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ここまで

,マ

ッピング法 を取 り入れた学習課程や授業展開について述べてきた。本節で は,その評価方法について言及 してい く。そ こでまず

,マ

ッピング法の一種で もあるコンセ プ トマ ップ (概念地図法

)の

評価方法に関す る文献 をもとに

,本

実践での評価方法につい て言及 してい く。

第1項

 

マ ッピング法に関わ る評価方法

リチ ャー ドら (1995)の文献 においてノヴァックとゴー ゥィンは

,概

念地図 (コンセプ

トマ ップ

)の

評価方法 について以下のよ うに述べている1)。

論文体テス トにおいては,多 くの場合,そ の得点化 は,次 の二点に基づ くことになる。

まず一つには,重要 な事実に関す る記述がな されているか どうか,そしてまた一つには,

諸事実 を文脈 に どの よ うに位置付 けているかである。そ こでは

,重

要な事実が欠陥 して い ると減点 され ることになる。(中

)概

念地図の評価 に際 して,リ ンクの数や リンクの 適切 さ

,そ

してクロス リンクの存在 に対 して与え られ る得点の重みづけは

,教

師の評価 目的 と価値 の置 き方 を反映 している。 こ うした事情は

,内

容的な知識 をみ るための論文 体テス トを評価す る場合 と全 く同 じである。

非階層的な概念地図を得点化するための方法は

,教

師が最初に作成 した自分 自身の概 念地図に依存 している。そのため

,こ

れまでに私たちが述べてきたように

,教

師による 概念地図の作成が とにかく重要な作業 となる。それは

,創

作文の得点化 と同 じよ うな方 法である。つま り

,生

徒の概念地図について

,そ

れ らを教師の概念地図 と比較 しながら 検討 して,まず一般的な印象を得て,そして次に全体的なスコアを与えるとい うような,

非常に主観的な方法を採用することになる。また別の事例では

,不

正確なリンクは減点 し, とくに洞察にあふれた リンクに加点するといつたような手続きを踏まえ

,さ

らに教 師の概念地図と同 じ関係を持つ リンクの数にも得点を与えるとい う方法 も採用 されてい る。

目的が何であれ

,教

師や生徒が簡単な リンクをもつ概念地図よりも

,か

な り詳 しく,

関係の多用性に富んだ、そ してクロスした関係のパターンの豊富な概念地図

,そ

して構 造の明快な概念地図をよい概念地図 と見なすように期待するだろう。一方

,明

瞭な関係 が認められず

,簡

単な リンクか ら構成 された

,関

係の書き込みも欠けている概念地図,

す なわち言葉 の塊 のよ うな概念地図であれ ば

,彼

らが好 ま しくない概念地図 と見なす よ うに望んでいる。

この リチャー ドらが述べ る概念地図の評価方法は

,教

師が最初 に作成 した概念地図 と児 童の成果物 を比較 し

,不

正解 な リンクは減点 し,と くに洞察 にあふれた リンクに加 点す る といつた よ うな手続 きを踏 まえ

,さ

らに教師の概念地図 と同 じ関係 を持つ リンクの数にも 得点 を与える とい う方法が採用 されている。 これはマ ッピングにおいて も流用できる部分 がい くつかある。 た とえば

