第二章 認知症ケアマネジメントのガイドライン
第一節 認知症ケアの特性
(c)失認(感覚機能は損なわれていないにもかかわらず、対象を認識あるいは同定す ることができない)
(d)実行機能(計画を立てる、組織立てる、順序立てる、抽象化する)の障害 B 上記のA1、A2の記憶障害、認知障害により社会生活上あるいは職業上あきらか
に支障をきたしており、以前の水準から著しく低下していること
C 上記の記憶障害、認知障害はせん妄の経過中のみに起こるものではないこと
つまり、認知症は症候群であって、ある疾患の名前ではない。ある種の認知症は特定の 神経疾患や内科的疾患によって引き起こされ、治療が可能なものもある。病因が明らかに なっていないアルツハイマー病のような認知症は、治療によって進行を止めることはでき ないが、進行速度を緩やかにすることはできるのではないかと考えられ、様々な試みがな されている。
認知症の原因は、アメリカ合衆国においては図1のように示されている。日本における 認知症の発症率や原因については、一部の研究に基づくデータは公表されているが、全国 統計は、明らかではない。
図2 認知症の原因
Peterson R ed.: Mayo Clinic on Alzheimer Disease first edition 32, Mayo Foundation for medical Education and Research, MN U.S.A. (2002)
2 認知症の中核症状と周辺症状
認知症には、認知機能低下という中核症状と、周辺症状がある。わが国における認知症 治療の最初のマニュアルの一つである「アルツハイマー型痴呆の診断・治療マニュアル」
は、「夜間せん妄」「幻視」「物盗られ妄想」「不眠」「徘徊」「目を離すとすぐ外に出て行こ うとする」「介護に対する抵抗」「異食」「過食」「抑うつ状態」「1人にされると落ち着かな くなる」「心気」「攻撃的言動」「焦燥」を周辺症状として紹介している。周辺症状は、認知 機能低下の結果生じる精神症状や行動障害であるが、逆に周辺症状が存在することによっ て、「認知機能低下に影響を及ぼす」とも言われている。4)周辺症状は国際的な議論を経て、
行動・心理症状(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia;以下BPSD)と 呼ばれるようになった。
3 長期ケアとしての認知症
認知症介護は、症状が次第に進行し、最後は全面的な介護が必要となる長期的ケアであ る。臨床現場で標準的と考えられているアルツハイマー病の経過を、表4に示す。これに よると、認知症ケアは約10年間に渡る長期的なターミナルケアであり、中核症状、周辺 症状ともに段階を追って変化することがわかる
表4.標準的なアルツハイマー病の経過
1 患者自身が自分の中に起こっている異常に気づく。
- 発症後約1年後に、最も身近な家族が患者の異常に気づく。
- 発症後約2年後に医療機関を受診することが多い。
2 数分から数日前の近時記憶の障害が主な軽度の時期が2~3年続く。
3 介護の山場である中等度の時期が4~5年続く。
- 即時記憶の障害や長期記憶の障害が加わる。
- 見当識は、時間、場所、人の見当識の順に障害される。
- 日常生活の行為は、仕事や調理など複雑な行為から障害され、
- しだいに日々の暮らしに必要な行為(買い物、掃除、着替え、
- 入浴など)が、数年後には排泄や食事など生命維持のための行
- 為までもが障害される。
4 発症後約7年で失禁が出現(重度)し、その後しばらくすると歩行障害が出現、最 期の半年~2年は寝たきりで過ごす。
- 肺炎などの感染症や転倒・骨折など内科的な急性期対応が増加、
身体合併症との戦いが始まる(全身管理や身体症状の緩和が重要)。
- 嚥下反射が極度に低下、消失し、飲み込みができなくなる。誤嚥性肺炎 を繰り返し、最期は治らない肺炎で死にいたる。
平原佐斗司:チャレンジ!非がん疾患の緩和ケア 南山堂60-61 2011
Reisbergは、認知症の進行を7段階に分類し、1段階から4段階までを初期、5、6段
階を中期、7段階を後期とした。認知障害による機能障害の進行を示した尺度であるが、
こうした機能障害に対する行動上・心理上のリアクションが生じることは、当然と考える ことができる。
進行する機能障害の程度にあわせ、適切なサービスや支援を提供するためには、前章ま でに述べたようなケアマネジメントの手法が必要となる。
表5 Reisbergの認知症の段階 Early Stage.
1. 主観的にも客観的にも困難は生じていない。
2. 物の置き忘れについて訴える。主語を見つけられない。
3. 仕事が出来なくなっていることが同僚にも明白になる。;新しい場所に行く
ことができない。組織だてて考える能力の減退。
4. 複雑な仕事をする能力の減退;例えば、客を食事に招く、家計を処理する
(請求書の支払いを忘れる)買い物が困難になる。など。
Mid Stage
5. 日々や季節、場に合わせた適切な衣服を選ぶのに手助けを必要とする。
6. a. 手助け無く、適切に衣服を着ることが困難になる。
b. 適切に入浴することが出来ない。;例えば、湯の温度を適切に調節でき ない。このようなことが過去数週間に時折、もしくは頻回に起こる。
c. トイレの仕組みを使うことができない;例えば、流すことを忘れる。ト イレットペーパーで適切に拭くことができない、流すことができない。
このようなことが過去数週間に時折、もしくは頻回に起こる。
d. 尿失禁が時折、もしくは頻回に起こる。
e. 便失禁が時折、もしくは頻回に起こる。
Late Stage
7. a. 平均的な毎日で、あるいは集中したインタビューにおいて、話しをする
能力がおよそ6語かそれ以下の異なる単語に限られてくる。
b. 平均的な毎日で、あるいは集中したインタビューにおいて、話しをする 能力が単一の簡単な単語を使用するものに限られてくる;その単語を何 回も繰り返すだろう。
c. ゆっくり歩く能力の喪失;介助なしには歩けない。
d. 介助なしに立ち上がる能力の喪失;例えば、いすに肘掛が無ければ落ち てしまう。
e. 微笑する能力の喪失。
f. 自立して頭を持ち上げている能力の喪失。
Reisberg, B.: Functional Assessment Staging (FAST). Psychopharmacology Bulletin.:24: 653-659.
1988
このように長期にわたり変化する機能障害の程度にあわせ、適切な医療・介護サービス やインフォーマルな支援を構成し提供するためには、前章までに述べたようなケアマネジ メントの手法が必要となる。