるとし たなら、そもそも働きかけに反応することはない。つまり、 この仮説検証の成立条件とし て、志向性が受動的な傾向を有するという論証が必要となる。
援助職がクライエントに寄せる関心は、たしかに、援助職の知識や経験などに基づいて 生じる。しかし、援助職の能動性に依存するだけではない。これは、クライエントから受 けた影響によって喚起された「意味」でもあり、そうした観点からいえば、クライエント からのギフト(与えられたもの)といえる。クライエントは、援助者に対しても問いかけ、
働きかける存在なのである(空閑 2016:129)。Husserl(=1997)は、対象からの「触発」
とそれへの応答として現れる「受動的志向性」についても言及していた。意味を伴う志向 性とは、≪与えられたもの≫として構成される(Husserl=1970:51)。受動性がなければ 能動性も機能し得ないのであり、対象に触発されることで志向性が喚起されるという側面 を見逃すことはできない。主体/客体の二元論は、これが二元論(dualism)ではなくて 二重 性(duality) であるこ とを認めてはじ めて、乗 り越えるこ とができ る(Giddens=
1989:52)。こうした Husserl(=1970;=1997)の論理構築のありようを、Lèvinas(=
1977:44)は「認識の能動性と受動性とのあいだの伝統的な対立を、志向性の考えによっ て乗り越える」と評していた。こうした議論を踏まえると、理論上、志向性は受動的傾向 を有すると考えられる。志向性に受動的な側面があると仮定できるのであれば、対象以外 からの触発にも反応し得ると推測される。Searle(=1997:27)も、志向的状態の充足条
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件は独立ではなく、当のネットワークや背景の下での他の条件に依存すると指摘する。
以上の理論的見解を背景に、志向性には働きかけに反応する受動的傾向があると仮定し、
「どのように働きかけたらよいか」を問うことを目的とした、志向性に関する検証を行う こととした。
2)検証方法
連携を「調整」する際の志向性への意図的な働きかけのあり方を探るために、志向性が
「どのように触発されるのか」に着目し、任意の変数を設定した上で定量的データを用い て変数間の因果関係を検証することとした。検証にあたり、連携内における(我々)志向 性を測るために実方(2014a)が抽出した「対象への焦点化」を変数化した(表 18)。な お、表 18の変数群は、便宜上、連携尺度と呼称する。表18の変数群は、連携内において 複数の援助職が行う、クライエントを志向した取り組みを代表する変数で構成される。こ の変数群に加え、後述する操作的に設定した幾つかの変数を用いて、連携内の志向性に対 する影響要因を検証した。また、志向性の差異を検証するために、任意の比較群を設定し た。子ども虐待対応で組織的な対応が強調されてきた点を踏まえ、 ここでは比較対象を所 属組織に限定した。
表 18 連携尺度の構成 (実方2014a) 第 一因子 「 メンバ ー間で 行う作 業」
お互 いの責任の範 囲について 確認し,理 解するた めの作業を行 った
支援 計画が実行で きるものか どうかにつ いて確認 し,理解する ための作業 を行ってい た 支援 の具体的な計 画について 確認し,理 解するた めの作業を行 っていた
対応がう まく いった かどう かだけ でな く,「 どう対 応したか 」と いうプ ロセス につい ても ,関係 者間で 確認し, 理 解 す るため の作業 を 行 っ てい た
具体 的な役割を設 定し,全員 が何らかの 役割を担 当 していた 支援 方針に基づい て役割分担 は行われて いた
支援 対象となって いる子ども やその家族 の状況に 合わせて,随 時,目標や その計画を 見直して いた それ ぞれが持って いる「出来 ないこと」 限界」を 確認し,理解 するための 作業を行っ ていた 支援 の目的につい て確認し, 理解するた めの作業 を行っていた
子ど もやその家族 と関係者と の関係性を 考慮して ,役割分担は 行われてい た 第 二因子 「 メンバ ーの関 係性」