,明

瞭で洞察にあふれた リンクや ワー ドがあるものや

,関

係 の 多用性 に富んだ リンクを持つ もの

,関

係 のパ ター ンの豊富な ものを評価の対象 とす る点で ある。 しか し

,教

師の描いたマ ップ と同 じリンクに加点す る とい う方式の場合

,読

ませた

い内容 をあ らか じめ決 めてお くことは必要であるが

,そ

れ と同 じ描 き方のものだけを評価 す るのでは

,文

学教材 にお ける解釈 の幅が失われ ることにな りかねない。読 ませたい内容 を決 めてお き

,授

業で出てきた新たな考 えや解釈があれば

,そ

の都度マ ップに付 け足 して い くとい う形で学習を進 め,その追加 された考えや解釈 について も評価 を行 う必要がある。

この よ うに評価 を行 う際には,児童が どういった意図でそのマ ップを描いたのか とい う,

その2ンクの有意味性 を評価す る必要があるといえる。 リンクの有意味性 を判断す るため には

,各

場面にお ける読 ませ たい内容を設定す る必要があ り

,そ

れ をもとに

,人

物の関係 性 の中か ら

,児

童 が ど ういった読みを導き出 したのかについて評価す る必要があると考え る。そこで次項では「ごんぎつね」の各場面における読ませたい内容 を定めることとす る。

第2項「 ごんぎつね」における読みの評価について

前項で述べたよ うに

,マ

ッピング法の評価 については

,そ

のマ ップ有意味性 を見取る必 要があることが明 らかになった。つま り

,そ

のマ ップか らどういった考 えに至ったのかを 評価す ることが必要だ とい うことがいえる。そ こでマ ップの有意味性 を見取 るために

,場

面 ごとに読ませ たい内容 を設定 し

,そ

のマ ップの記述か ら

,そ

の読みに到達できたか どう かを評価 の対象 とした。 したがって

,こ

れ を 「ごんぎつね」で行 う場合

,場

面 ごとの気づ

かせたい ごんの気持ちを読 ませ たい内容 として設定 し

,そ

れ に気づ けているかを

,一

人読

みマ ップ と

,ま

とめマ ップの リンクや ワー ドか ら判断す ることとす る。気づかせたいごん の心情の設定にあたつては,鶴田清 司 (1993)2),西郷竹彦 (1968)3),高橋金二郎 ら(1989)

のの文献を参考に

,場

面 ごとの読 ませ たい内容 を設定す る。

第①場面

鶴 田は

,ひ

とりばっちで寂 しくて退屈であつたことはもちろん

,い

たず らをす ることに よつて村人にかかわ りたかつたごん (憎悪 の形で もいいか ら

,他

者 との結びつ きを望んだ ごん)とい う読みが望ま しい とし,「ひ とりぼつち」の状況をよ りよく理解す る上で,「そ

の中山か ら少 し離れた山の中に、ごんぎつね とい うきつねがいま した。 ごんはひ とりぼつ ちの小ぎつねで、しだのいっぱい しげった森の中に、あなをほって住んでいま した。」とい

う叙述が極めて重要であると述べている。

高橋 らは, ごんのいたず らはいつだって軽いものであ り

,そ

れは 「ひょいと」飛び出 し た り,「ちょい と」いたず らしたくなった りするところか ら読み取れることを述べている。

西郷は

,悪

いことをしてやろ うとか

,兵

十のやつを困らせてやろ うとい うことを考えて いるわけではなく

,思

わずやって しま うとい うことに気づかせることが必要であると述べ ている。

以上のことより①場面では以下のように読ませたい内容を設定する。

第①場面

1ひとりぼっちであるとい うごんの境凋

2し )たず らをしたのは

,兵

十への悪意からではなく

,ち

ょっとした出来心で思わずや つて しまったとい うこと

第②場面

高橋 らは

,こ

の場面で注意 したいのは

,ほ

らあなで考えたことの全てが

,実

はごんの思

い込みであるとい うことだ と述べている。つま り

,兵

十のおっかあが死んだのは自分のせ いだとごんは勝手に思い込み後悔 している

,そ

こまで想像 しているとい うことに気づかせ たいのではないか と考える。

西郷は

,ご

んは うなぎの件 と兵十の母の死 とを,自分の行動に結びつけて考えてお り,

たとえそれが事実ではなかったとしても,そ う考えて しま うごんとい う人物の「ひ とがら」

「ものごとの見方・感 じ方 。考え方」をとらえるべきであると述べている。

以上のことから②場面では以下のように読ませたい内容を設定する。

第②場面

1自 分のいたず らによつて兵十の母が死んで しまったのではないか 2あんなことを しなければよかつた と,自 らの行いを後悔 してい ること

第③場面

鶴 田は,「ごんは、うなぎのつ ぐないに、まず一ついいことをしたと思いました。次の日 には、ごんは山でくりをどつさり拾つて、それをかかえて兵十の うちへ行きま した。」の「ま ず一つ」 とい う語句には

,つ

ぐないが全部終わつたとは思つていないごんの心情がよく表 れてお り

,次

の 日には栗, さらに松たけとだんだんエスカ レー トしていく必然性が理解で きると述べている。また,「くりをどつさり拾って、それをかかえて」とい う表現も

,ご

の兵十に寄せ るひたむ きな思いを理解す るためには どうして も必要であ り,「どつさ り」と い う言葉か らは数個ではないことがわか り

,つ

ぐないの気持 ちの強 さを表現 していると述 べている。

高橋 らは,「お っかあが死んで しまっては、 も うひ とりぼつちの兵十で した」について,

お つかあが死んだ ことは前 日にわかつていたのにもかかわ らず

,な

ぜそれ を 「も う」 と強 調 してい るのかに着 目してい る。 これ について高橋 らは

,ご

んが ここで

,お

っかあの死ん

だ意味 (兵十がひ とりばつちになった とい うこと

)を

初 めて思い知 らされたか らではない か と述べている。

西郷は,「おれ と同 じひ とりぼつちの兵十か」か ら同情の気持 ちに気づかせたい としてい る。 また西郷 は

,ひ

とりぼっちの兵十になん とか 自分のつ ぐないの気持 ちをあ らわ したい とい う,同 じひ とりぼつち どうしの心の通い合いをごんが感 じてお り,「かわいそ うに」「ぶ んな ぐられて」「あんな...」 とい う文体は

,ご

んの視点か らの

,ご

んのその場でのいわ し 屋 に対す るいき どお りや

,兵

十へのす まな さや 同情が表 されている と述べている。

以上の ことか ら③場面では以下のよ うに読ませたい内容 を設定す る。

第③場面

1兵十も自分 と同じ一人ばつちであることに気づき,同情の気持ちを持っていること 2回を重ね るごとにごんの兵十に対す るつ ぐないの気持 ちが強 くなってい くこと

第④・⑤場面

鶴田は,「ごんは、二人の話を聞こうと思ってついていきました。兵十のかげぼ うしをふ みふみ行きま した。」は一般に、自分の行為(あるいは好意)に 気づいてもらいたいごんが,

期待を込めて話の続き (兵十の心

)を

聞こうとしている姿 として理解 されているが

,こ

れ は心を寄せ る人間のかげぼ うしを踏むことしかできないとい う

,一

方的な求愛行為の一種 であると述べている。続けて鶴 田は

,本

当は一緒に並んで歩きたいのに

,そ

うした隠れた 行為をせ ざるを得ないとい うのは何 とも寂 しく切ない

,こ

ういつた複雑な心情を生き生き と理解することは小学4年生には難 しい と述べている。しか しこれについて鶴 田は,「ふみ ふみ行きました。」とい う意図的な行為の継続に

,ご

んの兵十に寄せ る思いの深 さ,親愛の 情

,心

の通い合いを求めようとするい じらしさ

,ひ

たむきさが表れていることには気づか せたいとし

,こ

の時点でごんは兵十に対 してつ ぐない以上の感情を抱いていると解釈する こと

,さ

らにその解釈を共有することは

,確

かさをふまえた豊かな読みを追求する上で重 要であると述べている。

高橋 らは

,③

場面で兵十に近づいていくうちに

,兵

十のことが好きになって しまい

,近

づいてはいけない人間に, 自分の性を忘れて近づいていく。そ してそれを神様のせいにさ れ

,ご

んは「つま らない」「引き合わない」と思いなが ら

,い

っそ う兵十への思いをつのら

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