関係 者は互いに対 等な立場に あった 関係 者はお互いに 信頼し合っ ていた 関係 者はお互いに 支え合って いた
関係 者間では,連 帯感が作り 上げられて いた
分か らないことが あれば,お 互いに気兼 ね無く, 尋ね合えてい た お互 いがどのよう に動いてい るのかを, お互いに 把握していた
それ ぞれの関係者 が行ってい た支援は, 相互に関 連,補完する ものだった 第 三因子 「 対象へ の焦点 化」
問題 の背景にある 事柄につい て,一緒に 確認し, 理解するため の作業を行 っていた
子ど もとその家族 に対するア セスメント について 協議し,理解 するための 作業を行っ ていた 家庭 内の関係性に ついて,一 緒に確認し ,理解す るための作業 を行ってい た
119 3)調査対象地域の概要
今回の調査では、調査対象地域を東京都に限定している。そのため、簡単にではあるが、
調査対象地域の概要について整理したい。
東京都は23特別区26市13町村(島部含む)からなり、2017年5月1日現在の総人口は
13,716,974人(世帯総数6,891,624世帯)となっている1)。日本の総人口の約10%にあた る。東京都内に設置された児童相談所は、現状では11カ所となっているが、2017年の児童 福祉法改正により特別区にも児童相談所の設置が認められることとなったため、今後増え る可能性がある。厚生労働省(2016b)の発表によると、2015年度に児童相談所が受理し た子ども虐待相談件数は9,909件であり、大阪府(10,427件)に次いで全国で第2位である
(厚生労働省2016b)。ただし、市町村が受け付けた子ども虐待相談件数は、13,172件と 全国一位であり、二位は大阪府(11,624件)と関係が逆転している。
東京都の子ども虐待対応に関する施策の概要だが、2003 年より各児童相談所に児童福祉 司、児童虐待対応協力員等からなる虐待対策班を設置し、迅速で的確な虐待対応が行える よう体制を強化した。2004年からは土・日曜日、祝日(年末年始を含む)にも通告を受け 付けるための窓口を設置し、また2012 年より都道府県警察の生活安全部門の勤務経験者を 虐待対応強化専門員として各児童相談所に配置し、虐待対応力のさらなる強化を図っ た。
そして民間の相談機関との連携の必要性を鑑み、医師や弁護士などの専門職が在籍し、
電話相談窓口なども開設している社会福祉法人「子どもの虐待防止センター」や子どもの 権利擁護相談事業や子どもが一時的に避難するための場所を提供する 特定非営利活動法人
「カリヨン子どもセンター」との間で個別の相談事例への援助についての相互の情報交換 とその守秘義務を定めた協定を締結した。 その他、子どもやその家族に対するカウンセリ ング強化事業の実施や一時保護所へ心理職員の配置等も行っている。
また、市(区)町村の児童家庭相談窓口(子ども家庭支援センター)には、2003 年度 より、虐待対策ワーカーを配置し、虐待対応機能を有する機関として「先駆型子ども家庭 支援センター」を設置した(東京都児童福祉審議会 2012)。児童相談所と連携して、在宅 での援助が必要な家庭への見守りサポートなどを実施している。
東京都には「東京ルール」と呼ばれる児童 相談所と市区町村児童家庭相談窓口との間で の連絡・調整に関する取り決めがあり、主となる担当機関の決め方や相互の連絡方法等を 定めている(東京都福祉保健局2009)。ケースが児童相談所と市町村の隙間に落ちる、あ るいは責任の所在が曖昧になることを防ぐため、2007年度に、虐待相談の対応に当たって の情報提供・援助要請・ケースの引き継ぎ等に関する基本ルール(児童相談所と区市町村 間における「東京ルール」)を策定した(東京都児童福祉審議会2012)。基本的には「児 童相談所運営指針」、「市町村子ども家庭支援指針」、「子ども虐待対応の手引き」に準じた 内容だが、責任の所在の明確化が図られている。児童相談所の権限の行使が必要と判断さ れるケースは児童相談所が主担当、それ以外は市(区)町村が担当することになっている。
しかし、現場においては、個別ケースのリスク評価や、援助方針の決定について、乖離が 生じている状況も一部で見られ、これらの判断基準の明確化とその共有が課題となってい る(東京都児童福祉審議会2012)。